第18話
私の起こした天変地異で水没した死の大地、もといお魚ランド建設予定地となるアイスキャッスル周辺に、移住者を運搬してから数日ほどが経った。
今は一気にお魚さん達や大魔亀の移住者組を放流するには土地が広大すぎるということで、まずは区画を区切って移住者達の仮住宅を建設し終わったところだよ。
お魚さんや水蛇にザリガニ、そういった小型の生き物は私の冷たくない氷魔法で周囲を囲い、元居た湖よりちょっと小さいくらいの規模で生け簀にしてある。
ぷらんくとぅんなどの微生物や水生の植物も一緒に移住させてあるから、きっとこのまますくすく繁殖し育ってくれるはずだ。
そうしたらいずれ生け簀を解放していって、徐々に区画を広げていくつもり。
まあ、万が一にも絶滅しないための保険として、水中には栄養満点の光の粒を配置しているけども。
お魚さん達が食料に困り衰弱してきた時はこの光をご利用くださいと、集めたお魚さんの中でもイキの良い個体にお話しておいた。
幽体の私が会話をする意思を持つとテレパシーとして意思そのものが伝わるので、それを応用した形だね。
もっとも、彼らと私では知能の差がありすぎて、会話内容は私から命令を伝えるだけの一方通行になりがちだけど。
光の粒に関しては、かつてリーダーさんやパティちゃんを完全回復したアレの応用みたいなものだ。
死の大地の環境に慣れず、栄養不足やストレスで死んでしまったら悲しいからね。
こういったケアはお魚ランド建設の責任者である精霊さんの役目なんだよ。
また別の枠組みとして、大型移住者である大魔亀のカメ吉くんや姫様なんかはアイスキャッスルから少し離れた空き地に、私の宮殿よりもかなり小ぶりな水中施設を用意してあげた。
施設の中には一通り擬人化した大魔亀達がニンゲンっぽく暮らすものが用意されていて、水中でアツアツのお鍋を煮込んだりもできる仕様だよ。
大きい亀の状態ではこの施設は必要なかったんだけど、せっかく人型になれるのならニンゲンの持つ文明の力を体験してほしかったんだ。
まだ仮住宅となる施設だから小ぶりな水中建築なんだけど、冷たくない氷で創造されたこの美麗な建物のデザインに姫様はとても心を打たれていた。
「な、なんじゃ! おいカメ吉! なんじゃこの美しい世界は!? ら、楽園の地お魚ランドとは、まさか本当の話じゃったのか……!!」
「だから言ったじゃないっすかオヤブン」
姫様は水中施設の中を幼女姿で走り回り、キャッキャウフフと寝転んだり氷の壁をトントンと叩いたりして、目を輝かせながら満点の笑顔を見せる。
うんうん。
これだけ喜んでもらえたら、みんなのために頑張った精霊さんも嬉しいよ。
いまとなってはもう、元の湖にしがみついてイヤイヤと騒いでいた姫様の姿はどこにもないね。
やっぱり精霊さんの予想通り、姫様は一度気分が乗ってくればそこへ一直線になるタイプなんだ。
「でもレイ。これって仮住居なんだよね? ボクに建築のことはよく分からないけどさ」
「そうだよ~」
そう、これはあくまでもカメ吉くんや姫様、そして平民大魔亀の皆さんがとりあえず腰を落ち着けるためだけの施設だ。
この何もなかった死の大地を賑やかにする本番はここからなんだよね。
ただ生き物を集めたという、それだけでお魚ランドができましたなんてこと、精霊さんは口が裂けても言えないよ。
「なんじゃと!? で、ではこのさらに先があるというのか……?」
ゴクリ……、と唾をのんだ姫様が擬人化した幼女ボディをわなわなと震わせる。
小さな手をぎゅっと握りしめて、まるで信じられない未来を想像してしまった、と言わんばかりに見開かれた目からはこの先のお魚ランドに対する期待が感じられた。
そんなに期待してくれるなんて、姫様は自慢甲斐のあるカメさんだね!
でも、しょうがないな~。
まだこの先の予定は教えるつもりはなかったんだけど、目を輝かせている姫様のために、ちょっとだけだよ?
ちょっとだけ将来のお魚ランド、もとい大魔亀居住区の「竜宮城」設計図を見せてあげる!
「うん。この先どころかもっと先もあるよ? なんならこの先のお魚ランドは、正式に住民となった姫様達が大魔亀のみんなで建設してもよし、だよね。そしてこれが姫様達の楽園、竜宮城の外観図だよ!」
バーーーン!
そんな効果音を空気を振るわせる魔法で演出しつつ、予定していた竜宮城の外観を氷の壁に光魔法で投影させる。
私の言う魔法が本当に魔法なのかは疑問が尽きないけど、とりあえずイメージを光を経由させて投影するなんて朝飯前だ。
元々アイスキャッスルもそんな感じで建設したしね。
半ば自動でイメージ内容通りに氷の創造が補強され、安心安全の設計で二か月間の時をかけて完成しているんだ。
こんなイメージでしかない映像の投影なんて、今更な技術でもあるよ。
まあ技術とは言うけど、私はただエネルギーに願いを込めているだけなんだけど。
それはさておき。
「じゃ、じゃが自分らが竜宮城を作るというても、そんな人間達みたいな建築の技術はないぞ?」
「甘いっすよオヤブン。レイ様は一見何も考えていないように見えて、実際に何も考えてないみたいですが、その実力は本物です。レイ様ができると言えば確実にできるっすよ」
「うそじゃろ?」
カメ吉くんの言葉に「ほんまか?」とでも言いたげな姫様だが、ほんまである。
擬人化できるとはいえ、いままで野生に生きてきた大魔亀のみんなにも自由な建築ごっこができるくらいには、このアイスキャッスルを作り上げた精霊さんの力は自由自在なんだ。
もう慣れたんだよね、氷の創造って。
だから、これをこうして、……こうだよ!
「レイ、これは何かな? なんだかとてつもない力を秘めた氷のブロックに見えるんだけど……」
「ヤミくん、よくぞ聞いてくれたね! これが精霊さんが極めた冷たくない氷の極地。アイスレンガの創造だよ!」
なんとこのアイスレンガ、前世の知識にあったブロックを積み上げて世界を作るゲームを応用した建築資材。
微弱でも魔力を込めてアイスレンガを積み上げれば自動でくっつき、縦にも横にも釘いらずで建物を創造できるんだ。
一度くっついたアイスレンガはよっぽどのことがないと砕けないし、基本は水中で建築するから運ぶのも楽ちんだ。
まあ変なくっつけ方をして失敗すると、精霊さんがその部分を破壊しなきゃいけないけどね。
でも竜宮城の基本となる設計図だってあるし、これで初心者でも安心安全な快適環境で、自由なお魚ランド建設を目指せるというものだ。
「ふぉぉおおお!! すごい、すごい、すごい! 化け物最高! イレギュラー最高! お魚ランド最高じゃーーーー!」
「オヤブン。レイ様は化け物じゃなくて精霊様っすよ」
「そんな些細なことは、もはやどうでもいい!」
「そうっすか? まあ、そうっすね」
ウキャーー、と子供らしい絶叫でテンションを爆上げさせた姫様が、その幼女なボディで仮住宅の外へと駆け出して行った。
どうやらさっそく一族の大魔亀を指揮して竜宮城の建設をしに向かったようだ。
よかったよかった。
これで数か月後か数年後かしらないけど、近い将来立派な水中宮殿ができること間違いなしだね。
みんなと仲良くできているようで、私もちょっと安心したよ。
「さて。姫様達も元気になったみたいだし、そろそろ帰ろうか」
「そうだね~。山頂でこの辺りを塒にしていた竜王も言ってたけど、なんだか最近魔族の動きがきな臭いし。ボクはパティが少し心配だよ」
そう、ヤミくんが語っている通り、最近はなんだか各地で色々と迷惑系MeTuberのスタッフ達が暗躍を開始しているみたいなんだ。
なんでも彼らスタッフは魔族とかいうニンゲンさんの天敵となる種族のようで、かつて魔王に仕えていた自然の調和を乱す悪の化身なんだって。
精霊さんとしては種族に善悪なんて無いんじゃないかと思わなくもないけど、自然を司るヤミくんやドラちゃんにダメだと言われたらもうおしまいだね。
たぶんこの前の盗賊さん達と同じように、本当に悪い存在である可能性が高い。
何よりあの前世で覇権種族だったニンゲンさんの天敵だ。
これまた一筋縄ではいかない相手なんだ、きっと。
ちなみにドラちゃんとは死の大地に遊びにくる時は定期的に会っていて、というより帰宅中の帰り道にデカデカと陣取っているから、なんども顔を合わせているんだ。
そのせいでついお喋りが長くなり、王都への日帰り旅行がタイムオーバーしてしまったこともあるくらい。
なお、試しにドラちゃんの庇護があることを伝えるため、姫様とドラちゃんを会わせたこともあった。
だけど体長百五十メートル級の怪獣を視界に捉えた姫様は、一言も喋ることなく意識を飛ばしていたんだ。
たぶんスケールが大きすぎて気絶したんだけど、原因は恐怖なのか何なのか。
まあ、脳が処理できなかったんだと思う。
ちなみに気絶から目覚めた時にはその時の記憶が綺麗に消えていたよ。
かわいそうだね。
でもおかげで今日も元気だ。
「それにしてもな~。もうヤミくんもパティちゃんとすっかり仲良しだよね」
「まあね。初代と契約した時もそうだったけど、もともとボクは人間が好きなんだ」
最後にそんな世間話をしつつ、お魚ランドや竜宮城の未来はやる気になった姫様やカメ吉くん達に任せ、私達精霊ペアは王都へと戻っていく。
どこから情報を仕入れたのか分からないけど、氷精霊がこの死の大地に陣取っていると聞いた魔族が、ドラちゃんに喧嘩を売って山を強引に押し通ろうとしていたみたいだからね。
ちょっとリーダーさんやパティちゃん達が心配なんだ。