第四十五話 島征(上)
第四十五話 島征(上)
「護、おはよう♪」 オリガミは護を起こし、朝のコーヒーを出す。
そして目玉焼きとトースト、オリガミは料理も上手になっていた。
「オリガミ……本当に上手になったね♪」 護は嬉しそうにオリガミを見る。
「護……」
オリガミが顔を近づけ、唇が触れる瞬間
“じぃぃぃ…… ”
ベランダからヒサメとマモルが見ている。
「うわっ―」 「キャー」 護とオリガミは悲鳴をあげた。
「あの……なんで、いつもベランダから……?」 護が聞くと
ヒサメとマモルは水を飲んで無言だった。 そして二人の頭には大きなタンコブができていた。 これはオリガミが叩いたのである。
「まったく、親に手をあげるなんて……とんでもない不良娘よね」
ヒサメは不満そうに水を飲む。
「だったら玄関から来い!」 オリガミは怒っていた。
「ははは……仕事に行ってくる……」 護は逃げるように出社した。
「それで、今日は何の用?」 オリガミは腕を組みながら言うと、
「そろそろ儀式を行おうと思うんだ……」 ヒサメが小さい声で話すと、
「儀式? 何の?」
(コイツ……これだけの神々に会っても思い出せないのか……)
「いや、いい……邪魔したな」 ヒサメとマモルは出て行こうとすると、
「玄関から出ろ!」 オリガミが睨む。
すると二人はベランダから靴を持ち、玄関から出ていった。
オリガミは家事を済ませ、神社に向かう。
「あれ? この人……」 オリガミは、前を歩いている男性を気にしていた。
男性は、中年で覇気が無い。 虚ろな目で、ただ前を見ている。
「これは、危ないかも……」 危機を察知したオリガミは、男性の横に立った。
しばらく一緒に歩き、交差点に大型のダンプカーやってくると
「―っ!」 男性が交差点に飛び込もうとする。
オリガミは必死に腕を掴み、男性を動けなくした。
すると、男性から「邪魔をするな!」 と罵られてしまう。
「ひゃい……しゅみましぇん……」 オリガミは下を向いてしまった。
どうしても初対面に人には弱く、言葉が上手に出てこないオリガミだった。
気落ちしながらオリガミは神社に着く。
「おはよう♪ なんか元気ないね~?」 アメノウズメがニコニコしている。
「さっき、怒られてさ……」
落ち込むオリガミに、頭を撫でるアメノウズメ。
しばらくの時間、社の階段でオリガミとアメノウズメは空を眺めていた。
「ねぇ、オリガミ……少し環境を変えてみないかしら?」
アメノウズメが笑顔で提案するも、オリガミにはピンと来ていなかった。
「環境?」
「うん♪」 アメノウズメは閉まったままの扉を指さす。 これは九条の島と現代を行き来できる扉だ。
「また黄泉に行けと?」 オリガミが軽く嫌そうな反応をする。
「違いますよ。 朝、ヒサメとマモル様が来なかった?」
オリガミは朝のヒサメが言っていたことを思い出す。
(そういえば、儀式とか言っていたな……)
「ヒサメ……期待しているのよ」 アメノウズメは階段から腰をあげる。
「あのさ……何を期待されているの? 私は過去を知らないの……」 座ったままのオリガミは、膝に顔をうずめる。
「オリガミ……」 アメノウズメは、息を漏らす。
それを遠くから見ていたのがテマリである。
「……」
社務所に戻り、テレビをつける。 いくら大昔の大物でも、現代を知らなければいけないと思っている。 オリガミは買い物を頼まれていて、近所のコンビニまで出掛けていった。
「へぇ……この方が今の天皇なんだ~ 何代目なの?」 アメノウズメは目を輝かせている。
「んっ? 何代目?」 テマリがキョトンとする。
「今で128代じゃ。 再度、天皇になった方が2人おっての……実際には126人の方が天皇に即位しておるのじゃ……」
ここに口を出してきたのが宮下である。
「じいじ、詳しいんだね~」 テマリは唖然と宮下を見つめる。
「そりゃ、神職だからな……」
「じゃ、神武とかも見たことある?」 アメノウズメがニコニコして聞くと、
「あるわけないじゃろ……名前や絵では見るが、神話の世界じゃ!」
「そうなんだ~」 アメノウズメが不思議そうな顔をすると、
「そんな顔されても……」 宮下はシュンとする。
「会いたい?」
「はい?」 アメノウズメの言葉に宮下は困惑する?
「ちょっとアメちゃん……」 テマリは困った顔をして アメノウズメの言葉を遮る。
「ただ、爺ちゃんには話しておいた方がいいよ」
アメノウズメの言葉にテマリは下を向く。
(知ってもらった方がいい? でも、じいじは ただの人間……)
こんな思いがテマリの頭を悩ませている。
「テマリや……儂はお前やオリガミに逢えて幸せじゃよ。 こうして神様も見れるようになったのじゃから……」
宮下はテマリの頭を撫でた。
「……よし、行こう」 テマリは顔を下に向け、意を決したように呟く。
「わかった。 昔、神武がやった東征のように、今度は島征ね♪」
アメノウズメは笑顔でガッツポーズをする。
「しかし、これはオリガミが決定することなんじゃ……?」 宮下が言うと、
「一緒だよ……だって……んぷっ―」 アメノウズメが言うと、テマリが口を塞ぐ。
「……?」 宮下は首を傾げるも、ひとつの仮説を考えていた。
(過去にテマリが侍女と言っていたことに秘密があるんじゃな……)
「さて、明日に行こう……支度しなきゃ―」 アメノウズメは社務所を出て行く。
「ふぅ……」 テマリはため息をつく。
「あまり、乗り気じゃないのか?」 宮下が聞くと、
「じいじ……もう会えなくなるかも……」 テマリの頬に涙が伝う。
「訳があるんじゃな……」
そしてテマリは宮下に全てを話した。
「なんと……テマリとオリガミは同一人物なのか……?」 宮下の額から汗が流れる。
「この世には光と影、つまり陰と陽が存在します。 オリガミは陽、私は陰として存在しています……白黒の紋、わかりますね?」
「太陰対極図じゃな……」
「はい。 ここでは同じ形をしていますが、中身は違うのです……どちらも同じ格好であれば力も互角……」
「つまり戦争もあると……?」 宮下が言うと、静かにテマリは頷いた。
「ただ、私はオリガミが好きですよ……大好きな妹に変わりはありません……」 テマリはニコッと笑う。
そこにオリガミが買い物を終えて帰ってきた。
「おっと、いけね―」 テマリは話を中断し、オリガミの所に向かう。
「おかえり~♪ って、何、その顔……?」
テマリはオリガミの顔を見て驚いている。 オリガミの顔が青白く、額に太陰対極の紋が浮かびあがっていた。
オリガミは鏡を見ると、下を向く。
(まさか……記憶が戻ったのか……) テマリの額に汗が流れる。
テマリが社務所から駆け出し、社に向かう。
「アメちゃん―」
「どしたの?」 アメノウズメはオッキーと談笑していた。
「あの……オリガミの額に……」 テマリが説明すると、
「時間の問題だな……」 そこにツクヨミが出てくる。
「相変わらず、朝が苦手よね~」 アメノウズメは呑気な事を言う。
「まぁ、時間がないか……一応、テマリの気持ちを聞いておこうか?」
ツクヨミが見ると、テマリは下を向く。
「どうした? 答えられないか?」
結局、ツクヨミの質問には答えられないテマリであった。
「じゃ、行くかい?」 ツクヨミが誘うと、
「明日なんじゃ……? それにお母さんもいないと……」
テマリが戸惑っている。
「姉さんに許可を取ってあるよ」
「えっ? 姉さんて、まさか……」
ツクヨミが言う「姉さん」とは天照大御神である。 日本神話の最高神であり、神社の頂点である伊勢神宮に奉れている。 この時に出てくる名前とは思わず、テマリは驚いていた。
「そういう訳で、アメちゃん……後をよろしく♪」
ツクヨミは、テマリの手を引っ張り扉に向かっていった。
「あ~ぁ 怒られるぞ~」
アメノウズメは社務所に行き、宮下に報告をする。
「なんと? 一人で行かせたのか?」 宮下は怒っていた。
(ほら、怒ってる~) アメノウズメの顔色が悪くなる。
「身支度じゃ、オリガミ…… 早くせい―」
「いいの……行かせてあげて……」 オリガミは座ったまま動かなかった。
テマリが九条の島に行きたいのには理由があった。
現在の大八洲には統治するものがいない。 これにより神々の反乱などで天地一体になってしまう事を恐れていたのだ。
テマリは島征を行うべく、扉に手を掛ける。
(オリガミ……) テマリは社務所へ振り向き、静かに扉の中へ入っていった。




