第14話
「コソコソコソ……」
「えっ、あの……?」
「コソ……。コソコソ……」
「あ、はい。死の大地にある未来のお魚ランドですか? ええ!? み、みんなでおいで……? はい、わかりました……」
はいはい、どうもどうも~。
人類の頼もしい味方、みんなを見守る正義の精霊さんことレイちゃんだよ~。
ついでに私の大親友である闇精霊のヤミくんと、私やリーダー達に介抱されて元気を取り戻した少女、パティちゃんもいま~す。
やったね、これはこの王都で新たに仲良くなった人達、オールスターなんだよっ!
「相変わらずレイは元気だなあ」
「あの、皆さまの姿は見えませんが、やはりこの声は精霊のお告げなんですか?」
「そうだよ。まあ、レイは何を遊んでいるのか、わざわざコソコソと喋りかけているみたいだけどね」
こら、そこ告げ口しない。
これは姿の見えない氷の精霊さんが演出するミステリアスさなんだよ。
ロマンが分かってないね、ヤミくんは。
そもそもの話、なぜ私達精霊ペアがこうしてパティちゃんの看病をしているのかというと、それは昨日の夜にリーダーさん達がこの少女を救助したことまで話が遡る。
私達が気ままに王都を徘徊していた昨日の夜。
表通りから少し脇に逸れた裏路地で倒れ、衰弱していたパティちゃんは、全身打撲に骨折、それに体力の低下から連鎖し体温低下まで引き起こして、夜の冷たさに命の熱を奪われ続け瀕死の重傷だった。
あの日のパティちゃんに何があったのかは定かではないけど、もういつ死んでもおかしくないっていう、そんな状態だったんだ。
だが、そこにすかさず駆けつけたのは我らがヒーロー、リーダーさん達である。
リーダーさん達はすぐさまパティちゃんを宿に連れ込み、暖炉の熱と温かい毛布で冷えきった体を温めた。
もちろんその時は固形の食事を取れるほどの状態じゃなかったから、リーダーの指示で弓使いの女性であるエリーさんが厨房を借りて果物をすり潰し、ジュース状にしてから口に含ませていたんだ。
さらにリーダーは斥候のジークさんに何らかの手紙をしたため渡すと、何やらお貴族様が使うような御大層な紋章がつく封蝋で封をして、大聖堂の神官に依頼を出せといって走らせた。
その際、同じくなんらかの手紙を準備していたローダンさんがこう言ったんだ。
「フラン。王都の大聖堂には神官ではなく、より高位の司祭や司教がいるだろう。なぜ神官に依頼した?」
「ローダン、よく考えろ。今はこの少女の命が尽きるのが先か、回復魔法の使い手に診てもらうのが先か、一刻を争う状況なんだ。そんな状況で腰の重いお偉いさんに依頼なんてできるか?」
「ああ……。そうか、なるほどな……」
「お前が何事も確実性を重視する堅実な性格なのは、俺の従者だった頃からの付き合いで、よく知っている。だが、今の状況は何よりも時間が惜しい」
とのことで、リーダーさんなりに考えがあったようだ。
ローダンさんはその説明を聞き納得すると、再び謎の書類をしたためる作業に戻る。
というか、あの書類なんなんだろうね?
精霊さんはこの世界の人と言葉は交わせるけど、文字は読めないんだ。
不便だね?
前世ではたいそう学のあっただろう元日本人なのに。
まあ、しょせん人類の蓄えた知識なんて世界が変わればこんなものだよ。
儚い……。
それはさておき、そうこうしてドタバタしつつも状況は刻一刻と移り変わり、神官の助力やリーダーさん達の看病もむなしく、瀕死の少女は確実に死へと向かっていった。
このままだと死んじゃうな~とヤミくんと二人で見学していたんだけど、少女の様子を見守っていた斥候のジークさんがポロリと独り言を零したんだ。
「……栄に栄えたこの国一番の王都といっても、結局こんなもんかよ。スラムのガキ一人救えねぇじゃねえか」
「ジーク……」
「はっ! 何がA級冒険者、何がスラム街の英雄【幻影】だ。こんな無駄に偉そうな肩書きで、何が変えられる? ……コケ脅しにもなりゃしねぇよ」
とても悔しそうに呟いたジークさんの背中は、せっかく精霊さんがあげた花丸がしおれてしまうくらいに泣いていた。
いわゆる、背中で泣くイイ男ってやつだね!
本当は少女が生きようが死のうが、ヤミくんの言った通り自然の摂理であり、少女の過去になにがあったかなんてのも含めて全く興味がないんだけどね?
でも、せっかく精霊さんがリーダーさん達に満点花丸で評価してあげたのに、そこにケチがつけられたようでちょっと悲しかった。
だから、少しだけ手助けしてあげることにしたんだ。
手助けの内容はもちろん、あの死の大地でリーダーさんを回復させた奇跡の光。
もとい、ちっちゃい光の粒に癒しの願いを込めた、精霊さんが独自に開発した美しい演出魔法だよ!
「な、なんだ!? 急にあちこちから光の粒子が!?」
「まって、落ち着いてフラン! これってアレよ、アレ!」
「アレ!? アレというと、……ああっ!! え!? 嘘だろ!?」
むふふ、ようやく気付いたようだね。
驚いてる驚いてる。
そりゃあ死の大地にいるはずの精霊さんしか使えない、美しい演出だもんね。
でも凄いのは演出だけではないよ、回復力だってニンゲンを治すくらいわけないんだ!
「こ、これはっ!? 少女の傷も体力も完全回復している……? まさか、そんなバカな……!」
ほら、ずっと看病していた神官さんはこの魔法の効力を正確に認識し把握している。
それに声には出さないけど、誰よりも早くこの既視感のある状況を認識していた斥候のジークさんは、ぐわっと目を見開いて真顔で沈黙してしまったようだ。
もう微動だにしていないよ。
そんなに精霊さんの魔法が綺麗だったのかな……?
でも、あれだけ悲しみに暮れていた男の背中に、今はもう涙の影はない。
よかったよかった。
やっぱり花丸をもらった時は喜ばなくちゃ、楽しくないよね!
「フラン、これは……」
「ああ、ローダン。おそらくお前の思っている通りだろう。どんな生い立ちかは知らないが、この少女にはあの時の氷精霊の加護か、もしくは氷精霊の導きがついている」
むむむ?
私の加護と導き?
まあ、そう言われればそう言えなくもないかな?
実際に回復させたのは精霊さんだからね。
その称賛、甘んじて受け入れて進ぜよう。
「だろうな……。これはまた、陛下から死の大地に赴くよう勅命を受けてから、ずいぶんと運の向いた展開だな?」
「それこそ精霊の導きというやつさ。曲がりなりにも俺達は精霊剣を託すに値すると信頼されたんだぞ。ついでに氷精霊が贔屓する特別な少女を託すことくらい、してもおかしくはないだろうぜ」
そんなこんなで行き倒れの少女ことパティちゃんは、翌朝には無事に回復してリーダー達から散々歓迎されていた。
というより、リーダー達はこの少女に何かすごい力があると思っているようで、大事な人類のキーマンを無為に失わず済んで良かったとかなんとか言っている。
それはここに足を運んでくれた神官も同様で、パステア陛下と教皇様にこの件をお知らせしなければと呟き、いそいそと帰っていった。
でもって、現在に至る。
「あの? 精霊さんは闇の精霊さんと、氷の精霊さんなんですよね? 昨日は私を助けてくれたようで、本当にありがとうございました……」
「コソコソコソ……」
「いえ。あの時のことはまったく覚えていないんです。スラム街にいたことも、気づいたらそこで倒れていた感じなので……」
「コソ! コソコソ!」
「いえいえ、いいんです。結果的に、こうして命が救われましたから。でも私の過去が気になるならお教えしますよ? ありきたりで、つまらないものではありますが……」
「コソコソソソ~」
「え? 興味はない、ですか? そんなぁ~」
うんうん。
姿を消してミステリアスムーヴをするのはとても楽しいね。
ヤミくんはこの遊びに飽きてその辺の影に擬態して遊んでるけど、私はとても気分が良いよ。
でも残念だけど、パティちゃんの過去には特に興味がないんだ。
ほら、ニンゲンさんの過去に一々反応してたらキリがないからね。
別にわざわざ話してくれなくても良いよ。
それにパティちゃんがどうしてもお礼をしたいなら、リーダー達といっしょに、いつかヤミくんと建設するお魚ランドへ遊びにきてくれると嬉しい。
ちなみに今はリーダー達が外出中で、なんでも緊急の要件が出来たと再び王城へ向かっていった。
その間パティちゃんは一人お留守番になるわけだけど、そこはA級冒険者が宿泊するほどの厳重な警備がされたロイヤルホテル。
一概に宿とはいっても、その辺のチンケな宿とは安全性も居住性も何もかもが違うのですよ。
リーダー達もそれが分かっているから置いていったんだろうね。
パティちゃんの体調は万が一に備えて安静にさせているけど、実際は精霊さんの癒しの粒で完全回復していて、もう何も問題はないわけだし。
「レイ~。そろそろ飽きたよ~」
「コソッ、コソコソ。……あ、ヤミくん? じゃあそろそろお魚ランドのお魚さんを捕まえにいこうか」
「りょ~か~い。で、お魚ランドってなに?」
「それはお魚さん達の楽園かな……」
「ごめん、よくわからないかな……」
そんなこんなで、私達は一先ずパティちゃんに別れを告げ、お魚ランドの建設のため、王都につくまでに見つけた湖へと旅立っていったのであった。
まあ、パティちゃんとは定期的にミステリアスムーヴで遊びたいから、日帰り旅行だけどね。