第十三話 魔鏡
第十三話 魔鏡
「これと~ これ! こんなもんかな~?」
オリガミは、秋の花の種を買いにホームセンターに来ていた。
「テマリは何か買うものないの?」
「ん~ じいじの、秋物のやつを買いたい……」
すっかりテマリは “爺ちゃん子 ” になってしまったようだ。
「そうだね。 二人でプレゼントしようか?」 オリガミの提案に、テマリもご機嫌のようだった。
九月の前半……秋まつりの準備もあり、宮下は多忙であった。
(なんとか寄付を集めないとな……)
宮下は神社のイベントなど、集客の為に行動していた。
※ ※ ※
「そういえば、御守りとかも必要になるよね~」
オリガミは社務所に戻り、神社として足りないものをリストアップしていた。
そして、実際にメモをしてみると
(この神社、大丈夫……? なにもかも不足してるわ……)
そこに宮下が社務所に戻ってきた。
「じいじ、おかえりなさい……」 テマリが入り口まで向かった。
「ただいま……オリガミも来てたのか」
「はい。 秋まつりに向けて必要なものを調べてましたが……」
「何か足りないか?」
「足りないと言うより……足りているものが無い……」
オリガミは出来るだけ優しく言った。
「この神社って、御守りとかあります?」
「あるかな? 少し、待ってろ……」 宮下が社務所の奥に向かう。
少しして、宮下が段ボールを抱え戻ってきた。
「これじゃ」 段ボールを開けた瞬間に大量のホコリが舞う。
「ゲホゲホ……」 オリガミやテマリもホコリに負けている。
「じいじ、いつのコレ……?」 テマリは手をパタパタと振って、ホコリを飛ばして聞いた。
「昭和六十一年と書いてあるな……先代の頃かな?」
「―使用期限切れ!」 オリガミが激しくつっこんだ。
「じいじ、せっかくなら、新しいのにしようよ……全部」
テマリの意見が通り、宮下は さっそく業者に連絡をした。
そして時間が過ぎ、神社に必要なものを扱う業者が来た。
業者の営業に来た男性は、パンフレットをひろげ、御守りや札の注文を受けている。
「こんなもんかの……」 宮下は満足していた。
「あの……コレも販売しているのですか?」 オリガミは、珍しいのを売っているな……と思って聞いてみる。
そのパンフレットの隅に “魔鏡 ” と書いてあったのだ。
「はい……ただ、買う方が居ないのでパンフレットから外したいのですが、社長が反対していて……ただ、載せているだけですね……」
業者の担当者が渋い顔で答える。
「しかし、コレだけ値段が出てませんよね……?」
「はい。 ただ載せているだけなので……」
少し、業者も困っているようだ。
「なんじゃ? 何か気になるのか?」 宮下がヒョコッと顔を出す。
「マスター、魔鏡が売っているんですが……」 オリガミはパンフレットを指さした。
「珍しい物を売っているんじゃな……これは、値段が出ておらんが……」
「はい。 不思議なのですが、社長が載せておけと言うものでして……現物もあるのかどうか……」 業者の営業も、答えられない代物を聞かれて困っていた。
「ちと、詳しく聞きたくなったわい……社長なら聞けるかの?」 宮下も興味が沸いてきたようだ。
後日、注文していた御守りや札が運ばれてきた。
「お待たせしました~♪」 配達に来たのは営業の男性ではなく、四十代くらいの女性であった。
「ご苦労様です……」 オリガミが業者に声を掛け、荷物を社務所に運び入れる。
「そうだ、先日に営業の方に話したのですが……魔鏡という品物に値段が載っていなかったのですが、ご存知ですか?」
オリガミは担当の人が違ったので、聞いてみることにした。
「はい。 わかりますよ。 私、この会社の社長をしていますから~♪」
なんと、配達に来たのは社長であった。
「それなら良かった……パンフレットに載っていた魔鏡って、何ですか? 値段も出ていなかったものですから……」
オリガミが早速、社長に聞いてみる。
「はい♪ もしかして宮司さんですか? これ、私の名刺です」
社長の名前は、斉田 秋草 と、言うようだ。
「すみません……ここの宮司は少々、呆けておりまして……代わりの 九条 オリガミと申します……」
オリガミは真面目な顔で話していたが、
「誰が “ボケ老人じゃ ”」 慌てて宮下が話しに入ってくる。
「あははは……」 さすがに女社長の斉田も、苦笑いをするほかなかった。
「……九条?……まさか……」
「と、ところで……魔鏡に興味を持たれたとかで、本日、持ってまいりました」
斉田は車の荷台から、段ボールに入っている魔鏡を持って来た。
宮下が斉田を社務所に招き、魔鏡を見ることとなった。
「これです……」 斉田は段ボールを開け、魔鏡を出した。
そこには五十センチほどの鏡が出てきた。
鏡の枠は茶色で上が龍、右に鳥、左に虎、下に亀と……式神と同じ獣が装飾されている鏡であった。
「……」 オリガミとテマリは無言になった。
「これが……」 宮下は、魔鏡を見ながら言葉を漏らした。
「しかし、何故に魔鏡なのじゃ? 普通の鏡に見えるのじゃが……」
宮下には普通の鏡にしか見えなかったようだ。
「じいじ、コレ……本物だよ……」 テマリが小さい声で言う。
「―なに? 本物じゃと? この鏡が本物と言うなら、どんな鏡なのじゃ?」
宮下が興奮した口調でテマリに訊く。
「コホン……私が説明します」 斉田は、宮下の興奮を冷ますように言葉を遮った。
「これは本物の魔鏡です。 私も先代より言われてきたのですが、真実を映しだす鏡……そして別世界へ行く扉とも言われているのです……」
“ポカン…… ” 斉田の言葉を聞き、三人は口を開けてしまった。
「―本当ですってば~」 斉田が必死に説明している。
「だ、だってね……」 オリガミは力が抜けてきていた。
「では、この鏡を覗き込んでください!」 斉田が宮下に鏡を向ける。
「……なんと! 儂、こんなジジイだったかの?」 宮下の言葉に、全員がうなだれた……
(むしろ、若いと思ってたんかいっ……) テマリは苦笑いで宮下を見ていた。
「では、どうぞ」 次に斉田は、オリガミに鏡を向けてみせた。
「……特に変わらないわ……」 オリガミは表情を変える事がなかった。
「では、次の方……」
「いえ、ここまでにしましょう……」 オリガミは斉田がテマリに鏡を向けようとした時、止めてしまった。
「オリガミ……どうしたの?」 テマリは、オリガミだけ見ないのを不思議に思った。
「なんでもないの……」
「ご理解頂けましたか?」 斉田がニコッとして、オリガミを見つめる。
「えぇ……これを幾らで売るつもりですか?」 オリガミは姿勢を正し、斉田を見た。
「この鏡を信用した貴女なら、タダでお譲りします。 ただ……私のお願いを聞いてもらえますか?」
斉田の言葉に、少し考えはじめたオリガミは
「お願いを……?」
「はい。 どうでしょうか?」
「内容によります……」 オリガミの答えは賢明である。
斉田は少し考えた後、 「では、内容とは……コレです」
鏡を光の方向に向け、反射して社務所の天井を照らす。
そこには地図らしき形が浮かんできたのであった。
「これは? 地図かしら……?」 オリガミが首を傾げる。
「はい。 ここに私を連れていって欲しいのです……」 斉田が説明するが、オリガミには分からない場所であった。
「いや、連れていけっても、ここは何処かも分からないし……」
オリガミが困った顔をしていると、
「私が探してくる~」 と、言ってテマリが社務所の外に出て行った。
しばらく時間が経ち、テマリが戻ってきた。
「日本には無いみたい……」 テマリが残念そうに言うと、
「馬鹿な……どうやって探したのじゃ?」
「そりゃ……龍神をチョチョっと……」
「―馬鹿な事をするんじゃない! 何、龍神をグーグ○アースみたいに使っとるんじゃ!」 宮下がキレていた。
「えっ? だって、手っ取り早いから……」
「―お前はアホかーっ! 日本中が大騒ぎになるわぃ!」
「シュン……」 テマリは落ち込んでしまった。
“ブーブー ” 全員のスマホからアラートが鳴り響く。
「なになに……日本の上空から巨大な龍が出現……とな……」
「―そら見たことか……」 宮下は、ため息をついた。
「……」 斉田には何が起こっているか分からなかった。
「とりあえず、持ち帰ります……また連絡をください」
そう言って、斉田は帰っていった。
「どうするのじゃ? オリガミ……」
「私には関係ありません……」 オリガミは鏡の事に触れようとしなかった。
「とにかく、秋まつりの準備じゃ!」
宮下は暗い雰囲気を かき消すかのように準備に取り掛かった。
御守りや札の用意をし、神社の敷地を綺麗にしていく。
「オリガミさ……」 テマリが話しかけるが、そこから先の言葉が出なかった。
「どうしたの?」
「なんでもない……」 テマリは黙ったまま下を向く。
「鏡のこと?」 オリガミがテマリに言うと、無言で頷いた。
「私には関係ないと思うわよ。 それに、あの鏡が本物かどうか……」
オリガミは鼻で笑うような仕草をしている。
「……」 テマリは黙ってオリガミを見ている。
そして、神社の仕事を進めるうちに夕方になった。
「じゃ、また明日ね~」 オリガミが護のアパートへ帰っていく。
「なんだか鏡を見てから、オリガミが元気なくなったのぅ……」 宮下が呟いていたとき、
「じいじ……話しがある……」 テマリが宮下のシャツの裾をつまんだ。
「……まことの話しか……?」
宮下は驚き、テマリに確認する。
そして、テマリは頷いた。
※ ※ ※
オリガミは護のアパートへと帰り、食事の用意をしていた。
「……」 昼に、鏡を見たオリガミの表情は冴えなかった。
「ただいま~」 護が帰宅し、オリガミは笑顔で護を玄関で迎えに行く。
「おかえり♪」
「……? どうしたの護?」 オリガミが護の表情に首を傾げる。
「どうしたの……って、オリガミ……顔……」 護は驚いていた。
「顔?」 オリガミは洗面所に向かい、鏡を見た。
「えっ?」 オリガミも驚いた。
鏡に映っているオリガミの蒼い瞳が赤くなっていた。
(やっぱり鏡と関係が……?)
オリガミは鏡の存在を知らなかった……
ただ、鏡の存在を知ってから自分がどうなっていくのかが怖くなっていた。