第二十話 氷雨
第二十話 氷雨
まだ十月というのに、この神社だけは真冬のような寒さだった。
この神社の名前は 【氷雨神社】 ヒサメは、この神社の神主らしい。
「こちらへ……」 ヒサメが三人を境内に案内する。
そして境内では四人が正座をしていた。
「あの~ 私、どうしたら……」 秋草が恐る恐るヒサメに聞くと
“ジロリ ” ヒサメの鋭い眼光が秋草を刺す。
「しゅみません……」 秋草は黙ってしまった。
「ここへ呼んだのは他でもない……私は斉田に恨みがあって、チラシをポストに入れた」
「恨み?」 秋草はキョトンとしている。
「お前、いや……性格には母親だが、このクズと駆け落ちしたろ……?」
「えーーっ??」 秋草は吠えるような驚きを見せた。
「本当にクズ……」 オリガミは、氷の視線をトウジに送る。
「いや~ かなりの昔だし……」 トウジは苦笑いをしていた。
「ふぅ……私、帰る……あとは当事者でよろしく」 オリガミが立ち上がるとヒサメが呼び止める。
「オリガミ……お前は、どんな生活をしてるんだい?」
「普通に生活しているわよ。 もう帰らないと、夕飯を作るの遅くなっちゃう」
オリガミは神社の外に出た。
「待ちなさい、オリガミ」 ヒサメは甲高い声で叫んだ。
「今回は、私に関係ないわよ! それに秋草も濡れ衣もいいとこ……お父さんだけ置いてくからね!」
そう言って、オリガミは秋草を連れて帰った。
そして電車の中で
「なんかさ……ありがとう」 秋草はオリガミに言った。
「でも、九条って……どんな家柄なんだろ? 斉田もだけど……」
オリガミは九条の家を知らなかった。
(まぁ いいか……) そして目を閉じ、眠ってしまった。
オリガミはアパートへ帰ってくると、
「今日の夕飯は……」
オリガミは家事をしながら護を待っていた。
「ただいま~」 護が帰宅する。
「おかえり~」 オリガミは、玄関で護に抱き着いた。
「んっ? 護……?」 護の覇気の無さにオリガミは気づいた。
「ちょっと服を脱ぎなさい」 オリガミは護の上半身の服を脱がし、半裸にさせて背中を見た。
護の背中には大きなアザがあり、その形は牛の模様にも見えた。
「何これ? また憑かれた?」
「なんだろう……すごく身体が怠いんだ……」
護の言葉通り、言葉にも元気が無いのが解った。
「はぁぁぁぁ」 オリガミは力を貯め、護の背中に掌を当てた。
「……」 しかし、背中のアザは消えず、護の変化もなかった。
「ならば……」 オリガミは折り鶴を投げ、
『ポン ポン……』 と音が鳴り、式神が現れた。
「オリガミ~♪」
「式神たち、護の背中のアザを消して」
「わかった~」 式神たちは護の背中を見る。
「牛さんだね~」 朱雀が口にすると
「関心している場合じゃないの! 早く消して」 オリガミが催促する。
「オリガミ……これ、憑き物じゃないよ」 マジマジと見ていた白虎が言う。
「嘘? じゃ、なんなの?」
「解んない……」 白虎でも理解できないようだ。
白虎は勤勉で博識だが、理解ができないようだ。
「ヒサメに聞けば?」
「お母さんに?」
そして翌日、オリガミは護とテマリを連れて八王子にある氷雨神社に来ていた。
「なんだい? 急に来て……」 ヒサメはムスッとしていた。
「なんか不機嫌そうね……お母さん、見てほしいのがあるの」
「おや、なんだろかね? って、テマリじゃないか! 元気だったかい?」
ヒサメが後ろにいたテマリに気づく。
「ご無沙汰しております」 テマリはヒサメに頭を下げた。
「お母さんと知り合い?」 オリガミはキョトンとした。
そしてヒサメが何かを言おうとした時、テマリは小さく首を振った。
“ 何も言うな ” の合図である。
ヒサメは何かを察し、小さく頷いた。
「ところで、何を見るんだい?」 ヒサメはオリガミに聞きながら、タバコに火をつける。
(喫煙者かい……) オリガミは嫌そうな顔をした。
そして護の背中を見たヒサメは
「この牛……食用か乳牛かの区別はつかないわね~」
真顔で答えたヒサメの胸ぐらを掴んだオリガミは
「んな事、聞いてるんじゃないわよ!」 怒鳴っていた。
「わ、わかったわよ……乱暴な娘ね……」 そう言って、ヒサメは襟を正していく。
「ふぅ……この牛のアザは偶然じゃない? 特に意味は無いわよ」
ヒサメの答えはアッサリとしたものであった。
「ところで……オリガミは、この男性と暮らしているの?」
「そうよ」 拍子抜けしたオリガミの言葉に力は無かった。
「―どこで知り合ったの~?」 ヒサメはクールな感じでいたが、恋バナには興味津々なようであった。
「どうでもいいでしょ! 早くアザを消してよ」 オリガミは顔を赤くしていた。
「教えないならいい。 病院でも行きな」 ヒサメはプイッと横を向いてしまった。
「まったく……」 こうしてオリガミは、護との馴れ初めを話していく。
「そうだったの~♪ 護君ね オリガミの事をお願いしますね♪」
ヒサメは無邪気に護と仲良く話した。
「だから、早く……」 オリガミがイライラし始めると
「ところで、オリガミ……なんで私の所に?」
「白虎が言ってたから……」
「へぇ 貴女、式神を使えるようになったのね……」
ヒサメは驚いていた。
「式神を知っているの?」
「当たり前じゃない♪」
「どうして?」 オリガミが食い気味に聞くと
「さて、護君のをしなきゃね~♪」
ヒサメは話しを はぐらかすように護の背中に手を当てた。
「さて、牛さん……出てきなさい」
ヒサメが言葉にした数秒後、護の背中から牛が出てきた。
「う、牛だ……」 オリガミとテマリは目を丸くしていた。
「この牛はね……貴女にとって大切になるからね……この神社で飼ってあげるわ」 ヒサメはニコッとした。
(なんか気になるな……)
オリガミは、氷雨神社の隅々に種を置いた。
テマリがヒサメと話している隙を見て、コッソリと仕掛けていたのだ。
そしてオリガミは、護を連れて自宅へと戻っていった。
アパートへ帰ると、護の服を脱がしてアザを確認する。
「とりあえず、アザは無いか……」
翌日、オリガミは一人で氷雨神社に向かった。
「おや~? また来たのかい?」 ヒサメは目を丸くする。
「お母さん……いざっ!」 オリガミが折り鶴を投げる。
『ポン ポン……』 と音がし、
「オリガミ~♪」 式神が現れた。
「おや?」 玄武がヒサメを見つけると
「ヒサメ~ 久しぶり~♪」 式神たちは、久しぶりにヒサメとの再会を喜んでいた。
「ど、どういうこと……?」 オリガミの頭は混乱していく。
「私たち、オリガミの前はヒサメと一緒だったんだよ」
朱雀が嬉しそうに話す。
オリガミはチラッと外を見て、種を置いた場所を確認する。
(特に変わったことないか……) オリガミは安心していた。
「ところでさ……私、誰?」 オリガミの唐突な質問に、ヒサメが驚く。
すると、
「ここから市内に行きなさい。 そこに『物忘れ外来』の病院あるわよ」
ヒサメは市内の方角を指さしていた。
「――違うから! 私、お父さんやお母さんは分かったけど、どんな自分だったか覚えてないのよ……」
(それでテマリは口止めしていたのか……)
ヒサメは少し考えてから、ゆっくり話し始めた。
そして、話しを聞くこと数分……
トウジとヒサメの子で間違いないが、そこからトウジの浮気癖の事ばかり話していた。
(もういい……) 仕方なく、オリガミは帰り支度を始めた。
「帰るのかい?」 「うん、つまらないから……」
“ゴツン ” オリガミの頭にゲンコツが落ちた。
「いたた……何するのよ!」
「母親の話しが、つまらないだって? ったく、生意気な……」
ヒサメはタバコを取り出し、火をつけた。
「まぁ いい……斉田の娘の妖術なら、お前がなんとかしな」
そう言って、ヒサメはオリガミの顔のタバコの煙を吹きかけた。
「ゲホゲホ……」 「何とかって何よ……?」
「自分で考えな!」 そして、ヒサメは境内の奥に行ってしまった。
オリガミは帰りの電車の中、しばらく考えていた。
(秋草の妖術……何を使うんだろ……それに、私には父親も母親もいるって……植物から生まれた私なのに……?)
迷宮に彷徨う気分のオリガミであった。
オリガミは、尊神社に寄っていた。
「マスター、氷雨神社って知ってる?」
オリガミが宮下に聞いた時、冷たい雨が降って来た。
「懐かしい名前じゃな……ただ、聞いたことがある程度じゃ」
宮下は、それだけ話すと社務所の外に出ていった。
すると、護が神社にオリガミを迎えに来た。
オリガミの分の傘を持って
「オリガミ、雨が降ってきたからさ」 そう言って傘を出した。
「ありがとう♪」 オリガミは護と腕を組み、帰っていった。
それを宮下とテマリが見送ったが
「じいじ……どうしよう……」
「う~ん……」
オリガミは何者なのか?
それを知るのは、オリガミの両親とテマリである。
ヒサメが現れ、混乱の中に飲み込まれていくオリガミは まだ何も知らないままであった。




