53 増えすぎた筋肉と、花嫁
その日はあっという間にやってきました。
美しい月夜。
諸事情により、一族郎党を招待してのお披露目もないままに、迎えた今宵この時。
一般的に言えば、所謂初夜の時間帯です。本来は、新婚夫婦が夫婦として過ごす初めての夜な筈なので、夫婦の寝室で、互いに嬉はずかしドキドキワクワクしている頃でしょうか。
現実には、寝室ではなく、その横の私室の応接セットで向かい合っております私達ですけれども。いえ、これで良いのですよ。寝室でのお話し合いはノーサンキュ、ご遠慮申し上げますなのです。
そんなこんなで、場所的には問題は……ある!けど、まあ、ないと言えばないというか、ゴニョゴニョ。
そんな場所で、ローテーブルを挟んだ向かいのソファーから、聞きたくない言葉を投げつけられている、現在の私。可哀想な感じですよね。
「いい加減、諦めて、いや、認めてくれ!」
「いやいやいや、ここは延期、もしくは取りやめちゃうところだと思います!」
「確かに、今は、国の危機と言える。そんな時に、例外的に王家に復帰した身とはいえ、将来的には、また公爵家の人間になることが決まっている人間が、王城でお披露目なんておかしいという君の意見も、わからないではないし、実際にお披露目は別の機会にすることにしただろう?」
「いやでも」
「大体、国の危機とは言っても、国同士の諍いや、悪人たちとの死闘の最中とかではない。もう過ぎ去った大嵐を理由に、婚姻の延期や取りやめにする必要などないだろう?対応はちゃんしているから、皆忙しいのは確かだが、特別に忙しいかと言われれば、そうでもないしな。中心となって対応しているアスターダ公爵家には、ロードニス公爵家がサポートに入っているし、ロードニス公爵家の本来の仕事はボーボルドを含む配下の家でなんとかできている。結婚の当事者である君と俺自身はそんなに忙しくないし」
「えー、でも、こんな時こそ、リードル様やカルードル様がっ」
「いや、ロードニス公爵家の嫡男パープスタとアスターダ公爵家の嫡男ピンクアータに仕事をさせる良い機会だから、私とカルードルは関わらない。まあ、ボーボルドの一族郎党を集める余裕はないし、彼ら抜きで、君の結婚のお披露目などできないから、宴会はなしだが。だが、ご両親と王族の前で、婚姻の誓いはしたのだし、君がなんと言おうが、もう俺と君は夫婦だ。だから」
「えー、無理!」
「無理じゃない、いい加減、俺を視界から外すのはやめてくれ!ほら!」
「無理無理!」
「身長195センチ以上、体重110kg以上、ウエスト90センチ以上、握力100以上、 短髪、顔面強面系、上腕二頭筋が盛り上がっていること。筋肉ムキムキかつ肉付きが良いタイプなら尚よし。細マッチョ不可。笑顔重視、高圧的な性格不可、低会話能力不可、中毒患者不可、清潔感なし不可、食事に興味がない人不可、ワンコ系歓迎、38歳以下!婚約時より、しっかり体重も筋肉も増やしたし、今の俺は、君の理想の、強面筋肉ムキムキだぞ!ほら、ここの筋肉を見てくれ!」
「ぎゃーーーー!やめて、服を捲らなくて良いから!」
「そんなこと言わずに!ほら!見てくれ!君の大好きなムキムキだ!」
「ぬ、脱ぐな!もう、ムキムキは見飽きたぁああああ」
頑張って筋トレしても、細マッチョにしかなれない、ボーボルド家の男達も、リードル様も、今では、ゴツイ筋肉ゴリラと化しております。
我が家の長兄が見つけてきた、プローテ芋という辺境の特産品のせいです。筋肉ムキムキの猪が好んで食べている芋だそうです。
全力で栽培したプローテ芋を食べて、全力で身体を鍛えた細マッチョ達は、あっという間に筋肉ムキムキの大男にバージョンアップしました。
筋肉談義で、すっかり仲良くなったリードル様とボーボルド家の男達は、私にとって最早、害悪。
道端で会うと、互いに力瘤を見せ合う、男達。
お酒の代わりに、プローテ芋ジュースを飲む男達。
もうお腹いっぱいです。
大勢の細身の中でこそ、筋肉ムキムキは映えると知りました。全員がムキムキになると、如何に個々の顔が美しかろうと、ゴリラ集団にしかみえませんし、筋肉と共に育つ筋肉愛が非常に暑苦しいと知りました。
自慢の筋肉ムキムキボディを私に披露したくて堪らない、見せつけたいリードル様は、先程から寝室に私を連れ込もうと必死です。
リードル様。初夜は筋肉披露の会場ではありません!
誰か、助けて〜!
そんなこんなで、なんとか逃げようとしましたが。
筋肉披露も、初夜の儀も、滞りなく終わり、私、アーリエアンナは、素敵な方の妻になりました。
フォーリンラブ!
ちなみに。ロードニス公爵家の嫡男パープスタ様とアスターダ公爵家の嫡男ピンクアータ様は、ずっと逃げていた仕事から逃げられなくなり、細マッチョどころか、げっそり痩せられているそうです。
おしまい
最初から中盤に入れていたいらぬ設定が多すぎて、非常に読みにくい話になってしまいましたが、削って書き直す気力がないので、これはこれで終わりとさせていただきます。
少しは楽しんでいただけましたら、嬉しいです。