第五十一話 新たな日常
第五十一話 新たな日常
三日後、護の体調も回復してきた。
「お世話になりました。 アパートに帰ろうと思います」 護は頭を下げ、感謝をすると、
「また来るといい……」
宮下が優しく言葉を掛ける。
護はアパートに戻り、悲しみが詰まった部屋を見回す。
(ここで幸せだったんだよな……)
護は、オリガミとの楽しかった日々を思い出す。
憔悴して動けなくなった護は一週間も会社を休んでいた。
「もしもし……足立ですが、明日から出社します」
護は悲しみの詰まったアパートでは苦しくなる為、ようやく仕事に行くようにする。
翌日、出社しようと玄関を開けて振り返る。 (いつもならオリガミが見送ってくれるのに……)
また悲しみが襲ってくる。
護は仕事になっても気が抜けていた。 この日、アメノウズメと栗林が護の職場に来ていた。
他の人からは見えないので、護に見られないように見守っていた。
「大丈夫か? アイツの魂が抜けてるぞ……」 栗林は護を見て言う。
「そりゃそうよ……最愛の人を失ったのだもの……」
就業時間、護は駅に向かって歩く。 ふと、足を止めて見てみると
「お父さん……」 護が声を出す。
そこには露店を出しているトウジの姿があった。
「よう、足立くん……」 トウジは笑顔で挨拶をする。
「あの……聞いていませんか? オリガミのこと……」 護が話すと、
「オリガミ……? 何のことだい?」 トウジはキョトンとする。
「??」 護は不思議に思い、オリガミの事を話す。
「足立君……その、オリガミって誰だい?」
トウジの言葉に、護の頭は混乱している。
「あの……オリガミって、貴方の娘じゃ……」
「いや、私に子供はいるが……そんな名前の子供は居ないよ」
「そ、そうですか……」
「たまには占っていくかい?」 「いえ、そんな気分じゃ……」
(何かが変だ……) そう思った護は、尊神社に向かう。
「こんばんは」 薄暗くなった時間、護は尊神社にやってきた。
「護~♪ おかえり」 テマリは笑顔だった。 宮下や、アメノウズメも笑顔で護を見つめる。
「あのさ…… オリガミの事なんだけど……」 護が話し出すと、
「折り紙なら文房具屋だよ。 ここには無いわよ」 テマリが言うと、護は衝撃を受ける。
「あの、宮下さん―、 オリガミのことなんだけど……」
いくら話しても、誰もオリガミの存在を忘れていた。 と、言うより最初からオリガミという者を知らないという表情だった。
(おかしい……俺だけの長い夢だったのか……?)
護はトボトボと歩き、鳥居をくぐっていく。
(ごめんね、護……)
これはテマリが仕組んだ事であった。 事前にトウジに話し、口裏を合わせていた。 また、宮下には記憶を消してしまったのである。
翌朝、テマリは護のアパートに行き朝食を作っている。
「護、朝だよ」 テマリは優しく護を起こし、朝食を食べさせる。
「ありがとう……こんな俺の為に……」 護が朝食を食べると、
「ううん……もう、これで大丈夫だから……」 テマリは微笑んだ。
「大丈夫って?」 護が聞くと
「ごめんね、護……記憶、消したから……」 テマリは涙を流す。
「まさか―?」
「もう、オリガミや私たちの事は忘れて…… これで、記憶と神眼は消したからね。 護は普通の人間として、普通に暮らして……」
テマリは走って出ていった。
「アメちゃん…… お願いね」 テマリが言うと、アメノウズメは護の前に現れる。
アメノウズメは護に手を振るが、全く反応しない。 見えていないようだ。
「これで良かったの?」 アメノウズメが聞くと
「これでいい……護には普通に暮らして欲しいの」
それから護は尊神社には現れなくなった。 普通の男子として、普通の生活を送るようになっていた。
それから一ヶ月が経ち、普通の生活に慣れたころ
「この植物、何だっけ?」 植木鉢に小さな芽が出てきた。
知らない芽に水をやり、順調に育てていく。
護は部屋にある衣装ケースに目を向けると、
(これ、女物? 誰の服だろう……?) 護は考えていると、頭痛が襲ってくる。
(なんでだ? 何かを思い出そうとすると頭が割れそうに痛くなる)
すると、ベッドの隙間から写真が出てくる。
(俺と、この女性は……?) 護はオリガミと映っている写真を見ると、またもや頭痛が襲ってきた。
すると、頭痛の中、護の目に涙が溢れていく。 それをヒサメがベランダから見ていた。
「お前、ちょっと残酷じゃないか?」 ヒサメは尊神社に来ていた。
「お母さん……仕方ないのよ」 テマリは答えると、
「全員の記憶を奪うなんて、お前が考えたのかい?」 ヒサメが聞くと、テマリは頷いた。
テマリは、宮下もそうだが菜奈の記憶と神眼も奪ってしまったのだ。
「……」 アメノウズメは黙ったままだ。 悲痛な人の心を見て辛くなると、社でオッキーと一緒に居る時間が増えていく。
「ねぇ、オッキー……私、これからどうしようか?」
「相談したら? オモイカネに……」
そんなアドバイスを受け、アメノウズメは大八洲に向かっていった。
「……という訳なのよ」 アメノウズメはオモイカネに相談していた。
「どれ、力を貸そうか?」 そこに現れたのはタヂカラヲである。
この三柱は、アマテラスを岩戸から引っ張りだした三英傑である。
「う~ん……そもそも人とやらに同情するとは……」
「アメ子は、その現世とやらに住みたいんじゃな?」 オモイカネが言うと、アメノウズメは頷く。
「ならば、これはどうじゃ?」 オモイカネが話し出すと、
「それ、貰った♪」 アメノウズメは笑顔になった。
「もし、俺も力になれれば……」
「それは大丈夫! アンタは力だけだから」 タヂカラヲの気遣いを、アメノウズメは一蹴していた。
アメノウズメは現世に戻り、社で自分に祈っていた。
オッキーは目を丸くしている。
祈ること数分、アメノウズメは変身していた。
「ふん♪ ふん♪」 アメノウズメはご機嫌で社務所にやってくる。
「アメちゃん、おはよ~♪」 テマリは変身に気づいてない。
「んっ? 新しいバイトを雇ったのか? 菜奈の代わりか?」 宮下が言う。
菜奈はオリガミの記憶を奪ってから神社には来ていなかった。
「えっ? バイト? あ~アメちゃんか……って? えーっ?」
テマリが驚く。 神眼を奪ったはずの宮下が見えている事に気づくと、
「じいじ、どういうこと?」 テマリは顔を近づける。
これには宮下も驚いている。
「いや、なんでって…… そこにおるじゃろ」
宮下の言葉に、テマリはアメノウズメを睨む。
「いや~ 私、帰る気なくてさ……それなら人間の世界に溶け込もうと思ってさ~ 誰にでも見えるようにしたんだ♪」 アメノウズメは頭に手を乗せ説明すると、
「じゃ、ちゃんとしてよね~」 テマリは呆れた表情になった。
「あっ、今日からここで働かせてもらう 大八洲 アメ子といいます」
アメノウズメが自己紹介すると、あまりにものセンスの無さにテマリは唖然とする。
(なによ、その名前……アホ丸出しじゃない…… アホ……) テマリは、アホと言えば、オリガミの顔が頭に浮かんでしまう。 寂しい気持ちになった。
「テマリ~ 私、買い物をしてみたい♪」 アメノウズメが突然に言い出す。
「まぁ これからを考えると経験しなきゃね……」 テマリとアメノウズメはコンビニに向かった。
「これって、私も食べれるかしら……」 アメノウズメは、おにぎりを指さす。
「そうね……私と違って植物から生まれた訳じゃなさそうだし……」
テマリはお金を渡し、レジに向かわせると
「こちら、150円のお釣りです」 と、言われると
「テマリ~ お釣りって何?」 アメノウズメは足をバタバタさせている。
(可愛いな) テマリは微笑み、お釣りを貰ってアメノウズメに説明をした。
「お金って言うのね……」 少しずつ、勉強をしていく。
「それで、食べてみなよ」 テマリが言うと
「……んぐっ― 食べれないよ~」 アメノウズメは泣きそうな顔になっている。
「あ~ ビニールを剥がさないと」 テマリが言うが、本人も剥がし方を知らなかった。 テマリは水しか摂らないからだ。
「こうやって、こうやって……」 テマリはビニールに書いてあるように剥がしていくと
「出来た♪」 知らない人が見たら、驚きの光景である。 きっと、初めて日本に来た外国人もそうなのであろう。
「いただきま~す♪」 アメノウズメはお供え以外では、初めての食事であった。
「美味い♪」 かなり ご機嫌になっていた。 生きていて数千年、初めての鮭おにぎりは最高のようであった。
それからも現世での特訓が続く。 自販機や神社の参拝客の対応など、様々な勉強をしていく。
新しい日常とは大変であるが、アメノウズメは頑張っていた。
「それにしても、なんで現世で頑張るの?」 テマリが不思議そうに聞くと、
「コッチの方が楽しいし、それと……」 アメノウズメは、少し寂しそうな表情を浮かべる。
「??」 テマリは首を傾げる。
「あのね……私、護のお世話をしたいと思うの……姫が居ないし、寂しさを紛らわせれば……って」
アメノウズメは涙を浮かべて話す。 これは神と呼ばれる所以だろうか、慈愛に満ちた言葉だった。
「アメちゃん……」
こうして、新しい日常を手に入れたアメノウズメと護。 オリガミのいない世の中は、淡々として進んでいくのであった。
「護~」 アメノウズメが護のアパートに来ていた。 チャイム押しながら名前を呼んでいる。
「チャイムって便利ね……」 神族に家はない。 後世に出来た神社くらいであろうが、そこは分祀の社であり本体は神の世界となっている。
「はい……」 護が玄関のドアを開けると、
「こんにちは、護……今の暮らしはどうかな? って、様子を見にきたのよ……」 アメノウズメが話す。
「どちら様ですか?」 護がキョトンとしていると、
(そうか! テマリが記憶を消したんだった―)
「そうよね。 ま、前に会った 大八洲アメ子なんだけど……」
「すみません。 セールスは断っているので」 護は玄関を閉めてしまった。
「…… はっ―」 アメ子は慌ててチャイムを押すと、
「護―っ!」 名前を呼び、ドアを叩いた。
「なんですか? セールスなら、お断りです」 護が冷たい言い方で追い返そうとすると、
「護……セールスじゃないよ! 私を思い出してよ……」 アメ子の声は掠れ、弱々しくなると、
“ガチャ ” 玄関が開いた。
「護……」 目に涙を溜めたアメ子は小さく呟く。
「どうぞ……」 護のアパートにアメ子が入り、しばらく無言になっている二人に
「それで、大八洲さん……」 護が言うと、
「アメ子でいい……」 アメノウズメが呟く。
(これ以上、何を話せばいいんだろう……) アメノウズメは、言葉が出ずに
「ご飯、食べた? 何か作るけど……」 これを言うのが精一杯だった。
「結局、食事もなく会話もない状態に辛くなったアメノウズメは護のアパートを飛び出した。
尊神社に戻ってくると、
「だから関わっちゃダメなのよ…… 関わる全員が傷つくのよ……」 テマリは、悲しみを堪えアメノウズメに言った。
(大八洲…… アメ子……) 呟く護に頭痛が襲ってきた。




