第四十七話 孤独の湖
第四十七話 孤独の湖
テマリは西方を目指す。 そこにはツクヨミと栗林が合流している。
「なぁ、テマリ……本当に大丈夫か?」 栗林が後ろでソワソワしている。
「どうして? 貴女が言い出したことじゃないのよ」 テマリは前を見て歩きながら返事をする。
栗林は、神器を持たずに島征をしている不安があった。
「……少し、休憩しましょう」 テマリは湖を見つけ、湖畔で休憩を始める。
「ここは……」 ツクヨミが言いかけると、テマリがツクヨミを見つめる。
「いや……なんでも……」 ツクヨミは話をやめてしまった。
そこに一人の老人が現れる。
「ごめんよ…… 少しいいかい?」 話しかけてきた老人を見て、ツクヨミが片膝をつく。
「??」 テマリと栗林は不思議そうにしている。
「これ、ここから何処を目指すのかね?」 老人はテマリを見つめる。
「あの……高天原に……」 テマリが言葉を返すと、老人は湖を見つめる。
「ここじゃよ……」 老人は湖を指さす。
「ここ?」 テマリは混乱している。
テマリは周囲を見渡すが、そんな雰囲気はなかった。
すると、老人が言う。
「君は、高天原がどんな所か知っているのか?」
「それは……」 テマリは答えられなかった。
「だから、ここなんじゃよ」 老人が微笑む。
「おじいさん、貴方は誰なの?」 テマリが聞くと、老人は薄くなって消えてしまった。
「テマリ……いまのは?」 栗林が聞くが、テマリは首を振った。
そこにツクヨミが、「オモイカネ……」 と、呟く。
「オモイカネって、あの知恵の神様?」 これにテマリが驚くと、
「よく知ってるね~ テマリは知らないと思ってたよ……」 ツクヨミは目を丸くしてテマリを見た。
「いや~ オリガミが心配と思って、神社の記紀を読んでたのよね~」
テマリはニコニコしながら頭を掻く。
(そうだったのか……)
記紀すら読んだことのない栗林は、ちょっと恥ずかしい気持ちになっていた。
「それで、ツクヨミ…… ここは本当に高天原なの?」
「……」 ツクヨミは答えられなかった。
「ツクヨミ……」 テマリが顔を近づけると、
「―ッ」 慌てて顔を背ける。
(待てよ……オモイカネの言葉、何かあるんじゃ……?)
テマリは湖畔に腰を下ろす。 そして湖を眺めていた。
※ ※ ※
「護、大丈夫?」 オリガミは護の看病をしていた。
(39度……ヤバいかも)
「邪魔するよ」 ベランダからヒサメとマモルが入ってくる。
これを見たオリガミが小刻みに震え出す。
「んっ? どうした? オリガミ……」 マモルが異変に気づく。
「出直せ!」 オリガミが二人を睨む。
「どうしたのだ?」 マモルが聞くと、
「玄関から やり直せ!」 オリガミが強く言うと、ふてくされた二人はベランダから靴を持って玄関の外に出た。
そして3秒後、 “ピンポーン”と、チャイムを鳴らす。
「まぁ、いらっしゃい♡」 オリガミは笑顔で受け入れた。
これはオリガミなりの教育である。 いくら大八洲を統治する者でも現世のやり方には従わせないといけないからだ。
「それで、何の用?」 またオリガミは不機嫌な顔になる。
「そこのガキ…… いやっ、お前の彼氏を診にきてな……」 ヒサメが説明すると、
「ガキって言ったな……」 オリガミの白い目が刺さる。
「それで、なんで知っているのよ? 護が調子悪いの」 オリガミが不思議そうな顔をする。
「ウチの神社で飼っている牛がいるだろ? あれの調子が悪くてな……」
氷雨神社で飼っている牛は、以前に護に出来た牛形のアザから取りだした牛である。
「それで護の様子を心配して……」 オリガミは目に涙を溜める。
「A5ランクになるか微妙だけどな……」 ヒサメの言葉に、
「この溜まった涙の前の時間に戻して……」 怒るオリガミであった。
「さて、父上様……お願いします」 ヒサメがマモルに言うと、
「うむ……」 マモルが護の額に手を当てる。
「ゴクッ……」 息を飲み込むオリガミ…… すると、
「熱があるね……」 マモルの発言に、ヒサメとオリガミが後ろにひっくり返る。
「んな事は分かってんのよっ!」 オリガミが体温計を見せる。
(まさか、この天然は脈々と受け継がれるの?) ヒサメはマモルとオリガミを交互に見る。
「それで、どうするの?」 オリガミが気を取り直してヒサメを見る。
「それは……」 ヒサメがチラッとマモルを見ると、
「行く?」 マモルが親指を立てる。 この親指は尊神社を指している。
「行く? って、なによ? なんかコンビニに行く? みたいな感覚で言ってるけど……」
オリガミには伝わっていなかった。
仕方なくオリガミは準備すると、
「お前だけ?」 ヒサメが不思議そうな顔をする。
「そりゃそうよ……護は熱だし、コンビニでしょ?」 オリガミが言うと、ヒサメとマモルはため息をつく。
「何よ。 コンビニじゃないの? ○ック? ○ンタッキー?」
古代人オリガミは、すっかり現代人の店を知っていた。
「??」 初めて聞く言葉に、マモルは不思議そうな顔をする。
「オリガミの言ってるのは……」 ヒサメがマモルに説明をするが、マモルは理解できていなかった。
(そんなものよね……) オリガミは苦笑いしていた。
※ ※ ※
湖畔で休んでいたテマリは、
「私、どうしたらいいんだろう……」 この後を考えていた。
「僕、ちょっと考えたんだけど……」 ツクヨミが話しかけると、
「……」 テマリは膝をかかえたままだった。
「ここは、しっかり考えた方が良い」 栗林はテマリに言うと、そっと横に座る。
「九尾……」 ツクヨミも、栗林の横に座る。
「どうして付いてきたの?」 テマリが栗林に話しかける。
「そりゃ……お前の手を切ったのに、朝食をくれたりしたしな……恩かな……」
「そう……この世界では、私が姫になることを望んでいる柱はいない……やっと分かった」 テマリは悲しげな顔をする。
「テマリ……」
「それに、ここが高天原じゃないことも分かる。 ここは自分を見つめ直す『孤独の泉』よ。 神器を持たず、高天原に行けないのよね……」
「じゃ、どうする? 引き返すか?」 ツクヨミが言うと、
「ううん……ここまで来て、出来ないよ……オリガミが一緒に来ないことも、きっと私の事が嫌になったと思う……」 テマリは目に涙を浮かべた。
そこに声が響く。
「おーい、テマリ~」
テマリが声のする方を向くと 「―ッ!」 目を見開く。
そこには斉田がやってきた。
「秋草……何しにきたのよ?」
「まぁまぁ……ところで九尾、何故にテマリと一緒にいる?」 斉田が栗林を睨むと、栗林は下を向く。
「私を助けてくれたのよ。 それで、私に何の用?」 テマリが立ち上がり、斉田と向き合う。
「これを渡そうと思ってな……」 斉田がネックレスを渡そうとする。
そのネックレスには斉田の家紋が入っている。
テマリはネックレスを握る。
(九条の神器には拒否されたけど、このネックレスは受け入れてくれる……)
「でも……」
「せっかくだけど、受け取れないわ……」 テマリはネックレスを斉田に返す。
ハッとして斉田は 「なんでよ? これで貴女がこの国の……」
「いいの……分かったの。 これを教えたかったんでしょ? ツクヨミ……」
テマリが言うと、ツクヨミがニコッと微笑む。
「秋草……貴女が何を思うかは分からない。 私は九条の娘なの。 斉田には入れないわ」 テマリが宣言をすると、湖の中から大男が現れる。
「何ッ?」 斉田が驚くと、大男が斉田に殴りかかる。
「―ぎゃ」 遠くまで飛ばされた斉田は見えなくなった。
「よく言った、テマリ……」 大男が話しかける。
「このタイミングかよ……」 ツクヨミが息を漏らすと、
「兄様……」
「まさか、兄様ってことは……須佐之男命……?」
「そうだよ、テマリ……久しぶりだね」 スサノヲは笑顔を見せる。
「さて、お前も来たし……元凶を暴きに行きますか……」 ツクヨミが言うと、
「元凶……??」 テマリは首を傾げる。
スサノヲはテマリを肩に乗せる。 その後ろからツクヨミと栗林が歩く。
スサノヲの一撃で、九尾と斉田の仲は解消されたようだ。
歩くこと20分。
「着いたぜ。 高天原だ……」 スサノヲが言うと、肩からテマリを下ろす。この場所は、現代でいう宮崎県の高千穂である。
「お前……ここ出禁じゃなかったっけ?」 ツクヨミがスサノヲを見る。
「そだよ~」 スサノヲが軽い感じで返すと、
「なんでカーリングの人みたいな返事すんのよ……」 テマリが突っ込むと、スサノヲは不思議そうな顔をしている。
(しまった……ついオリガミや現世の人みたく言ってしまった―)
テマリは軽く反省した。
「ほれ、行きな」 ツクヨミが肘でテマリを突くと
「う、うん……」 テマリは返事をして足を前に進める。




