第十四話 オリガミの憂鬱
第十四話 オリガミの憂鬱
「いってきます……」
「いってらっしゃい」 オリガミが護を見送り、洗濯と掃除を済ませていく。
特に変わらぬ朝の光景だが、オリガミはため息をついていた。
何度、鏡を見てもオリガミの眼は赤かった。
(充血じゃないわよ……ね?)
そんな事を気にしながら、オリガミも仕事の準備をしていた。
すると、アパートの前から人の声が聞こえてくる。
(何かあったのかしら……?)
護の部屋は、アパートの二階である。
オリガミは玄関を開け、下を覗く。
そこには同じアパートの住民が立ち話をしていた。
護のアパートには六世帯分の部屋があり、護と同じ年齢くらいの人たちが住んでいた。
そこの住民の女性三人が立ち話をしていたのである。
オリガミは玄関のドアノブを握ったまま、立ち話しを見下ろしていた時、一人の女性がオリガミに気づいた。
ペコッ……と頭を下げられたオリガミは、顔が真っ赤になりながらも頭を下げる。
すると、オリガミに頭を下げた住民がオリガミを呼んだ。
「おはようごじゃいましゅ……」 顔を真っ赤したオリガミが下に行き、住民に挨拶をする。
オリガミは人見知りの為、初対面の人には言葉が上手に出なかった。
「足立さんの奥さん……おはようございます」 住民の言葉にオリガミは舞い上がっていた。
(うへへ……奥さんだって……♡)
初めて住民と会話をしたオリガミは、急いで仕事に向かっていった。
(なんか楽しかったな……近所付き合いも大事だからね♪)
そして、神社に着いたオリガミは巫女の衣装に着替える。
「今日から祭りの準備が本格的になる。 テマリは販売用の御守りや札を社務所に並べること。 オリガミは出店や、来客対応じゃ!」
宮下の言葉に気合が入ってきていた。
「はい。 あのマスター、来客って誰が来るんですか?」
「そうか、言ってなかったな……実は権田さんが寄付をしてくれてな……一時退院で、神社に来てくれるのじゃ」
「あの生霊の……?」
「うむ、あれから夫婦で話し合って、神社に寄付をしてくれたんじゃ……」
「わかりました……」 オリガミは返事をしたが、本当は嫌だった。
(人と話すの、苦手なんだよな……)
渋々と受けたオリガミであった。
「オリガミさ~ん♪」 遠くから声が聞こえ、オリガミが振り向くと奈菜が走ってきた。
「奈菜ちゃん……」 オリガミは驚いていた。
奈菜の後ろには父親の矢沢も来ていた。
「矢沢さん、こんにちは……」 オリガミが頭を下げて挨拶をする。
「お祭りですね……おめでとうございます」 矢沢が笑顔で声をかけてきた。
「ありがとうございます」
「あの……これを持ってきまして……」
矢沢は神社に寄付金を持ってきてくれていた。
「本当にありがとうございます……どうぞ、こちらへ……」
オリガミは矢沢を社務所に招いた。
「どうぞ……」 テマリが矢沢と奈菜にお茶を出す。
「寄付、ありがとうございます。 じいじ……いや、宮下も感謝すると思います……」 テマリがお礼を言うと、
「それと、お願いがありまして……」 矢沢の顔が引き締まる。
「はい……」
「この写真なのですが……」 矢沢は一枚の写真を出し、オリガミたちに見せた。
それは古い写真であり、白黒の時代の集合写真であった。
「これは私の祖父の写真なのですが、たまたま実家に行った際に見つけたものなのです……」
全員で写真を覗きこむ。
「これが私の祖父なのですが、この人……」 矢沢が写真の人物に指をさす。
そこに映っているのはオリガミやテマリと瓜二つの人物であった。
集合写真には全員で六名が映っており、後ろの端にオリガミと同じ顔の女性が映っていた。
「これは……オリガミさんよね?」 奈菜も驚いている。
「おそらく五十年以上も前になりますが、何か知っていれば……と思いまして、持ってきたんです」
矢沢は偶然かもしれないが、似ている顔を見つけて持って来たという。
「ごめんなさい……流石に分からないです……」
「そうですよね~ さすがにオリガミさんの訳ないじゃん」 奈菜も笑っていた。
「そうか……そうだよな、あはは……」 矢沢も笑っていた。
「それで、五十年以上前からオリガミさんが変わらないなんて……」
奈菜が チラッとオリガミを見る。
「ないわよ! イエス、○○クリニックでも無理だから……」
オリガミは笑いを誘っていた。
「そうですよね……そんな訳で、秋まつりを楽しみにしてますね」
そう言って矢沢親子は帰っていった。
頭を下げ、ため息をついたオリガミを見ていたテマリが
「オリガミ……大丈夫?」 声を掛けた。
「私、本当に何も知らないけど……何かが動きだしてるのかな?」
オリガミは気分が下がってしまい、社務所で座り込んでしまった。
「只今、戻った! ってどうしたのじゃ? オリガミ……」
「いえ……なにも……」
元気の無いオリガミを見つめる宮下にテマリが近づく。
「じいじ、なんかオリガミが……」 テマリの表情が悲しげである。
「……」 宮下が社務所の奥に行ってしまった。
「オリガミ……何を気にしてるの? 話してよ……」
テマリがオリガミの肩に触れたときであった……
「――熱い……これは……」 テマリは慌ててコップに水を入れてオリガミに手渡す。
「―じいじ、大変!」 テマリが宮下を呼び寄せる。
「―オリガミ、どうしたんじゃ?」 宮下はオリガミを抱き寄せた。
「大丈夫……少しだけ……」
そう言って、オリガミは寝てしまった。
「……オリガミ、疲れてるね……」
「昨日の鏡で、精神的に疲れたのじゃろ……今は寝かせておけ」
宮下はオリガミに薄い布団を掛け、寝かせてあげた。
“ピクッ ピクッ ” とオリガミの身体が動き、折り鶴がオリガミの横に落ちた。
「オリガミ~♪」 式神たちは出てきたが、オリガミが寝ていると困ってしまった。
「どうする……?」 式神の一人、玄武が言う。
そこにテマリが、オリガミの様子を見に来た。
「あら、式神たち……どうしたの?」 テマリがキョトンとして聞くと、
「うん……折り鶴が落ちたから、呼ばれたのかと思ってさ~ そしたらオリガミが寝てたんだ……」 玄武がテマリに説明をしている。
「そういえば、あなたたち……ずっと昔から、オリガミの側にいたの?」
「そうよ! ただ、私たちの出し方を知ったのは最近だけどね~」
テマリの言葉に答えたのは朱雀だった。
「じゃ、あなたたちも結構な歳よね?」 テマリは驚いたように言った。
「まぁ、そうなるわよね~」
「でも、あなたたち……見るからに子供よね? 十歳くらいに見えるもん……」
「そんなことより……オリガミは、どうして疲労困憊なの? 何があったの?」
「わからない……オリガミが、どうかしたの?」 朱雀にも分からないようだ。
「実は……昨日、魔鏡を持って来た人がいてね……」
テマリは、昨日のことから順に説明していた。
「なるほど……」 式神たちは、理由を理解したが返事に困っていた。
「心配なの……このままオリガミが元気なくなったら……って」
テマリが本気で心配している姿に、白虎が声を掛ける。
「テマリ……オリガミは自分で解決するよ! 大丈夫」
そう言って、式神たちは折り鶴の中に戻っていった。
「解決か……って、やっぱり何かあったんじゃん! ちょっと! 説明しなさいよ!」
テマリは折り鶴を振って説明をさせようとしたが、式神たちは出てこなかった。
(なんなのよ……ったく) テマリは仕方なく、一人で祭りの準備をしていく。
夕方近く、オリガミが目覚めた。
「―テマリ、ごめんね~」 慌てて起きたオリガミは、急いでテマリの元に向かった。
「いいよ……疲れてたんでしょ?」
「ごめん……」 オリガミはシュンとなった。
「ただ……何かあったら話しなよ? 私たちは同族なんだから……」
テマリは、何も話さないオリガミに腹が立っていた。
そしてオリガミも祭りの準備に加わり、残すは当日を迎えるだけになった。
「テマリ……心配だから、神楽をやらない? 練習をさ……」
オリガミとテマリは神楽殿を開け、CDを掛ける。
『シャン シャン……』 と鈴を鳴らし、息がピッタリの舞に数名の見物客が集まってしまった
『パチパチ……』 拍手が鳴り、オリガミとテマリは観客に頭を下げる。
すると、神楽殿に夫婦らしき人が近寄ってきた。
男性の方は車椅子に乗っており、女性が後ろから押していた。
女性は小柄で、少し痩せていて頬もこけていたがニコニコしていた。
「あの……はじめまして……」 妻らしき人が声を掛けてくる。
「はぁ……どうも……」
テマリが車椅子の男性をチラッと見る。
「オリガミ……権田さんじゃない?」 テマリはオリガミに耳打ちをした。
「はじめましゅ……て。 権田しゃんでしゅよね?」 オリガミが言葉にならない様子であったので、テマリが代役をすることになった。
「権田さん、退院したんですね……よかった」 テマリが笑顔で挨拶をすると
「一時的な退院ですが、どうしてもお礼がしたくて来ました」
権田の妻は、笑顔だった。
ただ、権田は病気で、生霊の権田よりも衰弱しているように見えた。
「旦那様のお体はいかがですか?」 テマリが権田に話しかける。
「……」 権田は無言だった。
「残念だけど、夫は話せなくて……」 と、権田の妻は説明した。
「でも、来てくれて ありがとうございます……」 テマリは頭を下げ、社務所の奥から宮下を呼んできた。
そして、秋まつりの前日……
この日、護が有給休暇を使い、神社の手伝いに来ていた。
いくつかの露店が出店する為、場所決めなどが行われている。
「ココは、たこ焼き屋で……ココが焼きそばで……あれ? ここの場所は何だっけ……?」
護が露店の場所の管理をしていたが、不明の場所があるため確認でオリガミを探していた。
「―いたいた……オリガミ、この場所なんだけど……」
「ここね……種屋よ!」 オリガミが真面目な顔で言う。
「種屋? そんなのあったかな? リストに無いんだよ……」 護は困った表情になっていた。
「私の店よ! 種屋……」 オリガミがキッパリと言った。
「誰が店番するの? オリガミは忙しいだろうに……」
「じぃぃぃ……」 オリガミが護を見つめると。
「あっ、俺ですか……?」 「当然!」
そういう訳で、護が種を売ることになった。
(とりあえず、大丈夫そうかな……) テマリは陰からオリガミを見守っていた。
「んっ? あれは誰だ?」 テマリが遠くからオリガミを見ている男に気づく。
「露店の人かな? だとすると護に用事か……」
テマリは遠くから見ていた男の背後に回り、声を掛けた。
「あの……何か用ですか?」
「いや……なんでも……」 男は急いで逃げていくように去っていった。
「……」 そして、テマリは男が去っていくのを黙って見ていた。
(明日かぁ……) みんなが、明日の秋まつりを楽しみにするのであった。