第二十七話:光の先
強き風に逆らうように、御影は宙に舞い、髪を靡かせながら。
「征け! 天鷹斬!!」
全力を持って強く振られた刀より放たれしオーラは、白き鷹となり破天の厄災に激突し、爆発を起こした。
暴風の壁には穴すら開かず。相手を後ろに弾くような素振りもない。
地面に降り立った御影は、その現実に絶望を覚えた。
敵の存在を認知したのか。ゆっくりと。ゆらりと。厄災は少しずつ、彼女達の方に向かう。そんな中、我先にと前に出たのは、既に生み出されていた小さな旋風達。
迫りくる風の化身に、スピカのスナイパーライフルが。ナターシャの対戦車ライフルが。静のハンドガン。結衣のマシンガン、アイナのアサルトライフルの銃弾が次々に浴びせられ、吹き飛ばしていく。
だが、その数が減っていくのを感じ取ってか。
破天の厄災より、まるで呼吸をするかのように、自然に旋風を生み出されていく。
良子、曉、莉緒の三人は、己の武器の射程に詰めるべく、前衛に立つ佳穂達の脇に付けると、銃で撃ちづらい彼女達の正面より迫りし旋風に、手甲を、鞭を、散弾を見舞い吹き飛ばす。
そんな中。手甲を叩きつけた曉と、鞭を振るった莉緒の表情が緊張する。
竜巻は打ち払えた。
だが、手甲や鋼の鞭に付いた激しい傷。それが、小さいながらもその衝撃の強さを感じさせたからだ。
良子も二人の表情と武器の傷つきように息を呑む。
これよりも圧倒的に巨大な破天の厄災。
そのより強き風に呑まれたら……。
そこに、恐怖を感じずにはいられなかった。
厄災が迫る中。
「エルフィ! 光里! いこう!」
『ええ!』
「はい!」
佳穂の合図と共に、三人はそれぞれができる力を相手に向けた。
二枚の普段以上に大きな金色の魔方陣、煌光の盾。
同じく、普段より倍以上の高さを持つ花の姿をした氷壁、神降術、氷花。
それらに、破天の厄災の進行は遮られた。
が。
瞬間、三人は表情に一気に力が入り、緊張を顕にした。
無作為に切り刻まんとする巨大なる風の刃が、それぞれの壁に激しく切りかかり、傷を付けていく。
少しずつ形を崩す氷花。
強く圧される煌光の盾。
だが、それが失われれば、命はない。
彼女達は危険と隣り合わせの中、必死にその動きを抑えようとした。
上空に浮いた雅騎と霧華は、そんな皆の動きで一度動きを止めた相手を見る。
渦はゆらゆらと揺らめいてはいる。
だが、竜巻の目とも言える中心には、内側の風の隙間より、たまに、ちらり。ちらりと光る何かが見えた。
雅騎はそれを知っている。
それこそが、破天の厄災の核であり本体。
しかし、内側の目の壁もまた、常に揺らつき落ち着きはしない。
何よりその激しき力は、生半可な実弾や術、力では、核に届く前に、その威力を抑え込まれ、撃ち抜くことは叶わない。
──「いい? 貴方の望むだけの威力を出せるのは、たった一発よ。覚悟して」
対磁幻獣用試作型銃。神々の炎。
その射撃モードのひとつ。狙撃モード。
本来であればエネルギーカートリッジより一定量をチャージし、複数発光弾を撃ち放てるものなのだが。
とにかく風の壁に負けず貫くための威力が欲しいと雅騎に頼まれた霧華は、静に話し、リミッターを解除して一度きり、すべてのエネルギーを一発で放つ設定に変えさせた。
本来そんな使い方はしない。
場合によっては銃が暴発するかもしれない。
だが。彼等の命運はその一発に掛かっている。
雅騎は、霧華が銃を持つ手に手を重ねたまま、銃の上部のデジタルサイトの照準を合わせに掛かる。
寒さに震える。呼吸が荒れる。照準が、ぶれる。
だが、それでもそこに。核を貫くべく、少しずつ照準を合わせようとする。
そして。
霧華から見ても、その照準があったように見えた、その時。
「ぐふっ!」
雅騎が、血を吐いた。
「雅騎!?」
動けぬ彼女は、顔の脇から下に吹き流れた血に叫びを上げる。
と、同時に。
「御影、弾け!!」
目を凝らすように細め、顔をしかめた雅騎は叫んでいた。
突然の叫びにはっとした御影は、すぐさま跳躍し、全力で天鷹斬を放つ。
が。佳穂達の支えし盾となりし力の遥か上に激突し、激しく鷹が爆散するも。その直撃ではやはり、厄災を弾き飛ばせない。
自らの力の無さに絶望しながら、御影は大地に降り立つと、呆然と破天の厄災を見つめてしまう。
「御影!」
必死に厄災を食い止めながら、佳穂が叫ぶ。
だが、彼女は茫然としたまま、それに応えられずにいた。
佳穂も、エルフィも、光里もまた、全力。
だが、休む間もない今の状況では、ただ疲弊していくだけ。
「青龍! あの竜巻を吹き飛ばす力を寄越せ!」
御影は、天に向かって叫ぶ。
だが。
──『ならぬ』
心に届きし青龍の言葉は、無情だった。
「何故だ!? 何故なのだ! お前はあの時力を貸してくれたではないか!」
自ら答えを出せぬ御影が絶叫する。
青龍の力さえ。力さえあれば。
強く力を願う。力があれば、倒せぬ者も倒せる。この場も打破できる。
なのに、その力を貸してもらえない。
悔しくて泣きそうになる程に奥歯を噛み。歯ぎしりし。唇を噛み。不甲斐なさだけを顔に見せる。
──『今のお前なぞに、力など与えられん』
だが、青龍は頑なだった。
神降之忍でありながら。
最も頼れし力を持つ神の力を借りられぬ。それが、心に絶望だけを与える。
姉の失意を察したのだろう。
必死に氷花を生み続けた光里は、ひとつの覚悟を決めた。
「白虎。お願いです。力を貸して!」
それは、彼女がより強い力を駆使する為の願い。
だが、白虎の返事には戸惑いがあった。
──『今そんな事をしたら、あなたが保たないよ!』
発せられしは警告。
そう。今の光里は早くも限界を迎えようとしていた。
ただ氷花を生み出すだけならば、神の力を借りたとて負担も多くない。
だが、厄災はずっとそこにあり、彼女達を飲み込まんとし、その強大な暴力的な風が、氷花をひたすらに削りとらんとする。
氷花を削られ、砕かれる訳にはいかない。
だからこそ、彼女は神の力を借り続け、氷の花を生み出し続けた。
今までの戦いで、ここまで休む暇もなく神降術を繰り出し続けた経験などない。光里はそれだけまだ、戦闘に慣れてはいない。
だからこそ、身体を襲う痛み。
神の力を宿し続ける事への負担が、既に身体を襲い始めていた。
冷や汗を流しながら、彼女は叫んだ。
「白虎! 姉様が力を得るまでの間だけでいいのです! お願い! お願いだから!」
悲痛に叫ぶ光里の心の奥にある覚悟を、白虎は感じ取っていた。
本当なら、今力を貸してはいけない。だが、それは力を貸すだけの想いがあった。
御影が未だ気づかぬ想いが。
──『……わかったよ』
何時になく静かな声と共に、彼女の周囲に白き風が生まれる。
その力をより強い痛みとともに感じ取った光里は、
「ありがとう」
少しの間、淋しげな笑みを見せると、刹那。
凛とした、真剣な表情を宿す。
「吹き荒れよ! 桜風散華!」
神降術、桜風散華。
氷花に重なるように生まれたのは、桜の花びらを舞わせた、二つの強き竜巻だった。
破天の厄災に大きさでは及ばない。
だが、そこに宿りしは神である四聖獣の力。
身体に走る激痛。
外傷はない。ただ、人智の力を超えた、より強い神の力に、身体は耐えきれていない。
それでも、光里は氷花を生み出し続け、白虎の力をも操った。
強き想いが功を奏したのか。
二つの竜巻が挟むようにじわじわと厄災を締め付けると。巨大なる竜巻は一気に、大きく後方に弾き出された。
大地を削りし跡を、生々しく残しながら。
煌光の盾に掛かっていた圧が消え、厄災が離れたのを見届けた佳穂とエルフィは、一度術を解き、安堵の息を吐く。
だがそこに、安らぎなどなかった。
立っていた氷花が砕け落ち。
厄災に立ちはだかりし桜の風が消え去り。
光里は、どさりとそのまま地に伏した。
「ひ、光里!」
慌てて御影が彼女に駆け寄り、彼女の上半身を抱きかかえる。
その声に佳穂とエルフィも彼女を見ると、思わずはっとした。
身体の内側から傷ついたのか。巫女装束より見えし腕が、内出血で青くなっている。
顔の一部も青くなり、表情にも力がない。ただ、痛みだけはあるのか。顔を苦痛に歪め続けている。
「ね、姉様……」
力なく、姉を呼ぶ声に、思わず目を潤ませる御影。
そんな彼女に、光里は、必死に笑った。
「姉様なら、絶対に力になれます。だから、お願いです。皆を、守っ……て……」
そう言った直後。痛みに呻いたかと思うと、彼女はかくりと意識を失った。
「光里? 光里!?」
声を掛けども目を覚まさない。
未だ息はある。だが、目覚めない。
それが姉を不安にさせ、佳穂とエルフィの顔をより厳しいものに返る。
だが、襲い来る絶望はそれだけではない。
『雅騎、大丈夫なの!?』
インカム越しに届いた霧華の必死の叫びに、返された雅騎の言葉は。
『くそっ。目が、見えない……』
そんな、より絶望めいた言葉だった。
『まさか、ブラックアウト……』
霧華が口にした言葉。
それは、貧血や急激な体力の消耗でも起こる、視界が一時的に奪われる現象なのだが。
今の雅騎は既に、体力もなく、傷だらけ。流した血とて、相当なもの。
それは何時何が起こっても仕方ないものであり、既にその身が危険な状態とも言えた。
更に。小さき旋風を相手にしていたメイド達にも、既に異変は起きていた。
「ぬっ!?」
迫りくる旋風を手甲で叩き潰していた曉が、瞬間はっとすると、咄嗟に片手のそれを手放した。
刹那。限界を迎えた手甲が、その場で爆発を起こす。が、それに腕を巻き込まれたのか。
「ぐっ!」
痛みに耐える苦しげな声を漏らす。
「曉さん!」
焼け爛れた片腕をだらりと下げた彼女に、良子が思わず駆け寄る。
曉に迫りくる旋風を一体、二体と散弾を撃ち込み倒す彼女は、緊張で流れる額の冷や汗を拭う。
だが。そんな彼女も接射せねばならぬリスクを背負うが故か。メイド服が一部は切り裂かれ、肌を出し。血をにじませていた。
少し離れた場所で必死に鋼の鞭を振っていた莉緒が、次の旋風を狩ろうとした瞬間。その鞭の繋ぎが砕けた。
目を瞠る彼女に、残りし旋風は勢いよく彼女に迫る。
「あきまへんなぁ」
虚を突かれ、敵を呆然と見てしまう彼女。
その身が刻まれるかと思われたその時。
彼女は咄嗟に飛び込んだ秀衡によって、弾き飛ばされていた。
代わりに彼の左腕が竜巻に触れ、一気に裂傷を負い、血に塗れる。
「秀衡はん!」
倒れたまま思わず顔を青ざめさせる莉緒。だが。
「そんな顔をなされなくても良いのですよ」
秀衡は事も無げに笑うと、そのまま身を翻し、無事な片手で熱伝導のナイフを投げつけ、相手を爆散させた。
苦境は前衛の彼女達だけではない。
『くそっ! こんな時に何詰まってるのよ!』
『……弾薬、保たない』
『こっちももうすぐ弾切れしちゃうよ~』
『静様。このままでは埒があきません』
インカムに届く、後衛で支援する者達もまた、ただ消耗するだけの状況に、少しずつ焦りを感じ始める。
数々の報告。そして目に見える劣勢に、静はハンドガンをひたすらに斉射しながら、口惜しげな顔をした。
このままでは、戦列が崩れる。
そんな悪夢を現実とすべく、またも破天の厄災は、ゆっくりと彼女達に向かい始めた。
「もう、無理だ」
ふと。ぽつりと御影が項垂れ、呟く。
こんな状況になっているのは自分のせい。
そんな罪悪感をより強くし、彼女は絶望し、唇を噛む。
「すまぬ。雅騎……。私では、お前の、皆の力にすら……」
情けない声で、悔し涙を流す御影の声。
誰もが慰めの声も、叱咤する厳しい声も掛けられぬ中。
『……御影。綾摩さん。エルフィ。皆の撤収に、手を貸して、くれ』
インカムから未だ苦しげな雅騎の声が聞こえると、深く息を吐く音と共に。
『できるか、わからない、けど。俺が、死んでも、止めるから』
命を諦める言葉が届いた。
その言葉に、皆がはっとするも。彼の言葉が続く。
『ごめん。俺が、皆が傷つく選択を、しちゃってさ』
淋しげに笑ったのが分かるその声に、御影の心がズキリと痛み。
「そんなのダメ! 死んでもいいなんて言わないって約束したの!!」
佳穂が悲痛な叫びを上げる。
だが。それに彼はそれに応えない。
御影は、ちらりと佳穂とエルフィを見る。
そこにいる二人もまた、酷く絶望と疲労を見せた顔をしている。
心はまだ折れていない。だが、限界も近い。
『秀衡。静。皆を連れて下がりなさい』
インカムから続いて聞こえたのは、霧華の落ち着いた声。
そして。
『雅騎。私が貴方の目になるわ』
彼女はそう雅騎に告げた。
『それ、は……』
駄目だと言わんばかり。
呟きは苦しげ。だが、彼女は譲らない。
『私はあの時、貴方に助けられたからこそ今まで生きてこれただけ。この命で皆を助けられるのなら、安いものよ』
雅騎にそう返す霧華の声は、まるで運命を受け入れるかのように、何処か優しげだった。
仲間が命を失い、世界を救おうとした先にある未来を想像し。御影の唇が。心が、震えた。
──私は。私の命は……。
彼女もまた雅騎に命を救われ、未来への道を示された。
それなのに、自身はそれをただ、逃げるために使うのか。
力がないと、諦めるだけなのか。
霧華とは、数年来の相棒だった。
互いに皮肉を言い。喧嘩をしつつ。だがそれでも、共に戦い続けた仲間だった。
雅騎は、幼馴染であり想い人。そして恩人だった。
何かある度に元気付け、共に笑い、命を懸け戦い、抗ってくれた大事な存在だった。
自分は、彼等に命を捨てさせるのか。
己の無力さが、それをさせるのか。
御影は、ぎりっと奥歯で何かを噛み殺す。
「……ふざけるな」
彼女が、ぽつりと呟く。
『仕方ないのよ。御影──』
「ふざけるな!」
最期の選択を許そうとしない。
そう感じ、宥めようとした霧華に、御影は叫び返す。
だが。
続いたのは、霧華や雅騎を責める言葉ではなかった。
「ふざけるな! 何を弱気になっておる! 許せるか! 許せるものか! 私はお前達の力になれずに終わる気か? 嫌だ! そんなのは絶対に嫌だ! それでお前達を失うなど、できるものか!」
己の不甲斐なさを鼓舞するように叫んだ彼女が、ぐっとブレザーの袖で涙を拭うと。
「静。光里を、頼む」
静にインカムでそう頼むと、妹を大地に寝かせ、立ち上がった。
少しずつ迫る破天の厄災と、彼女達までの距離。それは妹が必死に繋いだ、命の距離。
不甲斐なき姉を信じた、希望の距離。
御影はゆっくりと佳穂とエルフィの前に立つと、朧月を掴む手に力を込め、叫んだ。
「青龍! お前の力を貸してくれ!」
訴えは今までと同じ……かに、思えた。
「私の命をくれてやる。これが最期でも構わぬ。だから、お前の力を私に貸してくれ! 私は、雅騎を。皆を、守りたいのだ! 助けたいのだ! 応えたいのだ! だから頼む!」
目をギュッと閉じ、彼女は心から、天に叫んだ。
「最期に力を貸せ! 青龍!!」
彼女の強き言葉に。
──『お前の命などいらん』
青龍は心に静かにそう告げる。
願いは。想いは。叶わない。
そんな落胆が彼女の心に走った、その時。
──『まったく。気づくのが遅いのだ』
続けて届いた呆れ声と共に、突如彼女の身体が、まるで覇気を纏うかのように、蒼き雷に包まれた。
そして、その背後に現れし、ゆらゆらと浮かぶ蒼き龍を、皆が唖然とし見つめる。
その状況に、力を授かった霧華が、最も驚いていた。
「青、龍……」
本当なのかと確認するかのように、思わずその名を呟いてしまう。
と。突如、青龍は彼女に問いかけた。
──『もし、我の主があの雅騎だったなら、迷わず手を貸していた。何故か分かるか?』
彼女が呆然と首を横に振ると、心に刻み込むかのように、青龍は静かに語る。
──『お主が理由を忘れかけたら思い出せ。あの男がその力を振るう時。それは必ず何かを護り、助ける時だけだ』
その言葉に、御影ははっとする。
ドラゴンから自分達を守った時も。
神降之忍による贄の儀を止めた時も。
羅恨に立ち向かった時も。
そして、今も。
そう。
雅騎は、何かを護り、助けるためだけに、手を伸ばし、力を使ってきた。
己の力を誇示し。己の力を傲慢に振おうとせず。必死に全力で、ただ、手を伸ばす。
静かに、御影は両手で霊刀朧月を構える。
「私は、神降之忍。人を護る為に、戦うべき者……」
──『そうだ。覚えておけ。我らは四門を守護する四聖獣。何かを護り助ける為になら、幾らでも力を貸してやる』
心が震えるほどの力の昂り。
御影は感じる。今なら、少しは皆の力になれるはず、と。
「佳穂! エルフィ! 私もあいつを止める。だから力を貸してくれ。雅騎! 霧華! 死ぬなど許さん! 生きろ! 生きる道を切り拓け!」
真剣な表情で強く叫びしその姿こそ、本来の御影。
その気配と覚悟に、佳穂とエルフィは視線を交わすと、小さく頷く。
「エルフィ。私を使って」
静かに告げられしその願いに。
『分かりました。皆を、護りきりましょう』
凛とした表情で返す。
佳穂が静かに目を閉じると、エルフィがその姿を彼女に重ねる。
瞬間。まばゆい光が二人を包み込み、そこから現れたのは、エルフィただ一人。
御影は思わず肩越しに背後の彼女を見る。
佳穂が何処に行ったのか分からない。だが、そこにある彼女の力は、普段と違うより神々しい力強さと、普段通りの優しさを感じる。
「佳穂は?」
『私に肉体を貸し、今は心の中におります』
語りながら、エルフィは歩み出て、御影と肩を並べる。
「そうか。なら、皆で共に護れるな」
『ええ』
近づきし厄災。強くなる風。
だが、同時に強く感じる、二人の強き気配。
メイド達や秀衡もまた、何も言わず。主の為。皆の為。その身を引かず、互いに庇い、戦い続けた。
後衛だった者達も前に出て、傷つきし仲間の盾となり、鉾となって。
空からそれを見守っていた霧華が、ふっと笑う。
それは、まだそこに希望を感じたからだろうか。
「……如月、さん。指示を、くれ。言った通りに腕を、動かす」
背後から聞こえる、未だ息絶え絶えの、しかしそれでも未来を見据えた、しっかりとした意思を感じる声に。
「任せなさい。次に貴方が目にするのは、救われし世界と、仲間達よ」
そう言い切った霧華は、表情を引き締め直す。
もう、時間はない。
もう、チャンスは多くない。
雅騎もまた、見えぬ瞳で何かを見ようとしながら。
「次で、決める」
静かに告げる。
『ああ。任せよ!』
『全力で、止めて見せます!』
「皆、いくわよ」
彼の言葉に、エルフィが。御影が。霧華が。それぞれ決意の声を返すと、再び攻防が始まった。
エルフィは両腕を前に突き出し、その力を破天の厄災に向け、詠唱を始めた。
生みだされしは、先程佳穂とエルフィが展開していた以上の、巨大な、金色の煌光の盾。
しかも、その数は八つ。
まるで厄災を封じんと、八方の盾で相手を抑え込もうとする。
だが、その盾を以ってしても、じわりじわりと、盾を押し返さんと、厄災は足掻く。
──『心に浮かびし物を技とせよ!』
「ああ!」
青龍の声に叫んだ御影が、刀を下段に構えると、静かにその瞳を閉じる。
心に浮かびしは、青龍の力を具現化すべき、技。
瞬間。彼女はかっと目を見開いた。
「護れ! 雷龍縛鎖!」
刃を切り上げるように振るった霧華。その刀から、勢いよく放たれたのは蒼き雷。
それはまるで、青龍のような長き胴を持つ龍の姿を模し、エルフィの展開した八つの盾の外側より、厄災を締め上げる。
盾を削り、吹き飛ばさんと暴れる破天の厄災。
だが、流盾の光天使本来の力を取り戻した彼女の強い心と技が、削られ、剥がされそうになる魔方陣を修復し続け。
その盾に護られし雷龍が、完全に動きを抑え込んだ。
だが。
どちらも今まで以上の、持続させねばならぬ力。
エルフィは額より汗を流し。
御影は妹も感じた、己の身体に掛かる負担に耐え。その力を必死に維持し続けた。
上空からそれを目にした霧華は、ふぅっと息を吐き、目だけで神々の炎のデジタルサイトを追い、覗き込む。
「左に」
静かな指示に、ゆっくりと、雅騎が腕で彼女の銃を導いていく。
少し、震えている。
それでも先程よりも震えは少ない。
「止めて。そのまま上に少し。そう。そこで止めて」
指示を聞きながら、雅騎が少しずつ照準を破天の厄災の目に動かしていく。
ゆっくりと動く照準が厄災の目を掠めるも。
痛みに力が入ったのか。照準が一度大きくずれる。
「少しだけ右。もう少しだけ上。そう」
それでも、言葉に従い、動かす。
見えぬ目と震える腕で。
見える目と動かぬ腕で。
雅騎が。霧華が。狙いを定め。
「止めて」
じわりと、照準が核を捉え、動きを止めた。
またも、ちらりちらりと見え、消える厄災の核。
見えぬ時に撃って貫けるのか。霧華の心の不安が走る。
──お母様、お願い。私を。皆を。護って。
ほんの少しだけ目を閉じ、心で祈った霧華は、目を開くと。
「雅騎。撃って」
静かにそう告げた。
瞬間。
あれだけ震えていた彼の腕が、ぴたりと止まった。
まるで、覚悟を定めるように。
「皆」
彼は、呟く。
「ありがとう」
瞬間。
はっとした地上の者達が天を仰ぎ。
目を瞠った霧華のトリガーに掛かりし彼の指に、力が入り。
天より、皆の願いが込められし光が放たれた。
まっすぐ。長き流星のようにその尾を引きながら、光弾が瞬間。破天の厄災の真上より、鋭く一気に突き刺さる。
立ちはだかる暴風の壁に減衰させられながらも。その光は、そのまま核を貫き。
刹那。
雅騎は。霧華は。エルフィは。御影は。光里は。秀衡は。静は。メイド達は。
突然の強い光と、激しい風の奔流に呑まれた。




