狐の嫁入り
晴れているのに、雨が降っている。
雨は吉兆の知らせと言われ、龍が祝いを述べていると伝えられている。
大名行列のようにつらつらと長く人が列を成して歩く中で、私は籠に乗って雨が降る外を眺めていた。
今年十五歳になって成人を迎え。
嫁ぎ先として人の侍が選ばれたのは、何の因果なのか?
時代は明治から大正に変わり、江戸幕府が潰えたことで封印されていた魑魅魍魎たちが蔓延るようになった。
私は妖憑きとして、もうどこにも嫁ぐことはできないのだと思ってきた。
そんな私の嫁ぎ先は田舎の豪族である叢雲家だ。
代々侍の家系として名を上げてきた叢雲家は、異能を持っており、鬼退治を生業にしている。
叢雲家に、妖憑娘が嫁ぐなど冗談でも笑えない。
ただ、嫁ぐ相手は無能者と呼ばれておられる御仁だ。
叢雲家に生まれながらに、異能を持たない長男の誠一郎様。
私は狐の妖憑で、旦那様は異能の家の無能者。
皮肉も良いところだ。
互いの家にとっての厄介払いということなのだろう。
大名行列は領地に入り、家々が立ち並ぶ中を通り抜けていく。
領主屋敷前にて、籠が止まって下された。
大きな屋敷は、それだけで叢雲家に力がある豪族であると知らしめていた。
どうでもいいことだ。私が幸せになる事はないのだから、妖憑が普通の幸せを手に入れられるはずがない。
父が手を差し出してくれて籠から降りる。
私だけ、私だけが狐の顔をしている。
父は普通の人で、母も普通の人で、妹や弟も普通の子。
だけど、私だけが狐の顔をしている。
「さぁ、来なさい」
「はい」
父に手を引かれ、屋敷の中へと入っていく。
使用人の女中たちが、私の顔を見て驚き、顔を顰め、背ける。
ああ、わかっていたことだ。
異能の家ならば受け入れてくれるかもしれない。
そんな淡い期待が、甘かったことを思い知らされる。
「失礼します」
父の声で、相手が待つ部屋に到着したことを告げられ、扉の前で正座をして頭を下げた。
「我が娘、燿子をお迎えいただき、誠にありがとうございます。この日を迎えるにあたり、娘の未来に対する期待と不安が入り混じった心情を抱いております。九尾の血が混じった娘が、人間の世界で新たなる出発をすることは、私たち一族にとっても大きな意味を持つことであります。どうか、娘の新たな旅路を温かく見守り、彼女の心に宿る狐の智慧と力が、共に過ごす日々に幸福をもたらすことを願っております。遠方からのご縁を大切にし、どうか安らぎと喜びに満ちた時間をお過ごしください」
父が私のために述べてくれる口上は、とても暖かく。
私は本当に嫁入りするのだと涙が溢れ出した。
これまで両親の元で幸せに暮らしてきた。
花嫁修行をしながら両親のために料理をして、両親といられることがどれほど幸せだったことか。一生、父の娘として終えたかった。
男性が前へと進み出る。
「我が叢雲家に足を踏み入れる者よ、迎え入れる者として、心より歓迎申し上げる。九尾の力が混じりし人の子よ。異なる世界から来た者同士が結ぶこの絆は、時を超えて続く限り、特別なものであると知る者となるだろう。狐の賢さと人の誠実さが、この屋敷に新たな光をもたらすことを願う。我とあなたの未来を祝福する。どうぞ、我が一族が新たなる家族となれるよう始めていきましょう」
ところどころ、おかしな言い回しになっているけれど。
必死に考え、私を受け入れようとしてくれていることが伝わってきました。
狐の顔をした私を受け入れてくれる?
そんな夢物語のようなことがあるのでしょうか?
そのまま進み続けた青年は、私の前で膝を下ろした。
「こちらへ」
「はい」
彼の手をとって立ち上がれば、裾を踏んでしまって倒れそうになる。
そんな私を彼は優しく受け止めてくれました。
「お気をつけください。可愛い人」
「えっ?」
「そのフサフサの毛並みもまた、愛くるしいと存じます」
いきなり告げられた言葉の意味が理解できなくて、ただただ呆然と固まってしまう。
「ふむ。我ら叢雲家に新たな嫁を迎え、家族として始まろうとしている。これほどめでたきことはない。今宵はこのまま祝言をあげようぞ!」
叢雲家のご当主様が豪快に宣言すれば、宴の用意がなされていく。
その間に花嫁衣装である白無垢に着替えがなされ、狐の顔をした自分に化粧が施される。
いくら化粧をしようともキツネでしかないのだ。
祝言をあげる広間に入れば、両家の方々が私を待っていてくれた。
新しい義父に促されて上座の特等席へと案内され。
隣には先ほど手を取って立ち上がらせてくれた男性。
叢雲家長男の誠一郎様が黒紋付羽織袴でお座りになっておられた。
「さて、新しき我が家に娘ができた。とても喜ばしいことだ」
豪快なお髭を生やした義父は、私を娘と呼んで歓迎してくれた。
義父の言葉に拍手が起こり、私は戸惑いと疑問が浮かんでしまう。
どうして私のような妖憑を、そこまで歓迎できるのか?
「着て早々に祝言になってしまってすまない。疲れていると思うが、我が父はせっかちな方でな。全てが終われば、今宵はゆっくり休んでくれればいい」
優しく私に耳打ちしてくださる誠一郎様。
これは本当に言われているのだろうか?
家族以外の者たちは、私を見れば顔を歪め、妖と驚く者もいた。
それに叢雲家は、妖祓いでも有名な武家の家系だと言うのに。
「わっ、私は大丈夫です」
「そうか、燿子は強いな」
そう言って優しく笑いかけてくれる誠一郎様。
私は自分でも顔が熱くなるのを感じてしまう。
この方は、どこまでお優しいのだろう?
「さぁ、若き二人の行く末を皆で祝おうぞ!」
「おう!!!」
義父の言葉に父上が叫び声をあげて、二人は肩を抱き合って飲み出した。
いつも落ち着いていて優しい父上が、私の結婚を心から祝ってくれている光景が嬉しくて、また涙が溢れ出してしまう。
「これを使うといい」
「えっ?」
そっと、誠一郎様が手拭いを差し出してくれた。
それを受け取った私は瞳から溢れた涙を拭き取りました。
「あっ、ありがとうございます」
「そう、固くならんでも良い。我々は夫婦になるのだ。気楽に行こう」
義父のような豪快な笑みを作って快活に笑ってくださる誠一郎様は、そう言って私を妻として迎え入れてくれました。
あとがき
どうも作者のイコです。
面白いと思っていただける作品にしたいと思いますので、どうぞ暇つぶし程度にお付き合い頂ければ嬉しく思います(๑>◡<๑)