02_再生実験_1
数日が過ぎた。俺は与えられた客室で最低限の生活を送っていた。食事は規則正しく運ばれてくるが、それ以外の時間は何も指示されることなく、ただ静かに待つしかなかった。誰も俺に話しかけることはなく、俺の存在はまるで忘れ去られているかのようだった。この異世界に呼び出された理由も、今後どうなるのかも知らされず、ただ不安だけが募っていった。
その夜も、同じ部屋で同じ様に過ごしていた。外は暗く、静寂が辺りを包んでいた。だが、突然のノック音に、俺は驚いて振り返った。扉がゆっくりと開き、暗がりの中から一人の影が現れた。誰かが俺に会いに来たのか。
「こちらへ……静かに」
ローブの男だった。囁くような声が、俺に指示を与えた。誰かに見つからないようにという意図が伝わってくる。俺は何が起きているのか分からないまま、指示に従うことにした。静かに部屋を出ると、その人物は素早く俺の手を引き、廊下を進んだ。
足音をできるだけ抑え、暗い廊下を進んでいく。何度か曲がり角を曲がり、階段を降りると、見覚えのない場所にたどり着いた。壁には古びた灯りがちらつき、どこか冷たい空気が漂っている。この場所が、何を意味するのか、俺はまだ理解できていなかった。
やがて、俺は重厚な扉の前に立たされた。扉は古びた木でできており、その表面には何かの紋様が刻まれていた。扉の向こうからは、かすかな光が漏れている。
「ここに……入ってください」
再び低い声が囁かれた。俺は一瞬躊躇したが、促されるままに扉を押し開けた。中には広々とした部屋が広がり、壁には古代の書物が並んでいる。部屋の中央には、見慣れない椅子のような装置が並び、その周りには数人のローブ姿の男たちが立っていた。
俺が一歩踏み込むと、彼らの視線が一斉に俺に向けられた。
「ようこそ……お待ちしていました」
その中の一人が、冷ややかに呟いた。
じっとりとした視線が俺に向けられる中、強い違和感が全身を包み込んだ。この部屋にい男たちは、俺に対して何をするつもりなのか。ここに来るまでの経緯も含め、全てが不明瞭だった。
「あなたたちは……何者なんですか?」
俺はできるだけ冷静さを保ちながら問いかけた。声は震えていなかったが、胸の内では不安が膨らんでいた。
ローブをまとった一人が前に出て、無表情で俺を見下ろす。その目には冷たさしか感じられなかった。
「我々は魔導士だ。この国において、魔法の研究と管理を担っている」
彼はまるで機械のように答えた。その声には感情がなく、俺が何を考えているのかも気にしていないようだった。彼らにとって、俺はただの研究対象だとでもいうように。
「この国の繁栄のために魔法を研究し、その力を効率的に利用することが職務だ。お前にも、協力してもらう」
俺はその言葉を聞いて、背筋が凍るのを感じた。彼らにとって、俺はただの実験材料でしかないという事実が、明確に伝わってきた。
俺はその場にいることが、命に関わることだと直感した。頭の中で警報が鳴り響き、逃げ出すことを考えた。視線を動かし、入ってきた扉を確認する。だが、扉はすでに閉ざされていた。
「逃げられるものか……」
俺は一瞬の隙をついて身を翻し、扉の方へと駆け出した。だが、わずかに走り出したところで、強烈な衝撃が背中を襲った。まるで見えない鎖で縛られるかのように、全身が硬直し、体が動かなくなった。男たちに持ち上げられ再び装置の前に引き戻される。
「無駄だ……お前は我々の手から逃れられない」
無情な言葉が耳に届くと同時に、俺の体は椅子に押し付けられた。何かが体に巻き付いているように、必死にもがいても一切の抵抗が効かない。
「始めるぞ」
低い声が響き、俺は自分の首筋に冷たい感触を覚えた。鋭い痛みが走り、何かが皮膚を貫いた瞬間、体の自由が完全に奪われた。まるで糸で操られる人形のように、体が勝手に動かされ、目の前に置かれた壊れた木片を凝視することしかできなかった。
「お前の再生の力がどの程度のものか、試させてもらう」
その言葉と同時に、なにかが無理やり引き出される感覚が体を襲った。俺の意志とは無関係に、なにかが壊れた木片に向かって流れ込んでいく。
「うっ……!」
思わず呻き声が漏れた。なにかが吸い取られる度に、体の中から引き裂かれるような痛みが全身を駆け巡った。だが、木片は瞬く間に元の形を取り戻し、傷一つない状態に再生された。俺はその様子を見つめながら、体力が急速に奪われていくのを感じた。のどが渇き、意識がもうろうとする。体が熱を持っているのを感じる。
「次だ」
無情な声が響くと、別の壊れた物体が目の前に置かれる。今度はより細かく破砕された木片だった。俺の体が再び反応し、再生の力が強制的に発動する。しかし、今回は違った。破片が組み上がるのと同時に、俺の体力が一気に消耗していく。額から汗が流れ、視界が揺らぐ。
「無理か……」
魔導士の声が聞こえるが、俺にはもう意識を保つ余裕がなかった。再生が失敗するたびに、俺の体は消耗し、限界を迎えようとしていた。それでも彼らは止まらない。次々と壊れた物を目の前に並べ、その度に俺は無理やり力を引き出され、痛みと疲労に耐えるしかなかった。
意識が遠のくたびに、彼らは俺の体を激しく揺さぶり、無理やり目を覚まさせた。冷たい水が顔に浴びせられ、殴られ、無理やり目を開かせられるたびに、俺は再び地獄に引き戻された。痛みが全身を焼き尽くし、次第に現実感が薄れていく。
実験が終わったのは、3度目に意識を失ってからだった。