第五十四話 八咫烏と神武
第五十四話 八咫烏と神武
記憶が戻った護は、オリガミとの幸せな時を過ごしていた。
「妬けるな~ 私も護を狙っていたのに~」 そう悔しがっているのはアメノウズメである。
「確かに、護は優しいし好きになりやすいけどさ……姫の彼氏を狙うのもどうかしてるわよ……」 テマリがため息をつく。
「だって、戻ってこないと思うじゃない。 そしたら気が緩んじゃって……」
「お前たち、また喋ってばかり……しかし、オリガミが戻ってきてくれて
ワシも嬉しいわい」 宮下が目を細めると、
(確かにオリガミが戻ってきてから、じいじは嬉しそうだ。 仮に私が消えても同じような顔をしてくれるのかしら……) テマリは考えこむ。
「お前も私の娘じゃ……きっと居なくなったら寂しくなるんじゃろうな」
宮下はテマリの頭を撫でる。
「じいじ……」 テマリは宮下に抱きつく。
「い~な~ 私も、そんな人が欲しい~」 アメノウズメは、すっかり現代の人のようになっていた。
「そういえばさ……じいじは長生きしたい? 何なら私たちと同じように……」 テマリが言うと、
「そうなると日本の年金機構がパンクしてしまいそうじゃな……」
宮下は、日本の未来まで心配になっていた。
そんな時、オッキーが社務所に入ってくる。
「あれ、お供えを出してなかったっけ?」 テマリが心配して聞くと
「珍しいのが戸を叩いてるよ……」 オッキーが中庭を指さす。
(まさか……) アメノウズメは思い出していた。
~回想~
あれは一六〇〇年ほど前、大八洲でアメノウズメと神倭伊波礼毘古命との会話である。
神倭伊波礼毘古命とは、後に初代天皇となった神武天皇である。
「アメノウズメ……後の、この国はどうなっているのじゃ?」
「アンタ、私より後から出てきて偉そうね……気になるなら見てみれば?」
そんな会話を思い出していた。
「来てしまったか……」 アメノウズメがため息をつく。
「来たって、誰がじゃ?」 宮下が聞くと、
「イワレヒコよ……」 アメノウズメが言う。
「イワレヒコ? なんか聞いた事があるわい」 宮下は古い本を取り出す。
大八洲との連絡の扉に近づくと “コンコンコンコン……”と、扉を叩く音が聞こえる。
「うるさいな~ 今、開けるわよ」 テマリが不機嫌そうに扉を開けると、
「ここが……この国か……」 そう言って目を潤ませている者がやってくる。
「誰よ? 鳥まで連れてきて……」
「んっ? もしや、ヒサメ様の……」
「はい? 娘だけど、誰?」 テマリは聞くと、
「私の名前はカムヤマトイワレノヒコと申す」
「長い名前だな……って、あれ?」 テマリは首を傾げると
「テマリーっ!」 宮下が血相を変えて走ってくる。
「じいじ、この人、カムカムエブリ……」 テマリが言いかけた時、宮下の強烈なビンタがテマリを襲う。
「ジーザス!」 テマリは吹っ飛んだ。
「娘が大変失礼しました。 ここは私が預かる神社です。 神主の宮下玄堂と申します」 宮下が片膝をついて挨拶をする。
「じいじ……」 テマリがヨロヨロと立ち上がると、
「この方を誰だと心得る。 この方は、後に日本国の初代天皇となられるお方じゃ。 神武天皇じゃ」
宮下は水戸黄門ばりの紹介をする。
そこにオリガミが出勤してくる。
(厄介なのが来た……) これは全員が思っている。
「おはよ~♪」 オリガミは元気に手を挙げ挨拶をすると
「おはよう、姫♪」 アメノウズメやオッキーも手を挙げる。
「マスター おはよう♪ って、テマリ……朝から鼻血が出てるけど、どうしたの?」 オリガミが気遣っていると、
「ちょっとね……」 だけ返すテマリであった。
「それに、お客さん? こんな所じゃなく中に入ればいいのに……」 オリガミは朝から元気だった。
「もしや姫?」 神武が聞くと、
「そんなに細いかしら? もやし姫なんて……」 オリガミの天然は、生まれ変わっても健在だった。
「どうして、まともになってくれないのよ……」 テマリは涙を流す。
「あら、可愛い鳥ね♪ 何か喋れる?」 オリガミが鳥の顔を覗き込むと、
(オウムじゃないのよ……) これは神武を含めて全員が思った。
立ち話も困って、全員が社務所に入る。
「それで、詳しい話を聞きましょうか……」 オリガミが真面目な顔をして聞くが、オリガミの頭には無数のタンコブが出来ていた。
もちろん失礼な態度に宮下が叩きまくったタンコブだ。
「東征の最中、悩んでしまったのです……そして、先に未来を見れば納得出来るのではないかと……」 神武は東征の最中、今後の日本を見て正しいのかを判断しようとしていたらしい。
テーブルの上には3つのお茶と、2つの水を置く。 キッチンで忙しく動いていたのはオッキーである。 最近は社務所の出入りも多く、電気ポットも使えるようになっていた。
「それでいいんじゃない?」 テマリは呆れたように話す。
「そんな……」 これには『親身になっていない』と宮下が怒る。
「だって、古事記では成功なんでしょ? それでいいじゃない」
テマリの言葉に、全員が黙ってしまう。
「それで、姫も同じですか?」 神武がオリガミを見ると、
「東征でしょ? それを聞いて、どうせい?って言うのよ……」
オリガミの言葉は全てを凍りつかせてしまう。
(寒い……寒いわ……) アメノウズメは肩から震えていた。
しかし、キメ顔になっているオリガミに
「どうして そんな顔が出来るのよ!」 テマリは突っ込んだ。
結局、答えは出なかった。 当然ながらオリガミが話を終わらせてしまったからだ。
「ここまで来ると頭が下がるわい……」 宮下が息を漏らす。
「あの破壊力は姫ならでは……ですね」 アメノウズメも肩を落としている。
それから二日後、神武天皇は大八洲に戻っていった。
「なんだか人騒がせだったわね……」 テマリは神武が帰ってホッとしている。
そして神武が戻った翌日、また神社の大八洲への扉がノックされている。
“コンコンコンコン……”
「うるさいな~」 アメノウズメが扉を開けると、また神武天皇がやってくる。
「また来たの?」 アメノウズメが呆れていると、
「姫は居ますか?」 「いえ、姫の代理なら居ますが……」
アメノウズメが言う姫の代理とはテマリである。
「テマリ~ また神武が来たよ~」 アメノウズメが社務所にテマリを呼びに来ると、
「また~?」 テマリは嫌そうな顔をする。
「とにかく中へお通ししなさい」 宮下は神武に寛容であった。
「ようこそ」 宮下の豪快なゴマすりに呆れるテマリだが、話を解決させるのが優先でありテーブルで聞く態勢を取る。
「何故か道案内をしていた八咫烏が、この扉の所に来たがっていてな……」
今回は、神武ではなく八咫烏の案内だったらしい……
「あの……少し遠いのですが、熊野神社というのがありまして……そちらに行かれれば何かあるかと……」 宮下は八咫烏を祀っている熊野神社を紹介する。 しかし、和歌山までは遠い道のりである。
「そこに行けば良いのだな?」
「はい。 八咫烏を祀っていますので……」 宮下が低姿勢で案内をしていると、
(コイツ、何か偉そうだな……) テマリは神武の態度に腹が立っていた。
「ちょっとさ~ 私のじいじに横柄な態度をやめてくれない?」 テマリが言うと、
“バチンッ―”
「じーざす―」 宮下の豪快なビンタが炸裂する。
「お前、初代の天皇じゃぞ! 拝謁できるだけ感謝せい!」
そこに怖い顔したオリガミがやってくる。
「マスター テマリを叩くとは、どうなっているのかしら?」
「その……なんじゃ。 天皇が相手じゃから……」
「ふ ふざけないで!」 オリガミが一喝する。
そこで全員が黙ってしまう。
オリガミは振り返り、神武を睨む。
「お前が来ていい所じゃない。 それに、このオウムがここを目指したのはお腹が空いているからだ」
(オリガミ……いや、感動する場面だけどオウムじゃないのよ。 カラスなのよ……) テマリは感動する場面が半減してしまったと嘆いてしまう。
「ほら、何か喋ってごらん」 オリガミは八咫烏に顔を近づけると
“ ヒョン ”
「えーっ!?」 八咫烏は神武から離れ、オリガミの肩に飛び乗った。
「可愛いね。 キューちゃん♪」 オリガミが微笑むと、
「今度は九官鳥になってしまった……」 宮下は絶句する。
「お利口さんだから、ご飯にしましょう」 オリガミが手を開くと種が出てくる。 八咫烏が食べ出すと、八咫烏は金色に輝きだす。
「おおぉぉ?」 全員の声が漏れると、八咫烏の足が1本増えてきた。
「足が3本になってる……」 テマリが目を丸くして言うと
「なら、あと2本くらい増やしてみる?」 オリガミが微笑む。
「そんなに増やしたら鳥じゃなくなるわよ。 逆に怖いから―」 テマリが静止すると、諦めたように息を吐く。
「よし、これで大丈夫。 東征だか何だか知らないけど、私は島征を行った者。 貴方が道を間違えたなら私が止めてみましょう。 行きなさい!」 オリガミが扉を指さす。
神武は頭を下げ、扉から出て行った。
「オリガミ―っ!」 テマリは抱きついた。
「マスター」 オリガミが宮下を見ると
「なんじゃ?」 “ポカンッ―” オリガミは宮下を叩いた。
「もうダメだからね」 オリガミが言うと、宮下はシュンとしてしまった。
そして神武が東征を行い、初代の天皇となったのである。




