第3話
へいへいへい、この世界に生まれて三か月が経とうとしている新米の精霊さんだよー。
三か月なんてニンゲンなら赤ちゃんだよね。
なので当然、名前はまだない。
いずれニンゲンと出会えれば、いろいろな呼ばれ方をするだろう!
そういう希望を持って生きていきたいと思います。
それはそうとして、現在私は拠点の創造にハマっていた。
いわば精霊人生初の趣味というやつだね。
きっかけは溜まりに溜まったこの大量の水。
この水を利用して、何か有益なことができないかと考えたのが始まり。
そうしてできたのがこちら、氷でできた宮殿でございます。
その名もアイスキャッスル。
全部そのまんまのネーミングだね、とても捻りが無い。
でもいいんだ。
だって普通に建築したんじゃ百年かかっても完成しないであろう、荘厳な宮殿が出来たし。
名は体を表すと思っておけばいいんだ。
それにこれは私こと精霊さんの作った血と汗と……、は出せないので、雨と魔法の結晶になります。
イメージをすればある程度自動で補強され建築してくれる魔法の力で、自由に氷の宮殿を作ること二か月。
一度創造した氷は、精霊さんの不思議な魔力によってよほどのことが無いと溶けない素敵仕様。
もし溶けることがあるとすれば、私に内包されているあのイキの良いエネルギーに近い出力の攻撃が必要だ。
そのくらいの強度で建築したけど、攻撃の意思がない魔法で作った氷だからかそんなに冷たくないんだよね。
そうして完成した宮殿の頂上、玉座の間で私は不敵にほほ笑む。
いわゆる、アダムと雪の女王ごっこである。
……アダムと雪の女王ってなんだろう?
でも、記憶には確かにこういうところで歌って踊る女王の光景があるんだよ。
なんでだろうね、不思議だね。
きっと私の前世にはそういう人物がいたのだろう。
精霊さんは難しい過去は気にしないことにした。
「ラララ~。およ?」
できたての宮殿に満足しつつ、記憶と同じように玉座の間で歌って踊っていると、遠くの方に小さなエネルギーが明滅しているのを感じ取った。
エネルギー、つまり私の定義では魔力ってことになるんだけど。
おかしいな?
この近くには人っ子一人いないし、生き物どころか草一本も生えていない。
私が部外者であると分かるだけの魔力を持つ存在なんて、近くにいないはずなんだけどなぁ……。
といっても大洪水を起こしてからは宮殿の建築に携わり、匠の精霊と化していた。
そんな私が遠くまで生き物を探していたなんてことはありえないので、もしかしたらこの大地を囲むように聳え立つ山々の向こうには、ここにたどり着ける生き物が存在していたのかもしれない。
まあ、目立つもんね、氷の宮殿。
少しでも知能がある生き物が見たら、これは何事かと思うはずだ。
気にならないわけがない。
幸いなことに生き物は宮殿の玄関付近まで来ている。
しかしなにやら元気がないのか、微弱な魔力を明滅させて恐る恐るといった感じで宮殿内を散策しているようだ。
「うーん。どうしようかな。会ってみたい気もするけど、意思疎通ができないタイプの生き物だったらどうしよう」
急に攻撃とかされたら困るよ。
実体化していない幽体の状態であれば無敵の精霊さんとはいえ、挨拶するためには実体化しなければ話が始まらない。
だけど、かといってここから遠距離攻撃でサクッと殺しちゃうのも、それはそれで殺意が高すぎる。
まだ相手は何も悪いことをしていないのだから、殺すのは無しだ。
「ならば妥協して、実体化しつつ玉座の間で待つということにしよ~」
どっちの意見も極端なら、中間あたりを狙えばちょうどいいよね。
これが正しい選択かは分からないけど、なるようになってくれることを祈るよ。
「おっと。それなら、もうちょっとおめかししないとね。魔法で演出を加えて~っと……」
訪れるお客さんは元気が無いようなので、癒しの願いを込めた魔力をキラキラ光るエフェクトとして玉座の間に配置。
少しでもキラキラに接触すれば、その分だけ回復する仕組みだ。
目指すは知的な精霊さん。
そして慈悲深き雪の女王様ごっこだ。
◇
「このような世界の果てまでよくぞきた。歓迎しよう勇者達よ」
氷でできた玉座の間に、圧倒的かつ荘厳な魔力をまとった氷と雪の女王が言葉を紡ぐ。
その透き通るような肌と人外の雰囲気。
そして何よりこのような場所で一人佇むその姿は、まるで吟遊詩人による伝説や御伽噺に謡われる精霊のような心象を抱かせた。
精霊……。
そうだ、彼女は氷の精霊だ。
ルドガン辺境伯からの調査依頼で死の大地を目指して半月と少し。
俺達【青蘭の剣】と辺境伯紐づきの護衛騎士達は順調に調査を進め、迫りくる強大な魔物を退けながらもようやくここまでたどり着いた。
調査といってもその内容は過酷だ。
死の大地と人類の領域を明確に隔てる周囲の山々には、魔物たちにしか分からない無数の縄張りがあり、B級でも極めてA級に近い厄介な魔物が徒党を組んで襲い掛かってくる。
それこそ運が悪ければ上級の竜なんかにも遭遇する場合だってある。
見つかってしまえば戦闘は基本的に避けられず、さらなる魔物をおびき寄せる前に徹底的に戦うしか道は無い。
この険しい山と縄張りだらけの空間に逃げ場などどこにもなく、無理をして逃げれば街や村にこれだけの強さの魔物をトレインしてしまうことに繋がる。
それでも極力戦闘にならないよう、パーティーの斥候が必死に道を探し、傷を負えば用意した物資で癒しつつ目的地を目指す。
俺たち【青蘭の剣】がA級冒険者となってから、もっとも厳しい依頼であったことは間違いない。
回復魔法の使い手でもいればもうちょっと楽になるんだが、まあ無いものねだりをしても仕方がないな。
そもそも回復魔法の使い手である神官には、この強行軍についてこれるだけの体力も戦闘力もないだろう。
なにより、仮にそれだけの実力を兼ね備えた神官がいたとして、そんなどんなパーティーからも喉から手が出るほどに有能な人材はS級冒険者にも一人いるかどうかだ。
それくらい回復魔法に適性のある人類は貴重だし、噂の聖女様なんて魔王出現くらいの世界規模の災厄でもなければ、教会からでてきやしない。
世の中そんなものだ。
そうこうして体力を限界まで削りながら、ギリギリ辺境伯領まで帰還できる物資を維持して、ようやく死の大地が目前に控える山頂までやってきた。
だからそこで気が緩んだのだろう。
調査隊のリーダーでもあるこのフラン様が、まさか最後の最後であんなヘマをするなんてな。
「リーダー。おい、リーダー。まだ生きているか?」
「くっ。……は、ははは。あ、当り前だ。こんな冒険者の夢みたいなおもしれぇ状況で、簡単に死ねるかよ。舐めるんじゃないぜ」
そう、油断だ。
山頂から見えるあり得ない光景。
死の大地と呼ばれたそこに巨大な湖が誕生し、中心部に荘厳な氷の城が建っているなんて誰が想像するんだ。
しかしそのせいで気が緩んだのは事実で、俺は背後からくる中級風竜のブレスに気が付かなかった。
気づいた時にはもうブレスは放たれる直前で、A級冒険者として鍛えられた瞬発力と魔力を全力で回しつつ、仲間達の前に躍り出てブレスの盾になることくらいしかできなかったのだ。
運がいいのか悪いのか、俺達は風竜のブレスを受けたことで山頂から死の大地側に転がり込み、風竜もそこまでは追わずに縄張りからは出てこないようだった。
これが中級じゃなくて上級の竜だったり、俺が最後の最後まで気づかなかったら全員即死だっただろう。
本当に、ギリギリのところで助かった。
だが俺のダメージも深刻なのは間違いなく、ここから辺境伯領へと引き返すのは絶望的。
唯一助かる見込みがあるとすれば、あのどう見ても人工物としか思えない氷の城へとたどり着き、それこそ運よく回復ポーションか回復軟膏を譲ってもらうしかないだろう。
運よくあそこに人がいて、運よく回復手段があり、運よく交渉が成立する……。
ははは……。
我ながら絶体絶命にもほどがあるぜ。
だが、そんな絶体絶命の状況は、奇跡としか思えない氷の精霊の御業によって簡単に覆ることとなる。
「どうやら、傷を負っているものがいるようだな。どれ、辺りで輝いている小さき光の粒に触れるとよい。それらは癒しを封じ込めた力の結晶だ。そのくらいの傷であれば、たちまち回復に向かうだろう」
それはおそらく、自然を司るに相応しい偉大なる精霊魔法。
氷の精霊が齎す、まさに奇跡の力であった。