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44 弟が倒れそうです。

 少し暗い廊下を歩き、すぐ近くにある、王城の調理場に向かいます。


 王城には、全部で4つの調理場がある。王族の食事を作る調理場、そして、王城勤務の者達が使う食堂を併設した調理場、出入りする貴族用の2つの調理場だ。


 アーリエアンナ達が向かっているのは、男性貴族が集まる部屋のあるエリアと、女性貴族のエリアにそれぞれある、時間を気にせずいつでも自由に使える、少し小さめな調理場だ。貴族達は忙しいので、夜に軽いものを摘みながら会合を行い、城に泊まることも多く、専用の調理場には、常に材料となる食材のストックと、調理しなくても食べられる軽食が保管されている。


 おや?先客がいるようですよ?


「あら、アーリエアンナとレーリスじゃない。久しぶりね」

「お久しぶりですね、マールリ様」

「マールリ様、ご無沙汰しております」


 マールリは、ホルトスル家と同じ組に属するハリアン侯爵家の次女で、30代半ばの女性だ。家業の果実酒作りに活かすため、王城を囲むようにして存在する王立の果樹園と植物研究所によく出入りしている。果樹園は王族が管理しているので、王城にも頻繁に訪れている、常連である。


「2人ともこんな時間にどうしたの?招集ではないでしょうけど、何かあったのかしら?」


 アーリエアンナとレーリスは、未成年のため、基本的に仕事の緊急招集だとかで王城に呼ばれることはない。アーリエアンナは、一時期、当時の婚約者リードルの命令で、“女性なのに”“未成年なのに”男性貴族が集まる部屋での会議に呼ばれたりはしていたが、あれは異例のことであった。通常は男性には男性の仕事があり、女性には女性の仕事があるので、合同会議すら滅多に開催されない。


 故に、こんな夜遅くにアーリエアンナとレーリスが、王城の調理場にいることに疑問を抱くのは当然のことだ。


「私とレーリスは既にボーボルド家の教育を終えているので、今、ちょっとした旅に出ているのですけれど、道中で手に入れたロバがそれはそれは賢くて、これは是非とも姫様達にお見せしなくてはと、連れて参りましたの」


「まあ、ロバを?」


 当たり前だが、ロバは珍しくない。庶民の乗り物であるけれど、貴族街でも荷運びに使うことはある。


「そうです。ロバです。ふふふ」

「賢いロバ……想像がつかないけれど、貴方がそういうのだから、賢いのでしょうね。姫様達も喜ばれることでしょう。それで、貴女たち、ここに来たということは、お腹が空いてるのね?クスクス」


 マールリは、アーリエアンナの横を見て笑いだした。


「ん?レーリス?どうしたの?」

「姉様、僕もう限界です。死んじゃいます」


 アーリエアンナが自分の横にいる弟に問えば、お腹を押さえながら死にそうな顔をしたレーリスが、餓死寸前だと訴えてきた。

 同時に腹部からもキュルキュルと可愛い音の訴えがあり、アーリエアンナも笑ってしまった。


「笑い事じゃありません〜」

「ふふっ。ふふっ、そ、そこの棚にアガラサー(蒸しパン)があるわよ」

「ぼ、僕、大好きです!」


 死にそうだった餓死寸前のレーリスは、次の瞬間には、アガラサー(蒸しパン)を山積みした、大皿を抱えていた。動きが見えなかった、アーリエアンナである。マールリもびっくりしている。


「僕、失礼して、ちょっとこれをいただいてきます」


 マールリに挨拶したレーリスは、調理場内の隅にあるカフェテーブルについて、アガラサー(蒸しパン)を頬張り出した。


「マールリ様、今日このあとか、明日にでも、少しご相談したいことがあるのですが」

「まあ、珍しいわね、貴女が私になんて。別に今からで……」


 姫様達にロバを見せてあげるのは、しばらく王城に滞在してもらうレーリスに任せれば良いので、アーリエアンナは別に動くことにした。王城から旅に出る前に、大人女性に相談しておきたいことがあったのだ。今日、これから話ができるなら、有難い。


「あの、おかわりありますか?」

「え?」

「あ〜……足りないよね……うん」


 レーリスの前にある大皿の上から、山積みされていたアガラサー(蒸しパン)がひとつ残らず消えていた。


 そうですね。森の木苺を消せるぐらいですから、大皿なんて軽いですね!

 マールリ様に、マジックではありませんって、伝えておくべきかしら?


 アーリエアンナが呑気にそんなことを考えていたら、今日もブラックホールを稼働させている様子のレーリスから、催促の声が飛んだ。


 はいはい。探しますから、待って待って。

 食べ物〜、どこだ〜!


 固まっていたマールリが、棚からクッキー缶を出そうとしたので、アーリエアンナは首を振ってそれを止めた。そんな手のひらサイズのクッキー缶では、ブラックホールは埋まらない。ほんの僅かな足しにもならないと、アーリエアンナはそう学習していた。


 弟のブラックホールを少しでも満たそう(埋めよう)と、姉は保冷庫の中を探り、チーズクリームを見つけた。幸いにもパンは探さなくとも常備されている。アーリエアンナの腕の長さぐらいはある、通常は薄くスライスしてサンドウィッチなどに使うパンが1本。そのパンを大胆にも横方向に2分割し、チーズクリームを挟めば、巨大なチーズサンドの完成だ。大きく分厚いそれは、非常に食べにくそうだが、レーリスは嬉しげに受け取った。


 どう考えても、一人分でない巨大なチーズサンドも、あっという間になくなった。段々慣れては来たが、感心はする。


 レーリスのブラックホール凄いね!


 本当にマジックで消したみたいに見えるわ。


 うん、もう、マジックということでいいんじゃない?


 それで稼げるかもね?

 

 この時、本気でレーリスの消える食べ物イリュージョン興行を考えたことは、秘密だ。

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