事情聴取 2
名前を呼ばれたことに気づいて、俺は急いで全てマジックバッグに入れた。雷管はキリ良く入れ終わっていた。
予想通り俺は最後だったらしい。会議室を出て真正面の部屋に入れば、そこは学校の相談室のような構造になっていた。
「“スナイプおじ”さん、今日は呼びかけに応じてくださりありがとうございます」
スナイプおじさん……いや、うん。俺がそんなユーザー名にしたのが悪いから、うん。俺はなにも言わないぞ。うん。
「早速ですが、確認です。スナイプおじさんは――」
「あの、すみません。鐡本でお願いします……」
真剣な顔で言うから、終わるまで続くかと思うと耐えきれなかった。目の前に座る笹木部秘書は、心得顔でうなずく。
「では、鐡本さんは岩手県のバウムホルンダンジョンで今回の騒動に遭遇した、ということで合っていますか?」
「はい、間違い無いです。ボスドロップは一応、まだ保管してあります」
「ああ! それは助かります。後日ダンジョンがあった場所まで調査に行く予定なのですが、その時に現物を確認しても?」
「もちろんです」
数日前の俺の判断は間違ってなかったらしい。金に目が眩まなくてよかった。
「それで質問なのですが、バウムホルンがボス部屋から出てきた際、何かいつもと違うことは起きませんでしたか?」
「あー……そういえば、ダンジョン内からモンスターが一切いなくなっていましたね」
「……一切。はあ、なるほど……」
訝しむような顔をしている笹木部秘書に、俺は一瞬首を捻る。すぐに納得がいった。そういえば、普通は索敵スキルは最大までレベル上げしないもんだった。
「俺の索敵スキルはMAXなので、あのくらいのダンジョンなら隅から隅までわかりますよ。その日は中にいるハンターも俺だけでした」
「は……あ、ああ、そうでした、そうでしたね」
一瞬言葉を詰まらせた様子だったが、すぐに冷静な表情に戻った。
「しかし、一切モンスターがいなくなったとは……他の方達からお伺いした話である程度の予測は立てていたとはいえ……」
「お力になれたようで」
「ありがとうございます鐡本さん。そこから何か糸口が掴めるかもしれません」
頭を下げる笹木部秘書に、慌てて「そんな」と頭を上げるよう促す。社会経験もなく、探索者としてもソロ活動しかしてこなかった人間だから、こういうのには慣れていない。
「協会は今、極めて稀な事態に揺れています。即刻、原因を追求しないといけない状況だというのに、日本以外の支部ではほとんどの探索者たちが呼びかけに応じないそうです」
「なるほど……」
当然といえば、当然だ。
協会にスキルを登録して探索者として活動しているとはいえ、実際のところ、協会にほとんど権力はない。
探索者には、強力なスキル――つまり、モンスターを倒せるだけのスキルを持った人間しかいない。取り締まる側の協会は嫌われていることも多く、探索者たちの結束は硬いため、無理に扱おうとするものなら、多くの探索者の不評を買って暴動が起きるだろう。
その点、日本ではどうか。
日本は同調圧力ってやつが強い傾向にある。多くの人が協会のルールに従って動いているのだ。協会からの呼びかけに応じないなんてこと、よっぽどの用事がある以外には、ほぼないだろう。
「ニュースなどで連日報道している通り、各国で暴動も起きているそうです。おそらく、先ほどおっしゃられた情報を知っているのも、今の所私たちだけのはずです。これはすぐ共有させていただきます。……頼む」
聴取にパソコンを使っていた職員が返事をする。
決して嘘はついていないが、そんなに大層な情報だとは思っていなかった。謎に緊張してくる。
「それでは、あの日起きたことを、どれだけ些細なことでもいいので、お聞きしても?」
「はい、もちろんです。あの日は朝の8時くらいからダンジョンに潜っていて――……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聴取が案外長引き、ずっと緊張していたこともあって固まった体をほぐすように、俺は肩を回した。
「はあ……」
ため息を吐いて、協会の自動ドアをくぐる。冷気が体に打ち付けられて、ぶるっと身震いした。
おや、と目を瞬かせる。階段に座っている女性がちょうど振り返って、ばっちり目があったからだ。
協会の明かりに照らされて、黒く艶やかで長い髪が、鈍く輝いている。瞳は大きくぱっちりしていて、鼻筋が通っている。これは稀に見る美人だな、と思った。
東京ってやつは美人が多いが、この子は特別美人に感じる。若くて美人な子に見つめられて思わず顔が緩みそうになるが、それを抑えて目を逸らした。……しかし、視線を感じる。
「あの」
話しかけてきた。美人ってやつは声も美人なんだな。
「……あの、あなたが噂のスナイプおじさんですか」
「……鐡本でお願いします」
本日2度目のセリフだった。