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貴方様、私のために婚約破棄するのはやめてください

掲載日:2025/05/09

 ひと気のない城の廊下で、三人の男女が話し合う。

 王太子アルト、聖女ミラ、ミラの友人の伯爵令嬢エリスだ。

「申し訳ない、ミラ。エリスのことを愛してしまったんだ。……理解してほしい」

 城下町で聖女をしている二十歳、ミラ・ロウゼは婚約者からの婚約破棄に呼吸が荒くなる。

「い、い、いつから、そういう関係だったの?」

 唇を震えさせながら訊くと、エリスがうつむきがちに答える。

「二ヶ月前からなの。いまでは、お互いに最も尊い人になってしまって……。だからミラ、諦めてほしいの。我が儘でごめんなさい」

 エリスはとても苦しそうに話す。

 彼女とて親友の婚約者を奪うような真似はしたくなかった。

 運命の歯車がなにかを狂わせてしまったのだ。

「エリスのことは責めないでやってくれ。悪いのは全部俺だ。恨むなら俺だけにしてほしい」

 アルトは、エリスの肩を優しく抱き寄せる。

 その姿を見たとき、ミラは深い悲しみと同時に、もう一つの感情が浮かび上がった。

 ああ、なんてお似合いの二人なんだろう……。

 第一王子であるアルト・オルーゼンはほどよく長い漆黒の髪に、凜々しさと美しさを備えた顔立ちをしている。  

 スタイルも良く、礼装でもラフな格好でも完璧に着こなす22歳だ。  

 一方、エリスはブロンドの似合う20歳で、いつも上品さを纏っている。

 身分の違う弱者にも気を配れる彼女は清廉潔白と有名だ。

「……わかった。……元々、わたしなんて、アルトに相応しくなかったから。仕事があるからもう帰るね!」

 いくら二人がお似合いだとはいえ、裏切られた苦しみが消えるわけではない。

 真剣にアルトを愛していたので尚更だ。

 目尻に溜まる涙を見られたくなくて、ミラは逃げるように走り出す。

「ミラッ」

 呼びとめるエリスの声を無視して一目散に城を出ていく。

 自宅に帰るなり、顔を枕の中に埋めて大泣きする。

「あの約束は……なんだったのぉ……!」

 ミラがアルトと出会ったのは13歳のとき。 お忍びで町に下りてきた彼がミラの育った孤児院を訪れたことがキッカケだ。

 そこから紆余曲折あって、二人は恋人同士になった。

 付き合ってから何度も、アルトは将来は絶対に結婚しようと口にした。

 身分の違いに怯むミラを見ると「じゃあ、王族をやめるさ。それでいいか?」と真剣な顔で言ってきたものだ。

 実際彼は、人前ではないときはミラが殿下と呼んだりすると嫌がる。

 ミラとは心で繋がりたいとも話していた。

 そして、三ヶ月前。

 彼はプロポーズしてきて婚約指輪までミラに渡した。

 ――死ぬまで一生にいようと。

 ――君がいない人生なんて考えられないと。

 こちらの顔が赤くなるような言葉を並べていたというのに、その一ヶ月後には親友のエリスと良い仲になっていたというのだから、ミラはどこまでも軽く見られていたのかもしれない。

「こんな指輪……こんな指輪なんてっ…………!」

 泣きっ面のままミラは薬指の指輪を外し、ゴミ箱に投げようとする。

 しかし腕を振りかぶったまではいいが、どうしても投げることができない。

 とめどなく溢れる涙のせいで視界が歪む。

 こんな扱いを受けてもなお、アルトのことを嫌いになれない。

 彼の笑顔をそばでもっと見ていたかったとすら思う。

 結局、ミラは机の引き出しに指輪を入れて鍵をかけた。

 二度と開けない。

 そう誓うと、またベッドの中に潜り込んで泣き明かした。


  ☆ ☆ ☆


 数日後、ミラは聖女の仕事に復帰していた。

 オルーゼン城下町の教会が主な仕事場だ。

 聖女の仕事はいくつかある。

 孤児や虐待されている子供の保護、教育。

 司祭のように、教会の懺悔室で話の聞き手も行う。

 また医者にいく余裕のない人の怪我の手当てもする。

 ミラはどれも上手くこなしており、町の人々からは評判の良い聖女だった。

 町に十人といない聖女だが、その中でも彼女は上位の力を有している。

 癒やしの力だ。

「うえーーん! ミラおねーちゃーん! たすけて~」

 教会に鼻水を垂らしながら駆け込んでくる少年がいる。

 まだ七歳の彼の膝には転んでできた怪我があった。

「あぁ、痛かったよね」

「痛いよぉ。すぐに治して~!」

「いいよ。だから落ち着いてね」

 ミラは手を少年の膝に手を添えるようにする。 

 実際には触れていないが、掌から白っぽい光がポゥと生まれる。

 ものの数秒で少年の傷が快癒した。

「わあ! ありがと~!」

「どういいたしまして」

 柔和な笑みを浮かべるミラ。

「コラァー!」

 いまの見たぞ、と足音を立てながらやってきたのは司祭であるビルドットだ。

 今年で45歳になったベテランで、ミラと一緒に教会を管理している。

 立場としてはほぼ同等で、ミラには家族のように接してくれる優しい男だ。

「その程度の傷で魔法をねだるなって何回も言っただろう!」

「だって……」

「魔力は有限なんだ。数日で治る傷なら魔法なんて使わない方がいいんだ」

「うるせー、この白髪オヤジ! ばーか!」

「なんだと~! こら、逃げるな~!」

 少年が風のように走り去っていくと、ビルドットは首を横に振りながらため息をつく。

「……ミラも、そんな簡単に魔法を使ってはダメだ。何度も言っているだろう」

「心配してくれてありがとう。でも、きっとわたしには、まだまだ使い切れない魔力があると思う」

 誰でも魔力は有している。

 しかし多寡には個人差がある。

 さらに魔力は消費性のものであり、いくら休んでも体力のように戻りはしない。

 現在、魔力量を正確に測る技術はなく、遺伝などから推測するしかない。

 仮に魔力量が多くとも無駄に使い続ければ枯渇する。

 だからビルドットは怒ったのだ。 

「治癒魔法はまだしも、生命共有だけは絶対に禁止ですよ」

「はいはい」

「はいを二回言うやつは絶対に言うこと聞かないから嫌なんだよ。絶対にダメダメだから!」

「わかったよー。ほら、あっちで皆が待ってるよ」

 奥で教戒を聞きたい人たちが待っているのだ。

 ミラはビルドットの背中を押す。

 正直、怒られても嫌な気はしない。

 心底、自分を心配しての助言だとわかるから。

 生命共有とは、対象者と魔力を共有して同体のような状態にする魔法だ。

 魔力共有の他、怪我や傷も半分請け負う。

 歴史をみても大聖女や高位魔術師くらいしか有しないほど希少な力。

 実際、この国でも使えるのはミラしかいない。 

 それをよく知るビルドットは心配でしかないのだが、実はそれより気になることがあった。

「最近なにかあったな? 顔色悪いし目は真っ赤だしなによりこの間助けた、橋から飛び降りる寸前の女性と同じ顔をしている」

 鋭いな、とミラは下を向く。

 毎晩泣いているので、どうしても目のコンディションは隠せない。

「今日は伯爵家の夜会なのに、本当に大丈夫なのかね」

「……あ。そうだった」

「なんだ忘れてたのか。ま、休んだ方がいい。休養が必要だ」

 ミラは歩いていくビルドットの背中をむぅと睨む。

 夜会なんて思い出したくなったのに。

 エリスの家で開かれる夜会で、ミラも招待されていたのだ。

 きっとそこで、あの二人の婚約の発表をするのだろう。

 ……参加なんかするもんか。

 ミラはそう決めた。

 するとミラのことを求め、ぞくぞくと教会に人が入ってくる。

「ミラ~、ちょっといいかね~」

「はーい」

 そうだ、ここには自分のことを必要としてくれている人たちがいる。

 自分の居場所はここだ。

 この場所で花を咲かせよう!

「うふふうふ」

 己の感情をごまかすようにミラは変な笑い方を続けた。


  ☆ ☆ ☆

 

 ミラは捨て子だった。

 孤児院で育ち、今日まで親の顔を見たことがない。

 それでも腐らずに育ったのは、孤児院や出会った人々の温かさのおかげだろう。

「――うぅ……きちゃったよぉ……」

 ウインズ伯爵家の夜会会場まできて、ミラは心底後悔する。

 行きたくないとはいえ、断りの通達をするのも気が引けてしまったのだ。

 しっかりドレスで着飾ってきた自分がどことなく恥ずかしくなる。

 夜会が始まるとミラは隅の方に移動した。

 音楽が流れたり、ダンスを踊ったり、実に華やかな雰囲気が流れる。

 縮こまって食事をいただきながら、アルトやエリスを目で探す。

 意外にも二人は離れた位置にいた。

 アルトはいつも通り。

 女性陣に囲まれている。

 私を将来の妃に! と狙う人たちが次から次に押し寄せるのだ。

 エリスもまた、華やかな人たちと談笑中だった。

「今日、発表するのかな……」

 ミラは首を強く振って、無理矢理にでも切り替える。

 もしそうなら、祝福しようと決めた。

 二人とも素晴らしい人物なのは間違いないのだから。

「おー、ミラ! 久しぶりだなー」

「レオン! 久しぶりっ」

 旧知の友人が表れてミラの表情が明るくなる。

 茶髪で優男風の雰囲気だが、体格はガッチリ。

 王家の紋章の入った騎士服を着用している。

 彼がタッチの要求をするのでミラは応じた。

「レオンがいるなんて珍しいね!」

 23歳にして、騎士団の副団長を務めるレオンはいつも多忙なのだ。

「たまたま、空きができてさ~。オレも皆に会いたいと思って」

「そうだね……特に今日は、大事な発表もあると思うし」

「おおおおッ! ついに婚約の発表を決意したんだな!」

 この男、盛大に勘違いしているな……とミラは思った。

 レオンはミラと同じ孤児院出身で、信頼できる仲間だ。

 それはアルトにとってもエリスにとっても。

 だから事のあらましを説明した。

 ――パリンッ

 彼の手からグラスが滑り落ち、床で砕けた。

 会場の誰もがレオンに注目する。

 レオンはハッとして、取り繕う。

「し、失礼。皆様があまりに素敵だから興奮して手を滑らせてしまいましたよ!」

 咄嗟に出た言葉に会場中が笑いに包まれる。

 すごいなぁ。

 ミラは素直に尊敬する。

 こういう気の利いたことを言えるのも才能だと感じる。

 皆の目がなくなるなり、レオンは小声で話しかけてくる。

「どういうことだ!? あのアルトとエリスが裏でデキてたなんてあり得ないだろ! それにミラのこと大好きアルトが婚約破棄? 絶対になにかの間違いだ! 夢と現実混同してないか!?」

 それならどんなに良かったことだろう。

 物憂げにそんな顔をするミラを見て、レオンは頭を抱える。

 四人は十代の頃からの気心知れた仲間だ。 アルトとミラは絶対に結ばれてほしい。

 レオンは応援していたからこそショックも大きかった。

「……待て。アレが原因かも」

「アレって?」

「ミラだから話す。ここだけの話にしてくれよ」

 念を押すレオンにミラは深く頷いた。

 レオンから告げられた話は背筋が凍るようなものだった。

 最近、オルーゼン近くのクエグス山に悪竜が棲みついたという。 

 悪竜とは、竜の中でも最高レベルに強く、十以上の町や村を滅ぼした個体のことだ。

 厄介なことにクエグス山にいるのは、その悪竜の中でも特に気性が荒い個体。

 エターニアと呼ばれる竜が吐くブレスは魔法結界をも破壊して、あらゆるものを燃やし尽くす。

「いま、オルーゼンは緊急で兵力を集結させている。いつ、ここに悪竜がやってくるかわからないからな」

「怖い。そんな竜がすぐ近くにいるなんて……」

「問題は、アルトの力が必要かもしれないってことだ」

 本来ならば、悪竜退治などという危険な仕事に王太子が出向くなど言語道断。

 だが、この国で最も強い魔法剣士は誰かと問われれば、ぶっちぎりでアルトなのだ。

 王太子でありながら最強の剣士。

 彼が国中の誰からも称えられるのは、そういったところにもある。

「もちろんオレは、アルトの参加なんて望んでいない。団長にも陛下にも意見を伝えてある。けど、当の本人がやる気満々でさ……」

 視線を落とし、頬を指でかくレオン。

 彼が本気で困っているときにやる仕草だ。

「悪竜退治に参加すれば無事では済まないかもしれない。だから私とは婚約破棄したってこと?」

「オレはそんな感じがした」

「じゃあ、エリスは?」

「あー……。それについては、わからないな。終わったら確かめよう」

「え? えっと、そこまでは。二人は本当に愛し合っているんだろうし……」

 もじもじするミラだが、もうレオンは取り合ってくれない。

 彼の中では完全に決定事項のようで、テーブルの食事を食べることに集中し出した。

 こうなるとなにを言っても無駄だ。

 時間が流れ、夜会もお開きの時間となった。

 帰っていく参加を見ながらレオンが言う。

「婚約発表はなかったな」

 それどころか夜会の間、二人は一言も口をきいたりしていなかった。

 それぞれの相手で忙しかったのだ。

 ここでミラとレオンが目を見開く。

 アルトがどこか苦しそうに胸を押さえ、会場から出ていったのだ。

 それに目敏く気づいたエリスが急いで後を追う。

「オレたちもいくぞ!」

 促されてミラも動き出した。

 あの二人が向かったのは出口とは逆の方だ。

 ミラたちは足音を殺して廊下を進んでいく。

 突き当たりの手前で二人は足を止めた。

 おそらく角を曲がった少し先にアルトとエリスがいるからだ。

 会話が聞こえてくる。

「だから無茶しちゃダメって言ったじゃない」

「ハァ、ハァ……。途中までは元気だったんだけどな。急に苦しくなった」

「ゆっくり呼吸して。大丈夫よ」

 なにが起きているんだ?

 ミラとレオンは壁に張り付くようにして聞き耳を立てる。

 やがてアルトの状態が良くなったのか、声音がいつものように明るくなる。

「助かったよエリス。俺はこんなところで倒れたりはしない。これから大事な戦いがあるんだ」

「……ねえ、やっぱり参加しちゃダメよ。いまの貴方に悪竜退治なんて荷が重すぎるわ」

「荷が重くたってやるさ。俺は皆のいるこの町を守りたい」

「本当に死んじゃうわ! 魔力欠乏症はそんな軽い病気じゃないの!」

 アルトが魔力欠乏症にかかっている。

 それを知ったミラとレオンの口から言葉が漏れ出す。

「嘘で、しょ……。アルトが……魔力欠乏症……」

「マジかよ。マジなのかよ……」

 隠れていることすら一瞬にして忘れてしまうほどの衝撃だったのだ。

「誰かいるの!?」

 その声はエリスたちにも聞こえてしまった。

 二人が角を曲がると、そこには腰が抜けたようにグッタリするミラとレオンがいた。

「ミラにレオン!? 聞いていたのね!」

「なんで、こうなるんだ」

 アルトの方もショックなのか額に手を当てて目元を隠す。

 手の震えが止まらないミラは、それでも頑張って立ち上がる。

「アルト、魔力欠乏症なんて嘘だよね?」

 絶望の中で祈りを捧げるような潤んだ目をしたミラを目の前にして、アルトはただ顔を背けることしかできない。

 そしてその態度が事実だと告げている。

 ミラは両手で顔を覆うようにして泣き出した。

「もう隠しても無駄ね。全部話すわ」

 エリスは覚悟を決めた。


  ☆ ☆ ☆


 結論からいえば、アルトとエリスの間に恋慕の情は生じていない。

 ミラに婚約破棄を受け入れてもらうため、演じていただけだ。

 体調の変化から自身が魔力欠乏症に陥っていると知ったアルトは、エリスに打ち明けて芝居の協力を頼んだ。 

 なぜ病気になって、ミラと別れたいと思うのか。

 それは魔力欠乏症が、病気でいうならば末期癌に近いものだからだ。

 人は魔力が完全に枯渇すると死亡する。

 魔力は魔法を使うと大きく消費するが、ただの日常生活でも微量ではあるが減っていく。

 魔力欠乏症は、前提として残り魔力が少ないときに発病する。

 ただ誰にでも出るわけではなく、強力な魔法を使う者に出やすい傾向にある。

 これになると心身の不調に襲われ、日常の魔力の減少率が上がるとも言われている。

 余命は長くとも数年。

 大抵は一年と保たずに亡くなることが多い。

 治療はまだない。

 ミラとレオンが激しく動揺したのも無理はないだろう。

「アルトが欠乏症だと判明したのが一ヶ月前よ」

 エリスが俯きがちに話す。

 そこまで聞けば、ミラやレオンにもアルトの不自然な言動が理解できる。

 肩を落とすアルトの手をミラは握る。

「わたしのための婚約破棄だったんだね……」

「俺はずっとミラと一緒にいたい。いまでもその気持ちに嘘はないよ。でも愛する人をすぐ未亡人にするわけにはいかないだろ。さすがに……」

 自分が一番苦しいはずなのに、ミラのことを一番に考えてくれる。

 アルトはそういう人だとミラは知っていた。

 過去に裏切りを働いたことなんて一度もない。 

 それにいま思えば、最近はどこか辛そうなことが多かった。

 ミラは彼の変化から察することができなかった自分を恥じる。

(わたしなんて恋人失格だ……)

 アルトは言う。

「悪竜がクエグス山にいる。残り少ない命なら、俺はオルーゼンを守るために使いたい」

 アルトの決意の表情は、レオンの古い記憶を呼び起こす。

 孤児院時代、アルトはお忍びでよく町に下りてきてはレオンやミラと遊んだものだ。

 あるとき彼がエリスを連れてきて、四人で森に出かけたことがある。

 そこで熊の魔物であるキングベアに遭遇してしまった。

 キングベアは背中を見せて逃げる敵を真っ先に追って殺す習性がある。

 それを知っていたアルトは三人に「俺が走る方と逆に逃げて助けを呼んでこい」と言って走り出した。

 そのときと同じ顔をしている。

 ちなみに、レオンたちが人を連れて森に戻ると、アルトはすでにキングベアを倒していた。

 魔法剣士としての才覚が、その頃にはすでに目覚めていたのだろう。

「魔力欠乏症のこと、陛下は知っているのか?」

 レオンの質問にアルトが答える。

「診断した医者とエリスだけだ。言えば、俺が悪竜退治にいくのを全力で止めるだろう。だが、それでは悪竜は倒せない」

 正直なところ、レオンもそう感じていた。

 親友を危険な目にあわせたくない一心から団長や陛下に進言してはいたが、アルト無しで悪竜を倒すにはどうしたらいいか頭を悩ませていた。

「レオン、エリス。外でミラと話してきてもいいか?」

 二人は同時に頷き、それを了承した。

 アルトとミラは屋敷を出て夜の町を歩く。

「騙すみたいな真似してごめん。あれしか思いつかなかったんだ」

「ううん。こっちこそ、なにも気づかなくてごめんね」

「許してくれるのか?」

「右手を出して。そしたら許してあげる」

 どういうことだとは思ったが、アルトは許してもらえるならと素直に右手を出す。

 するとミラは彼の手の甲に口づけをした。

 温かい感触が全身を駆け巡り、ほどなく体の奥から漲るような力を感じる。

 口づけされた右手の甲には六芒星の紋が浮かぶ。

 これを見て、アルトは血の気が引く。

「まさか生命共有か!?」

「わたしにできることは、これくらいだから」

「ダメだ! いますぐ解除してくれ!」

 アルトはミラの両肩を掴んで必死に頼むが、彼女は首をゆっくりと左右に振るだけだ。

「そんな……。こんなことをしたらミラまで……」

「一緒に生きるって約束したでしょう。アルトが覚悟を決めたように、わたしもそうした」

「ミラ……。ありがとう」

 アルトは優しくミラを抱きしめる。

 それから、夜空がなくなるまで語り合った。

  ☆ ☆ ☆


 城下町の民家が複数、炎に包まれた。

 悪竜が空からやってきてブレスを吐いていったのだ。

 たった一度だけしかブレスをせず、すぐに立ち去ったのは悪竜が戦いを好むため。

 わざと軽く攻撃して、相手が本気になることを望んでいる。

 立ち向かってくる人間を返り討ちにして遊ぶのが悪竜の習性だった。

 元々悪竜退治の準備を進めていたオルーゼンだが、その速度は急速に上げられる。

 およそ二千の兵で軍隊を組み、竜退治用の兵器も多く準備した。

 再び竜が襲ってきて、城下町や城が戦場となれば被害は今回と比較にならない。

 そのため、クエグス山に向けて兵士たちが出立する。

 その中には当然レオン、そしてアルトもいた。

 町の入り口でミラとエリスは不安そうな表情を浮かべる。

 鎧に身を包んだアルトとレオンが、そんな二人を和ませようとする。

「ミラ、俺は絶対に負けないから。悪竜なんて一撃で仕留めてみせるよ」

「そうそう。二人の結婚式までは、オレが死んでも死なさないから安心しろって!」

「うん。二人のこと、信じてるから」

「そうよ。死んだら天国までいって連れ戻すわ。気合い入れて!」

 和気藹々とした雰囲気のまま、ミラとエリスは二人の戦士の出発を見守る。

 二人が見えなくなるまで、ずっと入り口に立っていた。

 エリスは、心配そうにするミラの横顔を見て、次に右手に視線を落とす。

「本当に良かったの? 魔力だけじゃなく、痛みだって共有するのに……」

「わたしは平気。アルトにも遠慮しないで、悪竜を倒すことに集中してって伝えてあるの。じゃないとオルーゼンが滅んでしまう」

「……そんなの嫌よね」

「うん。ここは皆にとって大事な場所だから」

「私がミラのサポートするわね。辛いときはなんでも言って」

「ありがとう」

 ミラはエリスの手を握って微笑を湛えた。


  ☆ ☆ ☆


 翌日、ミラの体に異変が生じた。

 激しい痛みや苦しみで起きていられなくなる。

 ベッドで休み、エリスがつきっきりで看病に当たった。

「体中に傷が……」

 看病している最中にも、全身に傷が増えていく。

 これはアルトが悪竜と死闘を繰り広げている証拠だった。

 エリスは何度も仲間の無事を神に祈った。

 仮にアルトが死んだ場合、ミラもまた命を失う。

 その上レオンまでいなくなったらと考えると、ジッとしてはいられないのだ。

 自分だけが戦っていない。

 そういう負い目もあった。

 ミラの容態が落ち着いているときはエリスは教会にいき、偶像の前でひたすら祈りの言葉を口にした。

 祈りが通じたのか、その夜にはミラの様子が落ち着く。

 傷が増えることはなくなった。

 夜間で休戦なのか?

 または悪竜に勝つことができたのか?

 結局エリスは一睡もすることができずに朝を迎える。

 勝利が確定したのは昼前だった。

 町に残った音楽隊が一斉に音楽を奏で始める。

 先頭の兵士が見えたからだ。

 町の人々は歓声を上げた。

 町の中に戻ってきた兵士の数は出ていったときよりも少ない。

 死者は500名を超え、負傷者は千人近くにものぼった。

 それでも見事、悪竜の首を持ち帰った。

 待ちわびるミラとエリスの前に、待望の二人がやってくる。

 アルトは傷だらけの満身創痍で、レオンにいたっては片腕を失っていた。

「おかえりなさい!」

 傷だらけのアルトを傷だらけのミラが迎える。

「ただいま。ミラ、一緒に戦ってくれて感謝する」

 アルトはミラの事を胸に抱き寄せた。


  ☆ ☆ ☆


 悪竜退治から一ヶ月のときが経過した。

 脅威を退けたオルーゼンは今日も平和な一日が訪れる。

 これを守るために命をかけた兵士たちに町民は誰もが感謝していた。

 悪竜の首を落としたのはやはりアルトの強力な魔法剣だった。

 その噂は瞬く間に広がり、アルトは英雄視され、次期王としての期待が高まる。

 だが、アルトは王位継承の権利を破棄すると王に伝える。

 そして王も、涙ながらにそれを受け入れた。

 理由は判然で、もう体が長くは保たない。

 ミラの力を借り続けたとしても。

 まだ体力があるうちに、アルトはミラに提案する。

「一緒に出かけよう。昔、よく遊んだ場所に」

「うん、いきましょう!」

 オルーゼンからそう遠くない場所にある菜の花畑に二人は足を運んだ。

 オルーゼンの観光名所の一つでもあり、いつも人で賑わっている。

 子供の頃、二人はよくここにきて遊んだ。

 鮮やかな黄色が一面に広がる。

 風の動きに合わせて、菜の花たちが静かに揺れる。

 二人は壮大な菜の花たちの前で腰を落とす。

「……婚約破棄、取り消してもいいかな」

「もちろん。でも病気のこと、わたしに相談してほしかったな」

「ごめん。負担かけたくないと思ったんだ。でももう隠し事はないから」

「うん」

「それと魔力のこともごめん。どうしても強い攻撃じゃないと悪竜は倒せなかった。そのせいで……」

「謝らないで。貴方は多くの人の命を救ったんだから。それより菜の花、綺麗だね」

「ああ、本当に綺麗だ」

 二人の残り寿命は少ない。

 ミラの残り魔力もほぼないことから二人とも重度の魔力欠乏症にかかっている状態だ。

 それでも二人はいまを楽しもうと色んなことを語り合った。

 昔話から未来のオルーゼンのことまで。

 十分に楽しんだ二人が城下町に戻ると、レオンとエリスが出迎えてくれる。

「二人にプレゼントがあるんだ」

 レオンは子供の頃のような無邪気な笑顔を浮かべる。

 なんだろう? と二人は首を傾げながら案内されるがままに進む。

 町でも一番大きな教会についたのだが、入り口の扉を開けて二人は驚く。

 大勢の人で溢れていたからだ。

 貴族や平民関係なく、親交のある人たちがいる。

 さらに王や王妃までいるのだからなにか特別なイベントでもあるのだろう。

「ねえ、これってどういうこと?」

「簡易的だけど、二人の結婚式の準備をしたのよ」

 思ってもいないエリスの言葉に二人は一瞬硬直してしまう。

「ミラ、おめでとう!」

 そう声をかけたのは同じ職場で働くビルドットだった。

 他の出席者たちからも次々と祝福の声が上がる。

 ミラとアルトからすれば願ってもない幸運なので、悦んで皆の厚意を受ける。 

 式の間、二人はずっと笑顔が弾けていた。

 多幸感に包まれたまま、最高の結婚式を終えることができた。

 その数日後。

 二人は同じベッドで、手を繋いだまま天国に旅立った。

 レオンとエリスは最後まで二人のことを見守っていた。

 英雄の死が多くの人々に知れ渡ると、誰もが嘆き悲しんだ。

 悲しみに覆われたオルーゼンの民だったが、泣いてばかりもいられないと立ち上がる。

 レオンとエリス主導のもと、アルトの銅像が町の中に作られた。

 もちろん、その傍らには英雄の妻であるミラがいる。

 オルーゼンは二人の加護のもと、永く繁栄した。

  

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