26 そういえば、僕………と言う振りは突然に。
ファブナントカプリーズ!
内心であげた悲鳴と共に、とにかく全ての匂いを消してくれるというマジックアイテムを求めたが、アーリエアンナの魂の叫びに、この世界で応えを返してくれる者はいなかった。
お願い、神様、母様じゃないと言って!
そう、侍女が来ただけだと!
ファブナントカが手に入らぬと、瞬時に理解したアーリエアンナは、諦めきれずに信仰のないこの世界で、神に願う!
神はいないが、母はいるこの世界。
ノック音の後に、開いたドアからは、お母様が堂々の入場である。姉弟はその場で立ち上がって出迎えた。
「お待たせしたかしら?久しぶりね、アーリエアンナ、レーリス」
「いえ、ご無沙汰しております、お母様」
「ご無沙汰しております。お母様、お変わりはありませんでしょうか」
淑女の微笑み炸裂なお母様からの圧に怯えるアーリエアンナであるが、レーリスは無邪気だ。丁寧な言葉遣いではあるが、既に紳士のおすまし顔から幼い笑顔が漏れそうになっている。
「2人とも座りなさい。お腹は空いていて?」
「はい」
「とても空いています!」
「では、ティータイムにいたしましょう」
行儀良く、ソファー座った子供達の返事に微笑み、いつの間にか入り口付近に控えていた3人の侍女に頷いた。直ぐに1人が音もなく、ドアの向こうに消える。マジで消えた。ついでに先程まで使っていた目の前にあったはずのティーセットも消えた。え?どうやって!?
いつもながら、この屋敷の侍女は怖いと、そこそこ通い慣れているアーリエアンナは思うが、母に見つめられて嬉しいレーリスは気づかない。
「それで?先ぶれもなく訪れたのはどうして?何か話があるの?アーリエアンナ、貴方仕事は?」
どうやら、子供達の香ばしい匂いに関しては、今は指摘しないでくださるようだと、安堵するアーリエアンナ。この世界にももしかして神はいるかもしれない。もしもいるなら、今はをずっとでお願いしたい。
「公爵様から休暇をいただいております。少し事情がありまして、本邸からこっそり出てきました。お母様にご相談したいことや、ご報告がございまして」
内心はともかく、表面上は穏やかに、母に叩き込まれた淑女の微笑みを浮かべてながら答える、アーリエアンナ。
「そう。レーリスは?下屋敷から本邸に戻ったのでしょう?」
「僕は、下屋敷での教育は終了しました!今は勉強も仕事がないので、社会勉強も兼ねて、お姉様の護衛とお手伝いのために同行しました!お母様にもお会いしたかったですし!」
「そう。アーリエアンナを守ってくれたのね。私からもお礼を言うわ。貴方も教育を終えるのが早かったわねぇ。私の兄達は成人になる直前まで、ゆっくり学んでおられましたが、ボーボルドの家の者はやはり優秀ですね」
「あの、お母様、こちらが成績表です……」
見せろとも言われないものを見てもらいたいレーリスは、テーブルに置いていた成績表を母親に、向かっておずおずと差し出した。
末息子から、上目遣いで差し出されたそれを受け取り、しっかり確認する母親の姿を見つめるレーリスの表情は真剣だ。
「全教科、優秀と書いてありますわね。素晴らしいわね。よく、頑張りました、レーリス」
「はい!ありがとうございます!」
はい、お母様の微笑み頂きました!と、満面の笑みで応えるレーリス。紳士の振る舞いではないけれど、可愛いせいか、お母様の微笑みは柔らかい。ウラヤマ!
そこから、レーリスは、ニコニコしながら、お土産贈呈式を始めたり。下屋敷での暮らしを話したり。いつの間にか運ばれてきたティーセットで、いつの間にかティータイムが始まっていたりと、アーリエアンナが、気を抜き始めるまでに十分な時間、レーリスの楽しい話は続いた。
「そういえば、僕、お姉様のリサーチのお供で、ハイタウンでピンクアータ様のお店に行きました!」
「ピンクアータ様の……お店?そんなお店あったかしら?」
ニコニコと微笑みながら、弟の楽しげな様子を見守っていたアーリエアンナは、油断しすぎて緩んだガードを即座に引き上げた。
レーリスーー!
まだそのタイミングじゃないとお姉様は思いますぅ!
お母様への最初の報告が“宇宙人の話題”だなんて、精神衛生上よろしくないと思うアーリエアンナだが、この話は最初から報告の予定であったので、誤魔化すことはしない。
内心ため息をつきつつ、テーブル上に並べてある【アタラッシ】での購入品を手のひらで指し示した。
ティーセットが届いたせいか、侍女によって、気づかぬうちに広いテーブルの端に移動されていたのには、今気がついたが。指し示すだけで問題ない範囲なので、そこはスルー。レーリスとの会話で優しげに見えていた母親の表情が変化したところもスルーしたいところだが、宇宙人のことはアーリエアンナの責任ではないので、アーリエアンナも母と同じ表情で、【アタラッシ】の報告を始めた。
スン。