第十三話:力の差
開幕。
キィィィン! キキィィィィン!!
刀同士が連続で交わる澄んだ高い音が、周囲に響き渡った。
御影が朧月を片手に鋭く放った横薙ぎを、紅葉が忍者刀で弾き。返す袈裟斬りを、朧月で受け流す。
素早く繰り返されし刀による攻防。それは一進一退にも見える。
しかし。
──疾い!
紅葉は、久々に受ける彼女の切れ味の良い剣技に、内心舌を巻いていた。
剣術であれば、互角とまではいかずとも善戦できるのでは。そう思っていたのだが。
ここ数日、憔悴しきっていたとは思えぬ御影の動きは、早くも彼女に劣勢を強いていた。
何度か剣戟を交える中。互いの刀刃を弾き、往なし、掻い潜り。激しさを増す戦いの均衡を破ったのは御影だった。
自身の刀が弾かれた後の、紅葉の返しの一閃。それを往なす素振りを見せた御影だったが、刹那。
「何っ!?」
紅葉の忍者刀が空を切った。
瓢風による素早い転身。虚を突いた動きで側面を取った御影は、迷わず刀の背で彼女を薙ぎ払う。
だが、刀が触れた瞬間。紅葉の身体は激しい炎と共に、爆発を起こした。
「ぐっ!!」
爆風に吹き飛ばされた御影は、素早くバク転を繰り返し、一度大きく距離を取る。
その好機を、彼女は見逃さない。
「鬼火達よ。我が身となれ!!」
紅葉が叫びを上げた瞬間。彼女の周囲に四人の紅葉が現れた。
神降術、鬼火。
己の姿と同じ鬼火を操り同時に攻撃する、影分身とも言える技。
勿論、ただの分身ではない。
一度鬼火に触れれば、先ほどのような炎を伴う激しい爆発が起こる為、不用意に近寄り反撃などしようものなら、それこそ己の身を危険に晒す事になる。
しかも。本人と見紛う程に、鬼火は紅葉同様の素早い身のこなしを見せる。そこから本体を見極めるのも、苦無などを当て消し飛ばすのも至難の業。
「参ります!!」
同時に忍者刀を構えた、次の瞬間。一気に御影に襲い掛かろうと迫る五人の紅葉。
だが。迫りくる彼女達を見ながらも、御影は冷静だった。
「舞え! 飛燕翔!!」
刀を両手で持った彼女は、素早く連続で刀を振るる。斬撃に合わせ放たれたのは、青白い光を放つ燕達。
それは猛烈な早さで滑空し、紅葉に向け飛んで行った。
燕達を嗾けられた紅葉達は、各々にそれを避ける。しかし。避けたはずの燕は、上空にて鋭く向きを変え舞い戻ると、彼女達を執拗に狙う。
御影へ迫る動きから一転。
紅葉達は、散り散りとなった。
何とか身一つで避けようと奮闘するも、その数と動きに翻弄され。紅葉の一人に燕が触れた瞬間。激しい爆発が起きた。
巻き込まれるように、触れた燕も吹き飛ぶ。が、しかし。未だその数は多い。
素早く、連続で迫る燕達の波状攻撃は、攻撃で払い除けられない分身で、避け続けることは困難だった。
燕が直撃し、次々に起こる鬼火の爆発によって。一人、また一人と、鬼火が数を減らす。
燕を避け、時に止むなく燕を斬り伏せながら。新たに呼び出した鬼火をも犠牲にし、一羽ずつ燕を減らしていく紅葉。
だが。本体を見定めるべく紅葉達の動きを追っていた御影が、その本体を見逃すはずもない。
瞬間。
彼女は迷いなく、真っ直ぐ地を駆けた。
神名寺流胡舞術、閃空。
最後の一羽を切り捨てた紅葉の目に映ったのは、御影の覇気を感じる神速の踏み込みだった。
──来る!!
それは直感か。本能か。
彼女は咄嗟に新たな鬼火を呼び出すと御影に向かわせ。同時に自身は忍者刀を縦に構え、柄と刀の背に両手をやり、彼女の攻撃を全力で受け止めようと構える。
迫る鬼火を前に。
「狗狼双閃!!」
御影が叫びと共に、二人となると。そのまま鬼火の脇を駆け抜けつつ、同時に相手を薙ぎ払う。
刀が触れた瞬間起こる、新たな激しい爆発。
だが。その時既に、二人の御影は紅葉の眼前にいた。
まるで狼と狗が地を駆け、同時に敵に食らい掛かるかのように。勢いをそのままに、紅葉の両脇を御影達が、疾風の如く駆け抜ける。
と、同時に。二人は刀の背で、彼女の胸と腹を目掛け、朧月を叩き込む。
「ぐふっ!!」
二つの衝撃を止めたはずの忍者刀が、あっさりと三つに折れ。紅葉はそのまま胸と腹に刀を受けると、過ぎ去った御影達を追うかのように、苦悶の表情のまま吹き飛ばされた。
威力を殺せず二、三度石畳を転がった紅葉が、そのまま地に伏す。
痛みを堪え、何とか片膝を突き身体を起こした彼女が見たもの。それは既に一人に戻り、背中越しに横を向き、倒れし彼女に視線を向ける、凛とした御影。
──ここまで、差があるとは……。
紅葉は己の不甲斐なさに、苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。
折れたであろうあばら。痣となったであろう腹。それらが放つ強い痛みが、自身に劣勢を覆す程の力はないと、強く訴える。
それでも、紅葉はよろよろと立ち上がった。
負けるわけにはいかないという、強い意志だけを瞳に宿して。
*****
剣戟の音が響きだしたのと同じ時。
光里は、雅騎達から離れるように、手水舎付近まで駆け抜けた後。目を閉じ、素早く手で印を複数結んだ。
「咲き乱れよ。鳳仙花」
神降術、鳳仙花。
静かに紡がれしその名と共に。彼女を囲うように、赤や紫、白といった色鮮やかな鳳仙花が、彼女の周囲に咲いた。
それらが自然のものではないことは、透き通った光に覆われた神秘的な姿が物語っている。
岩剛は、その術を知っている。
鳳仙花の種が弾け飛ぶように。その花々に触れれば否応なく、激しく炸裂する花々の衝撃にて危険に晒されるものだと。
だが、同時に彼は理解していた。
御影と違い、光里は武術に長けてはいない。勝機があるとすれば、そこを突くしかないと。
「荒ぶれ! 破岩流!!」
岩剛は両手に持った大斧を、地面を削るように横薙ぎし、己の神降術を繰り出す。
突如。石畳を破壊しながら、地面より岩の塊が勢いよく迫り出すと、彼女に向かい突き進む。
進むにつれ高さを増し、光里の丈を超える程の波となった岩壁は、激しい岩のぶつかり合う轟音と共に、鳳仙花が咲き乱れる花畑に突貫した。
瞬間。
激しく、儚く、艶やかに弾け飛ぶ、鳳仙花の花々。その凄まじき衝撃は、遥かに高き岩の波すらも激しく揺さ振り、打ち砕き、消し飛ばしていく。
その最中。突如、砕かれし岩の波の背後より勢いよく光里に向け飛び出したのは岩剛だった。
岩波を盾に鳳仙花を逃れ、一気に距離を詰めた彼の目に、その場から動かずに立つ彼女の姿が映る。
「お覚悟!!」
鳳仙花の消えし先に強く踏み込んだ彼は、光里に向け大斧を大きく振り下ろす。
だが。
ガキイィィッン
「何っ!?」
大斧は彼女に届く前に、何かに当たり、その動きを止めた。
よくよく見れば。彼女の周囲を、目を凝らさなければ分からないほどに透き通りし、水仙や百合を模した氷壁が覆っていた。
それこそ、光里の神降術のひとつ。氷花。
「その花達。決して柔ではありませんよ」
「くっ!!」
氷花の中にありし光里の冷たき言葉に、一瞬悔しそうな顔をする岩剛。だが、力ならば負けはしない。
「だが、避けぬのなら!!」
氷花に刺さりし大斧を引き抜くと。彼はまたも大きく振りかぶり、再びその亀裂に叩き込む。
だが。花の亀裂を僅かに増やすのみで、砕くには至らない。
と、その時。
岩剛は、思わず目を大きく見開いた。
驚きの理由。
それは氷花を砕くことができなかった事実にではなく。氷花を砕くために振るいし腕の力が衰えている現実にあった。
「こ、これは……」
「神降術。彼岸花」
戸惑いを見せる岩剛は、その名を聞き、はっとして周囲を見回す。
気づけば何時の間にか。氷花を囲むように、膝丈ほどの彼岸花が足元に咲き乱れていた。
その赤き色に染まる美しい花達を、気づけば彼は踏みにじっている。
「この花の毒は、あなたの動きを奪うもの。そのままここに留まれば、いずれ動けなくなりますよ。岩剛様」
そう告げる光里の冷たき視線に、岩剛は冷や汗を流す。
だが。
「……構わん!」
躊躇いを振り払うように。彼女の言葉を一蹴すると、
「破岩流!」
氷花の目の前の彼岸花を刈り取り、手前の石畳に大斧を強く叩き込んだ。
直後。氷花の根本より複数の岩壁が無理やり迫り出さんと姿を現し始めた。
メキメキと乾いた音を立て、亀裂が広がる氷花。
そして。氷花の中に居る光里を、岩壁が突き破った瞬間。
パリィィィン
澄んだ氷の砕ける音と共に。厚き氷壁も。氷の中にいた光里も。同時に砕け散った。
──これが、光里様の真の力……。
砕け散った氷の細かな結晶が舞い落ちる中。
気づけば、氷花の跡より遥か先に。鳳仙花や彼岸花に囲まれ、彼女は静かに立っていた。
そう。目の前にあったのは、光里の幻。
真剣な眼差しの相手を目にした岩剛は、口を真一文字に結ぶ。
大斧を持つ腕の力が、次第に弱まっていくのが分かる。
だが。それでも諦めきれぬ希望のため、彼は斧を肩に担ぎ構えると、強い眼光で光里を見つめ返した。
*****
御影と光里はほぼ同時に、相手を劣勢に立たせていた。
それぞれ対する相手への警戒は怠らない。だが、どうしても目にせねばならぬ戦いがある。
──雅騎様は!
──お前は無事なのか!?
同時に視線を向けた瞬間。
姉妹は、はっきりと驚愕を顕にした。
その表情に。紅葉と岩剛も、釣られて彼の戦いに目を向ける。
視線の先で繰り広げられし、銀杏と雅騎の戦い。
それは四人にとって。いや、神降之忍達にとって、信じられない光景が繰り広げられていた。
踏み込んだ銀杏の、目にも留まらぬ袈裟斬りを瓢風で避けた雅騎は、間髪入れず回し蹴りを返す。
直撃。そう見えた蹴りは瞬間。銀杏をすり抜け、空を切った。
瓢風に合わせし瓢風。
瞬時に背後に回った彼女は、迷わず神名寺流胡舞術、紫電にて、彼を貫かんとした。
薙刀にて繰り出されし、素早く、力強い三連突き。
だが。雅騎は放った回し蹴りの回転を利用し。まるでひとつの技かのように、流れをそのままに、背後にいる銀杏に、素早く竜巻を合わせていた。
肘撃ちで初段を。膝蹴りで二連目の切っ先を往なされるも。竜巻の三段目。後ろ回し蹴りの軌道を知る銀杏は、そこを目掛け、鋭き最後の突きを放つ。
凶刃が、雅騎が繰り出した脚を貫く、はずだった。
だが。僅かに変わりし薙刀の向きを見切り。彼の竜巻もまた、変化を遂げる。
雅騎は最後の蹴りを敢えて放たず、その脚で素早く大地を蹴り、跳ねた。
大きく躍動する、高き前宙。突き出されし薙刀は、宙で逆さになった彼の髪を掠め、空を切る。
勢いそのままに。舞い上がりし身体で縦に弧を描いた雅騎は、踏み込んだ銀杏の頭上めがけ、浴びせ蹴りを繰り出す。
咄嗟に薙刀を引き両手で掴み直し、柄で頭上からの蹴りを受け止める銀杏。
薙刀越しに伝わる強き衝撃に、思わず歯を食いしばるが、その直後。
彼女の目の前を一瞬、何かが通り過ぎた瞬間、背中に寒気が走る。
柄に掛かる、止めたはずの脚の力が再び増す。
戦いの感が、それを合図としたのか。無意識に銀杏は、上半身を大きく後ろに逸らさせた。
ほぼ同時に彼女の眼前を、雅騎の鋭い蹴り上げが、風切る音と共に掠めていく。
神名寺流胡舞術、竜牙。
竜が敵を噛み砕かんとするかのように。踵落としを当てた瞬間、同時にとんぼ返りしながら蹴り上げを行う立ち技なのだが。
それは、空竜牙とでも呼ぶべきか。
雅騎はその技を、浴びせ蹴りから派生し、空を舞ったまま繰り出していた。
もし銀杏が身を逸らさねば、顎を砕かれ倒れていたかもしれない。それ程までの鋭く、力強い連携に、彼女の肝が冷える。
蹴り脚の反動そのままに。まるで時間が巻き戻るかのように、雅騎が素早く宙を舞い戻る。
銀杏は即座に体勢を立て直すと、着地際を狙い、鋭い半月蹴りを放った。
一足早く着地した雅騎が、瞬間右腕で蹴りを受けるも。強き武を感じる重き蹴りに、身を流されぬよう強く脚で踏みとどまった彼の動きが留まる。
それを咎めるように。
蹴りを弾かれた反動を利用し、銀杏は即座に反対に身を捻り、素早く薙刀を薙ぎ払った。
神名寺流胡舞術、旋風。
蹴りを避け、受ける相手に対し、連続でより広範囲の武器での薙ぎ払いを仕掛ける連携技。
蹴りの衝撃を堪えた事で、雅騎は長い薙刀の間合いの外に離れる動きを封じられた。無論、生身で刀刃を受けては致命傷に成りかねない。
判断を迷えば身を引き裂かれる危機的状況に。雅騎は迷わず、一歩だけ強く踏み込む。
同時に素早く身を捻ると、生の道を掴み取るべく右手で繰り出したのは鷲爪。
後の先。
鋭き技が切っ先の後ろの柄を既で掴み取ると。身を捻る勢いそのままに、片手で銀杏を薙刀ごと手前に引き込む。
体勢を崩され、僅かに前のめりになる銀杏。彼はそれに反応し、すぐさま柄から右手を離すと、その場で強く震脚を踏み、彼女の腹目掛け両腕を力強く突き出した。
至近距離での狼突牙。
銀杏は柄を放されたと同時に、後方に跳ねていた。宙で身を丸めるようにし、咄嗟に両脚の脛で掌打を受け止める。
「ぐっ!」
銀杏の体が、強き一撃にて勢いよく後方に弾き飛ばされる。
だが、空を舞い踊るかの如く。彼女は軽やかに空中で姿勢を整えると、そのまま二度ほどバク転し、勢いを殺しながら鳥居の前まで距離を取り、姿勢を正すと即座で目で雅騎を牽制した。
息をも吐かせぬ攻防。
そこに一時の間ができたのか。二人はお互い、大きく息を吐いた。
神名寺流胡舞術同士の激突。
それだけであれば、御影達もそこまでの驚きを見せることはなかっただろう。
銀杏には勝てないと言った、御影達の言葉には理由があった。
それは、神降之忍としての神降術の力もあるが。何より、他の忍達を寄せ付けないその体術にある。
忍の技と、神名寺流胡舞術。
ふたつが相成り、より洗練された動きは、それこそ同じ上忍である娘達でさえ付いていくのがやっとの、神業と呼ぶに相応しいもの。
だからこそ。雅騎では荷が重いと感じていたのだ。
だが、現実は違う。
雅騎はこれだけ怪我を負った身体で、彼女に必死に食らいついていた。
いや。それは充分、互角といって良い。
──何故だ!?
御影は、にわかに信じられなかった。
幼き頃、同門として共に鍛錬したのはたった一年ほど。以降は神名寺流胡舞術での稽古ができるはずもない。
そして今年の春に再会し、再び共に鍛錬をするようになってからも、雅騎がここまでの動きを見せたことはなかった。
しかし。今の彼は、あまりに戦い慣れた、鋭き動きを見せている。
何処で鍛えたのか。
何が彼をここまで強くしたのか。
数々の疑問が、御影の混乱に拍車を掛けていた。
最も親しき彼女の理解すら超えた動きは、光里や紅葉、岩剛をも驚愕させ。
──よくぞ、ここまで……。
銀杏もまた、雅騎の動きと技に目を瞠り、感嘆していた。
神名寺流胡舞術の技に、技を合わせ。変化させ。組み合わせる、実戦的な発想。
未だ技を受けた手足に残る、強い痺れ。
それらは正しく、達人の域を感じさせるものだった。
自身に向けられし、彼の瞳に宿る力強さ。
それを改めて目にした時。
──「こやつ。どこか陽炎に似ておるのう」
ふと。昔耳にした義父の一言が、脳裏に過る。
同時に、雅騎に重なる一人の若き男の姿があった。
男もまた、何時もそんな目をしていた。
優しく。希望に満ち。そして、強い決意を秘めた眼差し。
彼こそ。義父の息子であり、御影の父であり、銀杏の夫だった男。陽炎。
──お義父様の、言う通りですね。
ちらりと紅葉と岩剛を見やる。そこに映るのは、中忍二人の劣勢と、立ちはだかりし娘達の成長。
──やはり、雅騎を倒さねば、なりませんか……。
銀杏は、心にある何かを、息と共に吐き捨てた。
「紅葉。岩剛。引きなさい」
強く言葉を口にされた言葉に、二人ははっとすると、より強い驚きを見せる。
それもそうだ。これは二人に敗北を認めろと言っているようなもの。
「しかし!」
岩剛が叫ぶ。まだ自分は戦える。そう言わんばかりに。
だが。銀杏は静かに首を振ると、決意を秘めた表情を見せた。
「後は、私がやります」
その言葉を口にした刹那。
突如。銀杏の全身を、業火が包んだ。
彼女の身体も、装束も燃えはしない。だが、離れていても感じられる炎の熱は、それが偽りのものとは到底思えない。
「まさか!?」
紅葉は唖然とした。
その力を怨霊や妖魔相手に使っていた事は知っている。
だが。いくら体術に優れていても、相手はたかが人間。
そんな相手に、彼女が神降術を駆使するなど、考えてもいなかったのだ。
そしてその気持ちは、御影と光里も同じだった。
「雅騎様!!」
「雅騎! 逃げろ!!」
二人は必死に叫ぶ。
だが。その叫びにも。銀杏の変化にも顔色を変えず。雅騎は不動を貫いている。
銀杏を包んでいた業火がより大きくなり、彼女の頭上をも炎で覆ったかと思うと。
炎が何かを形作ると、頭上に現れたのは……炎の鳥だった。
銀杏の持つ薙刀程はある両翼を、ゆっくりとはためかせながら。炎の化身は鋭い瞳はじっと、雅騎を捕らえている。
「朱雀よ。朱の炎陣にて、彼の者に立ちはだかれ!!」
銀杏が強く叫んだ瞬間。
その名を呼ばれし朱雀は、翼を一度身体の前で畳んだかと思うと、瞬間。力強く、大きく、天に広げた。
両翼より放たれた炎が大地に降り立つと。突然激しき火柱として噴き上がった。
炎の高き火柱は壁となるように拡がりながら、左右から地面で大きな弧を描くと、雅騎に勢いよく迫る。
「雅騎!」
「雅騎様!」
姉妹の必死の叫びにも、彼は未だ驚きすら見せない。
ただ、両脇より迫る炎の熱は感じていたのか。
構えを解いた雅騎は、朱雀にも、迫る炎にも目を向ける事なく。銀杏だけを見つめたまま、数歩前に出る。
背後を、熱風と共に炎の壁が通り過ぎ。二つの炎の壁は一つの円陣となり、彼を取り囲んだ。
敵を逃さんと言わんばかりに、天高く立ち昇る激しき業火。
それは御影や光里、紅葉や岩剛。そして未だ意識ある他の忍達も息を呑み、言葉を失う程の恐怖を与えていた。
キィィィィィィィィィッ!!
存在を高らかに示すかのように、甲高い鳴き声を上げる朱雀。
そんな炎の化身を従え。ゆっくりと、炎陣の内側に踏み入る銀杏。
静かに目を向けし先に立つ雅騎は、これだけの事が起きているにも関わらず、凛とした表情を変えず、落ち着いたままそこに立っている。
煌々と照らされし境内。
声を失いし忍達に代わるように、騒がしく燃える朱の炎陣。
その中に立つ二人は、互いに炎を背にしたまま。暫しの間、静かに見つめ合っていた。




