第21話
ヤミくんに守られたパティちゃんと、ニンゲンにしてはつよつよなリーダーさん達一行が、今もルドガン辺境伯領を目指し旅をしていると思われる、そんな秋の終わり頃。
今日も熱心に竜宮城建設の「現場監督その一」として活躍する姫様が、鈴を転がすような良く通る澄んだ声でみんなの指揮を執っていた。
今も平民大魔亀のみんながああでもない、こうでもない、と頭を悩ませるアイスシャチホコの取り付けに尽力し、頭に叩き込んだ設計図通りに指示を繰り出す姿は、とても幼女とは思えないくらいだよ。
最初に見た時からこの姫様はできる子だって思ってたけど、やる気になった子供の力っていうのは凄いね!
毎日、まさに縦横無尽に働いて、次々に重要施設を完成させていっているんだ。
「姫様、この対になった魚みたいな飾りはどうするんですか? 玄関にでも飾っとくんですかね?」
「待てい! 氷のシャチホコは屋根の上じゃ! そう、屋根の先っぽ! そうじゃ、そこでいい!」
「おお! これはしっくりくるな! さすが姫様、ご慧眼です!」
「ふははは! 自分はもうこの城の全てを頭に叩き込んでおるからのう! どんどん頼れぃ!」
姫様の指示により完璧な位置に取り付けられたアイスシャチホコが、頭上から降り注ぐ太陽光を浴びてキラリと光る。
作業員全員からカッコいいとか、しっくりくるなと評価されたアイスシャチホコの顔は、心なしか少しだけ偉そうに見えるんだよ。
不思議だね。
このシャチホコさん、いつの間にか自我でも芽生えたのかなぁ?
まあ、精霊さんがイメージに願いを込めて作った不思議なものだから、そういうこともあるのかもね。
詳しいことは分からないけど、別に害が無いならいいかな。
それとこうして現場の視察に励む精霊さんだけど、私だってただ見ているだけではないよ。
みんなが安心安全に作業を続けられるよう、効率の良い交通網を司っているんだ。
「ピ、ピ、ピ! ピ、ピ、ピ!」
「そこじゃ~カメ吉、もっと下にアイスレンガを降ろせぃ!」
「ピ、ピ、ピ!」
実は交通整理には秘密兵器があって、先ほどから鳴り響くピッピッピ、という音がミソ。
前世の知識によると、交通の現場を指揮する者はこうして笛を口に挟んで大まかな指示を出すんだ。
つまり私はやる気になった姫様と並ぶ、竜宮城建設の「現場監督その二」となったわけだね。
姫様は言葉でアイスレンガの位置を指示して、私はわちゃわちゃと混雑するみんなの交通網をアイスホイッスルで整理する。
これこそが最速で最高の竜宮城建設を目指す、姫様と精霊さんの完璧なチームプレイなんだ。
「この施設もだんだんと形になってきたのう……。感慨深いものじゃ」
「ピ、ピ、ピピッ!」
「うむ、レイの言う通りじゃな。こうして働くことで見えてくるものがある。かつての自分が、いかに皆に甘えただけの子供であったか、それがよく分かるというものじゃ」
かつてはただの神輿として湖に隠れ潜み、一族に守られながらわがままを言うだけであったと姫様は語る。
たしかに姫様の血統は神輿に相応しく、高い潜在能力は大魔亀の希望であり誇りでもあったんだ。
でもそれはあくまでも周りから押し付けられた評価や期待であって、姫様自身で勝ち取った何かじゃない。
それが今はこうして現場に立って指揮を執ることで、正式に上に立つ者としての自覚が芽生え、少しづつ経験を積むことが一族のみんなとの心の繋がりにも感じられるようになったんだってさ。
姫様の親がニンゲンさんに狩られてしまって以降、まだ小さい姫様の代わりにもともとはカメ吉くんがこの役目を担っていたんだけど、もう今はカメ吉くんに頼り切りではない。
そんな大事なオヤブンの姿を見たカメ吉くんは、姫様は変わられたっすね、と晴れ晴れしい表情で私に報告してくれた。
「ピ、ピピ、ピ~!」
「なんじゃレイ。また辺境伯領とかいう人間の街へいくのか? あんな水も少ない陸地などに遊びにいくとは、お前も物好きだの……」
「オヤブン、それはあくまでも大魔亀の感覚っすよ。レイ様はオレっち達だけじゃなくて、人間とも良好な関係を築いているっすからね」
「ふむ? それもそうじゃったな」
というわけで、ここ最近一気に建設が進んだ竜宮城は、もうリーダーさん達が遊びにくるまでには余裕をもって施設が整いそうなので、私は久しぶりにニンゲンの街へ遊びにいくことにした。
実は当初イメージしていた頃より予想以上に立派に、そして予定以上に早く完成へ近づいているものだから、もっとたくさんの人に遊びに来てもらいたくなっちゃったんだよね。
でもあまり大勢だと死の大地周辺の山々に縄張りを持つ魔物さんを驚かせることになっちゃうから、最低限ルドガン辺境伯という街の責任者に手紙だけ出すことにしたんだ。
そうして私はホイッスルを吹くために実体化した姿のまま、アイスキャッスルの玉座の上に置いておいたカメ吉くんが書いた手紙を取りに戻る。
カメ吉くんもそこまでニンゲンの文字に詳しいわけじゃないみたいだけどね。
でも代々のオヤブンを支えてきた古参カメとして長く生きた経験から、大魔亀がニンゲンとの生存競争で少しでも有利になれるよう、文字を学んだことも過去にあったんだって。
カメ吉くん本人に文字の習熟度合いを確認したところ、どうやら前世でいうところの「かたかな」や「ひらがな」あたりの文字までは書けるらしい、
実際に「かたかな」とかがあるわけじゃないけど、まあ、この世界も前世と同じく「かんじ」とかに似たような表意文字が発達した世界だったんだ。
ただし、場合によっては時々表音文字も混ざるし、混ざらない時もある。
つまりこの世界の文字習得は一筋縄ではいかないらしくて、カメ吉くんほどの猛者であってもひっそりと学習するには限度があるくらいには難しい。
だからあくまでも最低限のニュアンスを伝える形でお手紙を書き、それを私がニンゲンの街へ持っていくことにした。
目指すはルドガン辺境伯の御屋敷に、いい感じのミステリアスさを醸し出しつつ置いてくることだよ!
きっと枕元に置かれたお手紙を見た辺境伯さんは、こう思うはずだ。
「すごい! な、なんてミステリアスなんだ……!」ってね!
そんなワクワクするような知的ムーヴに期待しつつ、私は実体化した足で山を駆け下りていった。
街へ侵入する時はこっそりとになるけど、もう既に一度はスライム魔石で入場料は払っているんだ。
私が辺境伯さんの街で何かしても、アリバイはしっかりとあるね。
そう、この精霊さんのお魚ランドへの招待作戦は、どこからどうみても完璧な素晴らしい作戦なんだよ。
◇
その日、戦鬼と畏れられるパステア王国の英傑、グレイシード・ルドガン辺境伯は戦慄した。
なぜなら朝起きたら突然、枕元に不審極まる謎のメモがそっと置かれていたからだ。
そのメモの内容は一瞬暗号かと疑うほどに、わざわざ文字に慣れていない者が書いたかのような初歩の文体で書かれていた。
だがこれだけ不審な状況を作り出せるはずの存在が、まさか文字すら書けないなどあるわけがない。
故にその線は消えたが、ではどうやって忍び込んだのか、そして何が目的なのか、その全てが謎に包まれている。
何より、このメモを残していった者がその気になれば、戦鬼と呼ばれた己の首など簡単に取れてしまうほどの手練れであることに、肝を冷やさずにはいられなかった。
「こ、これは、へんきょうはくさんへ、おさかなランドへのしょうたいですよ、と読めばいいのか? ……いや、分からんな。何かの謎かけかもしれん。おそらくは魔族の手による罠だろうが……。何が目的だ?」
辺境伯は考える。
考えるが、そもそもこの辺境の地を大型魔物の防波堤となり、戦うことで治めてきた彼に頭脳戦は相性が悪い。
別に彼は馬鹿ではないし、脳筋といわれるほど力に傾倒してもいない。
だが知恵を使う専門部署となる文官職の者やそういった貴族に及ばないのは事実で、これほど不審な事件となると、どうしても一人では解決し難い問題であった。
だが、万が一このメモのことを安易に喋れば、漏れた情報がどう周囲の者の被害へと繋がるかも分からない。
彼は現役の大貴族ではあるが、同時に守る者のいる親でもあるのだ。
既にいずれこの地位を継ぐはずの息子は妻を迎えて、孫を持ち日々の幸せを築いている。
戦争でもなく、魔物でもなく、こんな訳の分からないメモなどで彼らの幸せを万が一にでも脅かすことなど、到底彼にはできなかったのだ。
そこまで考えた時に辺境伯の脳裏で、はっ、と思い付くことがあった。
「確か、フランの奴が陛下の勅命でこちらへ向かってきている途中だったな。ふむ……。どうせ奴を陛下への使者として送り出した時点で、儂は奴の後見人だ。一蓮托生であるならば、少しは助力も望めるだろう」
そう考えたルドガン辺境伯は今にも無かったことにしたい不審な手紙を厳重に保管し、来るべき魔族の謀略にどう対処するべきか、さらに頭を悩ませるのであった。