AIに戦略立案を任せられるか?
彼は大部隊を敵の陣地のど真ん中に進ませるという大胆な作戦を立てていた。部隊の力は強力だが、その作戦は無謀だった。周囲を敵に囲まれてしまう上に盆地になっている。地の利まで敵軍側にあるのだ。
が、兵士達は不安そうな様子を一切見せてはいなかった。それどころか、これからどんな展開を迎えるのかと期待すらしていた。何故なら、その作戦を立てたのは、連戦連勝の天才軍師、レッド・アロンだったからだ。彼はこれまで常人では決して思い付かない発想で戦略を編み出し、周囲を驚かせてきた。その奇抜な発想に当初は批判も多かったのだが、勝ち続ける内に反対の声は消え、現在では神格化されていると言っても過言ではない状態にまでなっていた。
――だから今回も、この一見無謀とも思える作戦の裏には何かしら精緻な計算が隠されているのだろう。そう、兵士達は信じて疑っていなかったのだった。
……がしかし、
当のレッド・アロンは、実は一切自分が提案した作戦の意味を理解していなかったのだった。それは今回の作戦に限らない。今までに彼が提案した作戦の意味を、彼は一度だって理解してはいなかった。実は彼はただただAIが立てた作戦を提案していただけだったのだ。
囲碁やチェス、ポーカー。様々なゲームにおいてAIは優秀な成績を残している。それは人間では太刀打ちできないレベルであり、当然ながら他の分野に期待するに充分な成果と言えるだろう。ただ、AIの作戦は人間には理解できない場合が多かった。
では、ここで質問だ。
果たして、その“人間には理解できない作戦”を選択する勇気を持った人はどれくらいいるだろうか? 特に多くの仲間の生死がかかった戦場において、自分が理解できない作戦を採用できる者は少ないのではないだろうか?
しかし、彼、レッド・アロンにはそれができたのである。いや、“できた”などという表現は誤解を招くかもしれない。彼はただ単に作戦を立てる意欲も能力もなかったので、AIに丸投げをしてしまっていただけなのである。そしてその結果、連戦連勝の成果を収め、天才軍師などと呼ばれるようになってしまったのだった。
レッド・アロンの作戦のお陰で連戦連勝をし続けた軍は勢いを増し、更なる侵略行為を行うようになっていた。連勝の興奮に喜ぶ国民は戦争に反対はしなかったが、同時に疲弊も続けており、このまま戦争を続ければ困窮するのは目に見えていた。
だからレッド・アロンは迷っていたのだ。果たして、本当にこのまま勝ち続けてしまって良いのだろうか? 物量においては、彼の国は決して有利とは言えなかった。ある程度で矛を収め、停戦に向けて交渉を進めるべきではないかと思っていたのだ。
もっとも、ただただAIが立てた作戦を実行する事しかやって来なかった彼には、そう思っても、どうにもできなかったのであるが。
敵軍に囲まれている。高台の上から、砲台が狙っている。普通に考えるのならば、絶体絶命のピンチだ。だがレッド・アロンは慌ててはいなかった。これまで通り、事態を好転させるなんらかの指示をAIが出してくれると思っていたからだ。
が、それからAIはこのような事を述べたのだった。
『手はありません。被害を最小限に抑える為に、降服をしてください』
その言葉に彼は目を大きくして固まった。
レッド・アロンの大敗を受け、戦争は終結に向っていった。大勝負で敗けたとはいえ、それまで連勝をし続けて来た彼らの国は停戦交渉で大きく不利になる事はなく、国民の生活もそれほど厳しくなりはしなかった。否、戦争をし続けるよりも負担は楽になっていたかもしれない。少なくとも、戦死者の数は大きく減少したはずだ。
彼は素直に“AIに作戦立案を任せていた”点を告白した。それにより、致命的な作戦ミスはAIのバグであろうという事になり、当然彼は責任を追及され、軍を失職した。停戦に向かっていたお陰で、軍法会議にかけられなかっただけでも幸運と言えるかもしれない。
無職となった彼は一人街を歩いていた。何もかもを失ってしまった。そう思った。だがその時だった。子供達が楽しそうにはしゃいでいる姿が目に入ったのだ。手には何かの焼き菓子を持っている。屋台が出ているようだ。戦時中では考えられなかった光景。
“ああ、戦争は終わったのだな”
それで彼はそう実感した。
そしてその時にふと思ったのだった。もしかしたらAIは、バグを起こした訳ではなく、戦争を終わらせる為にあのような作戦を立案したのかもしれない、と。
因みに、現在のAIには柔軟性がなく、少しでも状況が違えば、大きく能力を落としてしまうと言われているので、実際の戦争には使えない…… かもしれません。