第十二話 生霊
第十二話 生霊
(もう、夜の九時……何やっているんだろ……)
膠着状態から二時間が経過していた。
権田は無表情のまま、オリガミを見つめたままである。
(さすがに飽きる顔だろうよ……何時間も見つめやがって……)
オリガミは我慢の限界になり、動きだした。
折り鶴を出し、息を吹きかけると
『ポン ポン……』 と音が鳴り、式神が現れた。
「オリガミ~♪」
「式神たち、あの男を黙らせて!」 オリガミはお願いをすると、
「……ずっと黙ってるじゃん……」 白虎が驚いたように権田を指さす。
“かなり焦ってるな…… ” 宮下は苦笑いをしていた。
「そうなんだけどさ……先に進まないからイライラしちゃって……」
つい、オリガミは本音を出してしまった。
「わかったよ~ じゃ、行ってくるね」 式神の白虎は、権田の側に近づいていった。
式神の一人、白虎は相手の懐に潜り込み、急所を嚙み砕くことを得意としているが……
『パチン』 と、いう音が響く。
不用意に近づいた白虎は、権田に叩き落とされてしまった。
白虎は起き上がるものの、空中でフラフラしていた。
「―白虎!」 朱雀が叫ぶ。
「大丈夫? 白虎……」 朱雀が言葉を掛けながら抱きかかえた。
いくら式神とはいえ、二十センチほどの子供が大人相手に戦うには厳しいようだ。
「まずい……」 オリガミは戦局が不利と感じはじめる。
「次は僕だよ!」 そう言って、権田の前に現われたのは玄武である。
玄武は身体の強さが武器であり、身体ごと相手にぶつかって、ダメージを与えるのが得意である。
「いくよ~」 玄武は権田に正面から当たりに行ったが
『バチン!』 と音がして、玄武までもが叩き落とされてしまった。
「くるくる~」 と言葉に出し、玄武は気絶してしまった。
「玄武、大丈夫~?」 今度は青龍が玄武を抱きかかえた。
「あれれ~?」 白虎に続いて、玄武までもが叩き落とされてオリガミは気落ちしてしまった。
「まずいわい……」 宮下にも焦りがでてきていた。
「どうする? オリガミ……」 テマリも困ってしまい、オリガミに助けを求めていた。
「……」 オリガミは言葉が出ず、権田を睨んでいるだけであった。
「こうなったら、奥の手じゃな……」 宮下が苦し紛れに言った。
「奥の手……?」 オリガミとテマリは息を飲んだ。
そして数秒の沈黙の後、オリガミとテマリは笑顔になり、
「なんだ~♪ あるなら先に言ってよ~♪」 と言い、宮下の頭や背中をバンバンと叩いた。
「いたた……今、思いついたんじゃ! バンバンと叩くな!」
宮下が頭をさすりながら言う。
「それで、じいじ、奥の手は何?」 テマリは言葉を掛けながら、宮下の背中をさすっていた。
「奥の手とはな……」
「ゴクッ……」 オリガミとテマリが息を飲む。
「権田の家族に、電話する……」 そう言って、宮下はスマホを取り出した。
“なんじゃ、そりゃ…… ”
オリガミとテマリは、肩を落とした。
宮下は、権田の家族に電話したが留守番電話になってしまった。
「奥の手も失敗……」
そうして夜の十時になり、困った三人は権田と見合ったままになった。
「休憩しよ!」 オリガミは戦いを諦め、ソファーに座って式神を折り鶴に戻した。
そして昨日、家に置いていった種を見た。
(そろそろか……) オリガミは次の手のタイミングを待っていた。
すると、種から出た芽がグングンと伸びていき、弦になっていく。
次第に弦は、リビング全体を覆うほどの巨大な植物に変化していったのだ。
「―なんと……」 宮下がリビングを見渡し驚いている。
“ニヤリ ” オリガミとテマリは余裕の表情に変化していった。
「さあ、これから逆転といきますよ~♪」 オリガミはソファーから立ち上がり、戦闘モードの顔になっていく。
「じゃあテマリ、頼むわね♪」
「あいさ♪」
二人に会話が済み、テマリが攻撃を仕掛ける。
「はぁぁぁっ!」 テマリの掌から権田にめがけて波動を出した。
権田は、テマリの波動を簡単に避け戦闘スタイルに変わっていた。
オリガミが宮下に耳打ちをして、二手に分かれてリビングを出ていった。
「……?」 権田はリビングから出て行った二人に気を取られ、横を見ていた。
「よそ見するなって! 出でよ龍神!」 テマリが口から白い息を吐きだし、龍を召喚させる。
「さぁ行け、龍神!」 テマリの言葉により、龍は権田の周りをグルグルと回りだした。
「……」 権田は無言で龍の動きに気を取られていく。
そして、その隙にテマリもリビングから出ていく。
「ここは小さい……」 オリガミは家中に置いた種の成長具合を見ていた。
「おい、オリガミ! これはどうじゃ?」 宮下がオリガミを呼んだ。
「マスター、ここよ!」 オリガミが頷く。
ここは権田の書斎であった。
大きな本棚に机、この部屋から出ている弦は格段に伸びている。
「しかし、この弦は何なのじゃ?」 宮下は初めて見る現象に戸惑っていた。
「これはね、『妖気樹』と言って、妖気が強い場所であると育ちが良いから原因となる場所が判るのよ!」
オリガミが説明すると、宮下には初めて見ることばかりで頭が混乱してきていた。
「おっ! いたいた♪」 ここにテマリも合流してくる。
「テマリ、下はどう?」
「龍神が気を引いてくれてるわ♪」
「ここから原因を探しましょ!」 オリガミは書斎から権田が妖気を出している本体を探し始める。
「何が本体なんじゃ……?」 宮下も手がかりが無いままに物色を始める。
書斎は十畳ほどの広さだが、大きい本棚や机が置いてある為、狭く感じる部屋だ。
(前の奈菜ちゃんの時みたいな人形? しかし、香の匂いはしないし……)
オリガミも手がかりを探す為、それらしい物を手に取り探していた。
宮下が机の引き出しを開ける。
「ここは手紙じゃな……この箱は……?」 宮下は机の引き出しにあった小さな箱を手に取った。
「マスター、それは?」 オリガミが宮下が手にしている箱を見る。
「手紙と一緒に入っていたのじゃ」 そう言って宮下は小さな箱の蓋を開けた。
「♪~♫~」 オルゴールの音が書斎に響いた時、弦が騒ぐように葉と一緒に揺れ出した。
(これだ……)
オリガミが確証を得る。
「どいて!」 オリガミは宮下を横に動かし、オルゴールが入っていた引き出しから手紙を読み漁る。
その手紙は『宮下の妻』から宮下に宛てたものであった。
その内容は、宮下が重い病気を患い、妻からの励ましの手紙であった。
(しかし、権田は 「部屋を荒らされていたり、行動を邪魔される」 と言っていた……これは何を意味するのだろう?)
オリガミは、このオルゴールだけでは本体と決めつけるには早いと思う。
オリガミが、机を重点的に証拠を探し始める
そして、下のリビングから 『グオオオオォ』と龍の吠える声が聞こえた。
『――バンッ』
龍の吠える声と同時に書斎のドアが開いた。
「ヤメロ……」 権田が龍の威嚇を振り切り、書斎までやってきたのだ。
すると、書斎に生えている妖気樹が大きくなり、激しく揺れ出した。
(そろそろかな?) テマリがニヤッとする。
妖気樹が激しく揺れ、ついに花が咲きだした。
赤く、小さな花がたくさん咲き、揺れている。
「これは何じゃ……?」 宮下は完全に自分の目を疑った。
「これは妖気樹の花です。 妖気樹が権田から栄養を摂取して花を咲かせたのです……」 オリガミが説明する。
「しかし、栄養を摂取したくらいじゃ……」 宮下は、その先も知りたかったようだ。
「そのまま見ていて」 オリガミが妖気樹を指さす。
そしてオリガミは折り鶴を出し、息を吹きかけた。
『ポン ポン……』 と音が鳴り、式神が現れた。
「オリガミ~♪」 いつもの登場である。
「式神、この男に妖気樹の花粉を浴びせてちょうだい!」
オリガミは、式神に指示をした。
「わかった~♪」 式神が妖気樹に弦にしがみつき、弦の揺れを激しくする。
ここにテマリの龍も書斎に入り、グルグルと回り始める。
妖気樹の花は大きく揺れ、花粉が部屋いっぱいに広がった。
「むぅぅ……」 権田が動揺し始めた。
「さぁ 権田さん、貴方は何を隠しているの? それと、何を守ろうとしているの?」
オリガミが動揺している権田に話しかける。
「……」 権田は返事をしなかったが。
時折、視線を逸らして目を向ける場所があった。
「にゃるほど~♪」 権田の視線にテマリが気づいたようだ。
テマリが本棚に近づくと、権田の表情が変わる。
「ヤメロ……」 権田の顔が怒りの表情に変わるも、妖気樹の花粉を浴びているせいか身体が動かないでいる。
「この花粉は、そんな効力があるのか……」 宮下は感心するばかりになっていた。
「色々な効果があるんですよ。 身体が動かなくなったり、素直にさせたりとか……」 オリガミが、ある程度の効果だけ話す。
「あった……って、これは何?」 テマリは権田が気にしていた紙を取り出した。
「これは科学式……? 権田さん、教えて?」 テマリは動けない権田の前に紙をヒラヒラさせた。
「これは私の研究……ここで、ずっと研究をしている……だから邪魔をさせない……」 権田は研究をしていて、これを中断されるのを嫌がっているようだ。
「妻が邪魔をする……だから……」 権田の言葉の最後にオリガミが反応した。
「つまり、貴方は亡くなっていて、奥様がこの家を売却しようとしている? それで、貴方はこの家が研究の場所だから守っているのね?」
オリガミが話すと、権田は頷いた。
「……と言うことは、権田さんは土地の権利証も隠してるにゃ?」
テマリがニヤッと笑う。
「……」 権田は視線を逸らした。
「大丈夫! そこまで白状させないわよ……それを守る権利は貴方にもあるわよ!」
オリガミが権田の頬に手を伸ばした。
「……」 権田の顔が穏やかになっていく。
「とりあえず、おぬしの気持ちは分かった。 だから物の怪にまでなって家を守ろうとしておったんじゃな?」
「どうじゃ? おぬしの妻と交渉をさせてくれぬか? おぬしの意見も儂が伝えよう!」
宮下は権田に提案をしたが、権田は腑に落ちない顔をした。
「気に食わんか……?」
「……」 やはり権田の表情が晴れていない様子である。
「あれ? オリガミ……権田さん、なんか変だよ?」 テマリは何か気づいたようだ。
テマリが巫女の衣装の胸口から、折りたたんである紙を取り出した。
その紙にテマリが息を吹きかけると、紙が膨らみ手毬になっていく。
「さぁ、話して……」 そう言ってテマリが権田の顔に手毬を近づける。
「これは何じゃ?」 ここまでくると、宮下には理解に追いつかない話しになってきていた。
「……」 どうしても権田は話したがらないようだ。
「大丈夫よ……これで十分♪」 テマリが権田に微笑む。
そしてテマリは、手にしている手毬を両手でゆっくりと押した。
すると、手毬の中にあった空気が抜け、上空でスクリーンのようになった。
「これは……?」 全員が驚いていた。
権田は現在も生きていて、病院に入院していた。
手毬によって写し出されたのである。
「じゃ、生霊ってこと?」 オリガミは、必死に家を守っている権田の強さは普通じゃないと感じた。
「このオルゴール……明日、病院に届けてあげるね♪」
テマリが権田に笑顔で伝える。
「ここからは、私たちも奥様に話します。 貴方は安心して病気に勝ってくださいね。 生霊の門番は帰りなさい……」
こうして権田の生霊は静かに消えていった。
「これが、本体への滅セージだ……」
オリガミは優しく言葉を残した。
「――あーっ! 今、何時?」 オリガミが激しく動揺しだす。
「もう十一時じゃな……」 宮下が腕時計見る。
「ヤバい……護に電話してくる~」
オリガミは走って権田の家のリビングに駆けこんでいった。
翌日、宮下から権田の妻に連絡をした。
権田の想いを伝え、権田の妻は涙したという。
テマリは権田の入院している病院に行き、権田の妻に大事にしていたオルゴールを手渡した。
そして、その頃のオリガミは……
「すや~」 護の布団の中で、裸で眠っていたのであった。