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【完結】非日常なんて日常茶飯事 ~平穏を望んでも、彼の性格でそれは難しい~  作者: しょぼん(´・ω・`)
非日常なんて日常茶飯事 第三巻 ~偽りの婚約者~

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第十六話:悩む姿と勘違い

 昇降口で合流した二人は、既に暗くなった街中を歩いていた。

 周囲に人がいないのを確認しながら。


「夕食はどうするの?」


 そう聞いた霧華だったが、雅騎からの反応がない。

 ふと、顔を上げると。

 また朝の時同様。何処か渋い顔をしながら、視線を前に向けていた。


「速水?」


 改めて彼を呼ぶと。


「あ。ごめん。何か言った?」


 上の空だったことを謝りながら、雅騎は彼女を見る。

 そんな彼をじっと見上げていた霧華だったが。


「……何かあったの?」


 敢えて視線を前に戻すと、そう静かに尋ねた。


  ──感づかれてる、かな。


 できる限り表情に出さずにいたつもりだったが。

 彼は朝の銀杏いちょうの一言から、ずっと過去の出来事を引きずっていた。


 忘れたいわけじゃない。

 だが、想い出が蘇る度に、寂しさが心を支配し、胸が痛む。


  ──独りだったら、良かったのにな。


 この時ばかりは霧華のいるこの状況に後悔しつつ。


「いや、別に」


 そう短く返す。

 だが。


  ──私のせいで、何かあったの?


 霧華は、彼の想いとは別の不安を覚えていた。


 昨日より続く、自身と彼の噂話。それがこたえているのか。

 私が昨晩帰ってくるのが遅かった理由を気にしているのか。

 それとも。私が、将暉まさきの事で悩んでいるのが、顔に出ていたのか。


 雅騎の迷惑になりたくないと思う彼女は、そんな()()()()()ばかりを理由に並べてしまい。それを無視できなくなっていた。

 だからこそ。


「私は、知りたいのよ」


 思わず、そんな一言を口にした。

 だが。それは以前、雅騎に寂しそうな笑みを浮かべさせた夜に掛けたものと同じ。


「もう。卑怯だよなぁ。如月さん」


 その言葉にはっとし彼を再び見ると。彼も何処か困ったような苦笑を向けている。


「……悪かったわ」


 自分の無神経さに視線を落とし、申し訳無さそうに俯く霧華を見て。


「気にしないで。俺が言ったことだからさ」


 同じ気持ちになったのか。

 雅騎も少しだけ暗い表情をした。


 そのまま、時に明るく、時に暗い道を、二人は少しの間、沈黙と共に歩く。

 何処か、気まずそうに。


「……決めた!」


 と。

 突然雅騎が強くそんな声を発する。

 ゆっくりと彼を見上げると。


「今日の夕食。外で食べて帰ろう」


 そう言って、雅騎はにっこりと笑った。


*****


 上社駅かみやしろえきで二人一緒に電車に乗る。

 これはあまりにも危険なため、雅騎は駅を迂回すると、近くを通ったタクシーを捕まえ、人目を避けるように二人で下社駅しもやしろえき付近へ移動した。


 タクシーに乗っている間。


「何処に行くの?」


 そう聞くも。


「着いてからのお楽しみ」


 そう言って、彼は楽しげに笑うだけ。

 そんな彼らがタクシーを降り、雅騎に案内されたのは……。 


*****


 決して綺麗ではない古い店構え。

 店内も残念ながら決して綺麗とは言えず、使い込まれた古臭さと懐かしさ、そして雑多さをはっきりろ感じる。


 カウンターに座る人達の中にある、霧華と雅騎。

 カウンター越しには、大きな鍋に湧いた湯の湯気と、ぶらさげられた調理道具。そして、沢山のどんぶり。

 茹でた麺を強く湯切りし。丼ぶりに注がれた味噌の香りが漂う汁にその麺が入れられ。煮玉子。チャーシュー。ねぎ。もやし。そんなトッピングが綺麗に飾り付けられていく。


 そう。

 そこは、ラーメン屋『北のかおり』だった。


 下社駅付近のラーメン屋でも古くからやっている、味噌ラーメンを主体とした店なのだが。馴染みの常連客も多く、連日食事時には行列もできる、地域でも中々に人気の店。


 だが、霧華は勿論こんな場所に来たことなどない。

 思わずきょろきょろと辺りを落ち着かなく見回しながら。


  ──こんなお店なのに、お客は多いのね。


 その不可思議さに首を傾げていた。


 それもそうだろう。

 彼女の経験する外食など、どれも三ツ星が堅い高級料理店ばかり。

 それこそ予約が取れなければ普通は入れないような店も多く、その多くは人気店だ。


 だからこそ。

 行列に並び、こんな店に入る事に驚きもあったが、同時に各々(おのおの)が品もなく音を立てて麺をすする音に、目をみはってしまう。


「お待ちどうさま。味噌ラーメンふたつ」


 快活そうな店員がカウンターに、二人分のラーメンを並べる。


「ありがとうございます」


 それを笑顔で受け取り、霧華の分と自分の分を、順番にカウンターに下ろした。

 彼女は目の前に置かれたラーメンをまじまじと見る。


 実は、彼女はラーメンを食べたことがない。

 高級中華料理店に入った事はあれど、そこでラーメンを注文したことなどなかったからだ。


 だからこそ初めて間近で目にしたそれに、目を奪われた。

 フレンチなどとは違う、やや豪快な盛り付け。

 しかしその汁から上がる湯気に熱量をはっきりと感じ。先程から感じていた味噌の薫りが、近くでより強く感じる。


「はい」


 雅騎はそんな彼女に笑みを見せながら、備え付けの箸を渡す。


「わ、悪いわね」


 戸惑いつつもそれを受け取った霧華は、またもじっとラーメンを見た後、ちらりと雅騎を見た。


「では、いただきますか!」


 そう言うや否や。

 雅騎は箸で汁の中の麺を器用に掴むと。


  ずるるるっ!


 彼もまた、一気にそれをすすり上げた。


 より近くで感じた品の無い音に、またも霧華は目を丸くする。

 味を堪能して満足そうな顔をした雅騎は、じっとこちらを驚愕の表情で見つめる彼女に笑いかける。


「いい? ラーメンは、音をこうやって立てて食べてもいいし、ゆっくり静かに食べてもいいんだよ。ただ麺が伸びるから、早く食べたほうが良いけどね」


 そんな説明と注意をして、彼女に食を促すと。


「わ、わかったわ」


 意を決し、彼女は箸を汁に付けた。

 習うように、少し麺をつまみ上げ、静かに口に運ぶと、噛みながらゆっくりと食べていく。

 と。またもその目が大きく見開かれた。


「美味しい……」


 雅騎の作った味噌汁とはまた違う、より濃厚な味噌の味。

 それがコシのある細麺に絡み、味噌独特の薫りとともに、しっかりとした味わいを感じさせてくれる。

 その後に手を付けた添えられた野菜の数々は、軽く湯通しされたレベルのシンプルなもの。

 だが、もやしやねぎのシャキシャキした歯ごたえもよく、濃い汁をさっぱりと感じさせる。

 そして、しっかり味の染みた味玉にチャーシューもまた、旨味と相成って止められない味。


 霧華は静かに、だがずっと出されたラーメンを黙々と食べ続け。雅騎に習いレンゲで汁も飲み。


「……ふぅ」


 時間は多少掛かったが、気づけばしっかりと麺や具を食べきっていた。


 家にいたら、一生入らなかった場所。

 今までに経験したことのない味。


 これもまた彼女を本当に驚かせ、雅騎もそんな彼女を、微笑ましく眺めるのだった。


*****


「ありがとうございましたぁ!!」


 店員の元気な挨拶を背に、二人は店を出た。

 外の空気の寒さが二人を襲うも、ラーメンで温まった身体が、それを多少心地よいものに変える。


「いやぁ、食べた食べた」


 満足そうな雅騎に、笑みを浮かべる霧華。


「どうだった?」

「ええ。美味しかったわ」


 彼女はその質問に対し、素直に感想を口にする。

 本当にさらりとそう口にできた自分に少し心で驚くも。雅騎はそんな彼女の心を知ってか知らずか。


「それなら良かった」


 ほっとしたような笑みを返すと、二人は家に向けて歩き出した。


「でも、何故ここを選んだの?」


 街灯に照らされた道を並んで歩きながら、彼女は素朴な疑問を口にする。


 学校の帰り。

 結局雅騎は、霧華の質問に答えてはいない。

 そして急に思いついたように、彼女を連れてラーメンを食べに来ただけ。


 雅騎は少し空を見ながら少し考えると。


「ひとつは折角だし、如月さんにこういうのも知ってほしいなっていう気持ちもあったんだけど」


 彼は視線を霧華に向け、笑う。


「元々、悩んだり気持ちが晴れない時なんかは、ここに食べに来て、気持ちを楽にするようにしててさ」


 その言葉は、雅騎自身を示した言葉のはずだったのだが、彼女はそれを聞き、表情から笑みを消し、足元に目を落とす。


  ──私の気持ちを、察してくれたのね……。


 色々な気持ちの整理ができぬまま、只々(ただただ)心惑い、どうすればよいかも分からない。

 そんな迷いを見透かされた気持ちになる。


 勿論それに気づかず、自分の落ち込んだ気持ちを元気づけようとしていた彼は、


「あ、如月さんのせいじゃないから」


 そう、口にしようとする。

 だがそれは、ゆっくりと紡がれし、彼女の言葉に遮られた。


「昔ね。ある人に命を助けられたのよ」

「……命を?」


 突然の言葉に問い返した雅騎に、彼女は小さくと頷く。


「その人は、その時限りで今も逢えていないのだけど。逢えたらまた礼を言って、恩を返したいと想っていたのよ」


 俯いたまま、霧華が身を震わせる。

 それは、冷え込む寒さのせい、ではない。


「最近。その人かもしれない相手が現れたわ。でもその人は、昔の優しさなんて微塵も感じない、冷たく酷い男」


 悔しさに、思わず唇を噛む。

 思い出すだけで、将暉()であるはずがないと、心が強く訴える。


「私は、迷っているの。そんな相手だとしても、礼を言い、恩を返すべきなのかって」


 もしもの時の、未だ持ち合わせぬ答え。

 悩みを露呈した霧華は、大きなため息をくと、それ以上の言葉を、口にできなかった。


 歩きながら、二人は沈黙する。

 それは、どれくらい続いただろうか。


「過去に縛られてる、か……」


 ぽつりと、呟く雅騎に。

 彼女はゆっくりと顔を雅騎に向ける。


 眼鏡越しに映る彼は、何処か淋しげな顔をし、前を向いていた。

 彼女が見ているのに、気づかないのか。ふっと目を細め、少しだけ寂しさ残る笑みを浮かべた後。


「少し、付き合ってもらおっかな」


 視線を重ねた雅騎は、微笑みながらそう呟く。

 霧華はその意図が分からず、戸惑いを浮かべたまま、何も言えなくなっていた。

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