10th anniversary配信2
索敵範囲内に入ってきたモンスターを撃って、待機状態になれば雑談をして、を繰り返していれば、あっという間に時間は過ぎる。
そろそろ昼になるらしい。チャットも落ち着いていたのが、配信始めのように賑わってきていて、拓海のアカウントがチャットに現れたのを確認した。
「……そろそろ休憩挟むか」
“英断”
“お昼きたー”
“お袋さん弁当?”
「いつも通りだ」
マジックバッグから今日の分のおにぎりとおかずのタッパーを取り出す。……ああ、箸忘れたな。まあいいか、今日のは箸要らなそうだし。必要になったら構築すればいい。
静かに手を合わせて、昼食をとる。梅と昆布のおにぎり。俺が好きなのはツナマヨで、多分ツナマヨのおにぎりもある……と、思う。
10分程度で食べ終わって、軽く雑談でもしようかと盛り上がってるチャット欄を見る。
“おじダチ:こいつと初めて会ったのは小学生のときだなー”
“最初から仲良かったんです?”
“昔から無口そう”
“おじダチ:俺が声かけてなんとかダチになったんだわ。昔から無口だった”
どうやら出会いの話をしてるらしい。
配信者の端くれが言う言葉じゃないと思うが、俺は口下手だ。うっかり拓海の名前も出すかもしれないし、昔の話をしているなら黙っておこうと思って、索敵を展開する。
(……妙だな)
違和感。索敵範囲を広げてみたが、どうもおかしい。
「……モンスターが少な過ぎる」
“どうしたん”
“モンスターも休憩中?”
「いや……モンスターがいねえ」
“そんなことある???”
“おじダチ:お前以外に探索者は?”
「探索者はいない。今日は俺だけだ」
これは確実。俺の索敵範囲はかなり広く、このサイズの小さいダンジョンであれば、隅から隅までなんとなくわかる。いつもはモンスターが集まってる場所があって、頭が痛くなるからフルで索敵を使うことはないが……やっぱり、おかしい。
モンスターがいない。少ないとかじゃない。一切感じ取れない。
一度帰還するか? いや……帰還したところで、結局調査に入れる探索者は今の所俺くらいだ。それなら、管理人に一報いれて、そのまま調査に入ったほうがいい。
「管理人に連絡入れてくれ」
“おじダチ:了解”
「……配信はこのままで」
“そゆとこすき”
“まあ規定上は問題ないから……”
“wktk”
インベントリにスナイパーライフルをしまって、アサルトライフルを取り出す。ハンドガンはガンホルダーにしっかり入っている。威力の出ないやつだから、本当に万が一の場合に使うものだ。
装いを改めて確認して、崖の上から降りていく。
違和感があるのはボス部屋の方。どうも嫌な予感がする。
そして、こう言う時の俺の勘は――よく当たる。
「――は、マジか」
“ニュース!!”
“おじニュースやばい”
“おじ逃げたほうがいいかも”
――ドラゴン。
ドラゴンが、ボス部屋から出てきやがってる。
「……んなことありえんのかよ」
少なくとも、聞いたことがない。
ダンジョンのボスが、ボス部屋から出てきているなんてこと。
ダンジョンの作りは、ダンジョンのボスであるドラゴンの性質に帰依する。
このダンジョンは、神社にあるようなデカい木ばかりが生い茂る、森の中のような作りになっている。擬似太陽も存在しているものの、気温はそこまで高くないことから、おそらく木竜種の、暑さに弱いタイプか、そもそも性格が温厚で、攻撃しない限りは攻撃を返してこないタイプのボスだということがわかる。
――バウムホルン。
そう名付けられたドラゴンが最初にダンジョンのボスとして現れたのは、ドイツだった。
バウムホルン、木角竜とも呼ばれるそのドラゴンは、苔や草の生えた鱗をもち、額から生えている角は木のような見た目をして、硬い。温厚な性格で、戦わずともボス部屋を出ることができるために、日本にダンジョンができた際には、ボスを倒さずにダンジョンがそのまま残されることとなったのだ。
単眼鏡で、その姿を確認する。
“バウムホルンダンジョンだっけ?”
“とおい”
“どこいる?”
“おっじ単眼鏡使っとんのか”
“大丈夫かおっじ〜〜〜”
端末を見ると、何やら同接数が上昇している。どうやら非常事態に人が集まってきたらしい。
“初見です。バウムホルンダンジョン?”
“おお”
“めっちゃ人集まってきた”
“同接1000!?おじの配信やぞこれ!?”
“失礼で草”
“ニュースでなんかやってるぞ”
“ボスがボス部屋から出てるとこ多いみたい”
“おっじなんて間が悪いんや……”
“よりによってダンジョンで独りのときに……www”
「……確認してみたが、ボス部屋のところで草食ってるみたいだ。攻撃しなきゃ大丈夫のはずだから、とりあえず近づいてみる」
“声良”
“お前もおじファンにならないか??”
“とりあえず一旦威嚇射撃”
“威嚇射撃したら攻撃されんだろwww”
“おじ待って他のとこ確認して!!”
くだらないチャットの掛け合いの中に、他の配信者の動画を見ろとのチャットが多いように感じて、他配信者の生配信を開く。
テキトーに開いたのは、日本でトップクラスの人気を誇る配信者の生。
俺と同じような状況らしい。ボスはアッシュントか。世界で唯一、人型のボスだ。その体躯は、小さいもので10m。日本のアッシュントは、確か14mだったはずだ。
アッシュントも、バウムホルンと同じく温厚。攻撃しない限りは――。
『――攻撃仕掛けてきた!!』
「……は?」
アッシュント自らの攻撃。
地鳴らし、と呼ばれるその攻撃は、アッシュントが憤怒状態になったときに見られるものだ。
誰かが先に仕掛けたわけでもなさそうで、画面越しに混乱が伝わってくる。
“他のダンジョンだといつもはあっちから攻撃始めないボスも攻撃してきてるみたい”
“マジか”
“やばくない?”
「近づいたらマズそうだな」
せっかく出したが、仕方ない。ちょうど良さそうな木に上り、アサルトライフルをインベントリにしまって、今度は違うタイプのスナイパーライフルを取り出す。
木の幹を背中の支えにして、座り込みの体勢で構える。どこにいるかは把握している。距離は1,640ヤード。狙撃スキルの範囲は2,000ヤードだ。スキルが発動する。
頭が冷えて、一切の震えが消える。
呼吸を止める。3秒以内。引き金を、絞る。
――ダァンッ!
(ヒット)
覗くスコープの先で巨体が揺れた。だが、油断はしない。
10秒きっちり。巨体が動かないことを確認して、俺はほっと息を吐いてライフルを下ろした。
「ボス部屋に急ぐ」
ここからなら、ボス部屋から出たほうが早い。ボスのドロップアイテムは、回収ボックスで回収できないものもあると聞くしな。
一応スナイパーライフルをインベントリに戻し、アサルトライフルを取り出して、俺は走り始めた。
“一撃?”
“とんでもないおっさんだった”
“登録しました!”
“おじ乙”
“急いでダンジョン出ろー!”