第十七話 クレーム
第十七話 クレーム
秋まつりが終わり、神社も普段通りになっている。
「マスター、そろそろ移動させては……」
オリガミの言葉で宮下も気づく。
それは、テマリの苗である。
神社の片隅に、テマリを生んだ植物がある。
「寒くなると、テマリも可愛そうじゃな……」
「しかし、儂がやっても大丈夫か? 枯れたりしないか?」
宮下は植物を育てたことが無いようだ。
「これから寒くなると、外での飼育は難しいです。 鉢植えなど、どうでしょう?」
オリガミの提案に宮下は納得するしかなかった。
「では、用意しますね」 オリガミたちはホームセンターに向かった。
「これにしましょう……」 オリガミが大き目のプランターを手にする。
「結構、大きいんじゃの……」 園芸をしたことのない宮下には、驚くばかりだった。
プランターを買って、神社に戻ると、
「じいじ、ありがとう♪」 テマリは喜んでいた。
そして植物の植え替えを始める。
「最初は少し元気が無くなりますが、土に慣れれば大丈夫です」
オリガミは、すっかり植物の先生になっていた。
「おぬし、詳しいんじゃの~」 宮下も感心するばかりであった。
「種屋ですから♪」 エヘン顔するオリガミに、テマリも喜んでいた。
その後、テマリも変わりなく過ごせていた。
「仕事じゃ……」 ここ数日、穏やかな日々を過ごしていたが、宮下が仕事を持ってくる。
「はい……」 社務所に戻って仕事の確認をする。
「建設現場―?」 オリガミとテマリは、初めての事に驚いた。
「そうじゃ、幽霊騒ぎで工事が進まないらしい……」
「はぁ……」 そうして、オリガミとテマリは建設現場に向かった。
いつもなら巫女の衣装だが、今回の相手は会社ともあってスーツ姿に着替えた。
「先ずは会社からね」 OL風に見えるような姿で、オリガミがインターホンを押す。
「あ、あの……こんにゅちわ……」 今回も人見知りなオリガミである。
「替われ……」 テマリはオリガミの腕を引っ張り、インターホンの相手となった。
そして応接室に通され、社長を待った。
「お待たせしました。 大杉と申します……」
今回の相談者は 大杉 陽 と言い、大杉建設の二代目である。
「すみません、突然の事で……相談なんですが、工事の邪魔をする人が居まして……解決をお願いしたいのですが……」
大杉は、単刀直入にお願いをした。
「あの……邪魔をする人なら、警察にお願いした方が良いかと……」
テマリは、人相手なら難しいことを伝えたが
「あっ、人と言うか……人じゃないと言うか……」
「??」
「何かが乗り移っている気がするのです……」
(この人こそ、何かが乗り移ったみたいに説明が下手だな……)
初対面の人には、乗り移ったくらいに人見知りなオリガミが思うほど、説明が下手な大杉であった。
「現場を見て頂いた方が早いので……」
大杉が車を出し、現場に向かった。
「ここが現場です……」
建設中の現場は基礎工事を済ませ、柱が四隅に立っている状態である。
大杉に案内され、車から降りた二人は建設現場を見ていた。
「ここはアパートの建設ですか?」 慣れてきたオリガミが聞きだす。
「はい。 三階建てのアパートなのですが、あの中止を求める人が……」
(ここも中途半端なんだよな……)
オリガミは、中止を求める人が……の先を知りたがっていた。
テマリが中止を求めている人に近づく。
「どうかしましたか?」
「早く中止をさせないと、大変なことになるのよ……貴女も協力して!」
建設の中止を訴えている人は、中年の女性である。
「何か理由があるんですね? 私、聞きますから……」 テマリが女性の興奮を抑えようとしていた。
そしてテマリは、女性を近くの喫茶店に連れていった。
「それで、何故に中止を訴えていたのですか?」 テマリが切り出す。
「あそこの場所には、良くないことが沢山、起きているの……だから、止めようとしていたわ……なのに、無理矢理に工事をするものだから抗議をしていたのです……」
女性の話しを聞いて、オリガミとテマリは思った。
(なんか普通だぞ……この女性から邪悪なものを感じないし……)
「それなら裁判とかはどうですか?」 オリガミが言い出すが、
「その費用はどうするのですか? それに理由が……」
(確かにそうだ……過去の災いは正当な理由にはならいし……)
オリガミは困っていた。
「あの……参考までに、お名前を頂戴できますか?」
「佐伯 則子といいます……」
「私は 九条オリガミ、こっちが 九条テマリです」
「それで、詳しくお話し願いたいのですが……」
「はい。 以前には民家がありました……そこに車が突っ込んで、家が壊れてしまいました。 その後、新しく家が建ちましたが半年ほどで全焼する騒ぎがあったのです……」
佐伯は過去の事を伝えたが、偶然でも納得できるケースでもあった。
事故物件での苦情が入り、家賃を引き下げることなんていうのもある……
「それは、佐伯さんから見て、呪いだと思ってらっしゃるのかしら……?」
テマリは核心に近づけようとしていた。
「そう思います……」 佐伯は下を向き、小さな声で言った。
「何かを見ました?」 「いいえ……」
「わかりました。 私たちが検証しますので……」
オリガミとテマリは喫茶店を出た。
「なんか纏まらない話しよね~」 テマリがボヤキだす。
「でも、過去にあった話しも捨てがたいわ……」
そう言って、大杉には工事の延期をお願いする。
そして建設現場に来たオリガミは、隅々にまで目を光らせた。
『ゾクッ……』
オリガミは、背中に冷たいものを感じ、振り返って見たが何もなかった。
(ちょっと作戦を伝えたいが、大杉が邪魔だな……)
オリガミは作戦をテマリに伝える為、人差し指をテマリの額に当てた。
テマリが頷く。
「大杉さん、先に帰ってもらっていいですか?」
「はい……では、よろしくお願いいたします……」
大杉は車に乗り込み、帰っていった。
「さぁ テマリ、出番よ!」
テマリは、紙の手毬を建設現場に向けた。
そして、紙の手毬を作り四方の柱に近づけていく。
(ここは何もない……) 一本目の柱には何も映らなかった。
二本目も同様に、手毬を近づけていく。 そしてオリガミも手毬から出る映像を覗き込んだ。
「ここもナシか……」
そして、四本の柱とも異常なしの結果だった。
「やっぱり偶然だったのかなぁ……」
テマリも能力の使い過ぎで疲れたようである。
「なんか体力が落ちたかな……?」
「苗の植え替えをしたばかり……だからかな?」
「あるかも……」
オリガミも同じように思っていた。
「さて、マスターに何て報告しよう……」
これはクレーム案件だという事を、オリガミも理解していた。
オリガミとテマリは神社に戻り、宮下に報告をする。
「……そうか」 宮下は何か考え事をしていた。
「じいじ、何を考えてるの?」
「いや……何かクレームが入り混じっているように思えてな……」
「クレームが入り混じる……?」 テマリは首を傾げた。
「そうじゃ……最初は大杉が妨害と騒いだ事から始まった。 そして近所の住民から工事反対のクレームじゃ……お互いに邪魔に思っているだろう? その意味から探る必要があるんじゃないか?」
オリガミとテマリは無言になった。
翌日、オリガミとテマリは、朝から大杉の会社に出向いた。
「おはようございます」 会社のインターホンを鳴らす。
「おはようございます……あっ、昨日の……」
事務の人が玄関まで来ていた。
「突然、すみません……」 オリガミは頭を下げた。
「いえ、社長は朝から外出しておりまして……」
そう言い、オリガミとテマリにお茶を出した。
「昨日の件ですが……工事に関する書類を拝見したいのですが、よろしいですか?」 オリガミは丁寧に話をしていた。
「かしこまりました。 こちらになります……」 事務の人は、書類を出してきてくれた。
「あと、事務員さんのお名前を頂戴できますか?」
「私は後藤と申します……」
「ありがとうございます」
後藤は書類を出した後、自分の仕事に戻っていた。
そして、オリガミとテマリは書類に目を通す。
「……」 特に不思議な点や、問題になる項目はなかった。
「あの……質問してよろしいでしょうか?」
オリガミが後藤に話しかける。
後藤は仕事の手を止め、オリガミの所に来た。
「はい。 どうしましたか?」
「この工事のクレームって、いつ頃から始まりましたか?」
「基礎工事を行う前……穴を開ける頃だから、三か月くらい前だったかしら……」
「そうですか……このクレームは社長と後藤さんが対応していたのですか?」
「そうですね……佐伯さんが直接、現場に来ましたので……」
「後藤さんは、どのように対処されたのです?」
「それは社長の指示通り……」
オリガミは大杉の会社を離れ、工事現場に向かった。
そこには、佐伯が現場の前に立っていた。
「こんにちは……」 オリガミは佐伯に挨拶をして、世間話をした。
「今日から工事がお休みになるそうです」
「……」
佐伯は黙ったまま、現場を見ていた。
(何を見ているんだろう……?)
オリガミは佐伯の視点を、同じように見てみた。
「オリガミ……見ても分からないなら、聞けばいいんじゃない?」
「??」 オリガミは意味が分からなかった。
そして、テマリは指先を佐伯に額に伸ばした。
“キイィィン ” と、テマリの頭の中で耳鳴りのような音がした。
(なんなの? この音って……?) テマリが思考を読み取ろうとすると、佐伯から妨害のような音がし、テマリは驚いていた。
「どうしたの?」 オリガミがテマリの異変に気付く。
「なんか、耳鳴りのような音が……」
テマリは口で説明をして、オリガミの額に指を置いた。
“キイィィン ”
「―この音、どこかで……」
オリガミは、どこで聞いた音かを記憶を遡っていた。
「―もしかして……?」
オリガミは、工事の書類の記憶を思い出していた。
「あの佐伯さん……ここに鏡が埋まっていたとか知りませんか?」
「鏡ですか? なんか色々と埋まっていて、取り出していたら記憶がありますが……」 佐伯は当時の記憶を思い出していた。
「まさか、オリガミ……」
「斉田……」 オリガミが呟くと佐伯が反応した。
「斉田……さん、知っているの?」 佐伯がオリガミの顔を驚いたように見る。
「えぇ、少し……」 オリガミは多くを言わなかった。
「斉田さん……不思議な人ですよね。 ここの土地の所有者だったのだけど、何か建てる度に事故が起きてね……」
佐伯は、斉田の話しを始める。
「どんな方でした?」
「まぁ、年配の男性でしたよ。 あと、小さな娘さんがいて……」
(秋草のことか……?)
「そのご主人が亡くなってから、土地を売却してね……」
「佐伯さんと、斉田さんとは……どんな関係でしたか?」
佐伯は、思い出話しをするように答えてくれていた。
「ようやく核心に辿り着いたかな……」 オリガミの顔が楽しそうに見えていた。
「ありがとうございました」 オリガミは佐伯に挨拶をして神社に戻っていった。