第16話
人類にとっては劇物精霊ペアであるレイとヤミが、未来のお魚ランド建設のため湖で移住者を募っていたちょうどその頃。
奇跡の少女パティの復活を見届けたA級冒険者パーティー【青蘭の剣】は、この重大事件の一部始終を国王に報告していた。
本来はたかが伯爵家の三男坊、それも一介の冒険者が、いくら緊急報告だと直談判したところで国王と私的に面会することなど不可能である。
しかし、今このパステア王国において、既にフラン・ローズハートは上層部から勇者と目されている重要人物だ。
何より、フランは国王から直々に新たな勅命を受けており、死の大地へ向かい精霊の助力を得るために、パステア王国からの全面的なバックアップを確約されていた。
そういった立場や伝手の関係もあり、今回死の大地へ向かうにあたって重要な要素となり得る少女パティの件を、事件当日直にパステア王へ報告することができている。
それにフランにはとある確信があった。
たかだか死の大地で死にかけていた程度の【青蘭の剣】に、伝説武器ともいえる精霊剣を託す、かの氷精霊に対する確信が。
「……と、いままでの行動から、おそらくかの氷精霊は人類に何らかの期待をかけているのだと思います」
「なんと、それでは少女に加護を与えた氷精霊は……」
「ええ、陛下。おそらくかの氷精霊にも何か目的があるのかと。この精霊剣を託した我々と少女を引き合わせたことからも、そこに何も思惑がないとは思えません」
フランは国王へありのままの所感を報告する。
彼は氷精霊と出会ってからのいままでの一連の出来事から、氷精霊は自分達人間が少なからず持つ、善性に期待しているのではないかと思っていたのだ。
もちろん、全てが善性である人物などいないし、フラン自身いままでの己がそれに相応しい潔白な人間であったなどと思ってもいない。
しかし何度思い返すも、やはり確信は揺るがない。
まずは、仲間を庇ったことで重症を負いつつも、生きることを諦めなかった時。
あの時はもう風竜のブレスダメージで、フラン自身には戦闘能力など残っていなかった。
このまま生かしておいてもパーティー全員の負担にしかならず、本来であれば仲間から「すまないが置いていく」と言われても不思議ではない、そんな状況下。
にも拘わらず仲間はフランを見捨てるそぶりすら見せず、それどころか最も命の危険に敏いはずのジークは率先してフランを背負い、懸命に声をかけ続けていた。
そこには確かな絆があり、人間の善性の結晶ともいえる生への足掻きだったのだ。
その結果、氷精霊はフラン達【青蘭の剣】の在り様を認め、精霊剣アイスソードを託したのである。
「うむ。だが、それだけでは偶然か、もしくは別の思惑があるとも言えるはずだ」
「ええ。ですが陛下もあえて質問している通り、当然続きがあります」
周囲の臣下にも理解できるよう、既に話の全貌が見えてきていたパステア王は、あえてフランに問い質す。
それに対しフランは王を前に笑顔を見せ、内心ここが正念場だと思いながらも余裕を見せつつ続けた。
彼曰く、次の根拠は【青蘭の剣】が王都へと馬車で移動しているときのことだ。
次々と周囲から人間の気配が消え、今となっては既に殺されていたのだと分かるそんな状況下。
それを引き起こしたのは魔王か、それとも魔王の手先かは分からない。
だが、少なくとも勇者として認定され魔王の脅威となるであろう【青蘭の剣】は精神的に疲弊していて、その命を刈り取るには絶好の機会であった。
にも拘わらず何らかの加護でもあるかのように馬車は王都へと辿り着き、結果だけを見るのであれば、まるでいままでの異変など無かったかのように平穏無事であったのだ。
さらに言えば、そんな異変だらけの馬車旅の少し前。
辺境伯に見送られる直前で、斥候であるジークが「何者かの視線」を感じ取っていた。
最初は王族の影や大貴族の隠密かとも思ったが、よく考えれば単体戦力としては斥候の中でも人類最高峰、A級冒険者に属するジークがその程度の視線を誤認するはずがない。
斥候のジークが「何者かの視線」と言えば、実際にそれは正体不明の人物による視線に他ならない。
そしてその視線の先には氷精霊がいたのだと、フランは考えていたのだった。
「なるほど、筋は通るな。善性を持ち勇者として期待をかけるお前達を見守り、今はまだ相対すべきではないと魔王の脅威から遠ざけていた……。そういうことだな?」
「ええ。その通りです。そして何より極めつけは……」
「精霊の寵児の出現、か……」
「はい」
ここまでいえば、もう周囲の者達にも何が言いたいのかを理解していた。
それこそ精霊の寵児たる少女パティは、出会った当初はただの行き倒れであり、その出自さえも不明で加護を持つほどの人物とはとても思えない。
だが実際には彼ら【青蘭の剣】は傷ついた何の力もない少女を救い、最後まで救助に尽力したのだ。
その結果、氷精霊は彼らと少女に手を貸し、以前に勇者フランが救われた奇跡の光で完全な復活を果たすことになる。
「きっとあれは、氷精霊が我々を見定めるために起こした、最後の試練だったに違いありません。そして試練の合格基準は……」
「ふむ。それこそ、人間の持つ善性。……かの精霊が人間に期待をかけていた。そういうことになるな?」
「その通りです」
フランはそう持論を述べ、あくまでも推測に過ぎないという体で語りつつも、報告内容には確信があるという態度を崩さなかった。
その冒険者として活動した一部始終を聞き、王や周囲の臣下達の反応は様々だ。
パステア王は確信を持ったフランの話に、人類へ期待をかけているのだという要素には素直に頷きつつも、内心はおそらくまだ試練は続くはずだと考える。
それは魔王という脅威が傍にあるこの状況下では、氷精霊の行動が中途半端であり、明確な形で期待をかけるにしては投げやりでもあるからだ。
このままでは、人類へ期待をかけ武器と寵児を預けたのであとは頑張ってね、という話になってしまう。
それは本来人間の世界には干渉しない精霊の在り様としては正しいが、今までの事例を鑑みるに、こうも勇者フランに直接干渉する氷精霊の性格からはいささか不自然に感じられる。
また宰相はそんな王の考えを理解しつつも、ならば王と共に国を采配する予備の頭脳として、反対にそうでなかった場合のことを考えた。
高位文官の数名は話の内容を理解しつつも、問題のスケールが国家という枠組みすら離れつつあることから様子を窺い黙り込む。
最後にこの場における護衛の責任者、近衛騎士団長はというと……。
「率直に聞く。フラン、お前は今後どちらに着く?」
「団長。それは俺がパステアの人間として動くか、人類を代表する勇者として動くか、という意味か?」
「そうだ。精霊にその精神を正義であると定められ、選ばれたお前には選ぶ資格がある。国の守護を預かる近衛騎士の一人としては失格かもしれんが、少なくとも一人の人間として、私はそう思う」
近衛騎士団長という責任ある立場と、この世界に生きる一人の人間であるという事実に板挟みになりながら、まるでフランの逃げ場を用意するように、わざと自らの近衛騎士という立場を放棄して問い質した。
「へっ、昔から相変わらずだな団長。あの頃、俺の逃げ場を無くすくらい強固な勧誘をしつつ、結局は騎士団か冒険者か、俺の自由意志を尊重してくれたよな。あの時のままだよ、あんたは」
「いいから答えろ」
「決まってんだろ。俺は勇者でも騎士でもねえ。この世界を股にかけ冒険に生きる剣士。A級冒険者、フラン・ローズハートだぜ? 【青蘭の剣】のみんなをさし置いて、勇者だのなんだのとイキがってられるかよ」
近衛騎士団長が用意した、パステア王国の者としてでもなく、勇者としてでもないその答えに、彼はフッと微笑み歓喜する。
剣士フランという男は、こうでなくてはと。
そしてそんな近衛騎士団長の歓喜は周囲の重鎮達にも伝搬し、まるで狙いすましたかのようにフラン・ローズハートの決断を尊重する流れへと向かっていった。
「変わり者だな。ああ、変わり者だ。お前こそ昔と変わらんではないか」
「当り前だぜ。そう簡単に人間が変わってたまるかよ」
「ふははは! それもそうだ!」
堰を切ったように噴き出す彼と同じように、部屋の者達は同じく笑いを零していく。
それはまるで勇者フランの誕生を、その決断を祝福するかのようであり、そして何よりフランが王国の意思を司る者達から、正式に国を代表する者として認められた証でもあった。
「くくくっ。近衛騎士団長よ。そなたいつもは腹芸など出来ぬといっておきながら、ここぞという時にはこれだ。……まったく、ライバルがこれでは手に負えぬよ」
「ははは。宰相殿、それは言い過ぎ、買いかぶり過ぎというやつですな。全てはこのフランの器の大きさ故、ですよ。こいつを見ていると、私は度々思うのです。……人類もまだ、捨てたものではないとね」
彼らは思う。
たとえ魔王が暗躍すれど、災厄が訪れるようなことがあれど、それがどうしたと。
人類はここに、氷精霊に認められし二人目の勇者、フラン・ローズハートを得た。
そして彼を導く精霊の寵児に、仲間達。
他国には他の強者達も多く集っている。
人は負けぬ。
お前などには負けぬよ、魔王。
そう心に秘めた言葉を噛みしめながら、魔王の侵略に晒された若き賢王、バンフレイム・メガロ・パステアは王国の夜明けを確信するのであった。