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6. 「漆黒の契約者、降臨」 中編

  フィールドの喧騒が、やけに遠くに聞こえた。

俺は今、そのスカートを――「借りに行かねばならない」立場にある。


(終わった……これはもう、ただの体育の授業じゃない……死刑執行だ)


 心臓がバクバクする。肺がバグってる。いや、きっと見間違いだ。仮想空間とはいえ、こんなカードが出るわけ――


『借り物:陽乃のスカート』


 出てた。しっかりと、しかも金色レア演出で出てた。クソがッ!!


(どうすればいいんだ……借りるって、直接、行くしかないってことじゃないか……!)


 脳内でアラートが鳴り響く。


『コード更新:二度見はペナルティです。難易度アップ!』 『※ぬぎたて限定』


(いやああああああああああああ!!!)


 無理。無理です。無理ゲーです。 クソゲーかよ。

しかもこの授業、シルディム(≒神)が監視してる仮想体育。全員の動きがカメラで記録されていて、放棄すれば即バン。ランクポイントも吹っ飛ぶ。トップランカーの称号も消える。つまり――


(くそ……どうする……どうやって、借りる!?)


 視線の先、グラウンドの向こう。


 ――陽乃は、そこにいた。


 陽の光に照らされたその姿は、もはや神話の女神。ふとももが犯罪的に輝いてる。


(声をかけるしか……ない……ッ!)


 意を決して走る。決闘に挑む覚悟で。陽乃がこちらに気づく。


「嶺? どうしたの?」


(今ならまだ引き返せる……否ッ!! ここで退けば《《人間》》じゃない!!)


 俺は祈るように叫んだ。


「スカートをはいてくれ」

「――は?」

「ぬぎたてのスカートを、貸してくれ」


 その瞬間、グラウンドが静寂に包まれた。

風が止まり、音が消え、女子全員の視線が俺を射抜いた。

陽乃は、目を見開いてローキック、フルチャージ。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!」


 俺の意識は、惑星を一周して帰ってきた。



 保健室。天井。氷枕。鼻にティッシュ。


「生きてる……」


 視界の先、氷の女神・陽乃がいた。表情は氷点下。


「アンタ、バカなの?」

「いや違うんだ、これは神の意志で……カードが勝手に……仮想空間の陰謀が……」

「うん、そうね。カードラン・バトル、恐るべし」


 陽乃が笑う。こわい。普通の笑顔なのに、こわい。


「ちなみに私も、カード引いたんだけどさ」

「……なんだったの?」


 陽乃がスッとカードを取り出す。


『借り物:嶺のパンツ』


「脱げ」


 俺は逃げた。

 ノーパンにされる前に、保健室を全力疾走で飛び出した。

目指すは――陽乃のロッカー! そこに「ぬぎたて」があるはず!


(やってやるよ、陽乃。お前がその気なら、俺だって……!)


 廊下で突然、召喚獣に遭遇。


「通行料として、ナゾナゾを出そう!」

「黙れえええ!! 三本足がどうしたあああ!!」


 さらに化学準備室。


「この植物フィールドは理性のツタ。羞恥心の幻覚を見せるぞ」

「陽乃十人がなんぼのもんじゃーい!」


 鼻血が噴き出る。本能は隠せない。

 精神攻撃に耐えながら、ようやく女子更衣室前に到着。息が荒い。足がガクガク。

ロッカーを開けると――あった。陽乃のスカート。


「やっと、手に……!」


 その瞬間――


 ガラッ


「嶺」

「……陽乃」


 見つめ合う二人。


「……話し合おう」

「スカート貸してあげるからパンツ貸して」

「悪くない」


 陽乃はゆっくりを俺の手から引き剥がす。そして、ゆっくりとスカートの裾に手をかけた。


「こっち、み、見ないで……」


 その瞬間、世界が色づいた気がした。 仮想空間特有の演出か、それとも俺の妄想か――陽乃の背後に花びらが舞い、空気が甘くなる。 腰のラインに沿って、スカートが静かに、滑るように降ろされていく。 太ももが、白昼に晒される。つややかに光る肌が、ふわりと風に撫でられ、微細な鳥肌が立つ。


(や、やばい……このモーション……完全にR18指定……!)


 スカートがふとももを伝い、ついに地面へと落ちた。 陽乃がそれをつま先で拾い上げ、優雅な仕草で俺に差し出す。


「……はい、ぬぎたて」


 スカートから、湯気が出ていた。


(出るな!! なんで湯気!? 演出盛りすぎだろッ!!)


 過剰演算により、スカートにはなぜか芳香が付与されていた。ラベンダーとシトラス、そして微かに陽乃の――


「嶺も、はやく……ぬ、脱いでよ」


 俺は震える手で自らのパンツを脱ぎ、陽乃に手渡した。どうしてこうなった。どうして交渉が成立してしまった。任務達成。だが代償がデカすぎる。俺はしばらく無言で、両手を前に添えた。

けれど、その場を立ち去ろうとした瞬間だった。


「……それも」


 小さく、けれどはっきりと告げられた言葉に、俺の背中が凍りついた。


「!? それって?」


 思わず聞き返した俺に、陽乃はいたずらっぽく目を細める。


「わかってるでしょ? 全部じゃないと、交換にならないよ」


 彼女の視線が、俺の腰元に向かっている。もう、パンツは脱いだ。なのに——。


「ズボン……! まさか、ズボンも……!?」

「そうよ!」

「ノーパンじゃなくて、フルチンになるだろうが!」

「スカートはけばいいでしょ!」


 ありえない……いや、ダメだろ!

だが、トップランカーとしての意地がある。


『タイムリミットまで3分を切りました』


 アナウンスが流れる。迷っている場合ではない。

これは、授業だ。よこしまな行為ではない!

断じて!


「分かった。俺もぬぐからあっち向いてくれ」

「うん」


 俺は陽乃のスカートをはいて、グラウンドへ駆け出す。


「間に合うのこれ?」

「間に合わせる!」


 俺は、エンゲージコードを操作する。


『エンゲージ! スプリング・アサルト』


「飛び越えるぞ」

「え!? ちょ、8階建てよここ!」


 陽乃をお姫様抱っこして、一気に跳躍すると、悲鳴が空をかけた。


『ゴール! 借り物成功です!』


 腕を天に掲げる俺。歓喜の――


「きゃあああああああああああ!!!」


《時間制限により、VRカードの装備が自動解除されました》


  次の瞬間、虚空を抱えたポーズのままの俺。

陽乃は一目散に走り去っていく。まったく余韻を楽しまないかね。

恥ずかしがり屋さんめ。すると、風が吹き抜けた。

砂埃が舞いながら、アナウンスがノイズ混じりでこだまする。


『エラー! エラー! 校則違反です!!』


 なんだ? また吉田か? 

慌てた様子で帰ってきた陽乃が真っ赤に頬を染めて指さしてくる。


「嶺!? 下みて! 下」

「は? スカートはいて――」


 ……ない。フルチンである。


「ぎゃああああああああああああ!!!???」


 ここにいる誰もが叫んだ。たぶん、校舎の外にいた鳥も叫んだ。

次の瞬間、空から制裁の如く振り下ろされる三田の鉄拳。


「ド変態がぁぁ!」


 全く、お前が言うなである。


 *


 再び保健室。天井。氷枕。鼻ティッシュ。魂が完全に抜けた俺。


「嶺……」


 現れた陽乃は、微妙に顔を赤らめていた。


「……スカート貸すわけないじゃん」

「おまえ……貸してくれたじゃん」

「何言ってんの?」


 目が死んでいる。


「マジキモイ」


 俺は涙目で頷いた。どうして。おかしいだろ。

青春の神様がいるなら、そいつを呪ってやる。終わったんだ、たった今。


 頭の中が追いつかない。でも、一つだけ確かなことがある。

カードを物理的に具現化する技術――それが()()()()()だ。身にまとい、実戦に挑む――それこそが「シルディム」というゲームの本質なのだ。

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