第四十話 黄泉の国
第四十話 黄泉の国
黄泉の入口で待機しているヒサメとテマリは落ち着きがなく、ウロウロを繰り返している。
それを黙って見ている久松が、
「あの~ 落ち着かれては……」 そう言いだすと
「どこをどうやったら落ち着けるんだい? ここは黄泉だぞ!」 ヒサメが久松に怒鳴ると、
「そうよ! 入口が塞がれて、中でオリガミが大変な事になったら……」 テマリも怒鳴っている。
これに久松が
「姫は三種の神器を持って入られました。 大丈夫じゃないかと……」
「そうなんだが……」 ヒサメは心配していた。
それを正しく使えるかを……だ。
案の定、オリガミは入口に鏡と弓を置きっぱなしにしていた。
黄泉の者に体を触られそうになり、咄嗟に置いてしまったのである。
ヒサメとテマリは落ち着かず、黄泉の中を気にしながら待っている。
そんな事を知らずにオリガミは黄泉の者たちと……
「それでさ~ この時代から、だいぶ経ったんだけどさ~」
仲良くなっていた。 不思議なオリガミである。
「そうだ、お母さんも来ているから入り口を開けてくれない?」
オリガミは、黄泉の者に塞がれた入り口を開けるように頼んでいた。
黄泉の者が瓦礫を運び、少しずつ入り口が見えてきた頃
「おーい、オリガミ~」 テマリの声が聞こえてきた。
「ここだよ~♪」 オリガミが返事をする。
「???」 ヒサメとテマリが驚いている。
「黄泉だよね? なんで明るく返事をしているの?」 ヒサメとテマリが顔を見合わせる。
久松も重い腰を上げ、反対側から瓦礫をどかすと、
「開いた♪」 オリガミがご機嫌な様子で顔を出した。
「お前、何しているんだい? ここは黄泉だよ?」 ヒサメが怒っていると、
「でも、みんないい人たちだったよ。 ここを開けてくれたし……」
オリガミが説明すると、ヒサメが絶句する。
「まぁ、いいじゃん。 行きましょ、お母さん」
テマリが言うと、黄泉の中へ入っていく。
「……」 マモルは横目で見て、黙ったままだ。
「姫、よくご無事で……」 久松も黄泉に入り、オリガミに言葉を掛けると、
「貴様が入る所ではない!」 奥から声が聞こえた。
「誰?」 声がする方向を見る。
「まさか……」 ヒサメの額に汗が出てくる。
「貴様が入る所ではない。 九条の娘よ……」
薄暗い黄泉の洞窟から一人の者が姿を現すと、周りの黄泉の者たちが静まりかえる。
「伊邪那美命……」
ヒサメは息を飲む。
「私に用か? 九条の娘よ……」 イザナミが言うと、ヒサメは黙ったまま膝をつく。
「すみません。 お眠りの邪魔をしてしまいまして…… この度は、たまたま立ち寄ってしまいました……」
ヒサメが頭を下げる。
「そこの二人は……?」 イザナミがオリガミとテマリを見る。
「その……私の娘でして……」
「そうか。 それで、どちらかを黄泉に置いていくのじゃな?」
イザナミの言葉にヒサメは答えられずにいる。
「では、何故ここに来たのじゃ?」
「それは……」 ヒサメの顔が歪む。
しばらく無言のまま時間が流れる。
すると、
「私が見に行きたいと言いましたよ、 お婆さん」 オリガミが言う。
「ブクブク」 オリガミの言葉でヒサメの口から泡が出てくる。
「お母さん! しっかり」 テマリがヒサメの肩を抱く。
「もう死なせてちょうだい…… いや、殺される―」
ヒサメは取り乱している。
そこでテマリが慌ててイザナミの前に膝をつく。
「すみません― 馬鹿な妹が暴言を吐きまして……どうか、お許しください」
(馬鹿な妹?) オリガミの耳が動く。
「本当にすみません― この娘は本当にアホなんです。 許してあげていただけますと……」 ヒサメもテマリの横で懇願している。
(アホ?) またオリガミの耳が動く。
「なんで、私の事を二人は馬鹿とかアホって言うのよ~ ねぇ、お婆さん?」
オリガミが喋れば喋るほど、ヒサメの寿命が短くなっていく。
「テマリ…… もう少し長生きしたかったわ……」
ヒサメは涙を流す。
(もう二千年以上は生きているはずなんだが……) テマリは思っている。
「大袈裟なのよ~」 オリガミが言った瞬間である。
「ピュン―」 突然の風がオリガミに吹き付け、頬に傷を付ける。
「何すんのよ!」 オリガミがイザナミに叫ぶと
黄泉中が静まりかえる。
(ひえ~っっ) ヒサメとテマリが身を寄せ合っている。
「イザナギを連れてこい」 イザナミが言うと、
「誰よ、それ?」 オリガミが返す。
それからお互いに黙ったまま時間が流れる。
オリガミは我慢できず、話を切り出す。
「お婆さん、顔が崩れているわよ。 少しは気を使いなさいな。 ほらっ」
そう言って、オリガミが式神の鏡をイザナミに見せると……
「うぅぅ……」 鏡から強烈な光がイザナミの顔に降り注ぐ。
「おおぉ……」 黄泉の者たちが一斉に声をあげる。
(何が起きたの?) ヒサメとテマリは、周りの反応にキョロキョロする。
「こんなもんね……」 オリガミが息を吐く。
光が消え、そこには元の顔に戻ったイザナミがいた。
「ほら、若返ったわよ。 お婆さん♡」 オリガミが笑顔でイザナミに鏡を見せると
「まぁ……♡」 イザナミの機嫌が良くなった。
まさに、 『アホが生んだ奇跡』である。
「それと……いくら紫外線予防だからと言って、こんな洞窟の中はダメよ! 少しは陽に当たらないと……」
オリガミが底抜けなアホ発言をする。
「待ってて」 オリガミが言うと、入り口に置きっぱなしにしていた弓を持ってくる。
(まさか……?)
オリガミは矢の無い弓を引くと
弓が光り、そこから矢が出てくる。
「それっ!」 オリガミが弓から手を離し、矢を射る。
放たれた矢は洞窟の奥に向かっていくと、
そこから光が入ってくる。
黄泉の者たちの表情が明るくなっていった。
「これが新しい黄泉への 滅セージだ」 ここでオリガミの決めゼリフが出る。
イザナミを始め、黄泉の者たちは光の射す洞窟の奥に入っていく。
「オリガミ……」 テマリが言葉を漏らすと
「そういえば、随分と馬鹿とかアホと言ってくれたわね~」 オリガミの顔はひきつる。
「当たり前だろ。 アレが誰だか分かって言ってるの?」 ヒサメが怒鳴ると、
「イザナミって、言ってたわよ」 オリガミはケロッとした顔で言う。
「じゃ、イザナミって知っているの?」
「知らない……」
神族として生まれ、この九条の島の姫と呼ばれる者はイザナミを知らなかった。
そして黄泉の洞窟から出てきた三人は、久松が待つ場所に戻ってきた。
「よ、よくご無事で……」
「かなり寿命が縮んだわよ。 千年は縮んだわ……」 ヒサメが言うと、
(あと何年、生きるんだろう……) そんな事を考えてしまうテマリである。
「お前さんが黄泉に光りを与えたのか?」 ここでマモルが話しをする。
「うん♪ みんな喜んでたよ~」 オリガミが笑顔で返すと
「すみません……コイツを黄泉に置いていきます―」 ヒサメは焦った口調でマモルに言う。
「いいんだよ……私も此処での役目が終わったようだし……」 マモルは立ち上がり、黄泉の入り口から去ろうとしている。
「父上様、どちらへ……?」
「ここには二千五百年くらい居たからな……今度は新しい場所でも見るかな」
マモルが笑顔を見せると、オリガミの暴挙が出る。
「なら、お爺さんも一緒に行こうよ。 私たちが暮らしている所に……」
(何―っ??) ヒサメが飛び上がる。
これには久松も絶句している。
「いいの?」 マモルがフランクな聞き方をすると、
「いいよ~♪ 私たちのお爺ちゃんなんだから♪」
オリガミの決断で、マモルを連れて現代に帰っていくことになるのだが……
「そ、それで 何処に住むんだい? 父上は……?」 ヒサメが言うと、全員が考えこむ。
そして、全員の目がヒサメに向く。
「ちょっと……嫌よ」 ヒサメが大量の汗をかいている。
「だって、私は護のアパートで暮らしているし……」
「私も、じいじの神社で厄介になっている訳だから……」
「そうか、じゃ、ヒサメの所に行こうか……」 マモルが笑顔で言うと、
「シュン……」 誰も見たことがない、ヒサメの落ち込んだ顔が見れたのだった。
「ちょっと落ち着かせて……」 ヒサメが煙草に火をつけると、
「お前、それは何だい?」 マモルが食い入る。
「これは心を落ち着かせる、煙草と言う物でして……」
「どれ、私にもくれるかい?」
ヒサメがマモルに煙草を渡して火をつけると……
「ゲホッ ゲホッ―。 なんだコレは? こんなの辞めなさい!」
マモルは煙草を投げ捨てた。
そして、ヒサメからも煙草を取り上げて黄泉の入り口に捨ててしまった。
「もう吸うんじゃないよ」 マモルがヒサメに注意すると
「お~ん……」 ヒサメは泣いていた。




