第9話
「そうか……。では、ルドガン師の使者を妨害しようとした者達は、すべて謎の変死を遂げていたと……」
「はい。死因については脳への一撃必殺であると見当がつきますが、不可解な点が多くございます。我らに悟られぬまま、いつ彼らが死んだのか。また、どのように脳天を貫いたのか。最後に、誰がやったのか。……その全てが不明です」
一国を治めるにしてはまだ年若いが、しかし強靭な意思と叡智が垣間見える瞳を持つ傑物が、信じられぬという思いを秘めつつも、自らを「影」と認識する男からの報告を吟味した。
その様子を見て、かつてないほどの怪奇現象を前にしてなお、「影」はこの傑物には何かが見えているのだと確信する。
そんな「影」からの盲信にも近い念を受ける傑物こそは、このパステア王国の現国王バンフレイム・メガロ・パステア。
まだ三十代後半でありながらも、高いカリスマによって五年前に玉座を譲られた国の頂点である。
同時に、貴族や国民からの目立った不満もなく堅実に国を治め、時には苛烈な姿勢を以て帝国すらも手出しできないと言わしめた賢王としても有名だ。
下の者からの不満がない、他国に手出しさせない。
それを実行するのがどれだけ難しいことなのか、一度でも責任者という立場に立った者なら分かるはずである。
それに一概に賢王といっても、ただ単純に賢き王というだけではない。
彼はかつて、数々の修羅場と実戦を超えてきた戦士でもあり現場主義者の一面もあるのだ。
貴族を知り、民を知り、魔物を知り、戦争を知り、統治を知り政治を知った、この国の誰もが認める権力の頂点。
それが、パステアが戴く現王である。
また、「影」にとっては口惜しいことだが、特にルドガン辺境伯への信頼は厚い。
若き日に当時の父王から武者修行と称し、辺境のルドガン領へと放り込まれたことで、当時既に戦鬼グレイシードと呼ばれた彼の薫陶を受けていたのが現代のパステア王だからだ。
今から二十年以上前になるが、彼は王太子としてではなくただのバンフレイムとして、建前上は身分を隠しつつ一介の騎士団員時代から努力を重ねていた。
そうして数々の修羅場を潜り抜けながらも、ルドガン辺境伯の武勇と信念をその身に刻み周囲からの評価を積み上げたのだ。
最終的に騎士としての経験を積み成長した彼は、ルドガン辺境伯から一人前として認められ、それを切っ掛けに師と仰ぐようになる。
王太子をいつ死んでもおかしくない危険地帯へ放り込むなど、常識で考えればあまりにも無茶苦茶な話だ。
だが結果論とはいえ現在の王としての評価を鑑みれば、当時の父王の決断はまさに英断であったのだろう。
おそらく徐々に傲慢な態度が目立ってきていた帝国との関係を懸念し、ただ文官畑の者として国を采配するだけでは未来は危ういと感じていたのかもしれない。
だからこそ常に現場を意識しつつ、武官や文官との折り合いを正しく定められる賢王としての今があるのだ。
過去に特定の分野で鬼才、天才、異常とたたえられた王は数多くいれど……。
彼のように広い分野を高水準でまとめた理想の王は、この世界広しといえどもなかなかいないだろう。
少なくとも、目の前のパステア王に心酔する「影」の長はそう考えていた。
「なるほど。私が懇意にするルドガン師が送り出した使者と知りながら、わざわざ余計なちょっかいを出す馬鹿共がこの状況で不審な死を得る、か……。ふむ。おそらく人の仕業ではないな」
「…………」
「なに、私にも証拠や確信があるわけではない。ただ、そのような放置してれば失脚するであろう馬鹿をわざわざ駆除するのに、これほどの手練れをいったいどんな人間が用意するのか、というところに疑問を持ってな。むしろ我が師か、もしくはその同行者に味方する人外の者が、気まぐれで滅ぼしたと考えるほうがよほど筋が立つ。そうは思わぬか?」
とはいえ、この推論が正しい保証などどこにもないがね、と締めくくったパステア王は一息つき再び思案を巡らせる。
しかしその推論を聞き、「影」は納得以外の感想が出なかった。
そうなると次の問題は、ルドガン辺境伯側に味方する人外が何者かという話になるが、それについて「影」の能力では答えが出ない。
ルドガン辺境伯からの先触れに記載があった、魔王や魔族に関する手の者かもしれないし、それこそ高位の竜や力のある魔物、当てはまりそうな条件はいくらでもあるからだ。
「まあ、今すぐ答えを出す必要はない。こういうのは、取り敢えずこうだろうというアタリをつけるのが大事なのだ。私の推測が当たっていてもいい、間違っていてもいい。だが一つでもきな臭い点があればそれを仮定し定義することで、話が前に進む。何も分からないからと思考放棄するよりは、よほど建設的だ」
それはまさに、パステア王の言う通りであった。
無理に理解しようと背伸びせず、ただ淡々と万が一に備え駒を動かす姿に「影」はさらなる盲信を深めて突き進む。
彼こそが我らが王。
闇に潜み都に紛れ、王族の「影」として生きる自らの誇り。
今回は王権側の陣営に利益を齎した人外が何者か知らぬが、この王を前にしていつまでも気取っていられるなよ、と。
「影」はそう認識を改めたのであった。
「あ、あと。君たちちょっと私への信頼、というか圧が強すぎだよね。人外とは言ったけど、別に敵とは限らないからね? あの? 聞いてる? おーーーーいっ」
それはそれとして。
忠誠と信仰の炎に轟々と燃える「影」の顔の前で、手を振りまくるパステア王はけっこう面白いやつなのかもしれなかった。
何よりこの状況をその注目の人外たる精霊さんが見ていることなど、種族性能的にはただの人間である「王」と「影」にはあずかり知らぬことである。
この時、「あたしゃ王城を見学するんだよぉ~!」とかいって不法侵入を果たし、ついでにたまたま玉座にたどり着き、優雅に国王の頭の上でことの成り行きを見守っていた精霊さんは思う。
指名手配は嫌だから、折を見て身代わりを用意しましょうね~、とか。
きっと邪悪な迷惑系ならぬ、魔王系を題材に演出すればいいんだよ、とか。
最後には言ってやるんだ、「こいつがやりました」ってね、とか。
めちゃくちゃくだらないことを真剣に考えていたらしい。
……そして数日後。
あの手この手でせっせと身代わりを用意しつつも、【青蘭の剣】とパステア王の謁見の日が確定したころ。
なんと精霊さんの考えた身代わり用の、「実はこいつが犯人でした」プランは実現した。
「は、放せぇ! ボクはかつてここの王家と契約していた、由緒正しき闇の精霊だぞ!」
「うん。すごく怪しい精霊だね。契約するする詐欺かな? それに人外! 精霊さんとしては百点だよ」
「誰が詐欺だ! それに、お前みたいな意味不明な精霊がいるわけないだろ! あと、百点ってなんだ……?」
一般には知られていない、王城の地下深くの隠し部屋にて。
檻に入れられた哀れな闇精霊が精霊さんに捕まり、なぜか不穏な空気を持つ「百点」を獲得していたのであった。




