第六十話 月に唄えば
第六十話 月に唄えば
「やっと解放されたか……」 大八洲の片隅、誰も知らない場所に飛ばされた者が戻ってくる。
「お帰り…… 何処に飛ばされていたのよ?」 そう訊いてくるのが天照大神である。
「まったく…… かなり遠くまで飛ばされて、戻ってくるまで半年が経ったよ……」 悲しげな顔をしているのがツクヨミである。
かなり前、オリガミたちが高天原を訪れた時にイザナギと喧嘩になった。 テマリを高天原に連れてきたのがツクヨミであり、それに怒ったイザナギがツクヨミを遠くに飛ばしてしまったのである。
「あの人、平気で人を消そうとするからね……」 アマテラスがため息をつくと、
「ヒルコもそうだったしね……」
ヒルコとは、イザナギとイザナミの子で『不完全な子』という理由で葦の船に乗せて海に流してしまったとの言い伝えがある。
「とにかく、大八洲に居るとロクな事が起こらなそうだ…… オリガミにも会いたいし、行ってくるよ……」 ツクヨミが現代への出入り出来る扉に向かおうとすると、
「そういえば……」 アマテラスが声を掛ける。
「何……?」 ツクヨミの眉間にシワが入る。
それは、ツクヨミに『嫁をもらいなさい』という言葉だった。
「いや~ それはちょっと……」
ツクヨミが渋い表情を浮かべると
「オリガミが好きなんでしょ? でも、オリガミには恋人がいるんだから……」
アマテラスが嫁候補を進言すると
「かぐや姫?」 ツクヨミがポカンとする。
「同じ月の者の使者として結ばれてはどうかと……」
そんな話から、かぐや姫が現代に居ることを知らされると
「まぁ、とりあえず会ってみるよ」 そう言って、ツクヨミが現代に向かっていった。
「久しぶりだな……」 ツクヨミが現代にやってきたのは夕方。 尊神社にはオリガミやテマリが大声を出していた。
「なんか賑やかだな。 姫も元気そうだが……あれは何だ?」 ツクヨミが気になったのは、オリガミたちから声を掛けられている身体の大きな女性だった。
「ほら、竹輪! 休むな」 オリガミが声を掛けている。 全員が竹輪のダイエットに付き合っている時だった。
「なんだよアレ…… 太りすぎて姫から特訓されているのか。 可哀想に……」 ツクヨミが同情しながら近くに寄っていく。
「あれ? ツクヨミ…… アンタ、生きてたの?」 テマリが、どこか冷たい言葉を掛けると
「随分な言い方だね……」 ツクヨミは苦笑いになる。
「それで、何しにきたのよ?」 アメノウズメが訊くと
「そう! アマテラスから聞いたんだけど、俺と結婚する相手が現代にいると聞いて来たんだよ……」
「へー どんな子よ。 そんなキザな男と結婚する可哀想な女子って……」
テマリが呆れたように言うと、
「なんでも月の使者らしく、月者どうしで……ってことで」 ツクヨミが話す。 実際、ツクヨミは月読尊という名前であり、れっきとした月の神様である。
「まさか……」 オリガミ、テマリ、アメノウズメの額から汗が出てくる。
チラッとオリガミが竹輪を見ると
「そこの子のダイエットに付き合っているのかい? そうだな…… もっと気合いを入れないと痩せないぜ」 ツクヨミが失礼な物言いを竹輪に投げかける。
「ふんっ―」 竹輪が顔を背ける。
「なんか嫌な言い方…… キザなだけかと思っていたけど、冷たいのね」 オリガミが冷たい目を向けると
「行こう、竹輪」 テマリは竹輪を連れて、別のダイエットの場所に向かう。
(竹輪って……)
それからも竹輪が頑張っていると、ツクヨミが眺めている。
「ツクヨミ、あの子が誰だか分かっているの?」 オリガミが聞いてくると
「知らないよ。 近所の子かい?」
「ふふ…… アンタの結婚相手よ」 オリガミがドヤ顔で話すと
「はい……? あのプニ子ちゃんが?」 ツクヨミが驚く。
「あの子、かぐや姫なのよ。 現代にやってきて、お菓子の食べ過ぎで太ったみたいだけど、頑張っているからさ……」
「……」 ツクヨミは言葉を失ってしまう。
すると、ツクヨミの元に竹輪がやってくる。
「貴方が私の旦那様……」 竹輪がニコッと微笑むと、『プルプル……』 まるでチワワのように頭を震わせているツクヨミだった。
竹輪がダイエットを始めて3日。
「竹輪、凄いわよ! 20キロ近く痩せてる」 体重計を見るアメノウズメが驚いている。
「ふんっ! こんなものよ」 竹輪の鼻息が荒く、ドヤ顔で決めていると
“ストンッ―” と、履いていたジャージのズボンが下に落ちる。
その後も朝の早い時間からトレーニングを始めると、
「なんか朝から騒がしいな……」 社で眠っていたツクヨミが目を覚ます。
そして外を見ると竹輪がアメノウズメと踊っている。
(頑張っているんだな……) ツクヨミは黙って竹輪を見ていた。
そしてオリガミが出社してくると、
「おはよう……」 竹輪が堂々とした態度でオリガミの前に顔を出す。
「お~♪ 頑張ったね~」 オリガミが頭を撫でる。 そして竹輪の鼻息が荒くなると
「もうちょいかな…… ねっ、護」 オリガミが言うと
「えっ? 護?」 竹輪の目が丸くなる。
「今日は日曜だし、護も一緒なんだ」 オリガミがご機嫌で話すと、竹輪は護を見つめている。
(なんか嫌な予感……) オリガミが察してしまうと、そこにツクヨミが出てくる。
「おはよう、かぐや……」 ツクヨミが甘い声で囁くと
(どっちがいいのかしら……) 急に竹輪が挙動不審になっていく。
「ねぇオリガミ……」 竹輪が手招きをするとオリガミが近寄る。
「私の旦那はどっちがいいの?」
「はぁ……?」 呆然とするオリガミに
「ツクヨミも悪くないんだけど、最初にときめいたのが護だからさ~」
するとオリガミは折り鶴を取り出した。
「オリガミ~♪」 ポンッ ポンッと音がすると式神の四人が顔を出す。
「この勘違いデブを鍛えてくれない? 護とツクヨミで迷っているらしいのよ」
オリガミが竹輪を睨むと、式神たちは「はぁぁ……」とため息をつく。
「オリガミ…… 一応、神族の姫なんだからさ……」
式神に一人、玄武が言い出す。
「特に、この時代…… ○○ハラってうるさい時代だしね……」
式神たちは令和の時代に順応していた。
「何よ! 私の旦那なんだから自由に決めさせてよ」 憤る竹輪に
「いや…… 護はオリガミの彼氏だからさ」 これには玄武が優しく説明するが竹輪は引かない様子。
すると逆ギレをする竹輪がオリガミに向かっていくと
「立場をわきまえなさいよ! アンタの身体が横綱でも、神族ではオリガミが横綱なのよ!」
そう説明する朱雀に竹輪の張り手が飛んでくる。
「危ない!」 オリガミが声をあげると、朱雀は “ヒラッ―” 身体を回転してかわしていく。
「コイツ…… 言っても分からないようだな。 コッチ来やがれ!」 青龍が時代劇のような口ぶりで竹輪に紐を絡ませ、動けないように縛りあげると
「いくよ~」 式神たちは飛んで竹輪を引っ張りあげる。
「うぐぐ……」 苦しそうにする竹輪が小走りで走らされていくと
「ほら、助けてやりなよ」 テマリがツクヨミを肘で突く。
「オリガミ…… すまん。 かぐやは月に連れていくから許してやってくれ……」
ツクヨミが頭を下げると
「しょうがないな…… ほら、今日は満月よ。 結婚おめでとう」 オリガミが微笑む。
「そ それは少し待ってくれないか?」 ツクヨミの表情が曇ると
「まさか体形だけで女を判断するの? キザで嫌なヤツだと思っていたけど、中身まで嫌なヤツだったのね……」
オリガミが軽蔑をすると、テマリやアメノウズメもツクヨミを睨む。
(女って怖いな……)
遠目で見ていた護は知らん顔をしてしまった。
「なんじゃ? ツクヨミも来ておったのか?」 宮下が外出から帰ってくると、
「聞いてくれよ 爺ちゃん……」 ツクヨミは宮下に泣きついていた。
その夜、空に綺麗な満月が出てくると月より使者がやってくる。
「来たか……」 宮下が呟くと
「お待たせ~」 社務所からアメノウズメが出てくる。
「竹輪…… いや、かぐやは?」
「バッチリ仕上げたわよ。 ツクヨミも驚くわよ~♪」 アメノウズメの声が弾む。
「出てらっしゃい……」
すると社務所から竹輪が出てくる。
「おぉぉ……」 着飾った竹輪は綺麗になっていた。
「これなら大丈夫ね♪」 テマリも微笑んでいると
“ブチッ ブチッ ”と音がする。
「い いかん―」 アメノウズメが竹輪に近寄ると、
「キャッ―」 竹輪の服が豪快に裂け、大量の肉が溢れ出てくる。
「なんじゃ?」 驚く宮下に、 「さっき、最後だと思ってたくさん食べさせてあげたの…… あっという間に太ったから縄で縛ってみたんだけど、まさか切れちゃうとは……」 アメノウズメは後悔で涙を流す。
するとツクヨミは 「この話は破談で……」 そう言って逃げようとする。
「ちょい待ち!」 テマリが服を掴むと
「嫌だー 嫌だー」 と泣き叫ぶツクヨミ。
段々と使者が近づくと
「では、月までレッツラ ゴー!」 オリガミが握りこぶしを上げる。
そして迎えの籠に入ろうとする竹輪だが……
「狭くない?」 そう言って、なかなか中に入れない竹輪に
「さっさと入りやがれ!」 オリガミが竹輪の尻を蹴飛ばすと、逆さまになった状態で籠の中に入ってしまった。
そして、もう一つの籠の中にツクヨミが入ると
「それじゃ、幸せにね~」 全員が手を振る。
“グラッ―” 籠を担いだ使者の者がヨロヨロしながらも、なんとか月に帰っていくのであった。




