第二十話:信じるべきもの
『き、貴様は一体!?』
今までに目にしなかった不可解な術。そして己の心をも読んだ相手に、羅恨は初めて、はっきりとした畏怖を見せる。
そんな相手を前に。
「お前が千年待った愚を、咎める者さ」
雅騎は己の得体のしれなさを怪しき笑みで強調しながら、相手を欺いていた。
彼は羅恨の心の声など、聞こえてはいない。
怨念の塊である相手に触れることができぬ中で、相手から知れる色は、真の心を隠す怨念のどす黒い赤紫のみ。
嘲笑い、侮辱する本心とは別の色しか視えず、敵に触れて心を知る事も許されぬ中。
雅騎はじっと相手の言葉や動きを追い続け、心を読んだと錯覚させる為、推測から一か八かの賭けに打ってでただけに過ぎない。
一歩間違えば、愚策。
だがそこまでしてでも、雅騎は羅恨の脅威であろうとした。
でなければ。
己の限界を悟られ、勝機を手放す事になってしまうかもしれないのだから。
──まだいける……。まだ、届く……。
そう。
彼は今、この闘いに勝機を見出し掛けていた。
荒れ狂う暴風では、相手に傷すら付けられず。
灼熱の業火では羅恨を吹き飛ばせたものの、その身全てを消し飛ばすには力も魔流も足りない。
そして豪雷が己の身で示したように。羅恨の身を八つ裂きにしても、相手を斃す事は叶わなかった。
だが。
凍氷る冷槍にて片腕凍らせ、御影がそこに天鷹斬を放った時。
彼女は狂気に襲われる事もなく、凍りし腕を吹き飛ばしている。
──あいつの全てを凍らせ、再生するまでの時間を稼げれば……。
それができれば、神降術でも倒す事ができるはず。
これこそが、彼が掴みかけし勝機だった。
ただ、同時に理解していた。
己の力で羅恨を凍らせ続けられるかは未知数。だからこそ、素早く相手を砕き、消し飛ばす程の一手が必要だと。
全てを己で何とかするには、既に力を使い過ぎている。
やれるとすれば、羅恨の全身を凍らせる所まで。
しかもそれでさえ、己の命を危険に晒さねば、成す事はできない。
……彼には、切り札があった。
だがそれは、幼き日に生死を彷徨った経験のある、諸刃となる術。
今の己の状態で、それを使うべきではない。
本当は、分かっている。
だが。
──ごめん……。
それでも、未来に手を伸ばす者達の手を取り、導く為に。
彼はその力を知るある者に心で謝罪すると。迷いを捨て、その術を発動した。
突然。
御影と光里は周囲の空気の変化を感じた。
身体に強く感じたのは、寒気。
それは真冬に近づいた季節から来るものでも、羅恨から放たれる殺意から来るものでもない。
「雅騎!?」
反射的に御影が、そして光里が雅騎に顔を向けた。
彼は未だ、羅恨に笑みを向けている。
だが。その様子は明らかにおかしい。
まるで彼自身が氷柱にでもなったかのように。
雅騎の吐く息は、より白みを増し。彼の身体から薄っすらと白く冷たい靄が漂い始めている。
何が起きたのか分からず、戸惑いを隠せない二人。
それは羅恨も同じなのか。怯えたような無数の視線が、彼を捉えて離れようとしない。
そんな中。彼は視線だけを御影に向けた。
「御影。俺ごとあいつを吹き飛ばせるか?」
一転して向けられる、真剣な表情。
何をするのかは分からない。
しかし、己の命を捨てると言わんばかりの言葉に、嘘を感じることもない。
だからこそ。
「ふざけるな! 共に歩むと言ったのだ! お前も生き残る策を示せ!」
御影は思わず怒鳴り。
「そうです! 姉様も私も、雅騎様と共にありたいのです!」
光里からも強い言葉が漏れた。
間髪入れずに返って来た二人の言葉に、雅騎はふっと小さく笑みを浮かべる。
「なら、御影は俺の指示に合わせて、お前の全力をあいつにぶつけろ」
「何だと!?」
「腕一本飛ばすだけじゃだめだ。あいつの全てを吹き飛ばせ」
突然の言葉に、御影の戸惑いが加速する。
だが、これだけは分かる。
それは、彼を巻き込む事への否定にはなってはいない。
「だが! 私はお前ごとなど──」
「そこは光里さんに託す」
御影の疑問を遮るように、彼は今度は視線を光里に向けた。
「光里さんは同時に、俺をあいつから出来る限り引き離すんだ。体を引きずろうとも、無理矢理吹き飛ばそうとも構わないから」
ただならぬ言葉の数々を耳にし、二人は彼が言わんとする事に気づいた。
雅騎から合図があった時。彼はもう、動く事はできない。
「できる?」
それができれば、皆で生きる希望がある。
そう感じる笑みを見せる雅騎に、
「……分かりました」
光里が真剣な顔でそう応える。
彼は頷くと、そのまま御影に顔を向ける。
互いの視線が重なると。彼女もまた言葉を交わす事なく、妹と同じ真剣さを宿し、小さく頷いた。
心強い反応を返した二人。
……相手が雅騎でなければ、それは迷わず信じてもらえたであろうか。
彼女達は闘いの中で、すっかり忘れていた。
彼にある、心を色で視る力を。
彼女達の表情とは裏腹に、視えたのは強い薄紫色。
その色から彼は、彼女達には応えられる力がないのだと、はっきりと感じ取ってしまう。
雅騎はふぅっと、長い息と共に、己の甘さを吐き捨てる。
──もし、二人が駄目なら……。
この命を捨ててでも。
御影の。皆の未来を繋ぐ。
自らが望んだ道の為、自身の未来だけを閉ざす。
そんな覚悟を決めようとした、その時。
彼の心にふと、走馬灯のように幾つかの光景が蘇った。
──「くれぐれも、お嬢様達を悲しませるような事のなきよう」
静かに頭を下げた秀衡。
──「死んでもいいなんて、言わないで……」
涙ながらに訴えた佳穂。
そして。
──「私は、お前がくれるそんな未来を、お前と見たいのだ!」
絶望から立ち上がり、笑顔を向けた御影。
それらはまるで、彼の想いを咎めるように、痛く心に刺さる。
──……そう、だよな。
雅騎はぐっと、奥歯で覚悟を噛み殺した。
死ぬかもしれない。
だが、死んではいけない。
でなければ、皆を信じられず、皆の気持ちを裏切ることとなる。
だからこそ。
「……任せたぞ」
彼は、二人に己の未来を託した。
心の不安を知りながら、敢えて。
『はっ! 姑息な策を労そうとしているようだが、無駄な事よ!!』
強気な言葉とは裏腹に、未だ怯えた目を向ける羅恨に向け、雅騎がゆっくりと歩き出す。
得体の知れぬ圧に、思わず羅恨が身震いし、口惜しげな瞳を見せたかと思うと。
『……人に。人ごときに儂が、殺られるものかぁぁぁぁっ!!』
抑え込んでいた不安が爆発したのか。
突如取り乱すように絶叫すると、両腕を頭上に掲げた。
そこに生み出されたもの。それは無数の瞳が浮かぶ、巨大な闇球。
「なっ!?」
「そんなっ!?」
今までにない大きな闇に、思わず神名寺の者達が驚愕する。
あんな物を喰らえばひとたまりもない。
だが、未だ動けぬ豪雷を無理矢理動かす事すら危険過ぎる。
思わず御影と光里の顔に戦慄が走り。
銀杏の顔も、絶望に染まる。
『死ねえぇぇぇぇぇぇっ!!』
羅恨は巨大な闇を勢いよく、力任せに雅騎達に投げつけ、恐怖を現実のものとしようとする。
……だが。
「無駄だよ」
雅騎は冷たく言い放つと、希望を捨てぬ右腕を前に突き出す。
と。
即座に生み出されたのは、凍氷る冷槍。それを彼は、即座に複数召喚すると、連続で撃ち放った。
飛来する闇に氷槍が次々と突き刺さり、それが空で押し留められると。みるみる内に闇が氷塊と化し、勢いよく大地に堕ちる。
『な、何だ!?』
渾身の力を一瞬にして無力にされた羅恨が、またも目を見開き雅騎を見ると。彼はこれまで以上に凍てつく、冷たい視線を向けていた。
重力の檻。
雅騎は銀杏との戦いで朱雀を身動きできなくした術を、凍氷る冷槍に重ねていた。
術によって生まれし強き重力が、闇球だった氷塊を責め続け。ミシミシと軋みながら、僅かな亀裂を生み始める。
「俺は、御影達を苦しめたお前を絶対に許しはしない。だから俺が……」
背の丈の倍はある巨大な氷塊を前に、雅騎が向けた掌をゆっくり強く握っていく。
と。
氷塊がより軋み。亀裂が増え。
そして。
「お前を、消し飛ばす」
ガシャァァァァァン!!
決意と共に雅騎が希望を掴むべく拳を握りきった瞬間。巨大な氷塊は激しい音と共に粉々に砕け散った。
舞い散る氷の先より未だ向けられる、彼の冷たく鋭い眼差し。
それが羅恨の瞳に、心に、強く突き刺さる。
『な、何だ!? 何なのだ! 貴様はぁっ!?』
本当に手を出してはいけない相手だったのでは。
そんな現実を目の当たりにし、羅恨は廃屋を潰しながら、無意識に後ろに身動ぐ。
そんな中。雅騎はまたも何処からか呼び出した魔療石を左手に握ると、それを砕いた。
豪雷を助け、御影達を止める為に駆使した、自己転移と他者転移。
そして、凍りつきし暗塊を砕きし重力の檻。
数々の術で大量の魔流を失ったままでは、戦う事は叶わない。
──これが、最後。
既に道は視えている。
だがもうこれ以上、彼が即座に魔流を補える手段はない。
つまり。この魔流を失えば、その道は潰える。
雅騎は己にある生命と魔流。そして御影と光里を信じ、瞬間。大地を駆けた。
『お前など! お前などぉぉぉぉっ!!』
狂乱したのか。
羅恨が我武者羅に腕を何度も大地に叩きつけ、次々に怨鬼を生み出していく。
それらを嗾けられた相手は、雅騎のみ。
彼等に挑みし者も、雅騎のみ。
雅騎は神降之忍に劣らぬ疾さで生み出されし怨鬼の一体に走り込むと。素早く召喚した凍氷る冷槍を片手に取り、迷わずそれを突き刺した。
絶望に叫ぶ事も許されず、一瞬で凍りつく怨鬼。
彼は素早く槍を引き抜くと同時に、薙ぎ払うように回し蹴りを繰り出し、氷塊と化した物を一撃で粉砕する。
側面から彼に襲いかかる怨鬼が二体。これも飄風で避けると、返す氷槍で繰り出すは紫電。
二体をほぼ同時に貫きし三連の槍撃が、相手を新たな氷塊に変え。雅騎の強き蹴撃が、同時に相手を打ち砕く。
合間に放たれ飛来した闇球も氷槍で薙ぎ払い、空で凍らせると、強く蹴り上げ打ち砕き。
雅騎は地を、空を舞うように次々と怨鬼に挑んでは、凍らせ、砕き、祓い続けた。
『お前など! お前などただの死に体! 死ね! さっさと死ねぇぇっ!!』
炎の化身であった時同様、圧倒的な力を見せる雅騎に対し。羅恨は叫びながら無闇矢鱈に闇球を飛ばしこそすれど、己の剛腕を振るいはしなかった。
……いや。振るう事ができなかった。
自らが雅騎を殴ろうものならば、先程のようにその身を凍らせられてしまうかもしれず。
万が一、自身の真の心を凍らされてしまう事があれば、己がこの世から消え失せるかもしれない。
そして何より。
この怯えた心すら読まれているのだとしたら……。
あの男に隙を与えては、殺される。
まるで神降之忍が怨念たる身体に触れられない、その意趣返しのように。雅騎への恐怖。雅騎という脅威が、この戦いで羅恨に強く刻まれ、相手へ追撃できぬ状況を生み出していた。
まるで命を燃やすように。
羅恨の生み出し敵と対峙し、孤軍奮闘する雅騎。
死を齎す脅威となりし存在に、羅恨の眼は釘付けとなり。期せず御影達は自由の身となったのだが。
未来を託されたはずの姉妹は、身を粉にして戦う彼の姿を、焦燥感の中、ただ目で追う事しかできずにいた。
──どうすれば雅騎に応えられるのだ!
御影は己の力のなさに、歯がゆさを隠そうともせず。
──私の力では、雅騎様を助け出す事など……。
光里もまた、同じ理由で強い不安だけを浮かべてしまう。
二人は、雅騎の感じた通り、期待に応える術を持っていなかった。
先に見せた天鷹斬が最大の技だった御影にとって、それを超える術も技も持ち合わせておらず。
体術に劣る自分が、己の神降術も使えない中で雅騎の側にいる事も、合図に合わせ助け出す事も叶わないと痛感している光里もまた、どうすれば良いのか分からない。
希望を失いたくないからこそ、嘘でも頷いた。
それを信じてくれた雅騎は、未来に向け抗っている。
にも関わらず。自分達が未だどうすれば力になれるのか、未だ答えが見出せない。
何もできず、彼が選んでくれた道を自ら閉じてしまうのか。
皆で生きる未来は、もうないのか。
そんな娘達の焦りと不安を、背後で豪雷を癒やす銀杏もひしひしと感じ取っていた。
──私も力を貸せれば……。
四聖獣の力を駆使すれば、あるいは。
そう頭に過るも。同じ力を持つ豪雷は動けず、その身体より邪を払い救わねばならぬ彼女もまた、養父を見捨て助力することは叶わない。
銀杏も、娘達と同じ悔しさに、思わず唇を噛んだ、その時。
「……御、影……。光、里」
三人は弱々しい声を耳にし、思わず相手に顔を向けた。
声の主は、未だ苦しげに横になり、息を荒くした豪雷。
何時、意識を取り戻したのか。未だ命の危機を感じさせる男は、息絶え絶えながら必死に語る。
「お前達も、神名、寺の……者。そこにいる、神に、祈れ……」
「どういうことですか!?」
苦しげに語る彼に、思わず問い返す光里。
そんな中、豪雷の言葉の意図に気づき、はっとして彼の言葉を継いだのは銀杏だった。
「貴女達もまた、お養父様や私のように、四聖獣の加護があるはずです」
「そんな!? ですが私は一度もそんな力を感じたことなど!」
希望への進言。
だが、あり得ない。信じられない。
そんな気持ちが御影に本音を口にさせる。
神降術の力は、その神の存在を感じ、心を通わせねばならない。
しかし。二人は今までに四聖獣の存在など、母や祖父の力でし存在を知らず。己を加護する物など視た事も、感じた事もなかった。
そんな自分達がどうやって、見えぬ四聖獣と心を通わせれば良いというのか。
そして、神々しきその物達は、簡単に心を通わせ、力を貸してくれるものなのか。
未だ先の見えぬ未来を背負う者達に、二人は告げる。
「おま、え、達……。助けたいの、じゃろ?」
「助け、たい……」
豪雷の言葉に、光里が続き。
「強く願うのです。今、貴女達が成したい事を」
「強く、願う……」
銀杏の言葉に、御影が続く。
「想いが届けば、必ず彼の物達は応えてくれるはずです」
彼女は娘達に強く頷き。弱々しく視線を向ける豪雷も、開き切らぬ目で孫達をじっと見つめている。
──想い……。
──願い……。
双子は、まるで合わせたかのように、静かに目を閉じた。
──私は、姉様と私に。そして神降之忍に希望をもたらそうとしてくれる、雅騎様の助けになりたい……。
──雅騎は今も我等のため、命懸けで戦ってくれている。私は、そんな雅騎の力になりたい……。
死なせるわけにはいかない。
勝たなければいけない。
だからこそ。
──雅騎様を……
──雅騎を……
──……助けたい!
二人はぎゅっと強く目を閉じ、強く心に願った。
未来の為ではなく。彼の為に。
──力無き者が願う。
人でなき羅恨がその心を知れば、神頼みかと嘲笑ったであろうか。
だが彼等は、八百万の神々の存在を知る、神降之忍。
そしてその頭領であり続ける、神名寺家の者。
だからこそ。その純粋で強き想いは届いた。
代々邪なる存在に立ち向かいし神名寺の者と、共に戦い、共に抗い続けた物達の心に。
──『やれやれ。今まで気づかぬとは、情けない』
御影の心に、呆れるような男の声が届き。
──『やっと気づいてくれたね! 力になるよ!』
光里の心に、快活そうな少女の声が届く。
「お前は!?」
「あなたは?」
はっとした二人は、自身の身体を見て、思わず目を瞠る。
突如湧き上がる強い力。それは御影を蒼き雷で、光里を薄白い風で包んでいた。
驚く二人の脇に、現れた物達があった。
御影の脇に居たのは、彼女の身の丈を超える長き胴をゆらゆらと動かしながら浮かぶ、蒼き龍。
──『我が名は青龍。覚えておけ』
光里の脇に立つのは、彼女の腰ほどの大きさがある、白き虎。
──『あたしは白虎。よろしくね!』
神々しい二匹の姿に、二人は母や祖父の力となりし物と同じ力をひしひしと感じる。
「私に、力を貸してくれるのか?」
──『無論だ。あの男を助けるのであろう?』
「私に、力を貸してくださるのですか?」
──『まっかせなさい! 彼の期待に応えちゃおう!』
彼等の頼もしい声が、各々の心に響く。
初めて存在を知り、語り、いきなり力を貸せなどという我儘な願いにも関わらず。彼等は素直に受け入れた。
まるで。二人を主と認めるかのように。
あの男はまだ生きるべき。そう告げるように。
『な、何だ!? 今更そんな力で、何を!?』
豪雷や銀杏と同じ、驚異を強く感じさせる双子の強き気配を感じ取り。羅恨は怨鬼を呼び出す事も忘れて、彼女達に驚愕の目を向けた。
それは神降術でしかない。
だが、それが脅威とならぬ訳ではない。
確かに。今までの神降之忍達は、羅恨討伐を成し得る事はできかなった。
生身で。そして神降術で羅恨に触れれば狂気し、傀儡とされてしまう。それだけの恐るべき存在であったのだから。
だが。羅恨は古くから続く戦いの中で、確かに感じていた。
神降術を受けし身に刻まれし、不安と死への恐怖を。
だからこそ、羅恨はより強い存在となり恐怖を払拭しようと、時を待ち続けていたのだが……。
そんな強きはずの怨念が、今この瞬間。
より強く、はっきりと恐怖し、絶望した。
突如強き神の力を宿した双子に。
そして。未だ謎多き、死に損ないと思っていた死神の存在に。
──御影……。光里さん……。
はっきりと感じる彼女達の変化。
瞬間。氷槍を手にした雅騎の手に力が入る。
「未来に、羅恨なんて要らない!」
最後の怨鬼に素早く氷槍を刺し手放すと、槍ごと凍りついた相手を蹴り祓った雅騎は強く叫ぶと。勢いのまま転身し、羅恨に向け一気に駆け出した。
『く、来るなぁぁぁっ!!』
またも二、三歩後ずさる相手に対し、彼は強く、冷たい眼差しを向けたまま、刹那。
「これで、最期だぁぁぁぁぁっ!!」
強き叫びと共に。絶望を与え続けた闇に飛び掛かった。
恐怖に支配されし羅恨が最期に見たもの。
それは己に迫り来る、忌まわしき幻影術師達の姿だった。




