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第12話


「陛下、お顔の色が優れないようですが、何かさきほどの謁見内容に懸念点でも……?」

「いやなに、そうではない。そうではないのだ……。実際、彼ら辺境伯領の使者は実によくやってくれた」


 地下室の祭壇を破壊したどこかの精霊さんが闇精霊と友達になり、なんやかんやそのまま王都に飛び出して街中を楽しみつつ、今日はこのままヤミくんと飛び回るとか言い出しているであろう、そんな日のお昼過ぎ頃。


 つつがなくルドガン辺境伯領の使者にして、A級冒険者【青蘭の剣】との謁見を終えた現国王。

 バンフレイム・メガロ・パステアは青ざめた表情で執務室の椅子にもたれかかり、それでも尚なんとか平静を取り繕うとしていた。


 現在はその様子をお付きの高位文官に心配され、普段とは違うパステア王の表情から只事ではない非常事態だと悟り、ハンドサインで他の者達を下がらせ人払いしているところだ。


 人払いの後、執務室に残っているのは国王と宰相、人払いを指示した高位文官と最低限の近衛騎士一名のみである。

 まあ、天井裏には王族を四六時中交代で護衛する「影」が数人いるが、彼らが情報を口外し裏切ることはあり得ないので、人払いの数には入れなくてもいいだろう。


「……問題があるようであれば、私はもちろん護衛も下がらせますが。「影」がいる王城内ならば危険もないでしょう」

「いや、このままで構わない。ここにいる者達になら話しても良いだろう」


 高位文官の問いに答えつつ一度深く息を吐き、冷や汗を拭ったパステア王は語る。

 曰く、昨日の夜、誰にも気づかれないままに、自らの寝室へ魔王に連なるであろう人外が接触してきたと。


「なんと!? それは誠ですか陛下!!」

「おのれ、警備は何をやっていた!!」


 魔王からの接触。

 それも、たとえ寝室であろうと常に護衛をしている「影」の目をかいくぐり、さらに厳重な警備で守られた王城に誰一人気づかせず。

 それどころか、こうしていつでもパステア王の命を脅かせるとでも言いたげに、王城内の人間を誰一人傷つけずにやってのけた敵の手腕に、王と宰相を除く全ての者が驚き声を上げた。


「ええい、静まれい! 今は陛下が状況を説明しているのだ、不用意に口を挟むなど言語道断であるぞ!」

「宰相よ、よい。皆の気持ちも分かるからな」


 こうして一度爆発させなければ、いくら己が信を置く優秀な部下達といえども、王城内部へと軽々侵入した魔王の力に怯え、いつ錯乱し裏切るかもわからない。


 何より、パステア王自身が一番この事態に動揺している。

 あの賢王と呼ばれた傑物が態度に出すなどという、普段では考えられない失態を晒すくらいには、ありえない異常事態だったのだ。

 だからこそ、ここは部下の動揺が収まるまで静観し、彼らが落ち着くまで待ち話を進めた。


「うむ。落ち着いたようだな」

「はっ! 面目次第もございませぬ」

「よい。先ほども言ったがね、これは最悪、パステア王国どころか人類全体で備えなければならない特級の案件だ。こうなると、事前にローズハート伯の三男と謁見の間で会っていたのは大きい」


 A級冒険者【青蘭の剣】のリーダーにして、ローズハート伯爵家に連なる貴族の系譜、フラン・ローズハート。

 彼は家の嫡子ではないものの、幼少の頃より剣士として天賦の才を見せ噂になった元神童だ。

 王国の学園に通っていた当時、冒険者になる前は騎士団からの熱烈な勧誘合戦があったくらいには、その剣の腕は人類種として完成されていた。

 現在彼は二十四歳だが、十八歳で学園を卒業し冒険者となって六年でA級にまで上り詰めたその才覚は、紛れもない本物である。


 さらには今回、死の大地の異変調査というこれまた超難易度の依頼を完遂し、氷の精霊と思わしき存在から精霊剣アイスソードを託され勇者と認定されるなど、今なお活躍は目覚ましい。


 謁見でも報告を受けたが、彼が指揮した調査隊が確認したという氷の精霊の予言。

 近々この世界に災厄が訪れるという情報は、王の身に起きた事件と以前「影」から受けた報告、そして勇者フラン・ローズハートの調査内容により、ほぼ確実のものであるとパステア王は考えていたのだ。


「フラン・ローズハートですか……。まさか、騎士団の誘いを断り冒険者になった変わり者が、こうしてまた王国で波乱を巻き起こすとは。……もちろん良い意味で、ですがね。しかし、やはりあの頃の私の判断は正しかったようで何より」


 そう語るのはこの執務室への滞在が許された唯一の護衛、この国の武力の頂点の一角でもある近衛騎士団長その人である。

 彼はかつてフランの才能を見抜き、どうにか近衛騎士団へ勧誘して自分の後を継がせられないかと宰相に相談していたのだ。


 その時は派閥の異なる他貴族からの横やりで結局白紙になったが、だがこの結果だけを見るならば、近衛騎士団長の見抜いた若い才能の力は本物だったということになるのだろう。


 貴族に連なる者として出自良し、才能良し、話題性良し。

 もっと言えば変わり者であるというところも、近衛騎士団長の気に入っている点でもあった。


「近衛騎士団長か。うむ。そなたが是が非にでも近衛騎士団へ入れるべきだと進言しておった傑物よな。あの時は力になり切れずすまなんだ」

「いえいえ。いいのですよ宰相殿。どこにでも武官の発言に反発する文官貴族というのはおります。あなたの責任ではありません」


 宰相と近衛騎士団長、文官と武官。

 彼ら二人は一見派閥の違う者同士に思えるが、この国を最善の形で治め続けるパステア王家に忠誠を尽くす忠臣だ。

 片や政治における懐刀、片や武力における最終防壁。


 どちらが欠けても王国の骨子が揺らぐ以上、特に賢王と語られるバンフレイム・メガロ・パステアが両者の関係を放置しておくわけが無かった。


「話を戻そう。問題は私の寝室に侵入した化け物だが、奴は闇を少年のような形に凝縮した人外であり、自らをヤミと名乗っていた。一瞬、王家に伝わる闇精霊の伝承を思わせる風貌であったが、明確に違うと断言できる点があったのだ」

「と、いいますと?」

「簡単な話だな。かの人外は真名を名乗っていなかったのだよ」


 真名とは精霊にとっての誇りであり、力の源だ。

 別に真名を知られたからといって魂を掌握されることもなければ、何か実害があるわけでもない。

 それなのにも関わらず、かの人外は自らをヤミと名乗っている。


 王家に伝わる闇精霊の名は、ネーロ・シュヴァルツ・メランマテリア・グランネクロ。

 パステア王自身は幼き頃より父王から御伽噺であると聞かされており、またそれを疑ったこともなかった。

 幼少期には儀式をするための地下祭壇なるものを探し回ったこともあったが、そんなものはどこにも見つけられなかったからだ。


 たとえ地下祭壇が現在は機能を失っていると聞かされていても、仮にも実物とされる聖域が存在していたなら信用もしただろう。

 もしかしたらという可能性が僅かでもあるならば、その可能性をパステア王は捨てない。

 そのくらいには優秀な賢王であるし、「影」の報告で僅かな可能性から真実に辿り着きかけたパステア王ならば、実際そうなっていたはずである。


 だが、今回はさすがに王家の伝承と闇の人外を結びつける根拠が薄すぎた。


「奴はなぜか背後にいる何者かをしきりに気にしながら、私にこう語っていた」


 ──あーあー、あー、こうかな、聞こえる?

 ──これボクの知人からの連絡ね。

 ──(知人じゃないよ、友達だよ!)

 ──いいじゃん、王様にその辺のことは関係ないんだから。


「まずは闇を固めた少年が何かを伝えるため、目に見えぬ何者かとコンタクトを取りつつ、現代でも自らの言語が人間に伝わるかの確認をし、様子を窺った。そして……」


 ──お、聞こえてるね、それじゃいくよ~。

 ──この前はニンゲンを気軽に始末しちゃってゴメンだよぉ。

 ──でも、王様ならちょっとしたデスゲームくらい許してくれるよね!

 ──しょうがないんだよ、リーダーさんがピンチだったんだもん、えへへっ。

 ──だってさ。

 ──じゃ、確かに伝えたからあとは宜しく。

 ──(ちょっと、ヤミくんテキトーすぎ!)

 ──え~、いいよ、このくらいで分かってくれるって。


「……と、人間の殺しは奴ら人外の遊戯であると宣ったのだ。私はそれを聞いた時、この世の悪とはまさにこの者達のことなのだと確信した。それは人類にとってはおぞましい、あまりにもおぞましい、人間を人間とも思わぬ最悪の宣告だったのだ……」

「…………」

「…………」


 王の告白を受け、執務室は静まり返った。

 あの化け物達にとってニンゲンを殺すのは遊戯、そう遊戯なのである。

 人が虫を潰すように、アリの巣穴に水を注ぎこむように、まるで邪悪を邪悪とも感じていない、善良な人々を地獄に叩き込む無邪気な遊び。

 それこそが奴らの宣告であったのだ。


「陛下。いますぐにご命じくだされ。私に奴らを斬れと」

「まて、近衛騎士団長。陛下の寝室にこうも容易く忍び込む者達だぞ? そう簡単にはことは運ばぬ。少し落ち着け。幸い陛下がこうしてここにいるということは、奴らはまだ本気で動いてはいないということ。……ならば今は、準備を重ねる時だ」

「ぐぬ……」


 今にも抜剣しそうなほどに鬼気迫る近衛騎士団長の闘気にあてられ、高位文官などは「ヒュッ」と喉を詰まらせるが、その鬼の形相となった彼に宰相が待ったをかける。

 だが宰相とてこのままで良いとは考えていないし、何よりここで自ら代案を出さなければ、それこそ近衛騎士団長を止めることは叶わぬと理解していた。

 故に……。


「であるならば、陛下。フラン・ローズハートへ、追加の勅命をお与えになってはいかがでしょう? 謁見の場では周囲の者の目もあり、公式に勇者として認定することはできませんでしたが……。しかし、今後を考えますと……。何より、彼には氷の精霊の導きがついておりまする」


 氷の精霊。

 それは今回の事態を早期に人類へ伝え、勇者フランへと精霊剣を託した超常の存在。

 確かに勇者フランを旗印に据えることができれば、かの精霊の助力すらも得られるかもしれない。

 それが実現すれば起死回生となり得る、最強にして最高の一手であった。


 化け物には化け物を。

 人外には人外を。

 魔王には精霊を。


 王国内部の上位者達は今、かつてないほどに揺れていた。


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― 新着の感想 ―
人外の行動は大体あってるからヨシ!
結果的に当初の予定通り冤罪ひっかぶさってて草。
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