第1話
その時、世界の片隅に突如力場が発生した。
無人の荒野のようなその場所は、かつてこの世界を創造した女神と、世界に混沌を齎すことを役目とした邪神が戦った場所だ。
詳しい神話のことはもう歴史に残っておらず、何があったのかは誰にも分からない。
だが、確かに二柱の神が衝突した痕跡だけは残る死の大地であった。
そんな世界的パワースポットの中でも、とびっきり巨大なエネルギーを内包する土地だが、中心に発生した力場はとてつもなく強大で、このまま人知れずエネルギーが解放されようものなら、大陸そのものに大変な災害を齎すだろうことは必至だ。
あわや大惨事かと思った瞬間。
膨大なエネルギーによって世界を隔てる時空が歪み、異世界から一つの魂が紛れ込んできた。
その上、異世界の魂は何を思ったのかそのまま巨大エネルギーに飛び込み、なんと巨大エネルギーと融合しはじめたのである。
するとなぜかエネルギーは魂を中心に急激に収束し、人の形をした何かに形成され纏まっていく。
どうやらエネルギーは魂にとっての新たな肉体として、膨大なエネルギーを秘めたまま確たる存在として安定したようであった。
しかし、結果的に問題を解決し世界を救うことにはなった魂だが、一歩間違えればどうなっていたか分からない危険な賭けであることは確かだ。
後先考えているのか、考えていないのか。
目的があったのかすらも定かではないが、とにかく、とんでもないやつである。
そして、そんなとんでもない異世界の魂。
後に精霊さんと呼ばれ人々から親しまれる存在は、こうしてめでたく、この世界に誕生したのであった。
◇
「ラララ~」
どうも、急に異世界に紛れ込んでものすごいパワーと合体しちゃった、元日本人です。
性別は男だったのか、女だったのか、そういったものは覚えていない。
それどころか日本人って、そもそもなんだろう?
よく分からないな……。
とりあえずまあ、そんな状況でございます。
わずかに覚えている日本人という単語を頭の中で検索すると、「じゃぱにぃずぴぃぽぉ」とか、「ニンゲン」とかいう知識が僅かに引っかかるくらいだ。
だが、その僅かの部分がとても重要で、私の自己を確立させるアイデンティティ。
どうやら、前世はニンゲンという世界的にも覇権的な上位種族であったようで、朧気ながらも楽しい生活していた記憶が残っている。
何歳で死んだのかとかは分からないけど、たぶんそれなりには満足していたんだろうね。
そういった暖かい気持ちが心の中に残っているよ。
「まあ、終わったことなんて今はどうでもいいよ。とりあえず現状の把握が先だと思うんだ」
そう考えた私は、まず周囲を見渡す。
ニンゲンだった頃を基準に、想像していたより数百倍は高性能な視力で周りを観察すると、ここには生命一つ、草一つ生えていない死んだ大地が広がっていることが分かった。
さらに直射日光はガンガンに照らされ、生物の細胞を破壊する紫外線が激しい……。
「でも不思議と暑くないな……。およ?」
これだけ破滅的な紫外線を直に浴びたり、命も水もない大地で不安が残るな~なんて思っていたら、よくよく思い返すと別に暑くもなんともない。
あれぇ、おっかしいぞ~と思って自分の身体を見ると、なんと半透明に透けていた。
というか、両足に至っては地面と接しておらず、三十センチくらい浮いて直立していた。
「ええ……? なんでなんで? どうしてこうなったの?」
だが思い返してみるとそう不思議なことではないのかもしれない。
何が原因かは分からないけど、気づいたら魂だけで世界の壁っぽいものを突き抜け、突き抜けた先で無茶苦茶に暴れまわるエネルギーの渦に飛び込んで得た身体だ。
あの時は「うひょー! イキの良い新鮮なパワーが渦巻いているぜー!」とか思い、魂にエネルギーを吸収するつもりで食べつくしただけだったが、そんな訳の分からない行動で得た肉体が普通の肉体な訳が無かった。
試しにこの状態のままその辺の岩場に突進してみると、ものの見事に貫通、というよりすり抜けてしまう。
「うそでしょ。これじゃあ魂だけだった頃と何も変わらないじゃない」
鏡を見ていないので細かな容姿は分からないが、おそらく少女のボディであるこの身体に変化はなかった。
岩をすり抜けた時の傷もなければ、直射日光による熱も熱いとは感じない……。
え、これもしかして詰んだ?
このまま誰にも察知されない、謎の幽霊として一生を浮遊して過ごすの?
冗談でしょ……。
「い、嫌だぁー! 私は生きる! 生きるんだぁー! うわぁあああああん!!」
思いついてしまった最悪な孤独に気分を害し、幼子のようにダダをこねて腕を振り回す。
すると、ドゴンッという破壊音と共にさきほど通り抜けた岩が爆発四散していた。
ええ、今度は何?
というか岩を爆散させる怪力とかやばすぎ……。
と思って腕を見ると、少しだけ砂が付着している。
それに身体も半透明でなくなっており、実在する肉体としてバージョンアップを果たしていた。
「おお、ちゃんと感触もある。なによなによ、まったく驚かせるんじゃないよ。ちゃんと実体化できるんじゃないのよも~」
とはいえ力を抜くと徐々に実体は半透明ボディへと戻っていったので、おそらく力を込めると何かエネルギーが作用して肉体を持つ状態になれるのだと推測した。
実体にもなれるし、幽体にもなれる。
ということは、これはつまり……。
私はこの世界で、精霊さんになってしまったのではなかろうか?
朧気なニンゲン時代の知識によると、精霊というのは一種のファンタジー生物だ。
時に魔法を操り、時に人前に姿を現し、時に自然を司る。
そんな神秘的な存在こそ、いまの私に相応しいのではなかろうか?
いや、きっとそうに違いない。
私は何度も頷き、自分は精霊さんになったのだと納得した。
もし仮に、この世界に本物の精霊さんがいたとしても、そんなのは関係がない。
そいつも本物の精霊さんかもしれないが、私だって今この瞬間、自分が精霊さんだと決めたからだ。
だからお互い仲良くしようね。
どちらが本物かなんて、そういう不毛な争いは悲劇を生むだけなのさ……。
そうと決まれば、次は何ができるかを確認しよう。
精霊状態の時と比べ、実体を持つニンゲンの状態だとちょっと身体が重く、感覚的に体内を循環しているエネルギーっぽいものの巡りが悪かった。
たぶんこのエネルギーっぽいのが不思議現象を起こすパワーみたいなものなんだろうけど、実体化すると余計なリソースを割いてしまうということなのかな。
まあ、それでもここで吸収した膨大なエネルギーがほんのちょっと使いにくくなる程度なので、そう不便があるわけでもないけどね。
もしかしたら実体化するときに、精霊の肉体と共に幽体化している服も一緒に実体化させなければ、もうちょっとリソースは回復できるかもしれない。
とまあ、そんなところだ。
「問題は、私にどんな力があるかだけど……」
とりあえず腕試しということで、この広大な死の大地に向けて雨が降れと念じ、全力全開のエネルギーを空に打ち上げてみた。
するとどうだろうか。
空は数分もしないうちに雨雲でおおわれて、ついには大粒の雨が洪水のように降り注ぎ始める。
その後しばらく待ってみても雨は止まらず、ついには三日三晩、どころか数週間経ってもどしゃぶりのままだ。
あまりの降水量に、もうこの死の大地と呼ばれる無人の荒野は見る影もなく、乾いた大地に染みわたるというより、あふれ出すように湖となるのであった。
その圧倒的な大自然の光景を唖然と見守っていた私は、一か月後にようやく正気を取り戻し、自分が本当に自然を司るほどの超常現象を行使してしまったと理解するのであった。
「うん。これ私が精霊さんじゃなかったら溺れて死んでたね」
なんなら、この広大な死の大地が私が居るところを中心に、陥没した形のお椀のような地形じゃなかったら周囲に水が氾濫し大変なことになっていた。
たぶんこの死の大地を囲むように、遠くにそびえる周りの山々が防波堤になっているから湖で済んでいる、ぶっちゃけていえばそういう状況。
今度から全力でエネルギーを行使するのは気を付けていこうと思います。
あと、このエネルギーのことは魔力と呼称することに決めた。
規模がおかしいけど、やっていることはどうみても魔法なので……。