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【完結】非日常なんて日常茶飯事 ~平穏を望んでも、彼の性格でそれは難しい~  作者: しょぼん(´・ω・`)
非日常なんて日常茶飯事 第三巻 ~偽りの婚約者~

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第一話:首を突っ込む男

 あの婚約者話(父の厚意)があって以降。

 霧華の学校生活に、ひとつ面倒事が増えた。


 あくる日の放課後。

 今日は特段委員会活動もなく、授業が終われば霧華も他の生徒同様、帰宅の途に付けるそんな日常の中。


「如月さん。今日こそ如何いかがですか。僕と夕食ディナーでも」

「いえ、結構ですわ」


 毎日のように繰り返される誘いを無愛想に断りながら歩く、ブレザーの上から紺のダッフルコートを羽織い、マフラーをした霧華。そんな彼女の数歩後ろを、一学年上の先輩、十六夜いざよい将暉まさきが付いていく。


 身長は百八十センチほどあるだろうか。

 すらりと細身の身体に、この学校の制服ではない、キャラメルカラーのブレザーに濃いグレーのズボンという出で立ちの将暉まさき

 その、整った顔立ちに白銀色しろがねいろの独特な短髪を掻き上げる様は、まるでアイドルグループのイケメンを彷彿とする。


 彼は三学期に入り、突如神城高校(かみしろこうこう)に転校してきた二年の先輩。新星のように現れたそのイケメンは、瞬く間に学校の女子の多くを虜にする人気者となっていた。


 そのせいもあるだろう。

 今日も彼の後ろには、やや機嫌の悪そうな取り巻きの女性達が付いている。


 不機嫌の理由。それは彼が霧華にばかり声を掛けていることは、傍目はためから見ても明白。


 だが。彼が学校の人気者であるように。霧華も学校でも中々の人気を誇り、なおかつ、良家のお嬢様であることもまた、周知の事実。

 そのため、彼女にばかり声を掛ける将暉まさきの態度に不満を見せ、霧華に嫉妬の目を向ける者も多い。だが、周囲の取り巻きを警戒し、不平を口にするものはいなかった。

 

 彼もまた、あの婚約者フィアンセ候補として、父親から紹介された人物の一人である。


 他の候補との違いがあるとすれば。年齢が彼女に一番近いこと。そして、最も彼女に()()()()()()()候補だということか。


「良いではないですか。そちらのお父上のご厚意もあるのですから。折角ですから是非」


 霧華の無愛想さに悪態をつくことも、不満を表情に見せることもなく。爽やかな笑顔でそう話し続ける将暉まさきに、彼女は小さくため息をく。

 彼は転校してきて早々に、時間があればこうやって何かと自分に付きまとってきた。

 霧華の()()()()()()()()という思いに干渉する、非常に嫌な存在として。


 しかし。

 それと同時に。彼女がこうやって言い寄られるようになってから、彼には不思議な出来事がよく起こるようにもなった。

 将暉まさきの取り巻き達も、そんな()()()()()()()を待っている、といっても過言ではない。


 美男美女の掛け合い。それを見守り付いてくる女性陣達。

 その異様な光景に、今日も踏み込む者はなく。他の生徒達の普段以上の奇異の目に晒される。

 霧華はそんな屈辱的な状況に、僅かに怒りの表情を見せながらも、うつむき無言で歩く。


 今の彼女に声を掛けられるものがいるとすれば。

 将暉まさきと同じ、奇特な者くらいか。

 だが。そんな奇特な人物など早々……。


「あ、如月さん」


 ……いた。


「おや? 君は確か……」


 声に釣られ、霧華は僅かな驚きを見せながら。将暉まさきは怪訝な顔をしながら、それぞれ男に視線を向ける。


「あら、速水じゃない。どうしたのかしら?」


 二人の。そして取り巻きの視線の先に立っていたのは、彼と同じ名を持つ雅騎だった。

 彼は将暉まさきに軽く会釈だけすると、彼女に笑顔を向ける。


「どうしたもこうしたも。今日放課後って約束だったでしょ? ()()


 その言葉に、霧華は少しの間じっと彼の瞳を見ると、将暉まさきには一切見せなかった笑みを浮かべた。


「そういえばそうだったわね」

「今からでも大丈夫?」

「ええ。構わないわ」


 雅騎と会話を交わした霧華は、振り返ると将暉まさきに顔を向ける。


「申し訳ありませんが、わたくし先約がございますので。ここで失礼しますわ」

「いやいや。彼との約束などささいなものだろう。そこの君。彼女との約束は後日に回してくれないか?」


 霧華の言葉を意に介さず。将暉まさきは彼に視線を向けると、爽やかな笑顔で言葉を向ける。だが。


「お断りします」


 彼の言葉を気にも留めず、雅騎は笑顔で断りを入れた。

 あまりにも堂々とした態度に、将暉まさきの顔が一瞬引きる。

 その瞬間を、霧華は見逃さなかった。


十六夜いざよい先輩も酷いお方ですわね。わたくしが人との約束を、いとも容易く反故ほごにする無責任な女だとお思いで?」

「う……」


 すまし顔で彼女がそう言葉を返すと、将暉まさきは思わず言葉に詰まる。

 それを答えとするように、霧華は踵を返し、雅騎の脇に並んだ。


「待たせたわね。行きましょう」

「何時もの所でいいかな?」

「ええ。構わないわ」


 まるで将暉まさきとのやりとりなどなかったかのように二人は笑みを交わすと、そのまま並んで昇降口に歩き出す。


「ま、待ちたまえ。まだ話は──」


 はっとして、慌てて将暉まさきが二人を呼び止めようとした、その瞬間。

 彼の意識に突然、もやが掛かったかのような睡魔が襲う。


  ──うっ……またっ!?


 まるで立ちくらみのように。その場でふらりとした彼は、思わずその場に膝を突く。

 と、ほぼ同時に。その時を()()()()()()()取り巻き達は、ここぞとばかりに彼の周囲を取り囲んだ。


十六夜いざよい様! 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫です。それより、かの──」

「無理なさらずです先輩! 私が保健室に連れて行ってあげますから!」

「何言っているの!? 十六夜いざよい君は私が案内するから」

「先輩ずるいです! 私が先に心配したんですよ!」

「そんなのどうでもいいじゃーん。ね? 十六夜いざよい君苦しそうだしさ。早く連れてこ?」


 将暉まさきの脇を取り合いながら、彼の意見を無視する取り巻き達は、ある女子の一言に一様に頷くと、彼に肩を貸し、そのまま彼を保健室に向け連行しようとする。


「そんな、事は……。待て。私は……」

「あんな女はいいから放っておきましょう! ほらほら!」


 未だぼんやりする頭で抵抗する将暉まさきであったが、群がった女性陣達がその好機を逃がすはずもない。


 抵抗の声虚しく引っ張られていく彼と、連行する取り巻きを横目で一瞥し、雅騎はやれやれと呆れ顔を見せ。同じく将暉まさきを見た霧華は、清々(せいせい)したと言わんばかりに一息()くと、互いに視線を正面に戻した。


 将暉まさきが転校してきて以降。

 彼が霧華と話している時に限り、何故か突然倒れかけそうになる光景が頻繁に見られるようになった。

 周囲はもともと病弱な体質なのだろうと考えていたが。あまりに絶妙な間で立ち眩み、時に眠り込んでしまう事もあったせいだろう。


 ついたあだ名は『眠れる王子様』。


 取り巻き達はこれみよがしに、これをチャンスとするようになり。新年早々、この光景は新たな学校の風物詩となりつつあった。

 無論。霧華にとっては結局、はなはだ迷惑なだけなのだが。



*****


 昇降口で靴に履き替えた二人は、並んでそのまま校門を出ると、他の下校生徒の流れに混ざるように、上社駅かみやしろえきに向け、夕日に照らされた住宅街を歩く。


 かばんを両手で身体の前に持ち歩く霧華。

 その脇には、片手で肩の後ろにかばんを担ぐように手にし、歩く雅騎。


 図書委員以外では珍しい組み合わせに、並び歩く者達が、ちらちらと視線を向ける。

 そんな人目が気になるのか。二人はあの後、会話らしい会話もせず、静かに並んで歩き続けた。

 そして。学校が遥か後ろに遠ざかり、他の生徒もまばらになってきた頃。


「……何故、私に声を掛けたのかしら?」


 彼に顔も向けず。霧華がそう切り出した。

 雅騎は一瞬視線だけ彼女に向けると、


「いや。如月さん、すごく嫌そうな顔してたからさ」


 さらりとそう返し、再び前を向いた。


 実はあの時、交わされた会話に出てきた二人の約束など、一切なかった。

 あまりにも自然な流れに、他の生徒達はそれに気づくことはなかったが。彼はそれをさも約束があるかのように語り。霧華はそれに便乗し、話を合わせただけ。


 しかし……。

 最近将暉(まさき)と顔を合わせる度に、愛想をなく接していたのは彼女もよく理解していたが。他人に口にされる程、はっきり不機嫌さを出していた自覚まではなく。


  ──そこまで、顔に出ていたのね……。


 彼の言葉に、思わず大きなため息を漏らした。

 それは別に雅騎にではなく、自分に呆れたものだったのだが。


「突然声を掛けたのは謝るよ。委員会でもないのに、ごめん」


 普段から皮肉とため息ばかり向けられているせいか。

 彼は少し申し訳無さそうに苦笑いすると、小さく頭を下げた。

 だが。


「そういう問題じゃないわ」


 その答えは、彼女の望んでいるものではない。

 霧華は表情を引き締めると、雅騎の顔をじっと見つめる。


「いい? ああいうタイプは目を付けられると面倒なのよ。下手な世話を焼くと、貴方が苦労するわよ?」


 権力を後ろ盾に持つ者ほど、邪魔なものは無理矢理にも排除する。

 そんな裏の顔を持つ者が多い世界を知るからこそ。霧華は本気で警告をした……のだが。


「別に。こっちが勝手にやっただけだし、如月さんは気にしなくてもいいよ」


 悪びれた様子もなく、自嘲するような笑みを向ける雅騎に、反省の色はない。


 脳天気なのか。

 それとも、本当に恐れていないのか。

 その表情からはまったく読み取れはしない。


 ただ。こんな性格だからこそ。


  ──貴方はそうやってまた、()()()()()()()つもりじゃないでしょうね。


 霧華はそんな不安と心配を、心に感じてしまっていた。


*****


 それは二ヶ月も前に遡る。


 霧華が綾摩あやま佳穂かほ神名寺みなでら御影みかげ、そして天使のエルフィと共に戦い、窮地に陥ったドラゴン戦にて彼女達が意識を失った後。

 仲間の中で最初に目を覚ましたのは霧華だった。

 そこは既に、上社中央病院かみやしろちゅうおうびょういんの病室のベッドの上。


 唯一の肉親である圭吾。そして、彼女を支える執事やメイド達は、無事をとても喜んだのだが。

 当の本人は、無事生きて帰った事実よりも、内心戸惑いの方が大きかった。


 彼女は既にその時点で、自身の異変に気づいていた。自身の記憶が、ドラゴンにブレスをかれ、死を覚悟した所で途切れている、と。


 最初は自身も相当傷付き疲弊していたため、ドラゴンの殺意を秘めた豪炎を見ながら意識を失ったのでは。そう考えもした。

 だが。それでは生き残った理由がわからない。


 真相を知るべく、彼女は深夜に一人、手掛かりとなる愛銃を手に取ると、そこに残っていた音声ログを確認したのだが。

 それを聞いた途端。強く驚愕せざるを得なかった。


 音声ログが導く、彼女が意識を失ったであろう後の記録。

 そこには、聞き覚えのある青年の声があったのだ。


「雅騎!?」

「はや、み?」

「速水、くん……?」

『貴方は……』


 自身を含め、皆が口々にその名を呼んだ相手こそ。今隣に立つ青年、速水雅騎。

 だが。霧華自身、あの戦いで彼の名を呼んだ記憶はない。


 そう。彼は、()()()()()()()に、存在していたのだ。


 彼女はひたすらに、そのログを追いかけ続けた。


 流れ伝わる音と声だけでも分かる、苛烈かれつを極めた戦い。

 そこには、エルフィだけが見守る中、雅騎が一人、戦いを制した事実が残っていた。


 そして。

 突然耳をつんざくような落雷の音で終わりし戦いの後。


「彼女達の、記憶を消したい」


 彼から語られた願いと、その裏にある理由を語られた時。彼女はまたも、驚愕した。


「ここでドラゴン(あいつ)と戦ってた事実を()()()()()()()って事だよな?」


 雅騎は理解していた。彼女達の知られてはならぬ行動(あるべき姿)を。


  ──私達のために、記憶を消した……。


 皆の記憶を消し。戦う理由を一切聞こうとせず。

 記憶を知る二人が事実を語らぬことで生み出された、誰が助けたのか分からないという現実。

 意図して生み出されし事実に、霧華はただ驚き、戸惑った。


 この事実をどうすべきか。

 悩んだ末、彼女は音声ログから知った、雅騎とエルフィのやりとりを知らぬ事にした。

 彼等二人の約束を、自身がふいにする気にはなれなかったのだ。


 だが。本音を言えば、誰かの記憶が戻っていれば、皆で事実を共有すべきとも感じていた。

 だからこそ、事実を隠しながらも。皆の記憶はあるのか、少しずつ探りを入れていった。


 四人で病院の屋上で語り合った時。

 敢えて仲間から聞いたとうそぶき、より()()()()()()()を語り。

 数日後。偶然雅騎が霧華達三人の前に姿を現した時も。わざと彼の怪我について触れ、鎌を掛けてみた。


 しかし。雅騎がぼろを出す事もなく。二人の記憶を取り戻す事にも繋がらず。

 霧華はこの事実を誰に語ることもできず、今に至る。


*****


「いい? 私は別に貴方に余計な借りも作りたくないし、自分の事は自分でどうにでもできるわ。よろしくて?」


 あまりに響かない彼の態度を戒めるように、霧華はそう強く口にすると、ツンっとそっぽを向く。


 だがそんな態度にも、雅騎は軽くあしらうかのように、短く「はいはい」と口にするだけ。

 相変わらず、優しさ溢れる笑みだけを返して。


  ──無駄ね。きっと……。


 霧華はその反応から、心でため息をく。

 きっと彼は、何かあればまた首を突っ込んでくる。そんな確信にも似た気持ちが、心にはっきりと残る。


  ──まったく。馬鹿なんだから。


 図書委員の活動でも。御影が去ったあの時も。そして、彼に関係ないこんな時でも。結局雅騎は、何時も気を遣ってくる。


 お人好しと知って、早三ヶ月。


 彼が特別な力を持っているという事実が、再会したいマサキではないかという気持ちを強くし。

 気を遣い、優しくしてくるその態度が、自分に向けられるのを心苦しく思う。


 そして。それでも事実に触れる事もできず、素直に礼の一つも言えない自分にもまた、腹が立つ。


  ──困ったものね。貴方も。私も。


 夕日に照らされし顔を、同じ色に染めながら。

 彼女は彼に気づかれぬよう。静かに。少しだけ。微笑みを浮かべた。

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