15 私は悪くないのです
アーリエアンナの前世の記憶は、成人しているか、していないかぐらいの、ちょうど今の年齢ぐらいの女の子が持つものっぽいが、自分のことは名前さえもわからない。その世界の街並みや建物についてのクリアな記憶もなかった。
思い入れのせいか、好んでいたらしいゲームのことは小さな頃の夢によく出てきた。最近は夢を見なくなってきているが、忘れないようにとしっかり記録の残してきたので、ちゃんと頭に衣装や道具のイメージを浮かべることができるし、時折新しい記憶が浮かんでくることもある。それも記録している。
前世がどうであれアーリエアンナは、この世界で生まれたアーリエアンナのままで、前世の彼女がこの世界で生き直すのではなく、ちょっとおまけの記憶持っているだけ。そんな感じだった。
だから、愉快に可笑しくなっているボーボルド家の現在の性質は、アーリエアンナの前世布教の影響がないとも言えないが、全てではないといっておこう。
と、アーリエアンナは、思い出した時にしか書き込まない自身の日記に「客観的事実」として、いつもより丁寧に書いた文字で、そう書き残している。何のための、誰に対しての言い訳なのかは謎であるが。
ちょっぴり誘導した意識がある一族の男達のロマンが、後世の子孫にどんな影響を与えるのか。怖くなった説に、1票。作者はそっと入れておく。
「姉様、このお店の前まで連れて来ていただき、有難うございました!凄くカッコ良いお店ですね!中まで見えなくて残念ですが、ここから眺めているだけでも、兄様たちが夢中で通う理由がよくわかりました。僕も成人したら、絶対にここでオーダーします!」
通りからの【ロングソード】の店の外観とショウウィンドウの見学?を終えたレーリスは、頑張ったけれど、店の中まではほとんど見えなかったことに気落ちしつつ、自分が満足するまで側で待っていてくれた姉に礼を言った。
「そう?満足してもらえたなら良かったわ。ねぇ、レーリス。ちょっと、こっちを眺めてみてくれない?」
「え?あっ!!あれはっ!」
「ふふふ」
「姉様、あれはもしかして、冒険者ギルド!?え?どうして?」
「さあ、どうしてかしら?」
【ロングソード】のある通り沿いにある、スイングドアが目印の食堂。ロングソードとは道を挟んだ反対側にあるその店は、アーリエアンナに教えてもらった、冒険者ギルドのイメージそのものの店だった。
看板にある店の名前は【冒険者ギルド食堂】。スイングドア型の入り口の横には、「本日の特製異世界ギルドランチ 残り3食。定番ランチの肉肉ファンタジーバーガーはまだ余裕あり!」と書かれた手書きボードが置かれている。
「お腹が空いたし、そこでお昼ご飯を食べて行かない?」
「え?行きたいです!食べたいです!でも、僕や姉様でも入れるのですか?」
またまた大興奮な、レーリスの瞳がキラキラと輝く。
「食堂だし、年齢制限はないみたいよ。入店条件はあるみたいだけど」
「年齢制限はないのに、条件があるのですか?」
「ほら、そこに書いてあるわよ」
手書きボードの下の方に赤字でデカデカと書かれているのは、【冒険者ギルド食堂】入店のルールだ。
「えーと。当店は大盛りの店です!出されたものを食べ切る自信のある方のみご利用いただけます。お残し迷惑料として食事代が2倍になり、以後出禁となります。危険ですので、お子様が走り回るの禁止!家族で出禁になります!……大盛り程度なら、僕と姉様でも問題なさそうですね!あとは、当店での揉め事も禁止!罵声・喧嘩・暴力・破壊行為禁止!違反すれば、潰します!?……そんな乱暴な行為をするつもりはないですが、違反したら、潰されるんですね?もしかして、もの凄く強いギルドマスターが店主なのでしょうか?前に姉様が話してくれた、有名人のサインというのを、ギルドマスターに頼んでも良いでしょうか?」
もうワクワクが止まらないらしいレーリスを連れて、スイングドアの向こうの店内に入店したアーリエアンナは小声で呟いた。
「ギルドマスター、やっぱり必要よね〜。あ〜もう!鬼畜のせいで、ピッタリな人材がいないわ!」
ロン様〜!ドロン様〜!ジャードさまぁ〜!アーリエアンナは、貴方達が恋しいですぅ!嘗ての目の保養で、今は亡き、いや、会えない場所にいるムキムキ大男達が恋しすぎるアーリエアンナである。
おのれ、我が宿敵、鬼畜リードルめぇ!
声には出さないが、姉はそんな呪詛を元婚約者に送りつつ、可愛い弟が喜ぶランチメニューを注文し、細身の姉と弟は、余裕で大盛りメニューを平らげたのだった。