第四十二話 闇夜の使者
第四十二話 闇夜の使者
「じゃ、帰るね~」 オリガミがテマリに神社を出る。
夕方から少し暗くなり始めた頃、オリガミは近所のスーパーで買い物をしていた。
「夕飯、何を作ろうかな~」 真剣な目で野菜を見ている。
野菜を買って、カレーライスと決めたようだ。
オリガミは料理が出来るようになっていた。 すっかり主婦である。
スーパーを出て、アパートに帰る時に男性が現れた。
「あなた、ベランダに入ってきた変態……」
男性は困った顔をしている。
すると、「なんで困った顔してるのよ? 私の方が困ってますからね!」
オリガミは強めな言葉を言う。
「へ~ 困ってるの? 相談にのろうか?」 男性はニコニコしている。
「アンタに困っているのよ!」
「なんで困っているの?」 「ストーカー行為をするからでしょ!」
こんな会話が続く。
しかし、男性の姿は一般の人には見えていない。
世間から見たら「慌ただしい独り言」になっているのをオリガミは知らなかった。
「顔見知りだから声を掛けたのに、なんで犯罪者扱いするんだい?」
男性が言う。
「顔見知り? あなたが?」 オリガミが男性を覗き込む。
「そ、そんなにマジマジ見なくても……」
あまりにもマジマジと見ている為、男性は困惑している。
「あっ!」 オリガミが気づいたようだ。
男性はニコニコしながら待っていると、
「護の同僚の安本さんでしたっけ?」
「はい?」 「第二話で名前だけ出てたんですが……」
(知らんし……て言うか、第二話って何だよ?)
男性は、オリガミの天然爆発により蒼穹の彼方に追いやられた気分になった。
「安本さん、それで私に何の用ですか?」 オリガミが真顔で言うと、
「いや、安本じゃねーし……」
「??」 オリガミは頭が混乱している。
「??」 男性は、もっと混乱している。
(昔、こんな子じゃなかったような……)
「もう― 誰なんですか?」 オリガミがイライラし始める。
「しょうがない…… 僕は月読だよ。 オリガミ……」
男性はツクヨミと名乗り、髪をかき上げてキメてみるが
「知らない……」 オリガミはスタスタと歩き出していく。
「ちょっと―」 ツクヨミが後を追いかけると
「何ですか? 私、忙しいので……」 オリガミが嫌そうにしている。
「えっ? 覚えてない? 昔、高天原で遊んだじゃない」 ツクヨミが言うと
「たか……んっ? なんだっけ? 遊んだ?」 オリガミが首を傾げる。
(人違いなのか? でも、僕が見えるんだからオリガミだろう……)
ツクヨミが迷っていると
「テマリ キ~ック」 後ろから走ってきたテマリが、ツクヨミにドロップキックを浴びせる。
激しく吹っ飛んだツクヨミが怒り出す。
「誰だ? 僕に豪快なドロップキックをするヤツは?」
「私よ!」 テマリがドヤ顔をしている。
「君は……」 ツクヨミがテマリを見る。
「フッ……」 テマリが微笑むと
「誰だっけ?」
テマリは豪快に倒れた。
「アンタね~ 覚えてないの?」 テマリが聞くと、
「オリガミは分かるんだけど、君は?」
(この反応……)
テマリは思い出す。 幼い時、トウジがテマリを斉田に養子に出そうとして九条の中では幽閉されていた過去があったことを……
テマリは、他の神々と会うのが少なかった。
オッキーとは国譲りの儀で会っていたので、お互いに覚えていたが
ツクヨミとは初めて会ったのである。
「テマリ~ どうしたの? 買い物?」 オリガミが話しかける。
「オリガミ、この人……」
「うん。 つくし……だって」
オリガミが言うと、テマリとツクヨミは絶句する。
(なんだ? その春の知らせのような名前は……)
「ツクヨミです」 改めて、本人が名乗る。
「ツクヨミだったか~」 オリガミが恥ずかしそうにしている。
「ツクヨミ…… あまりオリガミに関わるな!」 テマリが真顔になる。
「なんで? ダメなの?」
「アホが感染るぞ!」
「うっ―」 ツクヨミはオリガミとの間隔を開ける。
「ちょっとぉぉ」
その後、オリガミは帰宅し、テマリがツクヨミを連れて尊神社に戻っていく。
「今日は、ここで寝て」 テマリが指した場所は社の神棚である。
「あの……ここで?」 ツクヨミが聞く。
「そりゃそうよ。 オッキーも居るから」 テマリが言うと、ツクヨミは頬を膨らませている。
ツクヨミの機嫌が直らない為、しばらく話し相手になったテマリの元に宮下がやってくる。
「テマリ、誰と話しておるのじゃ?」
「ツクヨミだよ~」 テマリが軽く言うと、
「ツクヨミって、あの月読尊か―?」 宮下が焦って言う。
「そうよ。 ツクヨミも扉から出ちゃったのよ」
こんな奇跡のような会話をする。
宮下がフラフラとして社務所に戻ると、
「テマリ…… オリガミって記憶がないの?」
「そう。 だから、ツクヨミも黙っててね……」 テマリはお願いをしていた。
それからツクヨミは尊神社に住みついていた。
「なぁテマリ~、なんで僕が神社の掃き掃除してるんだい?」
「タダで住まわせてるんだから掃除くらいいいじゃない」
そんな会話をしていると、
「テマリ、月読尊は帰ったのか?」 宮下が聞くと
「ここで掃き掃除させてるけど?」 テマリが言う。
「―なんで神様にさせているんじゃ?」
宮下がフラフラになりながら言うと、
「タダで住まわす訳にいかないでしょ? ここはオッキーの神社なんだから……」
テマリの爆弾発言に宮下はヨロヨロになり、社務所に戻っていった。
(なんか、僕は迷惑をかけているんじゃ……)
ツクヨミは、苦笑いをしていた。
そこにオリガミが出勤してくると、
「あっ! 昨日の変態……」
それにはツクヨミも傷つく。
「オリガミ……彼はツクヨミって言って、神様の一人なのよ」
テマリが説明すると、
「そうなの? てっきりストーカーなのかと……」 オリガミは反省している。
「前にオリガミが次の姫になると聞いて、会わなくちゃって思って この世界に来てみたんだよ~」 ツクヨミはキザな格好をしていた。
(まぁ、ツクヨミは神様の中ではイケメンだから…… でも、かっこつけ過ぎじゃないかしら……)
テマリは思っていたが、口にはしなかった。
「ふ~ん…… それで、度々 出てくるけど、姫って何なの? みんなが私の事を姫って……」
(しまった― 最近、普通に聞いていたから気づかなかった。 オリガミに黙っていたんだった)
テマリは動揺し、咄嗟に言い訳をする。
「オリガミは美人で有名になっているから、あだ名がついたのよ」
(たぶん、ダメだろう……) テマリは諦めていたが、
「そうなんだ~♪ でも、それならテマリも一緒なのにね~」
普通に反応するオリガミを見て、
(本当にアホで良かった~♪)
いつもイライラしているが、この時だけはオリガミがアホで良かったと思ってしまうテマリであった。
「じゃ、行きますか!」
この日も神様捜しが始まる。 三人は新宿駅に来ていた。
「ここに居るのかい?」 ツクヨミが聞くと
「神様だって賑やかな方がいいじゃない」 テマリが言う。
「僕は静かな方が好きなんだけどね~」
「まぁ、夜の神様だもんね~」
「あれ? あれは確か……」 ツクヨミが遠くに見える女性に気づくと、
「あっ、アメちゃん……」 テマリが叫ぶと
「あっ、見つかっちゃった―」 女性が舌を出す。
この女性の名前はアメノウズメである。
アメノウズメは、古事記で岩戸に隠れた天照大御神を踊りや歌で気を誘い、岩戸から出した伝説の巫女である。
「アメちゃん、来ちゃダメじゃん―」 テマリが言うと、
「あれ? ツクヨミも来てたの?」 アメノウズメは驚く。
それから、みんなで尊神社に向かった。
「とりあえず、集まったわね……」 オリガミが笑顔で言うと
(お前たちが勝手に探したんだろ……) アメノウズメは思っていた。
「せっかくだから、お願いがあるのよ……」
オリガミが言い出すと、全員が顔を見る。
「お願い?」
「護が立派になって、早く私と一緒に幸せになれるようにしてほしいの……」
オリガミは大胆にも、自分のお願いを始めた。
これにはテマリも驚き、
(まさか、神様を探していた理由ってコレ……? 職権乱用もいいとこじゃない……) テマリは頭を抱える。
(僕は、こんな罠があると思わずに姫の前に現れてしまったのか?)
ツクヨミの額から汗が流れる。
(私、とんでもないのに捕獲されたの? 現世って怖いわ……)
アメノウズメは目が点になっていた。
それから三人は、オリガミの願いを聞いていく。
「それなら出世が早い! 祈ればいい?」 ツクヨミが言うと、
「いいえ、ここは祈祷として私が舞いを見せればいいんじゃないかしら」
意外にも物わかりの良い神様たちである。
そして夜、護は尊神社に呼ばれる。
「オリガミ、どうしたの?」 護は何も知らぬまま神社にやってきた。
「護には、これから出世してもらいます」 オリガミは、真面目な顔をしている。
「出世? 俺、会社2年目だよ? 出世って……」
「その為に、護にはサポーターを用意しました。 この人たちです!」
オリガミが言うと、そっと神楽殿の戸を開ける。
そこに宮下がやってくる。 「護か……んっ? どうして神楽殿を?」
「あっ、マスター これから良いものが見れますよ♪」 オリガミは神楽殿の戸を全開にする。
「じゃん♪」 オリガミが見せるが、宮下と護は見えていなかった。
「何もおらぬが……」 宮下がキョトンとする。
「じいじ、護、コレを使って」 テマリが手毬を渡す。
「なんと!?」
神楽殿のステージには二人の人が立っていた。
「あれは……?」 護も驚いている。
「じいじ、護……これは奇跡なのよ。 普通の人間には見えないもの……それが本物の神様なのよ」 テマリは言うが、少し元気がなかった。
「ちょっと呼んでくる……」 テマリは社に向かい、オッキーを連れてきた。
「これらは……?」 宮下が聞くと
「紹介するね♪ 今、テマリが連れてきたのがオッキーよ」
「これがオオクニヌシノミコト……」 宮下が両手を合わせる。
「こっちが、月読命で、 こっちが天宇売命」
「あわわ……」 宮下が震えだす。
そして、それを心配しながら見つめているのが大国主命である。
「神職で、生で記紀の神様を見れる者がいただろうか……」 宮下は涙を流す。
「それで、オリガミ…… どうして俺に神様を紹介したの?」
護は頭が整理できずに、冷静になってしまっていた。
「それは、護とマスターに神のご加護を与える為によ♪」
一瞬だが、護の目にはオリガミの顔が女神のように映った。
「じゃ、始めよう」
ツクヨミが言うと、オリガミ、テマリ、アメノウズメが用意をする。
そしてオッキーが宮下と護をステージがよく見える場所に案内をする。
“シャン シャン シャン……” 鈴の音が三度響く。
そこから尊神社の神楽殿ステージは見事な舞いが披露される。
太古、天照大御神が岩戸の隠れ、外に導いたアメノウズメを中心に舞いを見せていたのだ。
神職である宮下は、奇跡を体感する。 その目には涙が止まらなかった。
すると、護が『ガクッ』っと前に倒れる。
「護ッ?」 オリガミは舞いを中止し、駆け寄る。
「護? 護?」 何度も身体を揺する。
護が目を覚ます。
「護―っ」 オリガミが抱きしめると、護の身体から邪気が出てくる。
「おやおや?」 これに早く反応したのがツクヨミだ。
「もしかして、彼は憑かれやすい?」
ツクヨミが護を指さすと、オリガミが頷く。
「やれやれ…… それなら守ってあげるか。 姫の為に……」
ツクヨミが言うと、アメノウズメとオッキーが頷いた。




