表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

16. 『漆黒の契約者、降臨』 前編 II

 黒い虚空が裂け、鮮烈な光が闘技場を形づくる。足元に浮かぶ紋章が震え、床を走る幾何学模様が青白く輝いた。空気は重く、呼吸ひとつで肺の奥が痺れるほどの緊張が走る。


 西園寺の身体を白蛇の紋様が包み、槍が実体化した。槍身は金属音を響かせながら伸び、蛇の幻影がからみつく。観客席から、黄色い歓声が飛んだ。


「エンゲージ、毒牙の呪縛」


 彼が指を弾くと、嶺の足首に冷たい鎖が絡みつく。鎖は脈打ち、毒のような紫光が血管を這うように広がった。


「っ……!」


 俺は反射的に黒羽を広げ、全身を守る。

 だが、羽の隙間から、金属の擦れる音と共に冷気が入り込む。皮膚の下で、じわりと麻痺が広がっていった。


(やりやがったな……足を封じて、先に主導権を取る気か)


 観客のアバターたちがざわめき、熱盛の実況が響く。


「おっとォ! いきなりの足止めェェ!」

「動けないと、ただの変態ですね」


 解説の宮沢が淡々と告げる。さっきから宮沢さん俺にキツくね?


「お前は攻めの一手でしか輝けない。なら、潰すのは簡単だ」


 西園寺が笑みを浮かべ、槍を地面に突き立てる。直後――槍先から毒蛇が放たれ、胸を狙ってくる。


「くそっ、ナイトフェザー・シールド!」


 黒羽が一斉に硬質化し、盾のように前方を覆う。蛇がぶつかり、火花と黒煙が舞う。焦げ臭い匂いが鼻を突いた。


「フハハハ! 効いてる、効いてるぞ」


 西園寺はさらに間合いを詰める。槍が風を裂き、衝撃が鼓膜を震わせた。嶺は後退しながら受け流すが、足の鎖が軋み、バランスを崩す。


(攻め手が……このままじゃジリ貧……)


 心臓が高鳴り、背筋に汗が伝う。だが手札を握る指先には、まだ力がこもっていた。


「――読んでいたぜ、アームズブレイカー!」

「なに?」


 羽が鋭い刃となり、漆黒の三日月を描いて西園寺へ迫る。羽根が切り裂く音が鼓膜を震わせ、観客席がどよめいた。


「さすがトップランカー……。甘さも一流だよ。ヴァルマ・カウンター、発動!」


 西園寺が冷笑し、空中に蛇の門を開く。

 羽の刃は呑み込まれ、光の粒子に分解されて消えた。


「!?」


 おもわず、目が見開かれる。

槍を構えた西園寺の唇が、冷たくほころぶ。


「――我が身に絡みつく白蛇よ。嘆きの鎖をもって、あらゆる未来を縛りあげろ」


 銀色のカードが砕けると同時に、眩しい白光がほとばしった。蛇がとぐろを巻く幻影が現れ、次の瞬間には全身を覆う白い鎧と化す。それは蛇の鱗と悪魔の翼を合わせたような装甲──冷酷な輝きの要塞。


「跪け、白蛇要塞サーペント・バスティオン


 蛇の口からは槍が突きだし、周囲を締め上げるほどの圧迫感。刃先から散った火花が頬をかすめ、焼けた鉄の匂いが漂った。


「無駄だ。お前の一手は、すべて俺のシジルの前にはじかれるだけだ」


 白き刻印が額に浮かびあがる。

彼の声音は勝利を確信する者。普段の彼らしくないほどの饒舌だ。

観客たちが息を呑む中、西園寺の白槍が再び閃き、フィールドを穿つ。


(西園寺……まさか?)


 観客席が沸き立ち、熱盛の絶叫が響いた。


「おっとォォォ! 天堂選手、攻めきれないィィ!」

「完全に手札を潰されてますね。これがパーミッションの恐怖です」


 宮沢の冷静な解説に、男子生徒たちがざわめく。


「さあ、そろそろ決めに行こうか――」


 西園寺が低く呟き、槍を大きく構えた。

フィールド全体が揺れ、観客席の空気すら震えた。

槍が肩口をかすめた瞬間、黒羽がばらばらと砕け散った。

焼けるような痛みが全身に走り、羽根の残骸が光の粒となって虚空に吸い込まれていく。

勝負の行方は誰の目にも明らかだった。


「どうした、トップランカー! 羽根を失った烏に、もう飛ぶ力はないだろう!」


 西園寺の笑い声が、刃のように鋭く心臓を抉る。観客席からも嘲笑が沸き起こり、熱気と冷笑が俺を押し潰そうとしていた。足元の鎖がじりじりと食い込み、焦げた匂いが鼻腔を満たす。

肩口の血が戦闘スーツを伝い、冷たく肌を撫でていく。


 呼吸が荒い。胸が焼ける。

心臓の鼓動が早鐘のように響き、思考が揺らぎかけた。


 ──もうダメかもしれない。


 こんな状況から、どうやって立て直せばいい?

観客も、相手も、世界すべてが「負け」を決めつけて笑っている。

勝ち続けてきた自分が、ただの舞台装置みたいに崩れていく。


 ……いや、違う。


 歯を食いしばれ。


 唇の端から血が滲むのも構わず、かすかに笑みを浮かべると、西園寺は鋭く睨みつける。


「なんだ? さっさとサレンダーしろよ」


(まだある。俺には……残ってる)


 震える指先が、底に眠る一枚へと伸びる。擦り切れたシジルの縁が指に食い込み、その小さな痛みが逆に意識を研ぎ澄ませる。指が覚えている――これは、俺に託されたもの。


 敗北寸前の今だからこそ、切る意味がある。


(あの人が言っていた……『お前はまだ、本当の闇を知らない』って)


 胸の奥で、記憶の声が囁いた。観客の嘲笑が遠ざかり、熱狂が霞んでいく。

俺の視界には、ただ一枚のカードだけが浮かび上がっていた。


 ――淡く、刻印を放つ印章。

赤ではなく、蒼でもなく、どこか聖なる黒を帯びた紋様。


『いざという時に使え』


 耳の奥で、微かにあの人の声が蘇る。

澄んだ、しかし鋭い特有の響き。


『そのカードは……呪縛を断ち切るエンゲージ』


 背筋がぞわりと震えた。


『お前なら使えるはずだ』


 俺はわずかに笑みを浮かべ、腕を高く掲げる。


「西園寺……俺には、まだ切り札が残ってんだよ」


 ――エンゲージ!


 足元の紋章が炸裂するように輝き、眩い閃光のあと、闇が広がった。

空気が一瞬で凍りつき、観客席のアバターたちが息を呑む。


「我が血に刻まれし紋よ。闇より深く、虚無より昏き翼を解き放て」


 掲げたシジルが裂け、そこから漆黒の光が噴き出した。光はやがて焔に変わり、黒羽を包み込む。その縁を白炎がなぞり、灼熱の蒼白が闇を照らす。


「降臨せよ──黒炎竜装アビス・レーヴァティン!」


 轟音とともに、黒竜の如き鱗と鋭利な爪が身体を覆っていく。

漆黒の刀身が腕に馴染み、まるで夜そのものが形を持ったようだ。

観客席に重圧がのしかかり、ただのデータであるはずの空気すら震えていた。


「なんだ二人とも!?」

「シジルの系譜に、あんなのあったか!?」


 どよめきが渦巻く中、嶺は静かに刃を構える。

その眼は闇の底に灯る焔のように、揺るぎなく光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ