25 焼肉屋さんでは、令嬢令息も香ばしくなります!
【肉通の店 業火】の個室は、ドアの正面に腰高窓、入って左がレストルームへのドアと外套や荷物置きスペース、右が飾り模様が壁全面に入った鏡で出来ている。バランスとしては、鏡に飾りが入っているというより飾りの隙間が鏡なので、全身鏡として使う物ではないけれど、なんとなくな様子がわかるぐらいには映っている。
「レーリス、準備はいいかしら?」
「イエスマム!」
着替えを終えた自身と弟が細切れに映る鏡越し。弟に問いかけてみると、細切れ貴公子から、元気な返事が返ってきた。
そういえば、小さい頃、軍人ごっこもしていたなと、懐かしく思う。
まあ、前世の記憶はゲーム由来ばかりなので、リアルな軍隊のことなどわからないけれど。
でも、そうね。お姉様的にも、敵地へ出陣気分だから、そのお返事も間違いではないかもしれないわね。
はっ!ホッコリしている場合じゃないわ。
「レーリス、良いお返事だけど、今から母様にお会いするのよ?どこからどうみても常識ある上品な貴族令嬢令息は、イエスマムなんて言わないわ」
「申し訳ございません。姉様、気をつけます!」
あ〜。ダメですわ。
やはり普段から“お”をつけておかないと、癖が抜けないようです。
「レーリス。お母様、お姉様と呼ばなくちゃダメですわよ」
「あ、そうでした!」
父様や兄様は気にしませんし、祖父母も、他の親族も気にしませんが、我が家とは担当する方角が違う侯爵家からお嫁入りされたお母様は、貴族の礼儀作法などに厳しいのです。乙女ゲームに出てくる社交界なんてない世界なので、パーティでのマナーとか、カーテンシーがどうのとかがないのが救いです。
さあさあ、準備ができたので、いざ、出陣!
ああ!レーリスより、私の方がダメな子の様です。
この世界の貴族屋敷は、家によって無骨だったり、可愛かったりと、結構印象が違う。素材は主に石と木材で、レンガはないが、形を整えればレンガそっくりになる石があるなど、石素材は豊富である。
造りとしては、大きな身体の人間が多いせいか、天井や屋根が高め。部屋やドア、窓、家具、全てのサイズが大きい。
アーリエアンナは前世のリアルな建物のことはあまり覚えていないのだか、本邸と比べて規模が小さい王都街屋敷でも、400畳以上のエントランスがあるのが普通だと言っておこう。400畳でも、729.62平方メートルでもイメージ出来ないが、とにかく広いことだけわかっていただければと思う。
ちなみに、アーリエアンナの自室は100畳程度で、壁際の本棚にはギッチリ本が収納されているが、部屋全体としてはがらんとしている。本人曰く、大事なものはクローゼットやベッドルームに隠しているため、特に置くものがない、そうだ。
そんなこんなで、ミッドエリアの【肉通の店 業火】を出た姉弟は、目的地の少し手前まで、馬車道を走った。
大通りには、馬を引いて入る。身嗜みと呼吸を整え、ボーボルド家の商いの本部である、王都街屋敷に到着した2人は、エントランスにある受付に寄り、業者などとの打ち合わせ用ではなく、親族だけが使う会議室に案内してもらう。
巨大テーブルの周囲に、ハイバックタイプチェアが50脚以上並ぶ部屋もあるが、今回は人数が少ないので、一番小さな部屋だ。1人掛けと3人掛けのソファーが数台あるだけだが、それでも10人は座れるし、テーブルも10人分のティーセットを並べても余裕がありそうなサイズだ。
親族専用は基本的に壁やドアが厚く、防音性能バッチリ。機密扱いの話は親族専用でしか話さない決まりだ。
親族専用といえど、寛げる場所ではない。姉弟共に、母親に会うのは久しぶりだ。長い話になるかもしれないので、少しでもこの場を居心地をよくしようと、落ち着きそうな場所にあるソファーを選んで座り、メイドにティーセットを頼む。
母親は現在来客中で、少し待たねばならぬらしい。
2人で会話でもして待てば良いのだが、今話したいこと聞きたいことは、母にも話さねばならぬことであるし、姉弟が盛り上がるような他の話題はこの部屋ではできず、黙り込む2人。防音性能バッチリは、親族には適用されないことがある。壁に耳ありな怖い身内の城で、馬鹿話など自殺行為でしかない。ここでは、借りて来た猫のように大人しくなるのが、身内の男と子供達の特徴となっている。
大人しく座り、お茶を飲み、待ち続ける2人。
手持ち無沙汰すぎて、困った姉弟は、お土産や、持参した書類などを、机の上に並べてしまう。
レーリスは、お土産の飴の袋の山の横に、3ヶ月前まで行っていた下屋敷での成績表まで並べている。出発時には母に会うとは伝えていなかったのだから、いつも持ち歩いているのかもしれない。
3ヶ月の間に、兄達には会えただろうが、祖父母や両親には会えていなかったのだろう。成績表を見せることが目標ではないが、見てもらって話したいのだろう健気な弟を想い、アーリエアンナはレーリスの頭をグリグリと強く撫で回したくなってしまった。
ダメダメ、ここは我慢ですわよ!
弟の頭に伸ばしかけた手を下ろしたアーリエアンナに、レーリスから不思議そうな視線が向けられる。それにニッコリ、微笑んで誤魔化していると、ノックの音が響く。
居住まいを正して、どうぞと応えたその時、アーリエアンナは気がついた。
貴族令嬢らしい品のあるお忍び服と、貴族令息らしい品のあるお忍び服に、焼肉の匂いがついていることに!
きゃーーーー!ファブナントカプリーズ!