第三十四話 親愛なる者
第三十四話 親愛なる者
“ドカンッ ” と、音がした瞬間、テマリが居る部屋のドアが開いた。
「どーもー ピザモットでーす」 そして、微妙に言い方を変えた男が入ってくる。
この男は背が高く、丸いサングラスをかけた二枚目の男。
トウジである。
「おと…… おっと、いけね……」 テマリが左手で口を塞ぐ。
「オリガミが居ないから構わんよ」 トウジがテマリを見て言う。
「朋子ちゃ~ん…… いけない遊びしてるね~。 誰に教わったのかしら~ん?」
くるっと回り、トウジが栗林に顔を近づける。
「なんでお前が……」 栗林がトウジに言うと、
「そりゃ~ 娘だもん…… 当然じゃん!」 トウジはニヤッとした。
そしてトウジの顔が真面目な顔になり、
「随分と娘にやってくれたね~」 そう言って栗林を睨む。
「くっ……」 栗林は、言葉にならなかった。
「手が無くなっているじゃないか…… どうすんの?」
トウジが栗林を威嚇していると、
「次はお前だー」 栗林が叫び、トウジに殴り掛かると、
ヒョイと頭を後ろに逸らした。
「お前は妖術を使えん。 これでどうだ?」 栗林が手刀でトウジの腕を切ろうと、手を振り下ろす
“バキッ ” と、鈍い音が響く。
「―お父さん」 テマリが叫んだ。
「あーはっ はっはっ。 コイツは妖術も使えないクセに、突っかかってきやがる…… だから、このザマだー」 栗林の高笑いが室内に響く。
「お父さん、使えないの?」
「うん……お父さん、普通の人間だもの……」 トウジは、手刀で痛めた右腕を押さえて言った。
「お母さんは?」
「アレは使えるよ」 トウジは痛いのに、普通の顔をしてテマリと会話をしていた。
「いやいや……なんで今、会話で時間を使っているのよ? コッチが先でしょうが!」 放置された栗林がキレる。
栗林は、痛めたトウジの右腕を何発も蹴った。
「うぐっ……」 トウジの顔が歪む
「お父さん!」
「テマリ キーック」 テマリは叫び、栗林の背中に命中した。
部屋の隅まで飛ばされた栗林は、壁に激突して横たわっていた。
「大丈夫? お父さん」 テマリが、この隙にトウジに声を掛ける。
「お前こそ、大丈夫なの? 手、無いよ」 トウジは普通の顔をしてテマリに言うと
「うるせーな……」 栗林は、ユラ~っと 起き上がると
テマリが一気に間を詰める。
“ギリギリ……” テマリが得意のアイアンクロ―を栗林に決める。
「―ぐっ、タンマ……」 栗林が声を出す。
「人の手を切っておいて、タンマなんかあるかー」 テマリの渾身の左手でのアイアンクローで顔を締めあげていくと、
「け、化粧が落ちる……」 栗林は、痛みより化粧の心配をしている。
「そっち?」 さすがのトウジも、ツッコミを入れずにはいられなかった。
「お父さん、トドメよ!」 テマリの声に反応したトウジは、栗林のズボンを下ろして取り上げた。
「―えっ?」 栗林が声をあげた。 同時にテマリも同じ声をあげていた。
「女の人に手を上げられないからさ~」 トウジがドヤ顔する。
「ぎゃー ぎゃー」 栗林は、テマリのアイアンクローを両手で引っこ抜こうと力を入れていたが、ズボンを取り上げられたことにより、手を下に下ろした為にアイアンクローが見事に決まってしまった。
そして、栗林は顔面を押さえて横たわっていた。
(パンツのまま痛がるのって、滑稽ね……) テマリは冷静になってしまった。
そして、栗林の戦意喪失によりテマリの勝利。
「お父さん、よく探してくれたね……」 テマリがトウジに感謝すると、
「なんの なんの♪」 トウジは安心していた。
「お前こそ、どうしてオリガミに黙っているんだ?」 トウジの素朴な疑問だった。
いつも一緒にいるのに、姉妹と名乗らないのも不思議でならなかった。
「アテにされたら困るからよ」 テマリが言い切る。
「ふ~ん」 トウジの反応は微妙だった。
「それと、お父さんは普通の人間なの?」 今更だが、テマリは知らなかったのだ。
「そだよ~」
「なんか、カーリングの人の「そだね~」みたいな言い方、止めてくれない?」
テマリは、改めて血筋を整理する。
「私は神族じゃん……どうやって、お母さんと お父さんが一緒になったのかな~って……」
「あぁ……それね。 一緒になるのは簡単だよ。 オリガミだって、護君と一緒になってる訳だし……」 トウジの説明は、一緒に暮らしていることの説明だった。
「そうじゃないわよ! それなら、私だって じいじと暮らしてるわよ」
少し興奮気味になってきたテマリ。
「子供の事?」 トウジが聞くと、
『コクン』 と、テマリは頷いた。
「知りたいの~?」 トウジはニヤニヤして、人差し指と中指の間に親指を入れる『昭和の卑猥なポーズ』をしていると
“バコンッ ”
テマリは椅子を片手で持ち上げ、トウジを殴った。
トウジの頭から血が噴き出すと、
「お父さん、病院に行ってくる……」 そう言って、部屋から出ていってしまった。
「まったく……」 腕を組み、トウジを見送るテマリであった。
そして、長い時間の放置していた栗林を起こす。
「ねぇ、まだやる?」 テマリが栗林を睨むと
「いや、あの……ズボンは?」
「はて?」 テマリはキョロキョロとする。
しばらくして、ズボンを見つけて栗林に履かせた。
「聞きたいことがあるのよ……」 テマリが言い出すと
「何を?」 栗林は、こめかみを擦りながら返事をする。
「なんで、私とオリガミが姉妹だと知っているの? それで姫の座を奪わせようとするの?」
栗林は、少し考えてから話し始めた。
「姉妹なのは斉田様が言っていた……それから私は、あなた達の事を調べたのよ」 栗林が静かに話していると
テマリは静かに目を閉じた。
※ ※ ※
「遅いな~ テマリは何処の病院に行ったっけ?」 オリガミは会話の記憶を辿っていた。
「……」 「―都立の病院だ!」 オリガミはインターネットで都立の病院を検索し、電話を掛けた。
「すみません。 そちらに緊急搬送された、宮下 玄堂は…… えっ? 病名? おそらく痴呆だと思うのですが……」
オリガミは、このご時世に相応しくない言葉を連発させていると
“パコンッ ”
オリガミの頭上で音がした。
「―っ」 オリガミが頭を押さえ振り向く。
「グヌヌ……」 宮下が鬼の形相で立っていた。
「マスター??」 オリガミが複雑な顔をして驚いている。
「誰が痴呆で緊急搬送されるんじゃ?」
「よかった~ 私が誰だか判るのね~」 オリガミが涙を拭きながら言うと
「いい加減にしろ! 儂はボケておらん!」 宮下に額には血管が浮き出るほど力が入っていた。
「そういえば、テマリに会った? マスターが緊急搬送されて病院に向かったのだけど……」
「病院? 儂は搬送なぞ されておらんが……」 宮下は首を傾げる。
「えっ? だって電話が掛かってきたわよ。 都立の病院から」
「それは罠じゃ! 探しに行くぞ」 宮下が急いで準備を始める。
「テマリに電話してみる」 オリガミはスマホを取り出し、テマリに電話をかけたが
「コールするけど出ないわ」 オリガミが焦りだす。
「行くぞ―」 オリガミが宮下と社務所を出て、GPSを作動させる。
そして、数秒すると
「んっ? もう近くにおるぞ」 宮下の鼓動が早くなった。
神社でテマリを待つこと数分、テマリが鳥居の下からやってきた。
「テマリ~」 オリガミが走ってテマリの元に向かうと
「―えっ?」 オリガミの顔が青ざめる。
「しくじった……」 テマリが苦笑いで言う。
「テマリーっ」 宮下が絶叫すると、
テマリは『ビクッ』 としていた。
もちろん、そのはず。 テマリの右手が無く、不自然な姿に宮下とオリガミは言葉を失った。
急いでテマリを社務所に入れ、救急箱を持って来た宮下が号泣している。
「儂が、お前たちを この世界に引っ張らなかったら……」
宮下の後悔は、オリガミやテマリも微塵にも感じていない。 むしろ、オリガミたちの存在を受け入れてくれた宮下に感謝をしているくらいだ。
「テマリ、手をみせて」 オリガミは、テマリの右腕を持つと
「…………」 なにやら念仏のようにブツブツと喋りだす。
そしてオリガミは指先から種を出し、テマリの手に貼り付けた。
テマリの右手を桶に溜めた水に付けると、徐々にテマリの右手が再生してきたのである。
「なんとっ?」 宮下は目を疑った。
このまま水に付けること三十分、テマリの右手は見事に再生したのであった。
「奇跡じゃ……」 宮下の目から涙がこぼれ落ちた。
「オリガミ、ありがとう……」
この言葉に全てが詰まっていた。
「じいじも、ありがとう……」
「テマリ……」
この言葉は、『親愛なる者』への大切な言葉だと、確信した三人であった。
そして、栗林は
「九条 テマリ……次は仕留める……」 呟きながら、しきりにズボンが下がっていないかを確認していた。




