第三十五話 試練
第三十五話 試練
「まだ厳しいか……」
まだ寒さの残る三月、テマリは再生した右手を動かしていた。
「テマリ……手はどうじゃ?」 宮下が心配そうに、具合を気にしていると
「じいじ、もう大丈夫よ」 テマリの強がっている反応を、宮下は見逃さなかった。
「まだ無理をするな。 ゆっくり治したらいい」 そう言って、宮下は社務所に戻っていった。
その頃、オリガミは栗林を探していた。
“コンコン ” 「ごめんください」
オリガミは、斉田の会社に来ていた。
「オリガミ……何の用?」 斉田が言うと、鬼の形相でオリガミが言う
「栗林と言うヤツはどこだ?」 オリガミの凄みに、斉田がたじろいでいる。
「知らないわよ。 私だって、いつ会えるか分からないもの……」
「見つけたら連絡して」 オリガミが言い、去ろうとすると、
「何があったのよ?」 斉田が聞く。
オリガミは振り返り、斉田の胸ぐらを掴む。
「お前もテマリの右手のように、切り落としてやろうか?」
オリガミの狂気的な言い方に、斉田は黙ってしまった。
「ちょっと待って! どういう事なの?」
「なによ、すっとぼけるの?」 オリガミが斉田を睨む。
「本当だってば! 手を切るなんて……」
「秋草…… また栗林がテマリに近づいたら、お前の明日は無いぞ」
言葉を残し、オリガミは斉田の事務所を後にした。
そして、オリガミが神社に戻っている途中
(あれ? こんな所にあったっけ?)
オリガミが気づいたのは、見慣れない神社だった。
その神社は小さく、道路の隅にあるような庚申塚のようなものであった。
“キィィン ” オリガミの頭に耳鳴りのような音が響く。
そして頭痛が始まり、オリガミが目を閉じる。
しばらくして落ち着き 目を開けると、目の前に栗林が立っていた。
「貴女は、誰でしゅか?」 オリガミが見慣れない顔に困惑している。
「分からないかな……」 栗林は右手を開いたり、閉じたりを繰り返す。
「―まさかっ?」 オリガミは察した。 右手と言えばテマリだと。
「分かってくれて嬉しいわ」 栗林がニヤッとする。
「コッチは嬉しくないんだけどね! ハーッ!」 オリガミの掌から波動を栗林めがけて放ったが、
「フンッ」 栗林は、片手でオリガミの波動を振り払った。
「―なっ?」
「そんな ひ弱な波動じゃ、倒せませんわよ。 お姫様♡」
栗林がオリガミを挑発する。
「お姫様?」
「お前、知らないのか?」 言った栗林が驚いている。
「……えと……」 オリガミも、驚きが収まらずに言葉に詰まっていた。
“キョロキョロ ” オリガミが周囲を見渡し、誰も居ない事を確認すると
「確かに私は美人で、お姫様とか言われそうではあるけど……」
オリガミの発言に、少しの戸惑いを見せた栗林である。
(コイツ……凄いメンタルだな) 戦いの前から圧倒される栗林に、
「でも、人前で「お姫様」とか言わないでくださいね」
オリガミのトドメの言葉に
(ポカン……)としている栗林であった。
「それじゃ」
そして、オリガミはスタスタと歩いて行ってしまった。
「はっ? 私は何の会話をしていたんだっけ?」 栗林は完全に取り残されてしまっていた。
「ちょっと待て! 危なく話しが終了してしまうとこだった―」 慌てて栗林がオリガミを追いかける。
「なんですか? せめて巫女の衣装の時に「お姫様」と呼んでもらえれば……」
(この強心臓はどうなっているのよ……)
「だから違う! 九条テマリの仇は取らないのか?」
「もう生えてきましたので……最初は頭にきて滅セージを送ろうと思いましたが、貴女は私の敵ではありませんでしたので……」
そしてオリガミは、またスタスタと歩きだす。
「「敵じゃない」ってどういうことだよ?」 栗林は、しつこく食い下がる。
オリガミが、ひとこと ふたことを話してはスタスタと歩くこと数十回…… たどり着いたのは尊神社だった。
「お前、嵌めたのか?」 栗林が辺りを見渡しながら言う。
「先にテマリを嵌めたのは、どちらだったかしら?」
「ならば、お前をやるだけだ……な」 栗林は、先制攻撃とばかりにオリガミに襲い掛かる。
「これでどうだ」 栗林が拳を振り上げ、オリガミに殴りかかった。
「ふん―」 オリガミがかわして、栗林に頭突きをする。
“ゴンッ ” と、鈍い音がした。
「いったーぃ」 オリガミと栗林が額を押さえる。
そこにテマリが社務所から顔を出してくる。
「何? はっ― 何をやっているの?」 テマリが慌てて社務所から駆け出す。
「お前は―っ?」 テマリが声を出す。
「また会ったな……いたたっ」 栗林が言うと、また額を押さえた。
「それで何の用よ?」 テマリが嫌そうな顔をして栗林に聞くと、
「なーに、今回は姫に挨拶を……と思ってね」 栗林は、ニヤッとした。
「だから、人前で「姫」と呼ばないでって言ったでしょ」
少しオリガミが照れて話す。
(勘違いも甚だしいな、コイツ……) テマリは「姫」間違いだろうと、正しく見抜いていた。
「それで……ゴニョニョ……」
何やら栗林が小さな声で喋るが、オリガミたちは聞こえず
「なに? 聞こえません?」 テマリが栗林の口元に耳を近づけると
「朝ごはんを食べさせてくださーい」 大きな声を出した。
『くださーい くださーい……』 と、テマリの脳で響くほどであった。
そして、テマリが朝食を作り栗林に出すと、勢いよく食べだす。
「美味かった~ ごちそうさま♡」 笑顔になっていた。
「ところで、何しに来たのよ? まさか朝食だけ?」 テマリは懐疑的な表情で栗林に聞くと、
「ううん……九条の扉を開けてほしくて来たのよ」 栗林は、ケロッとして言った。
「アンタ、扉って……何を言っているのか分かって言っているの?」
テマリが興奮して言うと
「分かっているわよ。 だからお願いに来たんじゃないの」
栗林は変わらぬ表情で話す。
「お願いって……私の手を切っておいて、よくお願いなんて言えたわね」
テマリの怒りが頂点に達した。
「表、出ろい!」 テマリが栗林を外に誘うが、オリガミが無言で制止する。
「オリガミ……」
「ようやく出てきたわね。 九条オリガミ…… いや、九条の姫」
(終わった~) 栗林の言葉に、テマリが頭を抱える。
テマリは、オリガミの正体は黙っていた。
オリガミが植物から生まれ、記憶を無くしたままであったことを隠していたのだ。
「お前、姫の座を姉に譲る気はないのか?」
(じーざす……) テマリが口から泡を吹き出している。
「お願い、もう止めて……」 テマリの目に涙が溢れ、栗林に頼んでいる。
「じゃ、いいわ……朝食、ありがとう」 そう言って、栗林は社務所を出て行った。
しばらくの沈黙の後、オリガミが話しを切り出す。
「ねぇ、さっきのやつ……何なの?」
「あっ、それは……」 なかなか話せずにいるテマリ。 そこに来客である。
「ごめんよ~」 と、いいつつズカズカと社務所に入ってきたのはヒサメである。
「お母さん―」 オリガミが驚く。
「テマリ……苦しかったろ? いいよ、ここからは私が言うよ」
ヒサメは、テマリを労った。
そして、ヒサメが姿勢を正してオリガミに向き合う。
「ここからは大事な話しだ。 これを知ったら、お前には試練が待ち受けているけど覚悟は出来るかい?」
「いいえ」
誰もが予想しなかった返事がヒサメとテマリを襲う。
「へっ? ここは「はい」じゃないのかい?」 ヒサメが食い下がると、
「嫌です。 試練なんて……私は護と平穏に暮らしたいので……」
「あ、そう……」 ヒサメは、拍子抜けの状態でオリガミを見つめた。
「帰るか……」 ヒサメが帰ろうとすると、
「いいんですか? このままで……」 テマリがヒサメを説得していると、
「さっきから何ですか? 試練とか覚悟とか……」 オリガミは、自身が除け者にされているようで腹が立っていたようである。
「でもな~ 覚悟の無いヤツに話してもな~」 ヒサメは、勿体ぶってチラッとオリガミを見る。
「なんなんですかー 話してよ~」 オリガミも我慢の限界が来たようだ。
「よし、そうこなくっちゃ!」 ヒサメの作戦勝ちである。
そして、ヒサメが話し出す。
それはオリガミの生い立ちからであった。
遡ること三千年ほど前、神々の創生の話しだった。
そして、話し始めること五分、オリガミは深い眠りについていた。
しかし、まだ話しているヒサメにテマリが肘で突つく。
「なによ? 話しているのに……えっ?」
ヒサメは、話しに夢中でオリガミが寝ているのに気づかなかったようだ。
「このクソガキャ!」 ヒサメは怒り心頭で、オリガミを蹴ろうとしていたが、テマリが静止する。
「まったく……この世界に満足なんだね」
大きく息を落としながら、ヒサメは帰っていった。
「本当にすみませんでした……」 テマリがヒサメに頭をさげると
「いいんだよ。 オリガミのこと、頼んだよ」 そう言って、ヒサメは神社を後にしたのだった。
少し、長い昼寝をしたオリガミが目を覚ます。
「良く寝た~」 満足そうである。
「おはよう。 オリガミ……」 テマリが水をテーブルに置くと
「ありがとう、お姉ちゃん……」
オリガミの言葉に、テマリが驚く。
「オリガミ……今、なんて……」
「あれ? どうしたんだろ? なんか涙が……」
なんとなく発した言葉が、二人に試練の時が来ようとは まだ知る由もなかった。
しかし、一層の絆で結ばれることになっていくのである。




