第十一話:華やかなる個性に囲まれて
下社駅から少し離れた場所にある、小さな児童公園。
そこはビル街を抜けて少し先の、閑静な住宅街にあった。
夜も深まって来たこの時間。
そんな小さな公園は今、異様な雰囲気に包まれていた。
取り囲むように、黒塗りの車が何台か止まり。
公園の中央に並ぶのは、まるでコスプレ撮影会でもあるかのように集うメイド達。
有り得ない光景は、公園外からも見て取れるはずなのだが。人払いの結界の札が敷かれているためか。周囲の住民はそれを、まるで気にすることなく通り過ぎていく。
集まりしメイド達も様々だ。
金髪のツインテールから、すっきりとした黒髪に、シャギーの入った赤茶色のヘアスタイルの者。年齢も、ぱっと見中学生っぽい者から、二十代程の女性まで。
総勢八名。
皆が同じ黒を基調としたメイド服を来ているが、その風貌は個性豊かだった。
そんな中。
雅騎も一度だけ顔を合わせている静が、彼女達の前で落ち着いた様子でその場を仕切り、皆に報告を促していく。
「アイナ。十六夜家の息子の姿は?」
「はい。EMPの範囲に目標の乗った車を確認しましたので、タイヤを撃ち抜きすぐには動けぬようにしておきました」
「結衣。そちらは?」
「上空に撮影、追跡用と思わしきドローンが三機あったから、撃ち落としてやったわよ」
「ナターシャ。そちらの手筈は?」
「はいはーい! さっきの三人組は拘束し輸送中で~す! この後莉緒先輩の尋問ののち、のしを付けて十六夜家の坊やに送り返しま~す!」
「よろしい。皆、ご苦労でした」
一通りの報告を受け、静は成果に納得したのか。小さく頷くと、彼女達に労いの言葉を掛ける。
そんな彼女の脇で、雅騎はぽかーんとしていた。
間抜けな顔を見せている彼に向き直った静は、それを気にすることもなく、彼に軽く頭を下げる。
「雅騎様。ご無事で何よりです」
「あ、その。それは、いいんだけど……。これって?」
未だ戸惑いを顕にし。メイド達の興味津々な視線を強く感じながら雅騎が問い掛けると。
「如月家のメイド隊にございます」
さも当然といったように。落ち着いた表情で静は説明する。
だが。それは彼の求めている答えではない。
「いや、それは何となく分かるんだけど、さ……」
困ったように頭を掻いた雅騎は、静に向き直った
「穂見さん、でしたっけ?」
「静とお呼びください」
「あ、うん。じゃあ静さん。俺を何で助けたんですか?」
「十六夜家の御曹司が、貴方を罠に嵌めようとしたのです」
「えっと、そうなんだ。で……何で俺なんかを助けたんですか?」
困り顔のまま繰り返された雅騎の同じ質問に、静は思わず怪訝そうな顔を見せる。
「先程の話を聞いておりませんでしたか?」
「いや、十六夜先輩が罠に嵌めようとしたのは分かるんですけど。静さんや皆さんが、何で俺を助ける必要があったのかなって……」
会話が何処か噛み合っていないことに困ったのか。彼はまたも頭を掻いてしまう。
彼の困惑っぷりに、そんな理由が必要なのかと、静は少し呆れた顔を見せた。
「それは貴方が、お嬢様の恩人だからです」
「恩人って……。どちらかといえば、静さんに嵌められただけでしょ」
呆れた態度が気に入らなかった訳でないのだが。その原因はあなただと、雅騎は思わずじと目で彼女を見てしまう。
だが。静はそれを気にする素振りも見せず。
「それを理解してなお、貴方はお嬢様を助け、一緒にいてくださっているではありませんか」
しれっと現状を彼に突きつけた。
あまりにストレートな言い回しに、雅騎は困った顔をすると、照れを隠すように視線を逸し、頬を掻く。
「本当に、私達は感謝しているのですよ」
そう言って、彼女が軽く頭を下げた瞬間。
「そうそう! お嬢様が家を出るって聞いた時は、流石に驚いたもんね~。ね? 莉緒先輩!」
「そうどすなぁ。話を聞いた時はえろう驚きましたわ。で? 雅騎はんはお嬢様に惚れてはるんどすか?」
「え? は?」
突然。金髪のナターシャが長い黒髪の莉緒に話を振り、会話に割り込んできた。
初対面にも関わらず、あまりに親しげに声を掛けられたせいか。思わず雅騎は返す言葉に困ってしまう。
流石にそれは彼に悪いと感じたのだろう。
「二人共。今は静かに」
「は~い!」
「雅騎はん、堪忍どすえ」
やや厳し目な口調で二人を窘めた静に、彼女達はあまり反省を感じない笑顔で返事をした。
メイド達に振り回され、戸惑いの中にあった雅騎だったが。
突然何かを思い出したのか。
しまったという顔をすると、思わず静の肩を掴み、一気に顔を寄せた。
「そうだ! 如月さんは!?」
「お、お嬢様がどうなさいましたか?」
「如月さん、今日帰りが遅くなるって連絡があったんです。彼女も十六夜先輩に狙われたりしてるんじゃないんですか!?」
霧華の危機かもしれないと、強く不安の色を見せ焦る彼に対し、静はやや戸惑った顔で視線を逸らすと、
「まずは、その手をお離しいただけませんか?」
何とか落ち着いた声でそう返す。
「あ……。す、すいません……」
相手に対し失礼な事をしていると気づいた雅騎が、思わずばつが悪そうな顔をしながら肩から両手を離すと。焦りを誤魔化すようにコホンと小さく咳払いをした彼女は、くるりと雅騎に背を向けた。
「お嬢様なら問題ございません」
「え? 本当ですか?」
「はい。詳しくはお話できませんが、今は秀衡と行動しております」
「秀衡さんと? 確か、如月さんって家の協力は仰げないって……」
以前聞いた状況と異なる説明に、彼が唖然とするも、静は気に留める様子もなく説明を続ける。
「有事の事態のため、一時的に我々にご協力いただいております。用件が済めば、無事そちらにお帰りいただきますので」
「十六夜先輩が裏で追いかけてたりは……」
「既に追跡は阻止しておりますので問題ございません」
幾つか質問を重ねるも、静は淡々とそう返す。
その会話では見えぬ理由があり、内容をはっきりと把握できるわけではない。
だが。
──ドラゴン戦みたいな事、か?
その言葉を聞いた彼は、今霧華が置かれているであろう状況にそんな当たりを付ける。同時に、静がはっきりと将暉の暗躍を阻止したと発言した事も、この場の状況を見て間違いないだろうとも感じる。
本当は霧華が多少気掛かりではあった。
しかし、雅騎は彼女の活動を知らぬ振りをしている。
だからこそ。
「それなら、良かったです。ありがとうございます」
すっきりしない心を安堵の笑みで隠し、彼は深々と静に頭を下げた。
「……お前、変わってる」
そんな雅騎を見て、白髪のセミロングをしたスピカは、抑揚のない低い声で声を掛けた。
「え?」
「普通メイドにそこまで丁寧に頭など下げぬじゃろう?」
「私達はお嬢様のメイドですから。その恩人であるあなたが、私達に頭なんて下げなくても良いんですよ」
頭を上げた雅騎に、暗めの紺の髪を両脇で団子にした、最もメイド達の中で幼く見える曉が風格ある口調でそう問い掛けると、相槌を打つように、漆黒の髪を後ろでしばった良子が笑顔でそう続く。
だが。彼がそれを納得できる男であるはずもない。
「いや。だって俺、助けてもらったんですし。如月さんの現状も教えてもらいましたからね」
と。そう語った彼は、ひとつある事を思い出し、はっとすると。
「あ、忘れてました」
突然そう言って、並んで立つ彼女達に爽やかな笑みを浮かべ。
「皆さんも。本当にありがとう」
またも深々と頭を下げた。
突然の行動に、彼から目を逸らす者。彼をじっと見続けるもの。反応は様々だったが。
慣れない大きな感謝の意に、彼女達は一様に恥ずかしげな戸惑いを見せたのは確かだ。
「雅騎様。頭をお上げください」
脇に立つ静が振り返ると、そう彼に促すと。言葉に従い雅騎はゆっくりと頭を上げ、再び彼女に向き直る。
「今後も当面、私達はお嬢様に直接お力添えすることはできません。ご迷惑をおかけするかと思いますが、どうか最後までお嬢様の事、よろしくお願いいたします」
真剣な目でそう語る静に。
「安心して……って言っても、俺なんかの側に置いてたら無理かもしれないですけど。できれば、信じててください」
誠実さを感じる、真剣な顔を向ける雅騎。
それを聞き、彼女は小さく頷く。
「あ、それと」
その時。ふと雅騎はまた何かを思い出すと、凛とした表情で、静をじっと見つめる。
「ふたつ、お願いがあるんですけど」
雰囲気が変わったのを感じ、周囲のメイド達は思わず互いに顔を見合わせ。静もまた、思わず首を傾げた。
「何でしょうか?」
「ひとつは、今回の事、如月さんに話さないでほしいんです」
「理由を伺えますか?」
「いや、単純に如月さんがこの事実を知って、俺に負担をかけたとか感じてほしくなくて。それでなくても助けた時、迷惑になっているって、凄く気にしてたので」
迷うことなくそんな理由を告げる雅騎に、静は少しだけ間を置き、頷いて見せた。
「分かりました。もうひとつは」
一つ目の言葉を聞き入れてくれたと安堵した雅騎の表情が少しだけ緩まると、すぐに凛とした表情となる。
そして。
彼はもうひとつの願いを口にした。
「あの。俺なんか助けなくていいので、皆さんは如月さんの力になってやってください」
静かに告げられし言葉に、メイド達は皆それぞれに顔を見合わせ、はっきりと戸惑いを見せる。
「私達に、お嬢様の恩人である貴方を見捨てろと仰るのですか?」
「ええ」
敢えて恩を強調した静の問い掛けにも、雅騎は表情を変える事も、迷う事もなく、落ち着いた返事をした。
「きっかけは確かに静さんかもしれません。でも結局、首を突っ込んだのは俺で、如月さんの力になろうとしているのも、俺が勝手にやってるだけです。だからそこに恩なんて感じてほしくないですし。それに……」
そこまで口にした雅騎は、ふっと笑みを浮かべ、こう続けた。
「俺を助けている内に如月さんに何かあったら、絶対皆さん後悔しますから。それは、嫌なんです」
それを聞き、メイド達は皆、言葉を失った。
この男は自身の身より、霧華や自分達の為に行動しろと、いともたやすく口にしたのだ。
彼女達が、霧華の恩人と感じていることを知りながら。それでも恩人よりも、大事な人を選んで欲しいと。
彼女達が知る男性で、そんな事を言う男など、それこそ非日常さばかりが目立つ、ドラマや映画、漫画やアニメなどの空想の話。現実になど早々居るはずもない。
そんなありえない男が、今目の前に立っている。
その事実が、彼女達の心を強く震撼させた。
じっと静は雅騎の目を見つめた後、ひとつため息を漏らす。
直感で感じてしまう。この男は本気だと。
「私達からすれば、不本意な申し出です」
彼女は、そう渋々口にした後。
「ですが、貴方がお嬢様と私達を想ってくださる気持ちを無碍にはできませんので。善処はさせていただきます」
納得はいかない。だからこそのギリギリの答えを、静は言葉とする。
だが雅騎は、それを肯定と捉えたのだろう。
「ありがとうございます」
そう言って、満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ俺、そろそろ行きます」
「お送りしますよ?」
「大丈夫です。それ程遠くないし、自転車も取って帰らないとなんで。それでは、失礼します」
静の申し出を断った雅騎は、深々と頭を下げると、踵を返そうとする。
「ま、待ちなさいよ!」
と。はっと何かを思い出したように、それを呼び止めたのはメイドの一人。赤髪のシャギーが特徴のメイド、結衣だった。
予想外の相手から声を掛けられ、きょとんとした彼に、慌てて駆け寄って来た彼女は、投げやりな感じで両手それぞれに持った物をずいっと押し付ける。
「あんた。これ忘れていったでしょ!」
「あ……」
それは、学生鞄と小さなエコバッグ。
確かに。言われるがまま工事現場から離れる事に夢中で、手にするのをすっかり忘れていた。
「すいません。わざわざありがとうございます」
それらを受け取り、雅騎は優しく彼女に微笑むと、彼女は顔を赤くした後、フンッと顔を背け、腕を組む。
「べ、別にあんたの為にした訳じゃないんだから! お礼なんて良いわよ」
「……優しいんですね」
何処か苛立ちを見せながら嫌々ながらも行動してくれているように見えた為、彼は素直にそんな感想を述べただけなのだが。
「ばっ! 馬鹿な事言ってないで! さっさと帰りなさい!!」
激しく動揺した結衣は、思わず雅騎に向けそう強く言葉にすると、威嚇するように険しい表情を見せる。
あまりにきつい言葉と表情を向けられたせいか。
さすがの雅騎も苦笑を浮かべると。
「そうします。皆さんありがとうございました。では、失礼します」
改めて皆に向け丁寧に頭を下げた後。そのままひとり公園を去っていった。
手を振る者。頭を下げるもの。その背中をただ見つめる者。
皆、反応は様々だったが。
「……あの破壊力、危険」
路地の先に彼の姿が消えた後。
スピカがぽつりとそう口にすると。
「確かに。あの静様を、いともたやすく動揺させたのですからね」
綺麗に切り揃えられたセミロングのアイナは、真面目な表情を崩し、笑みを静に向ける。
「アイナ。口が過ぎますよ」
「え~!? だって、必死な雅騎様に言い寄られた時、静様すっごく顔真っ赤にしてたじゃないですか〜」
窘めようとした静を茶化すように、事実を語るナターシャに。
「あまり気分を害すと後が大変じゃぞ?」
曉が咎めるようにそう口にする。
「ま、まあでも。ちょっとだけ格好良かったわよ。本当に、ちょっとだけ」
「あらら? あんさんも雅騎はんにほの字なんやろか?」
「そ、そんな事ないわよ! っていうか、あんさんもってどういう事よ!?」
「そうどすなぁ。あんだけ優しい男子、早々いーひんさかい」
結衣は結衣で、莉緒の問い掛けを否定しつつも、大事な部分への突っ込みを忘れない。
だが。それをあっさり認めた彼女は、まるで脈アリと言わんばかりの一言と共に、意味ありげな笑みを浮かべ。結衣は思わず本気!? と言わんばかりの驚きを見せ。
「もう。結衣は素直過ぎるから、すぐそうやって騙されるんですよ」
そんな二人のやりとりを見て、良子が楽しそうに笑う。
そんな、何時になく騒がしいメイド達を見ながら。
──全く。恐ろしい方ですね。
静は僅かに呆れた笑みを浮かべた。
とても癖のあるメイド達が、初めて会った者達にここまで興味を持つ。静はそんな光景を見たことなどなかった。
それだけではない。彼女ですらも、ここ数年で、あそこまで男性に言い寄られ、動揺させられたことはない。
それだけどこか魅力がある、という事なのかも知れないが。
強く、真っ直ぐで、優しげな気持ちをあそこまではっきり表現されれば。より心に強く何かを感じさせるものもあるのだろうか。
パンパン
軽く手を二度叩き、騒がしいメイド達の言葉を遮った静は。
「お喋りはそこまで。私達は引き続き、お嬢様のバックアップと、先の件の事後処理を進めましょう」
場の空気を変えると、まだ続く長き夜へ向け、行動を開始するのだった。
*****
翌日。
十六夜家に、将暉宛のやや大きな荷物が届いていた。
広い自室に運び込まれた大きめの荷物。
中に入っていたのは……。何かに怯えたような表情で気絶する男三人に、道で彼等と話す雅騎達を、厭らしい笑みで見つめる将暉の写真の数々。更に男達が何かをされ、思わず依頼人の名を漏らす一部始終を収めた音声の入ったメモリーカード。
そして。
『二度目はありません』
そんな、警告じみた短い手紙。
それらを見た将暉は、わなわなと身を震わせた後。
「くそっ!」
強くそう叫ぶと、鬼の形相で手にした手紙をぐしゃっと握りつぶし、床に叩きつけた。
雅騎に三人をけしかけたのは勿論、彼に霧華を諦めさせるためだった。
もし彼等に倒されるようであれば、そのまま拉致して脅し。もし彼等を倒すようであれば、その暴力を振るった一部始終を動画に収め、学校に通報することで、立場を悪くさせる。
そんな策が彼にはあったのだが。
それを阻止し、逆手にとった者達の反撃にあったことを、これらが強く示していた。
相手は容易に想像はつく。
だが、霧華は簡単には狙えまいと、敢えて雅騎を狙ったのだが、まさか彼までもが保護の対象となっていたのは予想外の出来事。
「フン。まあいい。もしもの時は……」
苦虫を噛むような顔で、そんな独り言を口にした彼の動きは、運命の日まで鳴りを潜める事となった。




