第十話 誤解の種
第十話 誤解の種
8月も終わりの頃、まだまだ暑い日々が続いていた。
「足立~ 今日は飲みに行かないか?」
「いいですね。行きましょう♪」
護は、会社の先輩の飲みの誘いに喜んでいた。
そして夕方になり、オリガミは帰宅して護の帰宅を待っていた。
「先に水を飲んじゃお♪」 オリガミは冷蔵庫にあるペットボトルの水を取り出し、ゴクッと飲みながら植木鉢をチラッと見た。
(揺れてる……何かあるのかしら?)
植木鉢の植物が揺れていることに気づいたオリガミは、少し心配になっていた。
それから2時間後……
「遅い……」 オリガミはムッとしていた。
また1時間後……
「ちょっと探しに行こうかな……」
オリガミは支度をして護を探しに出ていった。
オリガミは駅の方へ向かい、
(いた……けど……) オリガミは護を見つけたが、足が前に出なかった。
そこには、護が見知らぬ女性と歩いていた。
オリガミは何故か隠れてしまった。
(誰よ、その女……) オリガミは奥歯を『ギギギ……』 と噛みしめる。
護は、オリガミの存在には気づかずに女性と歩いていた。
隠れているオリガミの前を通過したとき、護の表情は笑顔だった……
(護、あんなに楽しそうに……)
オリガミは、目から涙が出てきていたのに気づいた。
(私、泣いてる?) オリガミが嫉妬というものを経験している。
人間の世界に溶け込んではいるが、恋愛感情を知ったオリガミは違う世界で生まれたことを後悔していた。
オリガミは自宅には戻らず、近所の公園で時間を過ごしていた。
護は知らずに帰宅すると、家の中にオリガミが居ないのに気づく。
「オリガミさん?」 護が部屋の中で声を掛けている。
ふと護は植木鉢の植物をみた。
葉から水が湧き出ているように、雫となって下に落ちていた。
「オリガミ……」 護はオリガミの事で何かあったのかと思い、外に駆けだしていく。
護は駅に向かったが見つからず、心当たりの場所を探していく。
そして神社に向かい、
「テマリさん、オリガミは来ていませんか?」
護は必死の形相でテマリに聞いた。
「護? オリガミは来てないよ。 どうかしたの?」 テマリはポカンとしていた。
護は飲んで帰ってきたら、オリガミが家に居なかったことを説明した。
「それって、オリガミに事前に報告した?」 テマリは眉をひそめ聞くと、
「いや、仕事帰りだから会ってもいないし……」
護は連絡しようがないことを説明していた。
「そりゃ護が悪いよ~」
「じゃ、私も探すよ。 じいじ、少し出てくるね~」
テマリは宮下に声を掛け、オリガミを探しに出た。
「ごめんね。テマリさん……」 護はテマリに謝り、オリガミを探した。
しかし、思いつく所を探してもオリガミは見つからなかった。
(そうよね……泣いても何をしても護は人間……私とは違うんだから……)
オリガミは公園のブランコに座り、涙を流していた……
「それで、どうしてオリガミは消えたのよ?」 テマリは肝心なことを聞いた。
「飲んで帰ったから?」
「……なんで私に聞くのよ?」
テマリは、護の言葉の微妙さに呆れてしまった。
「ちょっとゴメンよ……」 テマリは指先から弦をだして護の額に当てる。
「……」
「なるほどね…… そりゃオリガミも怒るわ~」 テマリは頭を抱えた。
「えっ?」 護は目が点になる。
「まぁ仕方ない……貸しイチな!」 そう護に言って、手で合図をする。
これは“少し離れていろ”の合図であった。
テマリは両手を広げ、大きく息を吸った。
「出よ龍神、オリガミを探して!」
そしてテマリの身体から白い煙のようなものが出て、空に舞った瞬間に龍と変わっていった。
その龍は空を舞うようにオリガミを探し始める。
(先日に会社の窓から黒い雲が出て見えた龍だ! あれはテマリさんの?)
龍が空を舞い、しばらくして テマリの身体に帰ってきた。
「こっちよ!」 テマリが護を案内する。
「ここに居たんだ……」 テマリの声にオリガミは振り向く。
「テマリ……護まで……どうしてここに?」 オリガミは慌てて涙を拭いた。
「帰ったらオリガミが居ないもんで、心配で探しにきたんだよ」
護は優しく声を出す。
「そう……私は護が女の子とデートをしていたから、家を出たのよ。 それで今更、何の用?」 オリガミが冷たく護を見ると、
「デート? そんなのしていないし……」
護は否定しているが、オリガミの目は疑っていた。
「それでテマリを連れて弁解しようとしているの? それともテマリが本命なの?」 オリガミが護を睨むと、
「オリガミ……何で、そんな事を云うの?」
テマリは寂しそうな眼をしている。
「わかるでしょ? 私は人間のように生まれてきている訳じゃないし、護も同じ人間と恋愛したいなら私は邪魔になるんだし……」
オリガミはそう言って目を逸らした。
「なら、私が本命じゃないじゃん。 オリガミの言いがかりよ!」
テマリもふて腐れた様子で目を背ける。
同じ境遇で生まれたテマリなら分かる事であった。
「まったく……コミュ障で物分かりが悪い姉だと大変だわ~。 護、もう辞めときな……」
テマリは手を広げ、呆れていると
「はぁ? なんでテマリが言うのよ!」 オリガミはムッとして言った。
「だってオリガミが子供みたいに拗ねているからでしょ? ちゃんと言わないで家を飛び出したのだから……」 テマリもムキになってきていた。
元々は護の浮気疑惑から始まった騒動が、オリガミとテマリの喧嘩まで発展してしまった。
護は二人の気分を落ち着かせるため、近くの自販機まで水を買いに行った。
その時、酔った若い二人組の男性が オリガミとテマリに声を掛ける。
「よかったら、飲みに行かない?」 ナンパであった。
「はあ?」 オリガミとテマリは同時に返事をした。
「双子かぁ 美人姉妹だね。 この後、どう?」
「興味ない!」
テマリはあからさまに嫌そうな顔をして、手で払った。
「なんだよ。 そんなんじゃモテないぜ。 男も嫌がるわ!」
ナンパ男が捨て台詞を吐いた瞬間にオリガミが反応する。
「男が嫌がる……」 オリガミはブツブツと言い、肩を震わせた。
「なんだよブツブツと……気持ち悪いな……」
と言葉を出したとき、オリガミの顔が変わった。
「悪かったな、気持ち悪くて……そうだよ! だから護は浮気するんだよ!」オリガミは男たちを睨む。
「ちょっとオリガミ……」 テマリは、オリガミを落ち着かせようとするも遅かった。
オリガミは両手から折り鶴を出した。
(―まずいっ) 「―だめ! オリガミ」
テマリはオリガミを制止した。
「どうしたんだよ?」 ナンパ男がオリガミとテマリを見ると
「いいから帰って! 怪我するわよ!」 テマリは叫んだ。
その声が聞こえ、護が走って戻ってきた。
「どうしたの? えっ?」 護はビックリしてナンパ男を見て言う。
「本当に危険ですから帰ってください……」
何か分からず、必死の言葉を理解したナンパ男たちは引き返していった。
「ふう……」 護とテマリは息を落とした。
(とりあえず落ち着いたかな?) 護が二人の顔を確かめると
「はい、お水。 それでさ、花火も買ってきたから神社でやらないか?」
護の提案に二人は頷き、神社に向かった。
そして花火を始め、オリガミもテマリも楽しそうにしていた。
この花火の明るさが二人の顔を一層、綺麗に見せていた。
「オリガミ、確かめてみてよ……」 護は前髪を手で上げる。
額に触れて、浮気をしていたか確かめてみろと言わんばかりだった。
「ふふふっ もういいよ」 オリガミはニコっと笑った。
それは夏の思い出になる花火、この先に何が待ち受けているか分からない二人にとっても大切な時間であることは間違いないだろう。
「何時だと思っているんだ! 近所迷惑になるぞ!」
宮下であった。
「もう9時か! すみません……」 護は謝って花火を片付けた。
「じいじ、ごめんね……」 テマリは宮下に謝って、寝床まで宮下を連れていった。
(本当に孫だな……) と、護は思った。
翌朝、いつも通り護のベッドから起きたオリガミは裸であった。
コーヒーを淹れて護を起こす……
これがオリガミにとって、穏やかな日常であった。
「今日は神社に寄るの?」
護はオリガミに予定を聞いて、自分の予定を組もうとしていた。
「どうしようかな? とりあえずは顔を出すけど、種も売らないとだし……」
オリガミは護が休みなので、どうしようか迷っている。
「じゃ、一度神社に顔を出して決めよう!」 と、護は出掛ける準備をした。
そして準備を終えた二人は神社へと向かう。
「おはようございます」
神社に来て宮下に挨拶をし、バイトの予定を確認していたとき
「ごめんください」 と女の子の声がする。
「はーい」 と元気な声でテマリが向かった。
「あっ、オリガミさん♪」 と、抱き着いてきたのは奈菜であった。
「―ちょ、違う。 あっち あっち!」 テマリは社務所の奥にいる、オリガミを指さした。
「あれ? オリガミさんが二人?」 奈菜は混乱していた。
(先日に会っただろうがよ……覚えてねーな……)
テマリは少しイラッとした。
「今日はオリガミさんに会いたくて来ちゃいました♡」
奈菜はニコニコしながら話したが、オリガミは護と出掛けようとしていたので苦笑いするだけであった。
「あははは……どうしゅるの?」 オリガミは奈菜とは面識はあるが、基本的に人見知りで言葉が上手に出ないことが多かった。
「あの~ 色々とオリガミさんの事を教えてください」
「オリガミさんはこの神社の巫女さんですか?」
奈菜は、目をキラキラさせて聞いてきた。
「そ、そうでしゅ……」 オリガミは簡単な返事だった。
「こちらの方は姉妹です?」 奈菜はテマリを見た。
「えっと……はい」 少し迷ったがオリガミは姉妹で通す。
(確か、何かで姉妹って言ったよな……) と思い出していたからだ。
「それで……こちらの方は彼氏さんですか?」 奈菜がご機嫌なトーンで聞くと、
「はい。 間違いなく!」 オリガミは、何故かここだけ、力強く答えていた。
「そっかぁ いいな~」 奈菜はチラッと護を見たが、オリガミとテマリは瞬間を見逃さなかった。
(昨夜みたいに、オリガミが暴走しちゃう……) テマリは危機を感じていた。
「ま、護……境内に荷物があるから手伝ってくれ!」 テマリは護の腕を掴んで境内に向かった。
ポカンとしているオリガミと奈菜であるが、テマリだけはヒヤヒヤしていた。
「とにかく他の女の子との接触だけは避けてくれ、頼む……」
テマリは境内で護に頼んでいた。
護は、昨夜の誤解から大変だったことを思い出した。
「何をコソコソとしているの?」
オリガミが ヌーっと現れると、護とテマリの背筋が伸びる。
オリガミと奈菜と楽しく会話をして、奈菜は帰っていった後だった。
そんな時、宮下がやってきて
「お前たちにバイト代として、これをやろう!」
宮下がオリガミとテマリにスマホを手渡した。
「これは……」 オリガミとテマリは驚いている。
「これから業務連絡もあるし、昨日みたいな誤解もあって空に龍を走らせる訳にもいかんからな……」 宮下は笑ってみせると、
「あははは……」 護は苦笑いであった。