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03_ゴミ捨て場_1

 8日目の実験が過ぎた頃から、俺の意識はますます曖昧になっていった。時間の感覚が完全に失われ、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。実験室に連れて行かれるたびに、同じ痛みと苦しみが繰り返されるだけの日々が続く中で、俺の心は次第に崩壊していった。


 針が首筋に刺さるたびに、俺は反射的に体を震わせたが、抵抗する力はもう残っていなかった。代わりに、俺の口から漏れるのは、かすれた許しの言葉だけだった。


「お願いです……やめてください……許してください……」


 だが、その言葉は無視され、冷酷な実験が続けられた。俺の体が自動的に反応し、再生の力が引き出されるたびに、体は限界を超えて苦しみの中に沈んでいった。許しを請う声は、日に日に弱々しくなり、ついにはほとんど聞き取れない囁き声になった。それでも、俺は無意識のうちにその言葉を繰り返し続けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 何日経ったのか、もう全く分からなくなっていた。実験が始まる前と後の区別がつかず、すべてが一続きの苦痛としか感じられない。朝が来るのか夜が来るのか、そんなことさえどうでもよくなっていた。


 俺の心の中に残っているのは、ただ一つの強い願望だった。それは、死だった。この終わりのない苦痛から解放されるためには、ただ死ぬしかないと、俺は確信していた。体が限界を迎え、もうこれ以上は耐えられないと感じるたびに、死を願う心が強くなっていった。


「いっそ、死なせてくれ……」


 その言葉が無意識に漏れ出すたびに、俺の意識はさらに遠のいていく。もうこれ以上、耐えられない。痛みも恐怖も、全てが無意味に感じられ、ただこの苦しみから逃れるために、死が唯一の救いだと思うようになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ある日、再び意識が朦朧とする中で、俺はかすかな声を聞いた。それは魔導士たちの声だったが、その言葉はどこか現実感がなく、遠くから響いてくるように感じられた。


「力の移譲の準備をしろ……」


 その言葉が何を意味するのか、俺には理解できなかった。ただ、彼らが俺の力を別の何かに移そうとしているのだということだけは、ぼんやりと理解できた。俺の体は限界を超えて壊れている。彼らは俺をもう必要としていないのだ。


「死体はゴミ捨て場に捨てることになる……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心は一瞬だけ震えた。俺が死んだ後のことを、彼らはすでに計画している。死後、俺はただのゴミとして捨てられるのだと理解した。だが、その事実さえも、今の俺には恐怖として感じられなかった。むしろ、これで終わりになるのだという安堵の方が強かった。


 もうろうとした意識の中で、俺はただその言葉を繰り返し聞くことしかできなかった。力の移譲、死体の処理……すべてが他人事のように思え、俺はただその流れに身を任せるしかなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ぼんやりとした意識の中で、俺は硬い馬車の床に横たわっていた。体は冷たい板のように硬直し、何度も馬車の揺れに合わせて上下に揺さぶられるたびに、体中の痛みがさらに深く染み込んでくる。車輪が地面の凹凸を踏み越えるたびに、骨にまで響く振動が体を通り抜けた。


 目を開けようとしたが、瞼が重くて動かなかった。周囲の音は遠くから聞こえるようで、馬の蹄の音や風の音さえも、まるで別の世界から届くかのように感じられた。自分がどこにいるのか、何が起きているのか、全く理解できなかった。ただ、俺は無力に揺られ、どこか遠くへ連れ去られていくのだということだけは、ぼんやりと理解していた。


 冷たい風が車窓から入ってきて、皮膚に刺さるような痛みを感じた。馬車の中は暗く、窓の外はさらに深い闇に包まれていた。時折、木々の影が一瞬だけ車窓をかすめていくが、それもすぐに闇の中に消えてしまう。まるでこの世界が俺を拒絶しているかのような孤独感が、胸の奥で静かに広がっていく。


 時間がどれほど経ったのか分からない。意識が遠のき、また戻ってきたときには、馬車はすでにどこかに到着していた。馬車が静かに止まり、周囲の音が消え去ると、今度は不気味な静寂が俺を包んだ。


 扉が開けられると、冷たい空気が一気に流れ込んできた。俺は無理やり引きずり下ろされ、地面に放り出された。地面は硬く、冷たい石が体に食い込んだ。痛みが全身を駆け巡り、息が詰まるような感覚に襲われたが、俺には立ち上がる力さえ残っていなかった。


 見上げると、一人の魔導士が無言で俺を見下ろしていた。その表情には感情の欠片もなく、まるで石像のように冷たく、無機質だった。彼の手には、暗闇の中でも鈍い光を放つ剣が握られていた。剣の刃が月明かりを受けて、冷たい光を反射しているのが見えた。


 俺はその剣に目を奪われながら、背後で馬車が動き出す音を聞いた。振り返ると、馬車はゆっくりと動き出し、やがて闇の中へと消えていった。俺を取り残し、この世界から切り離されたような感覚に襲われた。静寂が再び辺りを支配し、ただ一人の魔導士だけが俺の前に残っていた。


 魔導士は静かに手を上げ、剣を構えた。その動作には無駄がなく、まるでこれから行うことが既に決まっているかのように、迷いのない動きだった。彼の目は冷たく、何も映していないように見えた。まるで、この行為がただの作業であるかのように、彼は淡々と準備を整えていた。


 俺はその様子を見つめながら、胸の奥で湧き上がる恐怖を感じていた。だが、その恐怖はもう俺の行動を縛るものではなかった。痛みや疲労、絶望に押しつぶされ、恐怖さえも麻痺してしまっていた。


 (これで終わりか……)


 心の中で呟いたその言葉は、どこか安堵の色を帯びていた。逃げることはできない。抵抗する力も、もはや残っていない。ただ、この苦しみが終わることを待ち望んでいた。死は、むしろ救いかもしれないという考えが、頭の中を支配していた。


 俺はゆっくりと目を閉じた。冷たい風が頬をかすめ、剣の刃が空気を切る音が静かに響く。剣が振り下ろされるその瞬間、俺はすべてを受け入れる準備ができていた。痛みも恐怖も、全てが遠い過去のように思え、ただ静かにその瞬間を待つだけだった。


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