第五十話 暴走
第五十話 暴走
「おはようございます」 朝、護を揺らして起こすのがアメノウズメである。
この日、アメノウズメは護のアパートに泊まり、護の看病をしていた。 オリガミは大八洲の激戦があり、疲労困憊で熟睡していた。
「起きないな……それなら」 アメノウズメは護の布団に入り、身体を密着させていた。
「まだか……それなら」 今度は布団の中で服を脱ぎ、裸で身体を密着させると、
「おわーっ!」 護は凄い勢いで目覚める。
「ん~っ?」 その声でオリガミが目を覚ますと、ベッドの中では裸の女性二人に挟まれた護の姿があった。
「はい。 朝食です……」 アメノウズメがテーブルに護の朝食と、オリガミの水を並べる。
オリガミと護は不機嫌そうだった。
そして、アメノウズメの頭には大きなタンコブが出来ていた。
(看病していたのに、殴ることないじゃない……)
「次やったら滅セージを送るからね」 オリガミは、しっかり釘を刺していた。
「護、まだ本調子じゃないなら休んだ方が……」
「なかなか休めなくて……」 護は出勤していく。
しかし、調子が悪いのは護だけではなかった。
「アメちゃん……」 オリガミが声を掛け、振り向くと
「うわっ― どうしたのよ?」
オリガミの手から弦が伸びていた。 その長さは、足下まで伸びていて仕事どころか外にも出られない状態であった。
「なんで? 急に伸びてきたのよ……」 オリガミはパニックになっている。
「ちょっと電話かして」 アメノウズメはテマリに電話する。 ここ最近、神社で住んでいるうちに宮下からスマホを習っていたのだ。
「もしもし、テマリ? オリガミが大変なの―」 アメノウズメが電話をして十分が過ぎ、テマリがやってくる。
「オリガミ、どうした……の……って、えーっ?」 オリガミの姿を見て、テマリが大声を出す。 オリガミの弦は、さらに伸びていて二メートルほどになっていた。
「テマリ……」 オリガミは涙ぐんでいる。
「これは流石に……」 テマリは言葉を失っていた。
「ちょっと、お母さんに聞くわね」 テマリはヒサメに電話する。
しかし、ヒサメは電話に出なかった。
「これって、普通の人間から見たらどうなんだろう?」 アメノウズメが言うと、
「そりゃ仮装大賞なら満票よね……」 オリガミは小さな声で答える。
「歩けるの?」 テマリが聞くと、オリガミは歩きだすが相当な重さの為に、やっとの歩き方だった。
「これじゃ、トイレにも行けないわよ~」 大声でオリガミが叫ぶと、
「最初から行ってねーだろ!」 テマリも大声で突っ込む。
そうこうしているうちに、夕方になってしまった。
「ただいま~ んっ? なんで前が見えない?」
オリガミの弦は暴走して、さらに伸びていって部屋全体が弦のジャングルになってしまった。
弦の隙間からアメノウズメが顔を出す。
「おかえり、護。 ちょっと大変な事になってて、部屋に入れないかも……」
「そのようですね……」 護は言葉を失った。
護は尊神社に行き、泊めてもらえるか聞きに行った。
「なんと?」 宮下は驚き、息を飲んだ。
「テマリ、行ってくれるか?」 宮下が言うと、
「わかった。 護は、今日はここで」 そう多い残し、護のアパートに走って行った。
十数分後、テマリがアパートに到着する。
「アメちゃん……」
アメノウズメはアパートの玄関前に立っていた。
「テマリ……これ……」 アメノウズメが玄関を開けると、弦は伸びて部屋いっぱいに覆われていた。
(このままじゃ、アパートが壊れちゃう……)
テマリは大きく息を吸い、吐き出す。 そこに龍神が現れる。
「龍神、オリガミの弦を噛みきって頂戴」
「グルルル……」
龍神は身体を小さくしてアパートの中に入っていく。
「グルルル……」 龍神はオリガミを見つけ、身体に向けて体当たりをすると、
“ポンッ ポンッ ” と、音がする。
「オリガミーっ♪」 式神たちが出てくるが、
「うわっ― 何、この弦……」 式神たちは身体が小さく、自由に動けるので周辺を見渡すことができた。
「ね~ オリガミ……何をしたの?」 白虎が訊くと、
「わからない……植木鉢はどう?」 グッタリしたオリガミが言う。
「朱雀~ 見てみて~」 白虎の声に反応した朱雀が鉢を見入る。
「あれ? 虫かな……?」 朱雀が掴むと、妙な動きをする虫だった。 木の葉くらいの虫は、オリガミの生命線でもある苗の葉を食べていた。
朱雀は虫を掴み、玄関の外に持ってくると
「これが原因かも……」 テマリとアメノウズメに見せる。
「これは?」 テマリが首を傾げると、
「これって、ツツガムシ……」 アメノウズメが呟く。
「ツツガムシ?」 テマリは初めて聞いたようだ。
古代の虫であり、本来なら肉眼で見れるか……くらいの大きさだが、大きく変化して妖怪とも恐れられた虫である。
「扉から来ちゃったのかな……? 私たちの衣服とかに付着して……」
アメノウズメは息を飲んだ。
「そんな……古代の虫が現世に??」
「ほら、大八洲には何もないから、現世の方が栄養あるし……」
「くっ…… 行ってくる」 テマリはアパートの下に向かうと、
「どこに行くの?」 「ドラッグストアで、殺虫剤を買うの」
テマリが答えると、アメノウズメなニコニコしてアパートの下にやってくる。
「なによ?」 テマリがキョトンとすると、
「行ってみたい♪」 目をキラキラさせたアメノウズメだった。
仕方なく、一緒に行って買い物を済ませると
「なんか、いっぱいあるね♪ 楽しかった~♪」
現代を知って、喜ぶアメノウズメは鼻歌を歌っていた。
(こういうのも悪くないな……)
買い物を終えて、アパートへ戻る二人は
「そういえば、アメちゃんは何時まで現世にいるの?」
「そうね~ 出来ればずっと」 アメノウズメは笑って答える。
「えっ? 戻らない気?」 これにはテマリも驚く。
「だって、アマテラスが岩戸から出てからって 活躍ないんでしょ?」
「なんで知っているのよ?」
「お爺ちゃんから聞いたのよ」
アメノウズメは古事記を宮下から聞き、せっかく来たから現世で暮らしたいと言い出した。
(じいじ、何やってんのよ……)
そして護のアパートに着いて玄関を開けると、
「やっと来た~ 僕らも限界だよ~」 式神の青龍が泣きついてきた。
「ごめんね~ はい、コレ」 テマリは殺虫剤を渡すと、オリガミの苗に吹きかけた。
すると、苗から小さい泡が出てくる。
「おっ? 成功かな?」 そのまま青龍は苗を眺め、虫が消えるのを待っていた。
すると、オリガミから小さい声が出る。 「なんか、暑い……」
「……」 テマリとアメノウズメは玄関で待機をしている。 巨大な弦が部屋いっぱいになっている為、入れないからだ。
時間が経つと、徐々に弦が小さくなっていく。
「行けるかな?」 テマリは弦の隙間から部屋へ入っていく。
「テマリ、何か変じゃない?」 アメノウズメは部屋の中を見渡す。
「これ? 何の種?」 アメノウズメが床に落ちている種を拾うと、
「コッチにもある……」 二人は落ちている種を拾った。
「式神たち、この種は分かる?」 テマリが聞くと、
「これか~ なんだろう?」 式神たちは話し合ったが分からなかった。
「ちょっと待ってて」 アメノウズメはキッチンに向かって、ビニールを持ってきた。
「この中に入れて」
こうして種を回収しておくと、徐々に弦がオリガミの腕に収まっていった。
「オリガミ―っ」 テマリが抱きかかえると、
「テマリ……」 オリガミは気を失うように眠ってしまった。
「ちょっと電話する」 テマリはスマホを取り出すと、同時に着信が鳴った。
「もしもし……やっと掛けてきたか……」 電話はヒサメであった。
テマリがオリガミの事を話すと、
「オリガミから離れなさい」 ヒサメの声が震えている。
「えっ?」 テマリの額から汗が流れる。
テマリはオリガミに声を掛ける。
「私たちは、一回帰るね。 ゆっくり休んで」
そう言い残し、尊神社に戻ったのであった。
神社に戻り、テマリは詳細を宮下と護に話した。
「どういうことじゃ? オリガミはどうする?」 宮下は興奮している。
「じいじ……詳しいことは、お母さんに聞かないと」
「……くっ!」 そこに護が社務所を飛び出し、走って行ってしまった。
「護―?」 テマリも後を追っていく。
護はアパートに戻り
「オリガミ―っ」 慌ただしくベッドまで行くと、オリガミの身体は小さくなっていた。
「なんで……」
あとから追いかけてきたテマリとアメノウズメがアパートに入ってくると、
「オリガミ……」
護は植木鉢を見る。 そこにはオリガミの苗が枯れていた。
護の頬に涙が伝う。 そのまま膝を落とし、泣き続けていた。
一時間後、オリガミの身体が薄く消えかかると
「また、会えるよね……」
全員の脳に訴えかけるようにオリガミの声が聞こえ、涙を流した。
数日後、護のアパートに向かったテマリとアメノウズメはチャイムを押すが返事がない。
「護~?」 テマリが玄関を開けると、そこには痩せてグッタリしている護がベッドで横になっていた。
「……」 声にならないテマリとアメノウズメは、肩を抱き、尊神社に連れて行った。
「仕方ないのう……」 オリガミが消えてしまった事は誰もが悲しんだ。
喪失感の中、神社の中は静まりかえっていた。
その時、
“カラカラ……” と、ベランダの窓が開く。
「ふんっ……」
侵入者は、アパートの植木鉢を眺めてからベッドを見る。 ベッドには小さな種と折り鶴が落ちていた。
侵入者は種を拾い、そっと植木鉢に種を埋めたのだった。




