10th anniversary配信1
特にいつもと変わらない朝だった。
休日明けだからか、かったるそうに会社に向かう親父と弟を見送って、お袋と一緒にメシ食って。
今日から4日間ダンジョンに篭るから、前にドロップしたマジックバッグにお袋が作ってくれた4日分の昼食と夕食を詰めて、いつも通りの装備で家の近くのダンジョンまで軽トラで向かった。
駐車場に車を停める。
「おはようございます」
「おお、おはよう。今日も頑張って」
「車頼んます」
「了解だよぉ」
駐在してる管理人さんに挨拶をして探索者証明書をかざして中に入れば、落ち着く空気に迎えられた。
ダンジョンが好きだ。静かで、この零細ダンジョンじゃ人の気配もほとんどない。俺は、ダンジョンに独りというこの雰囲気が好きだった。
探索者になって、13年余り。
高校を卒業して、俺はすぐ探索者になった。
中学の頃にはスキル保持者だったし、スキル数も初期で2つで、それなりにやっていけるだろうな、とも思った。もともと探索者という職業に憧れのあった俺は、そうそうに先生や両親にも相談して探索者になる旨を根気よく伝えてきて、案外すんなりと探索者になれたと思う。
弟も、自分はやりたいと思わないけど……と応援してくれたし、スキルの性質上、危険は少なかったし。
半年もすれば慣れてきて、それなりに稼げるようになった。
構築スキルは、レベルが上がり辛いと有名だったから、落ち込むこともなかった。狙撃スキルの方はすぐ上がっていったし。
そうして3年目を迎えた頃、当時高校生だった弟から、探索者がダンジョン内部で配信をしているという話を聞いた。
探索者系配信者、というらしい。
暇つぶしにはいいかもな、と思った。俺の戦闘スタイルは、ひたすら待機。獲物が油断するところを、ワンショットキル。
ドロップアイテムは、数年前に大枚叩いて買ったドロップアイテムを自動的に収納する回収ボックスが勝手にやってくれる。それまではインベントリ――ステータスの下にあるアイテム欄――に入れてたから、効率が悪かった。
モンスターに意思はない。もちろん敵対行動はとってくるが、なにかにプログラミングされたような行動をとってくることが多い。代表的な例で言えば、モンスターの索敵範囲外から一撃で仕留めれば、その周囲にいるモンスターは敵対行動をとってこない、というところだ。
ゲームで言えば、仕様。いや、バグなのかもしれない。
まあ狙撃スキルを持ってるやつ自体少ないし、MAXまでレベルを上げてるやつもそうそういない。
そもそも索敵範囲内にいればすぐ敵対行動をとってくるモンスターどもが多く、“一撃で仕留めれば周囲のモンスターは敵対行動をとってこない”なんてこと知ってるやつも、あまりいないだろう。知ってても使い道のない知識だ。
閑話休題。
そうしてアカウントを作って、配信を始めてみた俺だが、まあ人気が出るはずもなく。もともと口下手なのも災いしてか、登録者はほとんどいない、ただただ同じ画面が映り続けるだけの配信をするアカウント。
たまに撃ちはするが、そもそも俺の戦闘スタイルは索敵範囲外からのワンショットキル。撃ったことはかろうじてわかるが、撃った獲物がどうなったかはわからない。回収ボックスが点滅して回収を伝えるから、配信を見てくれている奴らはそれで判断しているらしい。たくましい奴らだ。
――そんなことを続けて、10年。
今日は、俺が配信を始めてちょうど10年の日だった。
去年もそうだったが、今年も例に漏れずアニバーサリー配信を始める。
とはいえタイトルにanniversaryとくっつけるだけだから、いつもと内容は変わらない。
さすがに記念日だから、通常とは違うことはするが。
キャップを後ろ被りにして、その上にカメラを取り付ける。カメラと端末の画面を共有して、それを見ながら調整。
良さそうだったら、端末の方で配信を開始してしまえば……。
“そろそろかと思って待機してましたー”
……数少ない視聴者のチャットが流れた。
同接数は31人。登録者数を鑑みれば2倍きてるし、そもそもそこにこだわってはいないので、まあいい。この先配信で稼いでいくつもりもないし。索敵スキル展開しながら、暇つぶしにチャットを見るためのものだからこれでいい。
「……10周年おめでとう、俺」
“自分で言っちゃうんだ”
“かなし”
“おめ!”
「今日は例年通り、ちょっと雑談しながらやろうと思う」
“待 っ て ま し た”
“早速今日何食べた?”
「お袋のメシ。焼き鮭と卵焼きと味付け海苔」
“最近はどうですか?”
「……最近、コイツいじったから金がねえ」
俺の愛用のスナイパーライフル。既存製品じゃなく、生産系スキル持ちの友人に金払って作ってもらったもので、今も使いやすいように少しずついじってるから、金がかかる。
そもそも既存製品だとインベントリに入らないしな。
“またいじったんだ”
“今度どんくらいかかった?”
「20万いかねえくらい。あんまこういう話するとお袋が怒る」
“20万んんんんんwwwww”
“お母様それは怒り心頭wwww”
“まあおっじが自分で稼いだお金だし…”
「そもそも信頼できるやつにドロップアイテム任せてるから、それも小言言われるな」
“まあ……それは仕方ないのでは?”
“おっじほとんどダンジョンにいるから”
「何か買う時以外、どんくらい稼いでんのか確認しねえのを怒られんな」
“それはダメ”
“それはちゃんと確認しろwwww”
“いい大人が自分が稼いでる額知らないってどういうことなのww”
“まあおっさんの場合、それ気にならんくらい稼いでるのかも知らんが”
“ちなみに先月車買えるくらい稼げた?”
「確認してねえな」
“おじダチ:稼いでたぞ確認しろアホ”
チャットに見慣れたアカウントが現れる。ドロップアイテムを任せてる俺の友人――拓海のアカウントだ。たまにこんな感じで、チャットの奴らと戯れたりしている。
「稼いでたってよ」
“反省してね〜〜www”
“響いてないですよダッチさんwwww”
“おじダチ:誰かこいつに言ってやってくれ。いい年したヤローがダチに金払ってアイテム処理の委託すんなって”
“処理www”
“オークションに出してるから処理ではないwww”
“おじダチ:いやいや量考えると処理なんだって”
「……ちょっと黙る」
“獲物ハケーン”
“相変わらず敵さんどこ”
索敵に引っかかったのは3匹。かろうじて感じる動き的に、おそらくゴブリン。急所は人間と同じく頭。ヘッドショットを狙う。
スコープを覗き込めば、身体に染み付いた感覚で狙撃スキルが発動する。これは獲物が2000ヤード以内にいる場合、照準が合いやすくなるように気分を落ち着かせてくれるスキルだ。少しの震えが大きなズレに繋がる狙撃手にとっては、必ず欲しいスキル。
俺の索敵範囲は、この狙撃スキルと合わせるためにわざと1,800m前後に絞ってある。
ゴブリンの頭を捉え、3秒以内。
(……ヒット)
他のゴブリンも同じように狙っていけば、いつも通り、ワンショットキル。
しばらくすると回収ボックスが点滅した。
“ヒットおめ”
“おめー”
“今日も調子よさそう”
“おじダチ:この調子なら俺は来月も生きられそうだな”
「別に俺ので生活してるわけじゃねえだろう」
ちゃんと働いてるだろうに。まあ、とはいえ20%はこいつの取り分だから、働かなくてもいいくらいは稼いでるんだろうが。
誤字報告ありがとうございますm(._.)m