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【完結】非日常なんて日常茶飯事 ~平穏を望んでも、彼の性格でそれは難しい~  作者: しょぼん(´・ω・`)
非日常なんて日常茶飯事 第三巻 ~偽りの婚約者~

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第八話:予想外の爆弾

 明けて月曜日。

 図書委員の朝当番だった二人は、他の学生の目を盗むように、朝早くに学校に登校した。

 互いに()()()()()()()()()()()をはっきりと固めて。


 但し。日常生活で知らなければいけないこと。経験しなければいけないことは多い。

 だからこそ。もしもの時に『霧華が庶民の生活を知りたい』という理由付けができるよう、口裏を合わせる擦り合わせもしていた。


 そうする事で、今まで同様の学校生活でいられる。

 そう信じていたのだが。


 そこにいるのは、神か。悪魔か。

 二人の思惑おもわくとは別に、またも世界は動き出そうとしていた。


*****


 授業も終えた放課後。

 この後雅騎はバイトがあるため、霧華には一人で先に家に帰ってもらう手筈となっていた。


「じゃあな、雅騎!」

「ああ。また明日な」


 教室から勢いよく飛び出していく男友達に笑顔でそう返すと、彼も教科書やノートを鞄に仕舞うと、それを手にしてゆっくりと廊下に出た。

 その直後。


「あ、雅騎君」


 そこで鉢合わせたのは、神城高校かみしろこうこうの制服とは異なる黒い学生服を身に纏った青年だった。

 彼よりやや背が高く。襟元まであるやや長いストレートの濃紺の髪を持ち。細身の眼鏡を掛けたその表情は、何処か柔らかな落ち着きを感じる。

 昨月までこの学校で見ることのなかった青年を前に。


「よっ」


 雅騎はまるで、古くからの知り合いかのように、手を上げ笑みを見せた。


 彼の名は、葭岡よしおか悠真ゆうま

 彼もまた今年に入り、ここ神城高校かみしろこうこうに転校してきた一年生だ。

 彼と顔馴染みに見えるが、これは悠真ゆうまが引っ越してきた矢先、街で不良に絡まれているのを偶然雅騎が助け、知り合ったのがきっかけ。

 それまではまったくの赤の他人だった。


「これから帰りかい?」

「いや、バイト」

「そうなんだ。バイト先も下社駅しもやしろえきの方?」

「そうだけど」

「折角だし、途中まで一緒に帰ってもいいかな?」

「ああ。構わないよ」


 悠真ゆうまの矢継ぎ早の問いに、雅騎はさらりと答えると、二人は並んで未だ生徒で賑やかな廊下を歩き出した。


「そろそろ学校にも慣れた?」

「お陰様で。クラスメイトも皆仲良くしてくれてるしね」

「そっか。まあ半分くらい女子だった気もするけど。モテるよなぁ、悠真(お前)は」


 たまに廊下で見かける光景を思い出し、雅騎は冷やかすように笑う。


 確かに。転校してきてから、彼はあの将暉まさきとは別に、女子生徒の注目を浴びていた。

 線の細さに、これまた知的な美男子と言っても過言ではない、知的な眼鏡姿。

 その風貌と優しそうな反応が、早くも女子達を虜にしているのは、すれ違う女子生徒の熱い視線を見れば一目瞭然。

 だが。そんな冷やかしを嫌に感じるでもなく。しかし、認めるでもなく。


「そんな事ないよ。皆が優しいだけ」


 悠真ゆうまは、はにかみながらそう答えた。


「そういえば意外だったなぁ」

「ん? 何が?」


 悠真ゆうまはふっと何かを思い出したように、手をぽんっと叩く。

 言葉の真意が分からず雅騎が首を傾げると、彼は屈託のない笑みで、さらりとこう口にした。


「君が如月さんと付き合ってるなんて」

「ぶっ!!」


 思わず、雅騎は勢いよく吹き出した。

 その大きすぎる反応と悠真ゆうまの言葉に。周囲の生徒の視線が一気に彼等……いや、雅騎()に突き刺さる。


「な、なんでそんな話になってるのさ!?」


 あまりに突然過ぎる言葉に、激しく動揺する雅騎。

 その反応は誰が見ても、あからさまに怪しい。


「いや、昨日の夜なんだけど。街を散歩がてら歩いていたら、喫茶店で二人が楽しそうに話しているのが見えて」


 彼の反応を見て、周知の事実ではなかったのか、と多少不安になりながらも、悠真ゆうまは少しずつ理由を口にする。

 語られし内容には、雅騎にとって()()()()()()

 だが、彼はそれを聞き、強く拒否反応を示した。


「いやいやいやいや。ちょっと待った! そんなのあり得ないでしょ!?」

「そうなんだ?」

「あったりまえだろ!? 俺これでも委員会でただ皮肉言われてるだけの男だよ。絶対人違いだって」


 強く否定するも、それでは否定しきれていないことに、雅騎は気づいていない。

 それもそうだろう。大きな戸惑いの裏では。


  ──あれ見られてたのかよ……。


 内心ひやひやだったのだから。

 悠真ゆうまの家は同じ下社町しもやしろちょうでも駅北側。

 雅騎の家や喫茶店『Tea Time』とは真逆のエリアなので、目撃されるなど思ってもいなかったのだ。


 未だに耳をそばだて、鋭い視線を向ける生徒達を無視し、彼はやや不貞腐れた顔で廊下から昇降口に移る。

 そんな彼の反応を見て、悠真ゆうまも何か察したのだろうか。


「そうなんだ。何か変な事言ってごめん」


 お互い向かい合う下駄箱から靴を出しながら。悠真ゆうまは彼の否定の声に、申し訳無さそうに謝罪の言葉を掛ける。

 だが。そんな彼の反応が、別な意味で火に油を注ぐ。


「うわぁ、速水君。悠真ゆうま君を困らせてるじゃん」

「否定するにも言い方ってものがあるでしょうに……」


 雅騎の耳に届く、女子生徒の好感度がはっきりと下がるような囁き。

 流れとしては彼がとばっちりを受けているのだが……。哀しいかな。既に学校内の人気なら、既に悠真ゆうまの方が上。

 そして。人気者のほうが、世の中味方が多いのも、世の常である。


  ──ったく。


 やり場のない気持ちを放り投げるように。上履きを入れ、代わりに手にとった靴を床に放り投げると、雅騎は少し荒々しくそれを履き。皆の視線から逃げるかのように、足早に昇降口を出た。


「あ、待ってよ」


 それを目にし、慌てて悠真ゆうまも靴を履き、急ぎ彼を追いかけた。


「とにかくさ。こういうので変な噂流れると、如月さんに悪いからさ」

「そうだよね。ごめん」


 雅騎を横目で追いながら、悠真ゆうまはあからさまに迷惑をかけた事に落胆した表情で横を歩く。


「まあ、いいけどさ。今後気をつけてくれれば」


 さすがの彼も悪いと感じたのか。そんな慰めと戒めの言葉を掛けつつ、心の奥では悠真ゆうまを責める……事はしなかったものの。


  ──これ、やばいかもなぁ……。


 嫌な予感が拭えぬまま。雅騎は彼と共に上社駅かみやしろえきへと歩いていった。

 

*****


「……って話があってさ」


 バイトも終え、家に帰った後。

 キッチンで手際よくフライパンでバターを溶かし、そこに茹で汁とほぐした明太子を入れ。煮詰めつつパスタソースを作りながら、雅騎は帰りの悠真ゆうまとの話を説明していた。

 その脇では茹で上がりを待つスパゲッティを見ながら、菜箸さいばしで軽くかき回す霧華が、その話を神妙な顔で聞いている。


「それは面倒ね……」

「でしょ? 明日、穏便に済めばいいけど……」


 と。キッチンに置かれたタイマーが、落ち着いた音色を奏でたのに合わせ。

 雅騎はフライパンの火を止めると。鍋の中身を流し台の中に置いたザルに流し入れた。


 湯気を避けつつパスタのみが残ったザルで湯切りし、それをフライパンに入れ、トングでソースと混ぜ合わせる。

 流れるような動きから何かを学ぼうと、真剣な目で動きを追う霧華に。


「あ、お皿取ってくれる?」

「いいわよ」


 雅騎が短くそう指示すると、彼女は食器棚から白い大きめの皿を二枚取り出し、キッチンと向かい合うテーブルに並べて置いた。

 そこに雅騎がトングで綺麗にスパゲッティを盛り付けた後、フライパンのソースの残りを掛け。最後にテーブル横に用意していた皿にあった刻み海苔を掛ける。


 これで、雅騎特製明太子スパゲッティの出来上がり。


「貴方、本当に器用ね」

「そうかな? とりあえず、それを居間に持っていってくれる?」

「ええ」


 そのまま洗い物を始める雅騎と、美味しそうなバターの香り漂う二枚の皿を持ち、居間に向かう霧華。

 そんな二人の姿は、まだ二日にも関わらず、まるで長らく同棲しているかのような手際の良さを見せていた。


*****


「どう? 味は?」

「中々よ」


 黙々とフォークで丁寧にスパゲッティを巻き、食していた霧華に雅騎がそう問いかけると、彼女は落ち着いた顔でそう返す。


  ──うちで出されるものと、大差ないじゃない……。


 内心、予想外の美味しさにかなり驚きを感じてはいるのだが。

 そこは素直になれない彼女らしさか。褒め言葉をオブラートに包んでいた。


「そっか。それなら良かった」


 満更でもない霧華の反応に、彼は少しほっとすると、自身もフォークでスパゲッティを食していく。


 そんな中。

 先程の話の先が気になったのか。


「もし明日、変な噂が広がっていたら、貴方はどうするの?」


 霧華は雅騎にそう尋ねる。

 口に入れていたパスタを呑み込んだ彼は。


「大丈夫。ちゃんと否定しておくよ」


 迷うことなくその選択をした。

 だが。それを口にした後。雅騎は思わず首を傾げた。

 その理由は、彼女の目が泳いだから。


「如月さん?」


 思わず問い掛け直す彼だったが、霧華の視線が合うことはない。

 まるで彼がいないかのように。


 彼女にとって、目下の問題は将暉まさきの存在だった。


 今日は父親の申し入れが効いたのか。何週間かぶりに彼と話すことなく過ごせたのだが。とはいえ、あの男が早々に諦めるとも思えない。


 そんな中で生まれた自身と雅騎に対する噂。

 もしこれが広まった場合。将暉まさきが考えうる行動は幾つかある。


  ──もし恋仲だと誤認させられれば、私の婚約者フィアンセとなるかもと思い込ませられる。だけどそれは……。


 かなり危険な予感がした。

 将暉まさきがそこで諦めてくれれば御の字。

 だが。以前雅騎に話して聞かせた通り、この世界に住む相手が大人しく引き下がるとは考えにくい。

 そうなれば、間違いなく雅騎に迷惑を掛ける。そう感じていた。


 しかし。どちらの可能性も捨てられない現状。婚約者フィアンセ候補に対する予防線を張るために、雅騎を盾に使う選択肢も彼女の頭にある。

 勿論それは、彼に迷惑を掛ける事を承知なのだが。


「……何か、あった?」


 真面目な声で返す雅騎の声に、霧華はふと我に返る。

 そこにある心配が色濃い顔に、彼女思わず首を横に振った。


「いえ。十六夜いざよい先輩が否定の言葉を事実と取ってくれれば良いのだけど。そうじゃなかったら、また貴方に迷惑が掛かる気がして」


 躊躇ためらいがちに、視線を落とす彼女に。


「そういう事なら、別に気にしなくていいよ」


 まるであの帰宅時の時と同じように。彼は迷いも見せず笑顔になる。


  ──何故、貴方はそうなの?


 それが、許せないかのように。霧華の心にあったわだかまりが、強く、大きくなる。

 確かに、助けられている恩義はある。

 だが、彼は以前からずっとそうだ。人の事を手助けしておきながら、まるで自分の事は気にしなくていいと言う。

 雅騎のその態度が、どうしても気に入らなかった。


「気になるに決まってるわ。どうして貴方はすぐ、自分の事は気にするなと言わんばかりの顔をするの?」


 思わず、霧華は苛立ちと共に本音を口にする。

 しかし。


「だって俺、如月さんに嫌われてるでしょ? そんな奴のことを心配する必要なんてないよ」

「え?」

「……え?」


 返された言葉に、彼女は呆気に取られ。彼もまた、意外な反応に思わず同じ反応を見せる。


 霧華の反応は、至極当然だった。

 彼は、雅騎を嫌いだと思ったことなど一度もない。勿論呆れることもあるが、他の男子と比べれば、よほど好感が持てる程。

 だが、残念ながら。あくまでそれは()()()()()()、でしかない。


「いやいや。無理しなくても大丈夫だよ。だからあそこまで皮肉言われたり、冷たくあしらわれてるんでしょ?」


 予想外の答えに素っ頓狂とんきょうな表情のままそう返す雅騎だったが、霧華は静かに首を横に振った。


「別に嫌いじゃないわよ。大体、周囲への反応も特に変わらないわよ」

「……そうなの?」


 改めてそう問い掛けられてしまえば。

 まるで己に否があり、責められているようにも聞こえ。


「……悪かったわね。そんな態度しか取れなくて」


 分が悪そうに、霧華は恥ずかしそうにそっぽを向く。


  ──あれで、普段どおりって事か……。


 そしてそれは、雅騎も同じ。

 霧華同様に、自らに否があり、責められているように感じたからか。


「いや、こっちこそごめん」


 言葉に困った雅騎は苦笑すると、ごまかすかのようにスパゲッティを食べ始め。

 彼に合わせるように、彼女も沈黙したまま食事を再開した。


 誤解とは、かくも不思議なものなのか。

 二人は全く同じ感情(申し訳無さ)を持ち、全く同じ、申し訳無い顔をして。

 とてつもなく気まずい夕食を、過ごすことになった。

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