第41話
ちみっこ魔王が自称精霊さんに捕獲され、希望と絶望のお魚ランドへ強制連行されることとなった恐怖の事件から、しばらくして。
イニス帝国の皇帝に食客として囲われた【青蘭の剣】は、現在イニス帝国とパステア王国、その両国の橋渡しとなる人類の代表的な立場の者達として帝都に滞在していた。
もともと精霊剣の勇者と精霊の寵児が手を結んだA級冒険者パーティーとして、名実共に国のトップに謁見するだけのネームバリューは十分だったのだ。
故に皇帝は帝都にまで直接その足で訪れた彼らを歓迎したし、厚遇した。
というよりも、現在起こっている異変の原因を限りなく詳しく知る者として、少なからずこの国では皇帝以外に手出しできないよう配慮する必要があったというのが実情だろう。
もし仮に【青蘭の剣】を軽んじる愚かな貴族達が、思慮の足りない行動で精霊剣の勇者達にちょっかいをかけて追い出してしまえば、皇帝の身に起きた魔族激減の情報や賢者マクスウェルを下した【雷少女】に関する情報を完全に失うことに繋がるからだ。
それは言ってしまえば帝国の危機そのものであり、今までイニス帝国を腐らせてきた女魔族やその一派の足取りを今後全く掴めず、やりたい放題暗躍させてしまうことになるだろう。
だからこそ皇帝は周囲の貴族の反対を押し切り、傀儡の皮を脱ぎ捨ててまで苛烈な帝王として、精霊剣の勇者を厚遇することを決断し賭けに出るしかなかった。
元は王国人の色が濃い精霊剣の勇者相手にイニス帝国の現状を説明し、弱みを見せてまでも身内に引き込むという選択肢を取る以外、活路が無かったとも言えるだろうか。
しかし結果として見ればそれら全ては英断といっても差し支えなく、帝都に巣食っていた全ての魔族を半年で駆逐することに成功する。
また、この偉業を以て、いままで魔族の傀儡として言いなりでしかないと思われていた皇帝は、強き帝王としてその立場を揺るがない物とすることになった。
この時に反対する者、邪魔する者はたとえ同じ皇族だろうと排除したし、魔族と結託し腐っていた大貴族などの中には、一族郎党バッサリと首を落とされた者も居たのだという。
もっとも、最終的に魔族が腐らせた帝国の膿を全て排除するつもりであった皇帝からすれば、どうせいつか行う荒療治であったことには変わりない。
今やるか、後でやるかの違いでしかないのだ。
そのために必要な策や根回しは事前に水面下で動かしていたし、超戦力である精霊剣の勇者や精霊の寵児、それと大司教であるニクスを含む【青蘭の剣】全体が皇帝を全面的に支持していた事も一助となったのかもしれない。
とはいえ結果的に勇者フラン達が訪れたことが好機となっただけであって、皇帝の有無を言わさない騎士団の動かしっぷりを鑑みるに、どちらにせよ処断された者達の結末はそう変わらなかったのだろう。
そうして思い切った改革を次々に進めていき、ようやく時間に余裕ができた頃。
食客に迎えたフラン達から、本当はもっと早くに知りたかった詳しい事情を聴いた皇帝は、ついに例の謎のメモや【雷少女】などの正体を認識することになる。
フラン達は語る。
自分達に加護を与え導いたという氷精霊が、人類の有力者にお魚ランドへの招待状……、という名のメモを配っているという事実を。
そして何よりその氷精霊と同等の存在であると目される、実は雷精霊であった【雷少女】もお魚ランドクイズなる催し物を開き、精霊の力で生まれ変わったという死の大地に人を呼び込もうとしていることを。
これら全ては勇者であるフラン・ローズハートと、闇精霊から直接お告げを受けられるパティの証言によって裏付けされた、人類が入手できる最も確実な情報である。
ついでに言えば、件の【雷少女】に手を出し衝突した女魔族の一派は、とっくの昔に本人に壊滅させられ灰と角だけになっていたというのだから驚きだ。
まあ、【雷少女】は魔物ではなく高位の精霊であったのだから、当然と言えば当然の結果なのかもしれないと、その時の皇帝は深く納得した。
そうしてようやく様々な荒療治が終わり、これらのことを【青蘭の剣】から聞き理解した皇帝は、馬鹿デカいため息を吐きようやく安堵する。
その身の投げだしっぷりはもう威厳など欠片も存在せず、ようやく一仕事終わったという達成感だけが残されていた。
「はぁ~~~~~~~。……なるほどなぁ。俺が戦々恐々としてビビりまくっていた頃には、既に雷精霊があらかたクソ魔族共をぶっ殺してくれていたってわけだ」
「ええ。それについては精霊が味方についてくれて本当に幸いでした。ですが話はそこで終わりません。何より……」
すっかりパステア王やイニス帝国皇帝といった、最上位のお偉いさんとの面会に慣れた【青蘭の剣】のリーダー。
勇者フラン・ローズハートがこの状況は何一つとして油断できないと警鐘を鳴らす。
一見すると余計な小言にも思えるが、これには捨て置くことは決して出来ない、人類にとって大きな問題があった。
それもそのはず。
彼が険しい顔で危険を訴えるのは、今までの問題などまるで些事であると言えるほどの災厄。
魔王の復活に関することであったからだ。
魔族達が帝都から駆逐されたのとほぼ同時に、最も恐れていた人類最大の危機、その大災害の事態に直面して口を挟むなという方が難しいだろう。
「分かってる。魔王の復活だろ? 帝国のあちこちで魔族共が騒いでると思ったら、ついに魔王が復活したときたもんだ。次から次へと、本当に嫌になるぜ。それについ最近同盟を結んだパステアからも、同様の見解を示す手紙が届いている」
魔王の復活。
その可能性が強く示唆されていたからこそ、皇帝はパステア王国出身のフラン達を強く擁護し、王国への橋渡しとするために厚遇したのだ。
そもそも、魔王が復活した時、もしくはそろそろ復活するという時に取れる手段は、大きく分けて三つしかない。
まずは実力のある勇者を用意しておくこと。
これは当然だが、もっとも重要な人類にとって必須の準備とも言える。
次にできるだけ暗躍する魔族の数を減らし、なおかつ魔王復活の情報を手に入れた国家がいち早く他国に情報を伝達すること。
これも当然ではあるが、他国といっても人類にはエルフやドワーフなど、他にも様々な種族が存在している。
協力関係でもなんでもない者達と情報を共有し、魔王が大きく動き出すまでにできる限りの魔族を減らさなければならないのだ。
これは足並みの揃わぬ人類にとって、かなり無理のある要求と言えた。
だからこそ皇帝は真っ先に関係の悪化していたパステア王国へと橋渡しをして、何よりも優先して事態の改善を図ったのだ。
数々の苛烈な制裁もこのためと言えるだろう。
最後におまけで、人類同士が団結し、決して内輪もめで絶望などを生まないように、魔王への隙を無くすことなどがあるが、これはこの世界の者達にはあずかり知らぬことだ。
魔王の復活には絶望を必要としていることは知っていても、それは復活するために一時的に必要な儀式かなにかであり、魔王を支える力の全てであるとまでは認識されていなかった。
よって、現在皇帝は自分に出来る最大の仕事として、二つ目の「情報の共有と魔族の駆逐」に全力を注いだのである。
魔王がもうそろそろ復活するだろうことは分かっていたし、帝都から逃がした聖剣の勇者は現在行方知れずだ。
あの勇者が万が一にでも死ねば魔族が黙っているはずもないし、生きていることは確実だろう。
直近の行方が分からない以上は現状できることもないので、まずは聖剣の勇者の方は様子見で良い。
ならば今ここで第二の勇者であるフランを最大限有効活用し、なんなら氷精霊や雷精霊とも渡りを付けて人類最強の盾にする、というのが人類最大の国家の頂点、この国の為政者としてできる最終判断であったという訳である。
「覚悟しろよフラン。この先の時代は荒れるぞ」
「分かっています。なにせ未だかつてない例外が多すぎる。おそらく、いままでの魔王災害とは何かが違う、とんでもないことが起きる前兆なんだと思います」
ぐったりと疲れた様子でソファに腰掛ける皇帝と、ただ一人この場で対談していた勇者フランは苦笑いをして、激動の時代へと覚悟を決める。
勇者フラン自身、巻き込んだ仲間達には悪いが付き合ってもらうしかないだろうと思っているくらい、今回の魔王災害は歴史の流れとは大きく様子が違っていたのだから。
ただ、こういった人類の思惑など全く感知していない、ストレス解消のプロである邪悪なちみっこを保護した、とある精霊さんはというと……。
「待たせたねドラちゃんっ! この子が件のストレス解消のプロ、最上級ちみっこカウンセラーだよ!」
「うむ……」
「ほほう……。魔王よ、ずいぶんと可愛らしい姿になったものだな。なんだ? もしかして魔力も全盛期の数百分の一か?」
「う、うむ……」
涙目になって絶望しかけているちみっこを竜王の前に連れ出し、新しい移住者として自己紹介させていたのであった。
自然界の調停者である百五十メートル級のドラゴン、つまりは竜王の前に連れていくその判断に、最初はちみっこも全力で抵抗した。
それはもう力の限り復活してきた絶望魔力を駆使して、どうにか逃げようとしたのだ。
だが必死に攻撃しても精霊さんは、「およよ……」とかいって何事もなく無傷だった。
その上最終手段として、再びの転移で逃げようとしても、「それはもう見たよ!」とかいって魔法の構築を即座に打ち消す。
さらにあろうことか、転移に向けていた絶望魔力を不思議エネルギーで包み込み全損させてきたのだ。
もはやこれまで。
このことに半ば開き直ったちみっこは悟りの境地へと達し、もはやどんなピンチにも動じず「うむ……」としか言わぬ無敵の人となっていたのである。
いや、やっぱり怖いものは怖いので、ちょっと竜王から脅されると動揺はする。
でもやっぱり、ちみっこは必殺の「うむ……」で乗り切る気満々なのであった。
「どう、ちみっこ? ドラちゃんと仲良くできそう?」
「うむ……」
「よかったー。これでお魚ランドに正式リリースだね! これからは凄腕のプロカウンセラーとして、みんなのストレスや不安をモグモグしていってください。やくめだよ?」
「う? うむ……っ」
でも嫌なことばかりではない。
ちみっこには、このお魚ランドでみんなの絶望をモグモグするという、とても楽しみな仕事が待っているのだから。
そんなビビりつつも嬉しそうなちみっこ魔王を見た精霊さんは、これでお魚ランドの功績もずいぶんとたまったなぁ……、と。
いずれ決戦の時を迎える、……と妄想している、精霊王との功績バトルに想いを馳せるのであった。