第四十六話 島征(下)
第四十六話 島征(下)
扉から入って真っ直ぐに進むテマリ。
「そんなに緊張しなくてもいいんじゃない?」 ツクヨミが話しかけると
「私のケジメだから……」 テマリは、手に拳を作って歩く。
『シャーッ』 餓鬼の声が聞こえる。
神々の威嚇である。 テマリは餓鬼の反応を見ながら前に進んでいく。
「ツクヨミ……私は間違ってないよね?」 テマリが弱々しい声で言うと、
「わからない……煽ったのは僕だが、正直、正しいか……とは言い切れないんだ……」
すると、「何よ! そんな無責任な! さんざん煽っておいて、責任放棄する気?」 テマリはツクヨミに凄んだ。
※ ※ ※
オリガミは落ち着かず、神社の庭の掃除をしていた。
「オリガミ……本当にテマリだけでいいのか?」 宮下が心配して庭をウロウロしていた。
そこに栗林がやってくる。
「おはよう……って、姫の方か……」
オリガミが栗林を睨む。
「なんだよ……? そんな怒った表情で……」 栗林がたじろぐ。
「アンタ……いや、九尾。 お前がテマリをそそのかしたんだろ?」
「いや、それは……」 栗林は困った顔をする。
(九尾……狐さんか。 コヤツがテマリの手を切ったヤツ……) 宮下も身構える。
「なんで爺さんまで私が見えるんだ? 小娘だけじゃないのか?」 栗林が宮下を睨む。
「貴様には、テマリの仕返しをしなきゃならん」 宮下が足を前にだすと、
“パチンッ ” と、音がする。
栗林は宮下にデコピンをしていた。
「痛ッ―」 宮下が額を押さえると、
「お前―ッ」 オリガミが波動を出すが、栗林が避ける。
「そんな迷いがある波動じゃ、私を倒せないよ」 栗林がニヤッとする。
「大丈夫……お前は私に頭を下げるわよ。 あと一分……」
オリガミは社務所を指さす。
「なんで自信タップリなのよ? 姫様……」 嫌みっぽく栗林が言った時、
「社務所に朝食あるわよ……」 オリガミが言う。
栗林は片膝をつき、「ありがとうございます。 いただきます……」
頭を下げ、社務所に向かっていった。
(あれ、ワシの朝食……) 宮下はシュンとしていた。
朝食の準備をしていたのはアメノウズメである。
「おはようございます……って、九尾じゃない」 アメノウズメは驚いている。
「おはよう……えっ? アメ子?」 栗林は目を丸くする。
元々は大八洲の柱同士、顔見知りだった。
ただ斉田が入り、派閥のような形で二分にされていたのである。
「なぁ、アメ子……テマリは本気なのか?」
「そりゃ、貴女が言ったんだからね~」 アメノウズメはニコニコしている。
「ツクヨミも一緒なんだろ? アイツ、大丈夫か? 何を考えているか分からないヤツだし……」
「どうだろうね……思金様に相談かな~」
思金命 知恵の神様である。
天照大御神が岩戸の隠れた時、思金命の提案で天宇売命を岩戸の前で踊らせ、天照大御神が顔を出す。 そして引っ張りだして岩戸を閉めて入れなくしたのが手力男命である。
そんな知恵の神様に相談しようとしていた。
「九尾も秋草なんて放っておいたら? イザナギ様も不思議と統一したがってたし……」
「……」 栗林は黙ってしまう。
そこにオッキーが出てくる。 こうなると、神様のオンパレードになっている尊神社である。
「おはようございます♪ オッキーも朝食にする?」 アメノウズメが言うと、オッキーはご機嫌に頷いた。
「おかわり……」 栗林が茶碗をアメノウズメに渡す。
「朝からいくね~♪ いなり寿司じゃなくて良かった?」
「あれ、あんまり好きじゃないのよね~ グシュって感触が苦手で……」
「あらあら……作者みたい……」 アメノウズメは笑っていた。
「なぁ、アメ子……やっぱり行ってくるよ……」 栗林は朝食を済ませ、扉に向かう。
「いってらっしゃい……テマリを無傷で帰らせてね♪」 アメノウズメは栗林を見送った。
栗林が扉の前に着くと、オリガミが話しかけてくる。
「朋子……頼みます」 オリガミが頭を下げる。
「姫……」 栗林は頷き、扉の中に入って行った。
※ ※ ※
「さて、黄泉の場所まで来たけど……」 テマリはチラッと黄泉の国を見る。
(ここはいいか……) テマリが無視して先に行こうとすると、
「どうした? 寄らないのか?」 ツクヨミが親指で黄泉の国を指す。
「ここは済んでるのよ……オリガミが綺麗に……」 テマリは唇を噛む。
「さて……じゃ、高天原かな……」
……高天原 地の国の黄泉とは対照的に、天の国と言われていて 天津神が住んでいた場所と言われている。
そこにイザナミが立っていた。
伊邪那美命……伊邪那岐命の妻であり、記紀では悪役になっていることが多い。
「おぬし、また来たのか?」 イザナミがテマリに話しかける。
「すみません……お眠りの邪魔をしてしまいまして……」 テマリは静かに頭を下げる。
「此処に来る意味が分かっておらぬか?」
「いえ……分かっております……」 黄泉に重い空気が流れると、
「いいじゃありませんか……母様」 ツクヨミが笑顔を見せると
「ツクヨミ……お前に母と呼ばれたくないわ」 イザナミがツクヨミを睨む。
しばらくの睨み合いが続き、耐えきれなくなったテマリが
「もういいでしょう……私が責任を取って、この世を変えますから……」
テマリが言うと、何故かツクヨミがニコッとする。
「お前、ヒサメの娘であろう……なぜ、この国に介入するのじゃ?」
イザナミは、ヒサメに嫌悪していた。
「ヒサメがイザナギを私から奪い、黄泉から出さぬようにしたではないか!」
イザナギの目が光り、突風がテマリを襲う。
「……くっ―」 テマリは腕で防御する。
(こりゃ、言ってもダメか……) テマリが覚悟を決めた時、
「待って!」 栗林が走ってくる。
「朋子……」 テマリが驚き、口にすると
「だから! ……『さん』を付けろ」
栗林が言うと、(それくらい……ご飯も作ってるのに?) テマリは苦笑いをする。
「九尾、何のつもりだ? 九条の味方になったのか……?」
「まぁ……恩もあるので、返さないと困るし……」 栗林が親指でテマリを指すと、
(恩……朝食だけではお釣りが出るがね) テマリは苦笑いをする。
「ならば、私に楯突くことも厭わないわけだな?」 イザナミが栗林を睨むと、
「そう言われると、私も困っちゃうな……」
「アンタ、困ってばかりね……」 テマリは、栗林に白い目を向ける。
「私は高天原に向かうだけなの! 邪魔しないで」 テマリがイザナミを睨むと、
「ならば、行ってみるといい……お前が大八洲に相応しいか見てやるわ」
イザナミは笑って洞窟の奥に戻っていった。
※ ※ ※
宮下が神社で落ち着かずウロウロしている。
「お爺さん、大丈夫?」 アメノウズメが声を掛ける。
「すまんの…… 神様に心配されるとは有り難いことじゃが、テマリが気になってな……」
その会話をオリガミが横目で見ている。
「ごめんよ~」 そこにトウジの声がする。
(えっ? まさか……?) アメノウズメは社務所の奥に隠れた。
「お父さん……」 オリガミは驚くように声をあげる。
「なんだ? 浮かない顔して……」 トウジがオリガミの顔を覗き込むと、
「関係ないでしょ! 何しに来たのよ?」
「う~ん……」 考えこむトウジはキョロキョロする。
「何よ?」
「テマリは何処に行ったの?」
オリガミは、トウジの問いに言葉が詰まる。
「……関係ないでしょ」 オリガミが言う精一杯の言葉だった。
「ふ~ん……じゃ、奥に何でアイツがいるの?」 トウジが指さした場所は、アメノウズメが隠れている場所だった。
「出てきなよ」 トウジが優しく言うと、アメノウズメが小さくなって出てくる。
「あはは……」
「なんでいるの?」 トウジが聞くと、
「そこに扉が……」 アメノウズメは外を指さす。
「それでテマリが行った訳か……お前、行かないの?」 トウジがオリガミに言うと、
「私は用事ないし……」
「テマリ、死ぬよ」 「――っ」
トウジの言葉でオリガミはビクッとする。
「どういう事じゃ?」 宮下がトウジに凄むと、
「爺さん、三種の神器を聞いているだろ? テマリは持っていない……いや、持てないようにしたのさ」
トウジは宮下たちに背を向ける。
「お父さん……何を隠しているの?」 オリガミは手に折り鶴を持つ。
「……やめておけ。 お前じゃ無理だ」 トウジは社務所を出ていった。
アメノウズメはオリガミの肩に手を掛け、首を振る。
「アメちゃん……私は何者なの?」 オリガミが聞くと、アメノウズメは下を向く。
オリガミは何かを思いだし、社に走った。
「―オリガミ」 アメノウズメも後を追いかける。
そして、鏡と弓を取り出したオリガミは
「オッキー、話がある……出てきて」 そう言うと、オッキーが顔を覗かせる。
「オッキー、私の事を昔から知っていたのね?」 オリガミの言葉に、オッキーは小さく頷く。
「そう……わかったわ……」 オリガミの顔は切なそうな表情をしていた。
そんな時、 「オリガミ……」 小さく、かすれた声の護がやってくる。
「―護? どうしたの?」 覇気がなく、病人にも見える護の表情にオリガミが焦る。
「身体が重くて早退してきた……まだ仕事だろうと神社に来ちゃった」
オリガミが護を支えると、
「凄い熱じゃない― 病院に行こうよ」 オリガミの肩に護の腕をかける。
「マスター 今日は早退します」 オリガミは護を連れて病院に向かっていった。
「あの……アメノウズメさん……」 宮下は呼び方を考えたが、神様に『アメちゃん』は申し訳なく、『さん』付けで呼んだ。
「なに? お爺ちゃん」 アメノウズメが振り向く。
「オリガミの事なんじゃが……父親って何者なんじゃ?」
宮下は、オリガミやテマリと関わりが深くなっていくにつれて、知っていくどころか、さらに分からなくなっていた。
「それは……」
「言えんようなヤツなのか?」 宮下が食い入る。
「あのね……これはお爺ちゃんが関わっちゃいけない気がするの……オリガミやテマリが口にしていないのに、私じゃ言えないよ……」
アメノウズメは下を向いてしまう。
「これか……」 宮下は扉の前に立った。
そしてドアノブに手を掛けると 『スカッ……』 触れなかった。
「……儂ではダメなんじゃな……」 宮下は涙を流した。
「テマリ……」




