第四十三話 神様、はじめました
第四十三話 神様、はじめました
翌朝、目覚めるとオリガミは不機嫌だった。
「おはよう♪」 オリガミに声を掛けるのがツクヨミである。
「おはよう……って、何で居るのよ……?」
「そりゃ、彼を守る為さ。 ねっ?」 ツクヨミはキッチンを見る。
「うん、うん♪」 そこにアメノウズメが頷いている。
「アンタまでっ?」 オリガミは目を丸くする。
「ちょっと困るわよ! 住もうっていうの?」
「そりゃ、守る為だから仕方ない……」
「……」 オリガミは言葉を失っていると護が起き出す。
「―っ 早く何処かへ!」 オリガミが神様二人を手で払うと、
「大丈夫よ♪ 彼は見えないから♪」 アメノウズメは笑って言った。
「おはよう。 オリガミ」 護は笑顔で起きてきた。
「おはよう。 護…… コーヒーを淹れるわね」
キッチンに向かうオリガミに
「まず、服じゃない?」 護が言うと
「えっ?―」 慌てて下着と服を着る。
(さっきから二人に素っ裸で話してたのー?)
オリガミの顔が真っ赤になる。
「なんで先に教えてあげなかったの?」 アメノウズメが言うと、
「そりゃ、せっかくなんで……」 ツクヨミはご満悦だった。
そして朝食を済ませた護は、出勤の準備をする。
「はい カバンね。 忘れ物はない?」 オリガミが確認する姿は立派な主婦である。
「いってらっしゃーい」 護を見送り、ドアを閉めると
「はあぁぁぁぁ……」 深くため息をつく。
「どうされました? 奥様……」 ツクヨミが声を掛けると、
「どーも こーもないわよ! せっかくの朝が台無しだわ」
「朝から機嫌悪いわね~」 アメノウズメが ため息をつく。
オリガミが二人を睨む。
「なんだ?」
「「なんだ?」 じゃないわよ! 早く護を守りなさいよ! なんで、いつまでも此処にいるのよ~」 オリガミは二人をアパートから追い出した。
ツクヨミとアメノウズメは、護に追いつき電車に乗った。
「アメちゃん、これは何?」 ツクヨミが言う『これ』とは電車のことである。
古代の神様である二人は電車を知らなかった。
「知らない。 さっき、機械から『ピッ』って音がしてたね~」
その後、二人は護の仕事を観察している。
ツクヨミが護の肩口から覗き込み、アメノウズメはデスクに座っていた。
「あれ? 誰かに見られてるような……」 護がキョロキョロすると、
神様の二人もキョロキョロする。
「誰もいないか……」 安心したように仕事を再開する。
「なんか退屈だね……」 アメノウズメが言い出すと、
「尊神社に行こうか?」 ツクヨミの合図で二人は神社に向かった。
神社では、オリガミとテマリが話し合っていた。
「もう島に返そうよ……」 テマリが言う。
「でも、護を守ってもらわないと…… いつも憑りつかれているし……」
どうもオリガミは反対のようだ。
「でも、本来なら此処にいちゃいけないのよ?」
「オッキーは居るじゃない?」
「あれは分祀よ。 本体は島にいるわよ」 テマリは呆れている。
「何の相談だい?」 現れたのは栗林である。
「あら…… 朝食ならないわよ」 テマリがツンとした態度で言うと、
「なんだ、無いのか……」 栗林は残念そうな顔をする。
(コイツ、本当に朝食目当てだったのか……) オリガミとテマリは呆然と栗林を見つめる。
「そう言えばさ、朋子さんは島から来たのよね? どうやって来たの?」
テマリが疑問を投げかけると、
「そりゃ、斉田様が召喚したんだけどさ……」
「秋草が? アイツ、そんな事もできるの??」
オリガミとテマリが驚いていることに驚いている栗林。
「なんで?」 栗林が首を傾げる。
「そんなパワーを持ってたんだな~と……」 テマリが言うと、
「なんでも牛車が見つかったからパワーが何とかと……」
その後の栗林からのヒントは無かった。
「よし、お小遣いをあげる。 牛丼でも食べておいで」
テマリが千円を渡す。
「あ、えと…… ありがたいんだけど……」 栗林が下を向く。
「どうしたの?」 オリガミが聞く。
「その……私って、人間には見えないからさ……注文できないのよね……」
栗林が笑って言うと、
「見えてるのって、私たちだけなの?」
「そうよ」 ケロッと答える。
「じゃ、朋子さんは何が化けているのよ?」 テマリが聞くと、
「私? ほら」 と、言って後ろ向く。
「あら、尻尾が九本……ってことは」 テマリが驚いたように言うと、
「邪魔じゃない? 普通は一本よね? 抜いてあげるね」 オリガミが栗林の尻尾に手を掛ける。
「わーっ! ちょっと待て! アンタ、何で人の尻尾を抜こうとしているのよ!?」 栗林は両手で尻を隠す。
「いっぱいあるから、邪魔じゃないかと思って……」
キョトンとして話す姿に、
「朋子よ……オリガミは、ふざけて言っている訳じゃないのだ…… これがオリガミなんだ……」
テマリが頷きながら説明をする。
「そうなの? 敵意とか悪意とか……」 栗林が言うと、テマリは首を振る。
「ちょっと……」 オリガミが困った顔をすると、
(困っているのはコッチよ…… なんで人の尻尾を抜こうとして困った顔してるのよ……)
初対面からずっと、オリガミに振り回される栗林であった。
そこにツクヨミとアメノウズメが尊神社にやってくる。
「んっ?」 栗林が目を細める。
「あれ? 九尾の狐じゃん」 アメノウズメが言うと、
「何でここに……?」 栗林が焦る。
「そりゃ、姫が呼んだから……」 ツクヨミが答えると、
「呼んでない、呼んでない」 オリガミが手を振って否定した。
「てことは、扉があるの?」 栗林が聞く。
「あそこの裏にあるよ」 ツクヨミが社を指さす。
栗林はニヤッとして、
「そこの天然! いや、九条の姫…… 一緒に来て貰おうか」
オリガミの腕を掴み、扉まで引っ張ろうとすると
「そりゃダメだろ?」 ツクヨミが栗林の腕を掴んだ。
「なんで、お前が……」
「そりゃ、この世界で神様は善人に良くしないと……」
ツクヨミは、長い髪をサッとなびかせる。
「そうよ♪ 私たちは、この世界で神様を始めたんだから……」
アメノウズメがクルッと回り、キメポーズをする。 それは人差し指を頬に当てて、可愛くキメて見せた。
「マジッ?」 テマリは驚いている。
オリガミは (冷やし中華、はじめました……)をイメージしていた。
「オリガミ……何か違うのイメージしてなかった?」
ツクヨミが聞くと、慌てて首を振る。 しかし、ツクヨミは白い目をオリガミに向けていた。
「ただいま戻った―」 宮下の声がする。
(ヤバい…… じいじに、この騒ぎがバレたら―) テマリが動揺していると、
「マスター コッチよ~♪」 オリガミが大声で宮下を呼んだ。
ここに居るのは全員が神様である。 以心伝心なのか、テマリの焦る意味が解っていたがオリガミの心までは理解できていなかった。
「なんじゃ、ココにいたのか…… 今日は特別な仕事は入っておらんぞ」
宮下は社務所に戻っていった。
(ふぅ…… 本当に見えていなかったんだ……) テマリが汗を拭う。
そこで神様の三柱がヒソヒソ話しをしている。
「やっぱり姫は天然なんじゃない?」 ツクヨミが言い出すと、
「前から振り回されっぱなしなのよ……」 栗林も堪らず仲間に加わる。
(やっぱりオリガミは、神様から見ても問題あるのね……)
納得してしまうテマリであった。
「と、とりあえず 護の所に戻るわ……」 この雰囲気に耐えられず、ツクヨミとアメノウズメは護の会社に戻っていった。
護の会社に着いた二柱は、様子を伺う。
すると、護の上司が話しかける。
「足立君、この仕事をお願いできるかな?」 そう言って、護のデスクに沢山の書類を置いた。
「あ、あの……こんなに沢山……」 護が言い出した途端、
「あれ? 出来ない?」 上司が困った顔をする。
「いえ……なんでもありません。 やります……」 護が書類を手にすると、
上司はニヤッとした。
これを見ていたツクヨミが
「アメちゃん…… 今、最後の顔を見た?」
「見た! 嫌な顔してた」 アメノウズメが上司を目で追う。
上司は仕事を護に押し付け、コーヒーを飲もうとした瞬間
「あちっ―」 上司はコーヒーをこぼした。
ワイシャツに落ちたコーヒーのシミが広範囲に広がり、熱さから慌ててワイシャツを脱ぎだした。
昼間のオフィス、視線が上司に集まる。
実は、上司がコーヒーを飲む瞬間に、アメノウズメがカップを押してコーヒーをこぼしていたのだ。
「ザマミロ― 姫の護に意地悪するからだよ!」
アメノウズメは、舌を出して上司に向けていた。
「アメちゃん、やるね~♪」 ツクヨミは親指を立てて讃えている。
「さて、ツクヨミの番よ」
ツクヨミは、護の脳の活性化を促す。
肩に手を置き、パワーを送った。
「これでよし!」
護は、いつも以上の力を発揮して書類の山を片付ける。
そして、上司のデスクに書類を返した。
夕方になり、終業となる。
「思ったより早く片付いたな……」 護はご機嫌だった。
「しかし、なんで姫は彼なんだろうね……?」 ツクヨミが言うと、
「そうよね~ 彼、普通の人間でしょ?」 アメノウズメも首を傾げる。
護が帰宅しようと会社を出る。
それに付いていく二人も新宿駅に向かう。
会社から少し歩いた場所で護が足を止める。
そして露店の男性と話をしている。 トウジである。
「なんだ? 知り合いか?」 ツクヨミが護の話し相手を見る。
「―っ?」 ツクヨミが慌ててアメノウズメの腕を引っ張り、隠れる。
「んっ?」 トウジが何かの気配を感じたようで振り向くと、そこには誰も居なかった。
(気のせいか……) トウジは護と話を続けていく。
(危なかった…… なんで、あの人が……?)
ツクヨミは嫌な予感が働いていく。
「どうしたの? ツクヨミ」 アメノウズメが聞くと、
「いや…… 先に戻ろう」
ツクヨミとアメノウズメが護のアパートに行く。
そして、会社の出来事を話した。
「……そう。 ありがとう」 オリガミが頭を下げる。
「それとさ……」 ツクヨミが言い出すと、オリガミが返事をする。
その時、テマリが言っていた事を思い出す。
それは、オリガミの記憶が無い事だ。
(もし、姫が知りたくないことだったら……)
ツクヨミは、言いかけた言葉を飲み込んだ。
護が帰宅すると、オリガミは嬉しそうにする。
それを見ていたツクヨミは、
(やっぱり言えないよな……) 下を向いて握りこぶしを作る。
夜、アメノウズメを尊神社に向かわせて、ツクヨミは電柱の上で悩んでいた。
(なんで、あの人がこの世界に……)
そして、遠くからツクヨミを見ているトウジがいた。




