第八話 荒ぶる龍
第八話 荒ぶる龍
『タッタタッタ……』 と、駆け足の音がする。
「おはよう。 遅くなった~」 オリガミの声が神社に響いた。
「おはよう♪ そう言っても、十分くらいだよ~」
テマリもニコニコしながら挨拶をする。
「じぃじ、お茶だよ!」 テマリは、宮下にお茶を出していた。
「じぃじ って……」 オリガミはドキッとした。
雰囲気では孫と爺ちゃんの関係にも見えている。
テマリは宮下と共に神社で暮らし、今じゃ親子のようになっていた。
(なんか、いい感じだな~)
オリガミにとって、テマリが幸せそうに暮らしていることが微笑ましく感じている。
オリガミとテマリは神社の掃除を行っていた。
まだ盆の時期、日差しは強く普通の身体では体力的にもキツイ時期である。
ただ、オリガミとテマリは元気であった。
「私、テマリの方に水をあげてくる……」
オリガミはバケツに水を入れて、テマリが生まれた植物に水をやりに向かった。
(きっとテマリも自分の植物に触れないだろうからな……)
オリガミは自身の植物に触れなかった経験があり、テマリが元気で咲いていてくれるようにとの想いである。
昼過ぎ、宮下が二人の所へ歩いてくる。
「おい、昼にしよう……」 宮下は声を掛けた。
宮下は、二人の為に食事を作ってくれていたのだ。
「さぁ 食おう!」
「……」
宮下の言葉にオリガミとテマリは動けなかった。
「どうした?」 宮下が不思議そうな顔をしていると、
「あの……私たち……水だけで結構なんです……」
オリガミは申し訳なさそうに話す。
「それじゃ腹が減るだろ?」 宮下は箸で食事をチョンチョンと仕向ける。
テマリは押し黙ったまま正座をしていたが、覚悟を決めたように声をだした。
「せっかく じぃじが作ったものだから、いただきます……」
と、言って箸でオカズを一口食べた。 そして次々と食べたのだ。
(大丈夫なのかな……?)
オリガミは見ていて、額から汗が流れる。
「もしゃり、もしゃり……」
テマリは数口食べたが、だんだんと咀嚼のスピードが遅くなる。
「テマリ……?」 オリガミは心配そうに見つめる。
そして、テマリは咀嚼を止めた。
「―うっ……」
テマリが息を吐いた瞬間に、白いものが口から出てきた。
「―なんじゃ?」 宮下は焦っている。
そして、テマリは後ろに倒れた。
「―テマリ? テマリ?」 オリガミは叫んだ。
段々とテマリの顔が青白くなり、蛇の様に長くなった白い息が社務所の部屋をグルグルと回ってから外に出て行った。
オリガミはテマリを抱きかかえ、「―テマリ? テマリ?」 と声を掛け続ける。
宮下は外に出て行った白い息を追いかけ、社務所の外に出て行った。
「―あれは……?」
宮下は白い息が空に向かっていった先に、黒い雲が現れたのを見た。
ゴゴゴゴッ…… と、雷が発生していく。
黒い雲は だんだん大きくなって辺りが暗くなっていった。
「―なんと……?」
広がった黒い雲から雷鳴が聞こえ、稲妻が走る。
宮下は雷鳴に向かってブツブツと唱えだす。
その頃、護は会社の窓から空の異変に気付いた。
「なんだ? 急に天気が悪くなったな……」
しばらく宮下は唱え続けたが効果はなく、むしろ雷鳴はさらに強く響くようになっていった。
「―テマリ? しっかりして!」
オリガミは、気を失っているテマリへ必死に声を掛けている。
その時、テマリの身体がピクッと動き、空から黒い雲を切り裂くように巨大な龍が出てきたのだ。
神社には暴風ともいえる風が吹いてきていた。
そしてオリガミも窓を見ると、龍が出てきているのが見えた。
オリガミはテマリを横にして外に駆けだした。
宮下とオリガミが並んで巨大な龍と睨み合っている。
「これがテマリの妖術……」 オリガミが呟く。
「妖術?」 宮下はオリガミの言葉に反応した。
「はい。 私が式神を使ったのと一緒です。 私たちは人間の形をしていますが、出生は全く人間とは違うのです……」
オリガミは、宮下に白状すると
「お前たちは何者なんじゃ……?」 宮下は驚きながら訊いた。
「それは後で話します。 今は……」 オリガミは、龍から目を離さずに言った。
そして袖口から鶴の折り紙を四つ出し、空に向かって放った。
そして 『ポン ポン』 と音がして式神が現れる。
「オリガミ~♪」 式神たちがオリガミに声を掛けると、
「お願い、式神たち! あの龍を鎮めてくれない?」
と、オリガミは龍を指さした。
「わかった~♪」 式神たちは空に向かって飛んでいく。
「お前たちは……どうなっているのじゃ?」
宮下がオリガミの横目で見ながら呟く。
「じゃ、いくよ~♪」 式神たちは龍に向かっていったが
「―ふえっ……?」 「―うわ~っ……」
一瞬にして式神たちは龍に弾き飛ばされていった。
『グオオオオォ』 龍がオリガミたちに向かって吠えてきた。
「―まずい、コッチに来るぞ!」 宮下は声を荒げる。
「式神たち! 止めて!」 オリガミが大声で式神たちを鼓舞すると、
「わかった!」 式神たちは再び龍に向かっていったが、同じように式神たちは龍に弾き飛ばされてしまう。
そして、ボロボロになった折り鶴がヒラヒラと落ちてきた。
「えーーっ? 式神さん?」 オリガミは掌に落ちてきた折り紙に声を掛けた。
『グオオオオォ』 龍が宮下とオリガミに再び吠えた。
そして龍の咆哮と共に、突風が二人を襲う。
「うおぉぉぉ」 「キャァァァ」 二人は悲鳴を上げて飛ばされてしまった。
「いたたたた……」 龍の凄さに圧倒されている。
オリガミは痛む身体を押さえ、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、オリガミが龍を見つめると
「テマリ……落ち着いて……」 オリガミは龍にテマリと呼びかけた。
「テマリ…… テマリ……」 オリガミは龍に何度も名前を呼び続けた。
すると龍はクルクルとオリガミを中心に回り始め、そして段々と風が弱くなってきていた。
「マスター、テマリに水を飲ませてあげてください!」
オリガミは宮下に叫んだ。
「わかった!」 宮下は急いでテマリの元へ走りだした時、突風が宮下を襲い、前に進めなくなっていた。
オリガミは宮下が前に進めなくなっているのを見て、鶴の折り紙を出して再び式神を呼び寄せる。
『ポン ポンッ』 と式神たちが現れ、
「オリガミ~♪」と声をだす。
「式神たち! お願い……」
オリガミは再度、お願いをしたが式神たちは渋っていた……
二十センチ程度の小さな子供たちが、巨大な龍を相手にするのは難しいと思っているからだ。
「無理だよ~ オリガミ……」
そう声を出したのは式神たちの一人、白虎であった。
「そうだよ~ 大きいし、強すぎるよ~」 と半泣きしているのが唯一の女の子の式神、朱雀であった。
「龍は私が食い止めるわ。 みんなはマスターの背中を押してあげて頂戴」
オリガミが必死に式神たちにお願いをすると
「わかった~」 式神たちは宮下の後ろに回り、背中を押して社務所に入れようとしていた。
「よいしょ、よいしょ……」
式神たちは小さい身体で精一杯、宮下の背中を押した。
「テマリ……」 オリガミは優しい声で龍に話しかけ、注意を引いていた。
そして、その隙に宮下と式神たちは社務所に入ることができた。
「テマリ、水じゃ。 飲め!」
宮下はコップに入れた水をテマリの口に当てて水を入れた。
「コク……コクン……」 とテマリの喉に水が通った音がする。
「もっとじゃ、飲め!」 宮下はコップの水をさらに飲ませた。
外は、だんだんと風が収まっていく。
そして龍は徐々《じょじょ》に小さくなっていき、テマリはうっすら目を開いた。
「―テマリ」 宮下が大きな声でテマリの名前を呼ぶと、
「じいじ……」 テマリはか細い声を出した。
宮下はテマリを抱きしめた。
「すまんな……」 宮下はテマリに謝っていた。
その姿を確認した式神たちは、外に出てオリガミに報告した。
「ありがとう、式神たち……」
オリガミは優しい声で式神たちを労い、折り鶴の中に戻す。
「テマリは意識を取り戻しましたよ。 もう大丈夫だから戻ってあげて……」
オリガミは龍にテマリが良くなった事を話した。
すると龍は最初の時の白い息に戻り、テマリの身体に戻っていった。
「じいじ、ごめんね……」
意識がハッキリしてきたテマリは、宮下に謝っていた。
「いいんじゃ……ワシこそ済まなかった……」 宮下は目をウルウルさせている。
(完全に孫と爺ちゃん……) オリガミは笑っていた。
「ところで、お前たちの正体を教えてくれないか?」
宮下は真面目な顔になっていた。
「そうね……マスター、ついてきて!」 オリガミは宮下を外に誘う。
「ここ……」 オリガミが宮下にテマリが生まれた植物を見せると、
「この植物がどうしたのじゃ?」 宮下は不思議そうな顔をしている。
「私たちは、この植物から生まれているのです……」
オリガミは宮下に出生の秘密を話すが、宮下はピンときていなかった。
「私の生まれた植物も護の部屋にあります。 とにかく、枯らさないようにしてください!」
オリガミが宮下に手短に説明したが、宮下の反応はイマイチであった。
「とりあえず説明しましたが、簡単に言うと私たちは「水だけで結構」と言ったのは、植物なので水以外の物を与えてしまうと先程のような暴走が起きたりしてしまいますので……」
オリガミの説明は分かりやすいのか、ファンタジー過ぎて分かりにくいのかが不明であったが
「とりあえず、この植物は大事にしよう……」 宮下は腑に落ちない感じだった。
「まぁ 私たちも植物に対して詳しい訳ではないので、説明も難しいんですけどね……」 オリガミはニコっとする。
「じいじ、話しは終わった?」 テマリが歩いてきた。
「あぁ 終わったよ」 宮下はテマリの頭を撫でると
「あっ オリガミもありがとう。 助かったよ……」
テマリは笑顔で感謝を伝えてきた。
「ううん。 でも、テマリも良かったね。 大事にしてもらえて……」
オリガミは、この世界で “二人の人に受け入れられた ”ことに感謝していた。
「ごめんください。 お取込み中かな?」
そう言って神社に現われたのは矢沢であった。
「おや? 矢沢さん。 どうしました?」 宮下が答える。
ささっ……オリガミとテマリは後ろに下がっていった。
テマリも人見知りがあり、下がってオリガミの後ろに隠れていた。
「いやね、先日のお礼をと思いましてね。 ちょっと顔を出させてもらいましたよ」
矢沢は境内に行き、お参りをしていった。
「それと、お嬢さん……」 そう言って矢沢はオリガミの方を向く。
「―ひゃい。 な、なんでしょうか?」
少し前に会っていても、オリガミは慣れていなかった。
「そんなに緊張しないで……実はお嬢さんにお願いがあって来たんだ」
「お願いですか?」
矢沢の言葉にオリガミは首を傾げる。
「そう、奈菜の事なんだが……友達になってくれないか?」
矢沢のお願いとは意外なものであった。
「友達ですか?」 オリガミは唖然としている。
友達なら学校でも作れそうなのに……と不思議に思っているが、
「実は先日の件で、大声を出したり不思議なことは無くなったのだけど不登校は続いたままで……できれば仲良くしてくれないかと思ってね……」
矢沢は愛娘が心配でたまらなかったようだ。
「はぁ……」 話しは理解したが、オリガミは返事に困っている。
「それに、姉妹で遊んでくれた方が奈菜も楽しくなりそうでね♪」
矢沢はニコニコしながらオリガミとテマリを見る。
「それで双子なんでしょう? どちらがお姉さんなんだい?」
矢沢はオリガミに訊いた。
「それは……」
オリガミはどう答えたら良いのか悩んでいた時、
「同じ苗じゃないので、どちらが姉とかは決めてなくて……」
テマリが横から言い出すと
『―パチン』 テマリは頭を叩かれた。
「―姉は私です」 オリガミは その場を取り繕った。
「そうか。 じゃ、お願いするよ♪」
そう言って矢沢は帰っていく。
オリガミと宮下は矢沢を見送り、姿が見えなくなった瞬間にテマリを睨む。
「余計なことは言わんでいい!」 テマリは宮下に怒られた。
「ひぃぃぃ……」
テマリはショボンと社務所に逃げていった。